生命はどこから? 「綾人さん、子ども産んで?」
突然の恋人の発言に綾人は筆を持ったままピシリと固まった。先日恋人になったばかりの彼女は、今までの茨道をどう通ってきたのだろうと思うほどに初々しい反応を見せていた。
口づければ顔を真っ赤にして固まってしまうし、抱き寄せれば身体が岩になってしまったのかと思うほど硬直させている。ゆっくりと段階を踏んで、何度も触れてきてやっと綾人の腕の中で緊張しつつも幸せそうに笑みを浮かべるようになったのだ。それが、何故こんな話になったのだろうか。
「…蛍さん?どうして突然そんなことを?」
内心の焦りを表情に出さないようにしながら、彼女に問えば蛍は花が萎れたかのように表情を暗くして口を開いた。
「昔お兄ちゃんには、コウノトリが連れてくるんだよって言われたけど鳥が運ぶには赤ちゃんは大きすぎるでしょう?でも、空はそれ以上教えてくれなくて…」
それは当然だろう。双子の兄妹として妹に交わりの話なんてしたくないし、綾人だって綾華に話してほしいと言われても上手く躱して逃げるだろう。兄の気持ちとして空の思いはわかるが、恋人としては無垢すぎる彼女に身の危険に不安を覚えるため教えておいて欲しかったという気持ちが綾人の中で混ざりあっている。
「だから誰かに聞けないかなと思って、パイモンも知らないって言うしトーマがいたからトーマに聞いたの」
その場に綾華がいればもう少し違った結果があったかもしれないが、既に時は遅い。
「トーマは綾人さんなら叶えてくれるかも、って言ったから」
間違ってはない。ただ、根本の問題点は全く解決できていないし、逃げたなトーマ。
内心でトーマへ私怨を覚えるが今はこの状況をなんとかしなければならない。
「綾人さんなら子どもを産めるの?」
「子どもを産むのは女性ですよ。まぁ、私も手助けはできますが」
と言うより、男女が共にならなければ子どもは授からないがそれよりも、綾人は確認しなければならないことがあった。
「どうして急に気になったのですか?」
彼女と恋人になってから、そういう男女間のやり取りの話を蛍としたことはない。彼女は綾人から与えられるものに手一杯で他のことを考えている余裕もなさそうに見えていた。
「だって、子どもが生まれたら綾人さんと家族になれるでしょう?」
がん、と頭を殴打されたような衝撃を得た気がした。
彼女は外から来た異邦人で、兄を見つけたら他の世界へ旅立ってしまう。それでも繋ぎ止めておきたくて、恋人になっても繋ぎ止めておけるかは不安定だった。それを、彼女が自ら繋ごうとしてくれている。
「私と家族になってくれますか?」
真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて告げると彼女は鈴が鳴るような声で答えた。
「うん、なりたい。だから、綾人さん。ちゃんと教えてね?」
無垢な彼女が眩しくて、綾人はその額へ軽い口づけを落とした。