桃色の髪のおにいさん私のお母さんは、忙しいらしい。
朝、誰もいないなかよしルームに預けられて、先生と二人っきり。
しばらくすると、他の子もやってくるけど私よりも先に帰ってしまう。
ぽつん、とひとり。今日は一つ下の男の子が棚に頭をぶつけて大怪我をしてしまい、先生は電話越しにぺこぺこと謝っていて忙しそう。
ふと、ガラス扉の向こうに何かが見える。
ピンク色の髪、緑色の瞳、目が合うとその人はぱちくりと瞬きをするとどこかに行ってしまった。
「ユリカ、」
そう声をかけられて顔を上げる。
先生はまだ電話中だ。
「お父さん……?」
「ええ、お迎えに来ましたよ」
お父さんがお迎えにくるのは、はじめてのことだった。
私のお母さんとお父さんは、あんまり仲良くないみたいだったし、お父さんは私のことを好きじゃないみたいだから。
「今までも、ずっとひとりぼっちだったのですか?」
試しに抱っこをねだったら、お父さんは快く抱き上げてくれた。
お父さんに抱きついたまま、ふるふると首を振る。
「今日は、先生が忙しかった」
「お友達は?」
「夕方には帰っちゃう」
「そうでしたか」
気づけなくてごめんなさいね。とお父さんが言った。
たどり着いた場所は、お母さんのいるこずぷろとは違う、明るくてカラフルな事務所だった。
「ここは?」
「わたくしの事務所ですよ。お母さんとわたくしは事務所が違うのです」
へぇ、そうなんだ、と身を乗り出して事務所を覗き込む。
そのとき、向こうに見覚えのあるピンクの髪が見えた。
「弓弦!」
瞳がこちらを捉えると、その人はすぐにこちらに駆け寄ってきた。
「はじめまして、ユリカちゃん。僕は姫宮桃李。よろしくね」
その人はそう言って、私の頭を撫でた。
心地よくて、温かい手。笑顔がとても眩しくて、私はすぐに桃李くんが大好きになった。
お父さんの腕から降りて、桃李くんと手を繋ぐ。
すたぷろと言うらしい、お父さんと桃李くんの所属する事務所から、誰かが出てきては私にお菓子をくれた。
もらった金平糖をみて桃李くんを見上げると、少し悩んで「食べたことある?」と聞いてきた。こくん、と頷く。甘い砂糖のお菓子だ。
「ボクたちだけの秘密だよ」
封を開けた桃李くんが、私の口の中に金平糖を一粒放り込んだ。
甘い味が、口の中に広がっていく。
そうしているうちに、お父さんが帰ってきた。
参りましょう、とお父さんが言う。
そのとき、ふと思い出した。お父さんには『坊っちゃま』っていう大切な人がいたはずだった。
ESを出ると、目の前には真っ黒な車が停まっていた。
お父さんが扉を開けると、桃李くんが私を乗せて、そのあと自分も乗り込んできた。
お父さんは助手席に乗ろうとしたけど、桃李くんに手招かれて私たちと同じ席に座った。
「桃李くん、どこにいくの?」
「これからボクのおうちで一緒にご飯を食べようと思ってるんだ。どう?嫌かな」
「ううん、楽しみ」
ほっとした様子で、桃李くんは笑う。
「ならよかった!何か食べたいものはある?」
「うーん……?」
「あはは。弓弦、ユリカが好きそうなものってリクエストしておいて」
「あの、坊っちゃま、」
「いいの!」
「……承知いたしました」
一瞬怖い顔をした桃李くんは、ぱっと笑顔になると、楽しそうに私に色々と聞いてきた。
お母さんのこと、なかよしルームのこと、今日あったアイドルたちのこと、そして、お父さんのことも。
桃李くんはコロコロと表情を変えながら、楽しそうに聞いてくれた。
喉が渇いたなぁと思ったらジュースが出てきて、口寂しいなぁと思ったらクッキーが出てきた。
その度に桃李くんを見上げて、お父さんを見上げるけどお父さんは桃李くんになにも言えないのか苦笑して頷いていた。