変わっていくことが怖くて、愛おしくてあれだけ美しいその顔を見せてほしいと願っていたくせに、今は少し、あのひらひらと風に靡く白い布が恋しく感じてしまうのは我ながら厄介なものだなと苦笑いをこぼす。
内番の時には今でも羽織っているけれど、なんだかそれでは物足りなくて、けれど昔の彼に戻ってほしいわけでは決してないのだからどうしようもない。
だって、綺麗だったんだ。
薄汚れた布から、ほんの少しだけ見える柔らかな黄金の髪が。
すっと通った鼻筋や、薄い唇が。
初夏に輝く木々の様な、青々とした碧色の瞳が。
私の方が背が低いから、見る事の出来たそれらが、惜しげもなく太陽に晒されているいまがなんとなくつまらなくて、寂しくて不貞腐れているだけなのだということを、私はよくわかっている。
だから本刀へ八つ当たりなんてことはしないけれど、だけどこうしてそっと眺めている時くらいは心の中でため息を吐いたって許されるだろう。
そんな言い訳じみたことを頭の中で並び立てながら、中庭で短刀たちの相手をしながら楽しそうに何かを話している件の彼をぼうっと眺めていれば、ふとこちらを振り返った碧と目が合った。
「あ、」
なんてタイミングが悪い、いや、ずっと見つめていた私が悪いか。
目を逸らすのは流石に失礼かとひらりと手を振れば、短刀たちに何かを伝えてから、口元に淡く笑みを浮かべてなぜかこちらに向かって歩いてくる。
ああ、またやってしまった。
「主」
「……なあに」
「呼ばれた気がしたのだが」
「そっか」
「ああ、だから来た」
「うん」
机に突っ伏して、彼の顔を見ないようにしながら返事をする私に、なぜか向こうの声色は楽しそうな色が滲んでいて、少しだけ腹が立つ。
そのくせ、幼子をあやすようにゆっくりと私の髪を撫でる手つきは拙くて、そういう変わらない部分があることにどうしようもなく泣きたくなってしまう自分がおかしくて仕方なかった。
「くにひろ」
「なんだ」
「……なんでもない、」
「そうか」
「うん」
「もうすぐ八つ刻だ、今日は主の好きな善哉だと兄弟が言っていた」
「それは、食べなきゃだね」
「ああ、行くか」
「うん」
ほら、と差し出された大きな手のひらに己のものを乗せれば、そっと握られて引き上げられる。
丁寧なんだか雑なんだかわからない、昔から変わらないその手のぬくもりが私は愛おしくてたまらなくて、苦しくて仕方がなくなるんだと、きっとこの刀には通じないんだろうな。
「ねえ国広」
「なんだ」
「好きだよ」
「……そうか」
「うん。……ふふ、耳赤いねえ」
変わってしまうことが寂しくて、変わらない部分が愛おしくて、けれども今の彼を誇らしいと思う気持ちに嘘偽りなどなくて。
そんなどうしようもない感情に心がぐちゃぐちゃとかき乱されるのは苦しくて辛いけれど、それでもこの刀が一等大切であることは唯一確かな事だと思うのだ。
「布がないと、すぐわかっちゃうね」
「くそ、」
「かわいい」
「可愛くはない」
「うそ、かわいくて、きれい」
昔と違い、惜しげもなく晒されている綺麗な顔がじわじわと赤く染まっていく様に思わず声を出して笑うと、顔を歪めた国広に髪をかき混ぜられた。
くすぐったくて、ちょっと痛くて、それでも最後にそっと髪を梳いて直してくれる指先にたくさん笑って、笑ってから、目尻にほんの少しだけ滲んだ涙を袖で拭って、見ない振りをした。