お題:木漏れ日、木陰 碧色の瞳を瞼で隠し、ひと時の間イングリットは夢の中にいた。
頬を陽気が良い日の風に撫でられていたせいなのかその夢は暖かくて優しいもので、覚醒が訪れてゆるゆると持ち上げた時の彼女の胸は酷く幸せな気持ちで溢れていた。
木陰に座っていた事もあり日が高くとも眩しさは感じず、だがその代わりに違和感に気づく。
預けている幹の固さだけではなく、肩に触れるものがあったのだ。
視線を動かし左側へ向けると気配があった。そのまま少し上に目を向けると、知りすぎている横顔が映る。
「どうしてここに?」
部屋で本を読んでいたはずでしょう、とイングリットが続けると、赤い髪が揺れると共に手元へと向いていた瞳が彼女の方を見て細められた。
「気分を変えて外で読むかと思ってここにきただけさ。そうしたら、先客がいた」
「起こしてくれたらよかったのに」
「──夢見がよさそうな寝顔だったからな」
夢見……と言われ、イングリットの胸の奥がとくんと微かに高鳴る。
それはシルヴァンの気遣いに生まれた喜びの反応であり、そして良い夢を見ていたと指摘された事への驚きの反応でもあった。
そう、彼が言ったとおりイングリットは幸せな過去を映した夢の中にいたのだ。
今では遠い遠い両手の指を折っただけでは足りない、今日のような麗かな日の幼い頃の記憶。
「夢の中でも、あなたは眠っている私たちの隣で本を読んでた」
今よりもずっと若くて幼いシルヴァンの姿を思い出し、イングリットは微笑う。
自分と幼馴染たちが走り疲れて眠り、その傍で静かに頁をめくる少し年上の人の指。眠りに落ちる中で見た、夢でありながらかつて現実でもあった情景はあまりにも懐かしかった。
あの頃と変わったものも多く、だが変わっていないものもあると思えるのは隣にいる人の存在があるからだ。
「お前たちが寝ていると静かで読書も捗ったよ。──それと何より、あの頃の俺には居心地がよかったんだ。あの時間が」
シルヴァンのその言葉だけで、見た夢の内容まで知られているのだとイングリットは理解する。
おそらくは『私たちの隣で』という一言で、彼は悟ったのだ。いつの頃の記憶を夢に見たのかを。
「それは私も同じだわ。──あの頃と同じ、夢でだってとても幸せだった」
イングリットの微笑みが、葉の隙間から溢れるファーガスの春の陽の光に溶けた。
その下で合わせた瞳に互いを映して、夢に見た同じ記憶を想う時間はただ穏やかで優しい。
イングリットの手に硬い手のひらがそっと重なる。その熱は、木漏れ日のあたたかさにとてもよく似ていた。