茨視点茨目線
全て、自分のわがままだった。
あのとき弓弦の寝込みを襲ったことも、娘を自分で育てようと決めたことも、弓弦と一緒に暮らすことを選んだことも。
リスクなんて承知だった。これが知られたらアイドル人生はおろか、コズプロはもちろんスタプロにもfineにも影響が出るってことも。
わがままを押し通してリスクを取った結果、俺はそれなりに幸せだった。
家族なんてくそったれだと思っていたあの頃が嘘のように幸せになった。
Eveの二人は付き合っている。
それを知ったのは自分が弓弦と娘と暮らすようになって三年くらいが経過したある日で、ライブ前日のホテルで腰を抱いて廊下を歩く二人を見た。
最初は、気のせいかと思った。
しかし、一度気がつけば色々な兆候に気がつくものである。
「……日和くんとジュンは好きあっているの?」
「……みたいですねぇ」
閣下と二人で楽屋に戻ろうとパーテーションの奥をのぞいたら、二人がキスをしていたので。
同時に自分と閣下の疑惑が確信に変わった。
頭を抱えた俺に、閣下が幸せなのはいいことだねなんてニコニコで言ってきたことが忘れられない。いやまあそうだけども。殿下のめんどくさいご実家というか家柄のことを考えると手放しでは喜べな……いや俺が言えることじゃないか……と、諦めた。
最初は、知ったところでなんの変化もなかった。付き合っているんでしょう?と聞くきっかけもなく、時が過ぎて行く。一度だけいたずらに二人のホテルを同室で取ってみたら、なんの反応もなく受け入れていたのでもはや突っ込むのもバカらしくなってそれからはずーっとそのまま。
あのときは弓弦と少しギスギスしていたので八つ当たりというかヤケクソというか、まあそういうこともあって私情のせいで投げやりだったというのもある。
去っていくジュンの背中をみて、つい拳を握りしめる。誰も悪くない、誰も悪くないのだ。
その証拠に俺は微塵も傷ついてない。傷つくようなことを言われてない。ジュンが一方的に自分を責めたようで、実際はジュンが自分で自分の心臓をナイフで刺し続けただけだ。
誰にもどうしようもできないことだった。
神様のいたずらは、気まぐれで、卑怯で、不平等だ。
____もし。もし、ジュンも自分と『同じ』だったならば。
それはそれで色々なトラブルやら難題やらに見舞われたと思うけど。……大変で辛いことばかりではないと思う。
そりゃあやっぱりいいことばっかりじゃない。アイドルである以上、世間のこともあるがそれだけじゃない。人を一人育てるということはとんでもない責任が伴うし、それだけ悩むしそれだけ大変だ。
でももし、『そう』だったとしたら____
ジュンは、俺だけが持っている卑怯者のように言ったけど。
そんなの、俺だって持っていてほしかったに決まってる。
直接言葉にするのは、難しい。
スマホの画面を見ると、殿下からだった。ああ、やっと呼ばれたのか。そう思い、ロックを外す。普段は既読をつけずにとりあえずトークを読むのだけど、まあすぐに返信できる案件だろうと思ってパッと開いてしまった。
文字を見て、固まる。
『ジュンくん、妊娠してた』
一文だけだった。
絵文字もスタンプもない、ただそれだけ。
ガタン、
スマホが手から滑り、テーブルに落ちた。
うそだ、と思った。
そんなの、俺が一番予想してなかった。
だけど殿下はいたずらに嘘を言う人ではない。ジュンのことならなおさらだろう。
慌ててスマホを拾い上げる。追いのメッセージは何も来ていない。
本当に?だとか、おめでとうございます、だとかそう打ち込むのも違う。
なんなら今自分は目の前に病院が見えるカフェでPCを開いているんだから、やるべきことは。
『今どこですか?』
パッと既読がつく。
帰ってきた返信には、病棟名と部屋番号が書かれていた。