《綾人蛍》それ、お姫様だっこって言います綾人さんに付いてきてもらったのは正解だったかもしれないと、伸された宝盗団に囲まれて思う。その宝盗団と同じようにくたりと地面に倒れながら。
全身の力がすっと抜けて動けない。噂には聞いていたけど、ここまで効果が強すぎる薬品が出回っているなんて大問題だ。だからこそ蛍が駆り出されたわけだけど。
刀を納めた綾人さんは、そっと蛍を抱き上げて眉を顰めた。ごめんなさい。なんとか力の入る腕でしがみつきながら謝罪をする。
「お怪我はありませんか」
「うん、薬品被った以外は大丈夫」
「それは大丈夫とは言いませんよ」
縋りついて命乞いをする男を長い脚で蹴飛ばし、宝盗団の山を抜けていく。横抱きのままゆさゆさ揺らされて、どこからか現れた綾人さんの部下達が手際よく処理していくのを遠ざかりながら眺めた。
ひとりでも問題ないなんてくだらない意地を張ったけど、最後まで世話になりっぱなしじゃないか。
かっこいいところも見せられなかったし、何より手を煩わせてしまった。本来は綾人さんのお仕事じゃないのにこんなに大勢の人を巻き込んで、挙げ句動けなくなって運ばれているなんて、情けなくて涙が出そう。普段はそんなことで泣いたりしないのに、薬品のせいで筋肉が弛緩している分、涙もろくなっているのかもしれない。やだ、本当に泣きそう。綾人さんにバレる前に胸元に顔を埋めて隠したつもりだった。
「蛍さん、汗臭いでしょう」
「いい匂いするから大丈夫」
「そういうことでは……。ほら、お顔を見せてください」
泣いてるところなんて放っておけばいいのにと思う反面、今日のちょっとだけ弱った蛍は、綾人さんがそうして拾い上げてくれたことが嬉しかった。
旋毛に優しく落とされたキスに、ゆっくり顔を上げる。
「どこか痛みますか」
「ううん、それは平気。……迷惑かけちゃったなって」
「迷惑だなんて、誰がそんなことを言いました?」
む、と子どもに言い聞かせるように優しく咎める。
そう、誰も言わないけど、でもみんな優しいから、そんなこと口に出したりしないでしょう。迷惑だなんて思ってないのも本当かもしれないけど、その優しさに甘えているみたいで申し訳なくなる。
「今日は泣き虫ですね」
「うう」
「ふふ、貴方のお世話ができることが嬉しいんですが」
伝わりませんか、と柔らかく微笑む綾人さんが、やさしくて、うれしい。止まらない涙のせいで綾人さんがぼやけて、ぐりぐり目を擦った。
綾人さんの脚はもう目的地に着いたようで、ぱっと門をくぐり抜ける。あちこちから聞こえてくる声からしてここは神里屋敷だろうか。
おかえりなさい、と次々飛んでくる中、抱き上げられた蛍に困惑する声も聞こえる。恥ずかしい。
でも顔はぐちゃぐちゃだし、まだまだ薬品のせいで力は入らない。私のせいでみんなの綾人さんのことひとり占めしてごめんなさい。
「私の部屋で構いませんか。布団を用意しますので」
「椅子でいいよ、汚れてるし」
「私がそうしたいのです」
蛍はそうしたくない、と言っても、意外と頑固な綾人さんは聞き入れてくれないだろう。そうして大人しくされるがままいれば綾人さんが嬉しそうに笑うものだから、まるで甘えているのが正しいかのような気がしてくる。
襖を膝で蹴り開けたかと思えば、遠くからトーマが若、足! なんて叫んでいるのが聞こえた。
そうしてトーマがすっ飛んでくる前に、部屋の隅に畳まれたままだった布団を脚で広げてそっと蛍を寝かせる。トーマが見たらひっくり返っちゃうんじゃないかな。ごめんね、あとでちゃんとお行儀悪いよって怒っておくから。
くしゃくしゃのシーツからは綾人さんの匂いがする。いつもならいっぱいに吸い込んでは落ち着くなあだなんて楽しむところだけど、今日は埃だらけなのがいたたまれなくてそわそわしてしまう。
「ふむ、まだ動けなさそうですね」
「ごめんね、迷惑かけて」
「すぐ謝るのは貴方のだめなところですよ。もっと私を頼って」
「若、桶はここに置いていきますね。蛍もお大事に」
悪いことをしていないのに謝ってはいけませんと。
関係なかったトーマにだって迷惑かけちゃったのに、悪いことじゃ、なかったのかなあ。綾人さんに身体を拭いてもらう日が来るなんて思わなかったけど、これも、迷惑じゃ、ないんだろうか。
「綾人さんは優しいね」
「恋人に厳しい男がいるものですか。まあ、貴方がいつまでも意地を張るので少しだけ怒ってはいますが」
「意地を張ってるつもりはないんだけど……難しいね」
「貴方の肩の力が抜けるまで、こうして甘やかし続けるのみです」
甘えるって、頼りにするって、なんだろう。蛍には上手な甘え方がわかりそうになかった。
痛くないですか、なんて恐る恐る拭くからあんまり綺麗になってないし、ふわふわ撫でるだけのタオルがちょっとくすぐったいくらい。
うーん、もっと強めに拭いてってお願いするのは、甘えるに入るのかな。