人の我儘私が死んだら、私の事なんて忘れてその先の世を見続けてね。
いつだかに思い付いたその言葉をぽろりと口にすると、途端にその綺麗な顔が不機嫌なものに変わっていった。
「何故」
「なぜって、だってどう頑張ったって私の方が先にいなくなるのに、いつまでも私のこと考えていてもしょうがないでしょう?それなら、私の事なんてさっさと過去のものにしてほしいよ」
「……」
「ちょっとだけ悲しんでくれたら、それだけで十分」
「しかし、」
「例えばの話だよ?」
そう笑った私に対して、何かを言いかけて口を開いては、言葉にならないのかきゅっと唇を噛む彼の頬に、傷になってしまうよと手を添えれば、くしゃりと泣き出してしまいそうなほどに顔を歪めるものだから驚いてしまった。
「くにひろ、」
「主は、」
「ん」
「主はそれで、いいのか」
「それは、どういう意味で?」
「俺が主のことを忘れても、許してしまうのか」
「うん、許すよ。言ったでしょ、むしろそれを望んでる」
だって、彼らと違ってただの人間である私の命なんてものはすぐに尽きる。
命を落とす理由が寿命でなのか、戦でなのかはわからないけれど、それでも彼らからすればきっと、私と過ごした日々なんてものはほんの一瞬のひと時だろう。
でもそれで良い、十分だ、だって私はいまこんなにも幸せなのだから。
幸せだから、幸せだったから、そこで終わりにしてほしいんだよと、このやさしいかみさには伝わるだろうか。
「国広、私ね、いまが一番幸せなの」
「、?」
「それは皆がいてくれるおかげだし、何より、貴方が傍にいてくれるから」
「ああ、」
「だから、それ以上はいらないの」
綺麗な顔をくしゃくしゃにしながら私の言葉を聞いている国広の、まろい頬をさらさらと撫でながらそう告げれば彼はそっと目をつむりながらゆっくりと息を吐いた。
それから同じくらいゆっくりと開かれた国広の瞳には確かに怒りを孕んでいて、本音を言わないと許してくれないのだろう、けど、これだって十分本音なのだ。
「……大好きで、大切だから、私に囚われてほしくない」
「だから」
「忘れてほしいだけ、だよ」
「……そうか」
「うん、」
そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけどなあ、なんて。
「今すぐに死ぬわけでもなし、その時が来たら、の話だよ」
「わかっている」
「じゃあ、」
「わかってはいるが、理解したわけじゃない」
「そんなの屁理屈だ」
「ああ」
ずるい、なんて私が言えることじゃないけれど、そんなのはずるい。
だって私はどうしたって皆のことを置いていくのに、最期の我儘くらい聞いてくれたって良いじゃないと思うのは、そんなにも酷いことなのだろうか。
こういう時、私は人間で彼は刀なのだという事実をまざまざと突き付けられて、それがどうしようもなく苦しいんだよ。
「主」
「、なに」
「顔を上げてくれ」
「……やだ」
「何故」
「ひどい顔してるから」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないから言ってる、」
先刻、私がしたようにそっと頬に触れてくる指先は温かい。
あたたかくて、不器用で、優しいその指先が苦しい。
「いじわる」
「ああ」
「ちょっとくらい、折れてくれたっていいじゃない」
「こればかりは無理だな」
「なんで」
「大切だから」
「っ、」
「大切な記憶だから、最期まで持って行く」
ぽろりとひと粒、私の頬を滑り落ちていった涙を指先で払いながらそう言った国広に、もう返す言葉なんて見付からなくて。
今度は私が言葉にならない声をもらしながら、ぽすりと一回彼の胸を叩くので精一杯だった。