「ひととき、あなたと円舞曲を」 音楽家が奏でる円舞曲は自然とふたりの動きを軽やかにし、それに合わせて赤と金の髪も揺れ、イングリットが纏うドレスの裾はふわりとなった。
内心ではあまり気のすすまぬ集まりであったが、こうして自然に息が合うのを感じながら踊っていると調子が良い事にそう悪くはない夜だと思えてきてしまう。
視線を交わしゆったりと動いていると、鳶色の瞳に優しく微笑まれイングリットの顔にもまた柔らかな笑みが浮かんだ。
出立前に支度を急いでとせかした時の表情とは全く違う事を思えば少しだけ可笑しくなる。ああいったやりとりは変わらず自分たちらしいと感じるが、この瞬間ふたりの間にある愛情深い微笑みもまた数年前まではなかった『らしさ』なのだと今では彼女も素直に思う事ができた。
他の男女と接触する事がないよう自然に先導してくれるシルヴァンは相変わらず器用で、そんな彼が踊り始めで少し遅れたのが不思議なくらいだ。思いつかないその理由がどこかの美しい人に見惚れてというものではないといいけれど。そう頭の片隅で刹那考えたイングリットの唇がくすりと小さな笑みの音を立てた。
会話はなくとも息は合って、滑らかなステップはなおも繋がっていく。
有事の時にすぐに駆け出しづらい、そんな踵の高い靴が好きではなかったし今でも好みであるとはとても言えない。だが、いつからだろうか──少なくとも恋に落ちてからなのは間違いないが、こうしてシルヴァンと手を重ねて踊っている時は少しだけこういった華奢な靴も悪くはないと思うようになった。
それは僅かではあるが身長差が埋まり目線の位置が近づいた気がするから。例え錯覚であっても、彼の見る景色が理解できるような気がするからだ。
だが、口にしたが最後夫は調子に乗るだろうと、それはきっとイングリットだけが知る秘密のまま。
微笑めば同じものが返ってきて逆もまたそうである事が嬉しく。それは日常のひとときにも在る場面の筈なのに、ゆったりと踊りながらだとまた別のときめきが胸に生まれる気がした。
せっかくだから踊らないかと言われ、一曲だけならときちんと前置きをしてシルヴァンの誘いを受けたというのに。
うっとりするような心地よさは触れ合う指の先からつま先までイングリットの身体に伝わっていって、ふたりきりでならばもう幾度か踊ってもいいのに──と密やかな望みを象った。