建前準備はした、一応。
清光に付き合ってもらって万屋街で得てきたチョコレートは見た目の良さは勿論、中身の量も申し分なく良い買い物をしたと思っている。
手作りにしなくて良いのかと何度か聞かれたが、不味くはないけれど特別美味しいわけでもない微妙な出来のものを渡されるよりは、美味しいと最初から分かっているものの方が安心だろうし嬉しいだろうと思ったのだ。
料理は別に苦手ではないが、それは自分で作って自分で処理する分には問題が無いというだけの話であって、光忠や歌仙のように見た目も美しく味も申し分ないなんてものが作れるわけでもないし。
──と、そんな訳で今年も安定に既製品を選び、それでもせめてと綺麗にラッピングをしてもらった箱の見た目は十分良いものだと私は思う。
紺色の包装紙だったからと橙のリボンをかけてもらったそれは国広にぴったりだと思うし、こう言ってはなんだが恐らく私があげたものを喜ばない刀ではないだろう。
(手作りなんてそれこそ、最初の年くらいしかしてないもんなあ……。)
まだ本丸を運営し始めたばかりの頃は今よりずっと刀も少なくて、私も積極的に厨当番に参加していた時期があった。
その頃は現世のイベントごとを体験させてあげたくて色々と私主導で行っていたりもしたのだけれど、最近はもうその辺も厨当番や古参たちにお任せしてしまっているので私はもっぱら食べる専門になってしまっている。……手作り、手作りなあ、喜ぶのかなあ。
わざわざ作らなくても良くない?とか、相談に乗ってくれた清光に言ってしまっている手前、今更やっぱり作ってみようかな!などと言い出す気にもなれず、けれど何となく迷いが残ってしまった結果、こうして直前になってどうしたものかなと頭を抱える羽目になってしまったのだ。まったくもって愚かである。
……そして、作るにしてもその状況を誰かに見られるのは気まずい。
「でも、なあ……」
うんうん唸って、転がって、漸く出した答えのために静まりかえった本丸の中を音を立てないようそっと歩いて行き、そうして誰もいないしんと静まり返った厨へと辿り着いた。
混ぜて焼くくらいならまあ、失敗はしないはず。
駄目そうなら私が食べて無かったことにすればいい。
頭の中にいくつもの言い訳を並び立てて、棚や冷蔵庫の中から必要そうなものを一つ一つ取り出して準備をしていく。
粉類は常備されているし、チョコレートもココアも短刀達の為にストックは切らさないようにしているから問題は無い。
型も、その昔に私がお菓子を作った際に購入したものがまだ残っているはず。
ざっと集めたにしては十分すぎるそれらに安心し、無理矢理にでも気合を入れるために髪を纏めて袖を捲る。
もうここまできたらなるようになれでしかない。
あまり遅くまで時間がかかるものは作れないし、失敗するのも嫌だからと決めた、粉類とバター・牛乳・卵を混ぜて焼くだけの簡単なそれは、いつだかに彼らと作ったものだった。
懐かしいな、あの頃はまだ布を被っていて、裾に付いちゃうからそのままにするなら結ぶか纏めるかして!と怒った記憶がある。
かちゃかちゃとボウルの中身を混ぜながら、予熱しておいたオーブンが音を立てたのを合図に型へと生地を流し込んでいく。
空気を抜くためにトントンと底を調理台へと打ち付けて、見栄えのために表面には残っていたビスケットを敷いてからオーブンの中へと入れた。
焼き上がりを待っている間に洗い物を済ませてしまい、その後は焦げてしまわないように確認をしながら完了の電子音が鳴るのを待った。
暫く経ったのち、静かな室内に響く電子音は常よりも大きく聞こえて、慌てて止めながらオーブンを開ければ割れる事なく綺麗に膨らんでいるのがわかって少しだけ安心する。
竹串を刺して中まで火が通っていることを確認してから網の上に乗せ、軽く冷ましておく。……とまあ、順調に作り終えてしまったのだけれども。
ほっと一息吐いたところで、問題はこれをどうするかなのだ。
「……やっぱり、お店ので十分じゃないかな、私が作ったのなんている?」
どうせなら最後まで今までの勢いでいってしまいたかった。
急に我に返ってしまったものだから、ほかほかと湯気を上げるブラウニーを前に立ち尽くしてしまう。
渡す?本当に??今ここで食べてしまえば誰にもばれずに無かったことに出来るのでは?
最初に並び立てた言い訳達が再び脳内をぐるぐると駆け巡っていく。
端っこ味見して、食べられる味だったら夜戦帰りの短刀たちに残しても良いかな、それならまだ生産性があったと思える気がしないでもない、よね。
乗せたビスケットに合わせて切っていき、切れ端を手に取り食べようとしたところで急に後ろから誰かに腕を掴まれた。
突然のことに心臓はバクバクと速度を上げて脈打っているし、慌てて左後ろを振り返ればそこには現状、一番会いたくない顔がそこにあって思わず固まってしまう。
「うまいな」
「は、え、?」
「ん?ああ、驚かせたな」
「な、なんで食べちゃうの」
「駄目だったか、美味かったぞ」
「駄目とかじゃ、ないけど、え、?」
「??」
驚きすぎてまだ心臓は痛いし、なぜか勝手にブラウニーは食べられているし、なんだかもうよく分からなくなってしまって泣きそうだ。
国広は私が食べるはずだった切れ端の残りをもくもと食べているが、私が鼻をすすったあたりで漸くなんだかまずい気がするぞとでも思ったのか慌てて私の顔を覗き込んでくる。
「あ、主?」
「なに」
「すまない、何か嫌だったか?」
「違う、自分が情けないだけ……はあ、ごめん取り乱した」
「いやそれは構わないが、」
「……それ、美味しい?」
「あ、ああ、美味いぞ」
「そっか、うん、ならもういいや」
「?」
国広はきょとりと少し首を傾げている。
散々言い訳を並べて逃げようとしていた自分が馬鹿馬鹿しくなっただけ、国広は何も悪くない。
「本当は、ちゃんとしたの準備してたの」
「準備?」
「バレンタイン、覚えてる?」
「……ああ、成程」
「買ったものの方が美味しいし綺麗だしって思って。けど、なんとなく、それだけじゃあ寂しくてね」
「これは、俺が貰って良いのか」
「まあ、そうだね、全部食べてくれるならいいよ?」
「残すわけがないだろう」
「……馬鹿」
残すわけがないのか、そっか。
それなら、作って良かったのかもしれないな、簡単すぎて手作りと言って良いのかもわからないようなものだけど、美味しいと言ってくれるならそれで良いや。
買ってきた、綺麗にラッピングしてもらったあれはせっかくだから後で二人で食べようか。
「昔」
「ん?」
「皆で作ったな」
「覚えてるんだ」
「ああ」
「来年は、また皆で作ろうか」
「それも良いな」
「ちょっとしたパーティーになっちゃいそう」
「それもまた、想い出になるだろう?」