『画面越しのプロポーズ』――――――――――
パルデア某市内、某店にて。
夕飯どきのざわめきに混じり、そのテーブル席の歓談を軽薄な男の声が遮った。出どころは壁に据え付けられたテレビである。
『噂のチャンピオン・アオイちゃんにアポなし突撃インタビュー!』。
声に似合いのふざけたテロップの飾る画面で、その少女は臆することなくリポーターと相対していた。
『いやあ、本物は初めて見ましたけど可愛いですね~!』
『ありがとうございます』
『相当モテるって聞きましたよ。実は彼氏とかいたりして?』
『あはは、それがいないんですよ。ずっと片想いでして』
『それ確か去年も言ってましたよね? 若いんだしそろそろ次の恋見付けた方がいいですよ〜?』
不躾に突き付けられるマイクにアオイはひるまない。
ただニコニコと無害な笑顔を、彼女と親しい者には外行き用だとわかる顔をずっとカメラに向けている。卒業後表に出る機会の増えた彼女は、こうした行き過ぎた無礼者の相手をこなすのも既に慣れっこだった。それが良い事がどうかは分からない。
ただそういう光景を見る度に、ハッサクがその時手にした食器には毎度必ず罅が入った。リーグや職員室に置いてある私物ならまだ良いがここは出先である。
みし。不穏な音を耳ざとく聞きつけたアオキが「ハッサクさん、」と声を掛け、ハッサクはコップを掴む手の力を少し緩める。
「なんやこいつ、ひつっこいな」
「レディへのれーぎがなってませんの!」
画面の中の光景に大仰に眉を顰め難色を示すチリ。ジュースを握りしめ憤慨するポピー。
パルデア最年少チャンピオン・アオイはアカデミーを卒業しリーグ職員となって以降、オモダカと本人の意向でパルデア内外を忙しなく『視察』の名目で飛び回り、飛び回った先で例外なく圧倒的な強さと眩い笑顔で瞬く間にファンを増やした。
テレビ局にとっては姿を捉えるだけで視聴率を増やす金の卵なのである。
いつの時代も有名人のゴシップには一定の需要があるものだ。アオイが成熟するにつれ、卒業してすぐの頃よりもこういう手合いは明らかに増えた。
アオキはハッサクの動きを注視しつつ手帳を取り出し、局名とリポーターの氏名をすらすらと書き込む。後でオモダカに接触禁止措置を要請するつもりだった。それはアオキなりのハッサクへの無言の制止でもあった。『こちらで事務的な措置は取る、だから荒っぽいことは考えるな』、と行動で示しているのだ。でなければアオイを溺愛しているこの年上の同僚が件のリポーターに何をしでかすか、わかったものではない。
その証拠に、普段は暑苦しいばかりのハッサクの眼差しは画面を見つめて急速に冷え込んでいった。エースポケモンに共鳴しているのか、それとも元々そういう一面を秘めているのか、熱血を絵に描いたようなこの男は怒りが心頭に拡がる程に冷たく研ぎ澄まされるのだった。
『次なんてありません。——私にとってはこれが最初で最後の恋ですから』
——カメラを真っ直ぐ見つめて微笑み、アオイはそう言い切った。
それが営業用の笑顔ではないとその場にいた全員が理解した。
アオイは無礼なカメラやインタビュアーなどハナから相手にしていないのだ。
彼女が見ているのは、ただひとり。
たったひとり、彼女の最愛にのみ向けられる煌めいた瞳と画面越しに見つめ合ってから、「あの子は全く、」と呟いて、ハッサクは水を飲んだ。
それを皮切りにテーブルの空気が弛緩する。
「恋する乙女は強いわあ、大将」とニヤつくチリ。「おねーちゃん、あいかわらずおじちゃんひとすじですのね。すてき!」と頬に手をあて笑うポピー。
インタビュアーは一瞬毒気を抜かれたように押し黙ったが、尚も食い下がった。卒業してこの方、浮いた話の一つもない清廉潔白なチャンピオンのゴシップをどうしてもスッパ抜きたいらしい。
『で、でも叶わない恋なんて今時流行らないですよ。不毛な片想いなんて終わらせた方が』
『そうですね。二年後くらいには終わってると思いますよ』
え、という声が何種類か重なった。一人は画面の中のリポーター。一人はチリ。一人はポピー。ハッサクは今まさにグラスを傾けているため無言である。
面食らうリポーターを無視してアオイはカメラにとびっきりの笑顔を向けた。
『だって、二年後には……私が成人する頃には、きっと両想いになってますから。……ね、《 》?」
《せんせ》。
——音も無く開閉した唇の動きを読んでハッサクはごふ、と噎せた。
「ごちそーさん」とチリ。
「ハッサクおじちゃんなんでアオイおねーちゃんとお付き合いしないんですの? おじちゃん、ぜったいおねーちゃんのこと好きですのに」とポピー。
「大人、特に拗らせた中年男は色々面倒臭いんですよ」とアオキ。
「あなた、達、他人事だと、思って……!」と咳き込み混じりに唸るもしかし、アオイに対して拗らせた崇敬と愛情を抱いているが故に彼女の想いに応えられないハッサクは何も言い返せなかった。