撚られて結われ「……国広さん」
「なんだ」
「いや、何してるの」
「気にするな」
「気になりますが」
今日中に済ませてしまいたい仕事をさっさと終わらせてしまおうと、昼餉後から部屋に籠り作業を始めてからどれくらい経ったのだろうか。
あと少しで資料を纏め終わるかな、といったあたりで部屋にお茶と八つ刻の菓子を持ってきてくれた国広に礼を言ったところまでは特に変わったことは無かったのだけれど。
机の隅に持っていた盆を置いた彼は、そのまま私の後ろ側へと回り込み徐に髪を触りだしたのだった。
「何何、くすぐったい」
「動かないでくれ」
「主、仕事中」
「分かってる」
「ええ、本当になに……」
丁寧に髪を梳かれているせいで首筋に触れる毛先がさわさわと擽ったくて、身を捩ればすぐに動くなと声をかけられる。
背筋を伸ばしたままの体勢って、結構辛いの知ってる?
何をしているのか分からないけれど、突然の行動の意図が読めずに困惑しながら脳内で軽く悪態を吐きつつ、仕方がないので仕事を進めようと止まっていた手を動かせば、満足したのか国広も再び手を動かし髪を掬い上げてくる。
「まだ?」
「もう少し」
「そっか」
「ああ」
集中しているのか、返事が雑だ。
髪は梳かし終わったのか、今は髪を束に分けられているような感覚があるので恐らく三つ編みか何かをしているのだろう、解れないように強めに編んでいるのか時折引っ張られるのが少し痛い気もするがまあ、これくらいなら我慢出来なくもないし……と余計なことは言わないでおく。
仕事の方はさっと内容の確認を済ませ保存を押したところで終了したので、まだもう少しかかるらしい彼を待つためになるべく頭を動かさないようにしながら手を伸ばして盆を自分の方へと寄せた。
今日の茶菓子は梅の花を模った上生菓子の様で、見た目にも可愛く思わず口元が緩む。
切ってしまうのは勿体ないが、そのまま丸ごと口に含むわけにもいかないのでかしゃりと一枚写真に収めてから、黒文字で一口大に切り分けて頂けば優しい甘さが口一杯に広がり疲れた体に沁み渡っていくようだった。
やはり頭を使った後は甘いものに限るのだ。
「よし、」
「あ、終わった?」
「ああ、出来たぞ」
「結局何してたの?」
「ほら」
ちまちまと菓子を味わっていると、漸く終わったのか満足そうな声が後ろから聞こえた。
なんとなく感覚的に髪を纏められているのだろうということは分かるけれど、手元に鏡は無いしどうなっているのか分からないな……と思っていたのが顔に出ていたのか、いつの間にか用意されていた手鏡を手渡されたので取り敢えず手に取り覗き見れば、所々跳ねてはいるけれどそれなりに綺麗に編まれた髪と、それを纏めている桜色の可愛らしい結い紐が目に入り思わず後ろを振り向く。
「これ、」
「どうだ、それなりに編めたと思うのだが」
「や、うん、綺麗に編めてる。……じゃなくて紐、これ私が持ってるやつじゃない」
「俺が買ってきたものだからな」
「一振で?」
「いや、清光と。あんたに似合うと思ったんだ」
そう言った国広があまりに綺麗に笑うから、思わず見惚れてしまった。
「主?」
「ううん、ありがとう、可愛い」
「そうか、それは良かった」
「わざわざ髪結うのも練習したの?」
「……まあ」
「そっか」
「乱の髪でな、清光に教えてもらいながら」
「ふふ、後で二振にもお礼言わなきゃなあ」
「?」
編まれた髪を前の方へと持ってきて、改めて結い紐を見る。
桜色の組紐は細く光沢のある糸も共に撚られているのか、光に当たるときらきらと反射してシンプルながらにとても可愛らしいものだった。
普段は髪を下ろしているし、結ぶ時も紺や朱色等の濃い色味の結い紐しか使っていなかったのでなんだか気恥ずかしい。
「随分と髪が伸びたから、結ぶものがあっても良いかと」
「清光に助言もらったの?」
「俺では良し悪しが分からないから」
「国広が選んでくれたならなんでも喜ぶのに」
「それでも、多少は気にするだろう。俺が」
「なにそれ」
真顔で何を言っているんだか。
笑ってしまった私は悪くないと信じたいけど、それでもまあ、私のためにと考えて悩んでくれたという事実が単純に嬉しくて仕方ない。
「本当に、長くなったな」
「最初どれくらいだったっけ、首くらい?」
「ああ、前田より少し長い程だった記憶がある」
「よく覚えてるね」
「まあ、」
「短いのも楽で好きなんだけどね、ここまでくると勿体ないかなあ」
「……切りたいのか?」
「ん?んー、でも、誰かさんが願掛けしてるらしいからなあ」
いつだかに伝えられたその話を持ち出せば、途端に気まずそうな顔をするのだからまったく面白い。
怒ってないよ、私だって同じようなことしてたんだから。
「んふふ、何その顔」
「いや、別に」
「切らないよ」
「そ、うか」
「まあ、切る時は国広にお願いしようかな」
「え」
「責任持ってね、あ、でもちゃんと真っ直ぐに切ってね」
「ぜ、善処する」
揶揄うつもりで口にした言葉に、いつになく真剣な顔をして頷くものだから、ついに耐えきれなくなって声を出して笑ってしまった。
そういうところが好きだよとか、言わないけれど。
大事にされて、不器用な指先が丁寧に丁寧に編んでくれた髪をもう一度見て、笑みを深くする。
「また結んでね」
「ああ」
「三つ編み以外もしてほしいな」
「……少し時間をもらえれば」
「うん、いくらでも待つよ」