性格難有 人の縁とは不思議なもので、交わらないと思っていた人物が身近になったりするものだな、と宮城は思った。
「何?俺、顔汚れてる?」
「いや、何でも無い」
大きなピザを頬張る沢北とは高校2年の夏、対戦相手として出会った。相手は格上の優勝候補。住む世界が違うと思っていた宮城は今、沢北とアメリカで食事をしていた。
「でも、良かったよ。宮城がいてくれて」
沢北は大きなドリンクをゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み込んだ。
「日本語でバスケの話しながら、飯食うの久しぶりだもん」
「そりゃどーも」
留学先のアメリカで再会した二人は試合後、沢北が「お前、流川のとこの!ガードだろ!?」と声を掛けた。妙に必死な様子に宮城は少し引いたのは内緒だ。聞けば、バスケの評価は高い沢北だが、プレー中以外の英会話に慣れず久しぶりの日本人との会話に餓え、必死になっていたようだ。
今だって、先にアメリカにいた沢北より宮城の方が英会話は達者で食事の注文だって宮城が行ったのだ。
「宮城は日本、恋しくない?」
「俺はずっとこっちいられる訳じゃないし、いれたらいいけど」
実際、宮城も沢北との実力も評価の差もわかっており、アメリカには長くいれないだろう、と思っていた。チームから声が掛からなければ留学の期間が終わり、帰国となる。留学期間内にどこまで活躍できるか、できる限りの事はするが今のところ、正直望みは薄い。帰国した場合、次の代に経験を伝えるので、どこにいてもバスケは続けるつもりだが。
「つーか、こっちくるなら他はともかく英会話勉強してこない?」
「勉強するよりバスケしてたくて」
「いや、それはわかっけどさ」
親しくなってわかったことだが、沢北はバスケ以外はほっとけ無いタイプだった。
「俺も勉強は得意じゃなかったけど、英会話だけはちゃんと習ったぞ」
「何?教室とか行ったの?」
「いや、英会話教室行く金なんて無かったから彼女が英会話教室行って、そこで覚えてきたこと教えてくれた」
沢北はピザを持ち上げた手を、一瞬止めた。
「へー、宮城、彼女いたんだ」
「まぁな」
眉毛を片方だけ上げて、宮城は愛しい彼女の笑顔を思い出しながら笑った。
「うわっ、ムカつく」
沢北はテーブルの下で宮城の足を蹴るが、宮城も負けじと蹴り返した。
「いいだろ、お前、女性ファン多いじゃん」
「でも、ファンと彼女は別じゃん。なぁ、いつから付き合ってんの?留学前からなら高校からか?」
「ん、高校の部活引退してから」
「あー、いーよなー、普通科は!女子いっぱいいて!工業高校なんて女子はレアキャラだぞ。そういえば、湘北ってマネージャーも女子だったよな」
それから沢北は、湘北と対戦した時の事を思い出した。
試合前の練習中、妙にニヤけた弟に河田はつっかかった。
「何だ、お前、デレデレして。試合前だぞ?」
「兄ちゃん、湘北のマネージャーさん女子だよ。さっきボール拾ってもらっちゃった。何年生だろ?大人っぽい人だったよ」
嬉しそうに笑う美紀男に山王メンバーの視線が集まった。いくら最強といえ、男子高校生、異性の存在は気になる。
「女子マネ、だと……」
「落ち着け、一斉に見るとバレるぴょん」
「一人ずつ順番に見ればいいんすね」
「女子マネのいる学校には絶対負けられん」
コートの外にいる監督からは距離はあるが、あまり騒いではバレてしまう。それぞれのタイミングで、こっそりと湘北のベンチを確認した。
「くそっ、美人だった」
「ダメだこれ以上、騒ぐと監督にバレる」
確認したメンバー達は悔しさで奥歯を噛み締めていた。一人を除いては。
「でも、ちょっと高校生にしては派手じゃないっすか?俺はもっと地味系のが好きっすね」
唯一、湘北マネージャーに批判的な沢北を他のメンバーは睨みつけた。本来であれば、技の1つでもかけられるところだが、ここで騒いでは監督にバレると河田は堪えたのだ。
「てめぇ、自分が選べる立場だと思って」
「だいたい、男の運動部のマネージャーやるなんて、絶対性格悪いかキツいか問題有りっすよ」
「お前、女子マネに恨みでもあんのか?」
「なーんて事があってさ、あの人達、女子マネに夢見過ぎだよ」
「ほぉ。女子マネは性格悪いかキツいと」
何気ない思い出話のつもりの沢北にバレぬよう、宮城は拳を握った。
「いや、だってそうでしょ?実際、湘北のマネージャーさんってどうだった?美人だけど、高校生にしてはケバかったじゃん」
宮城は次の試合は絶対勝つ、と誓いながら、握った拳をゆっくり開いて、山王戦前夜、彩子のくれた言葉を思い出した。
「他は知らないけど、湘北の女子マネはみんな性格良かったよ」
実際、彩子だけでなく、晴子だってよくやってくれた。部員たちが救われた事が何度もあった。中でも、自分と一学年下の自称・天才は特に。
「え?みんなって?一人だったよな?」
沢北は、首を傾げながら宮城に尋ねた。
「後から増えたから」
「は〜?ズリ〜よ!!」
「いいだろ、どうせ性格問題有りなんだろ?」
「それとこれとは話は別だろ!」
こうして二人はピザを食べながら、机の下の攻防を続けるのだった。
試合前、沢北はチームメイトから一人の観客について尋ねられた。「彼女はエージの知り合いか?」と。チームメイトの指す方を見ると、そこには日本人と思われる女性が一人で座っていた。どこかで見た気もするが、知人では無い。「違う」と伝えるとチームメイトが「エージのファンじゃない?声かけて見れば?」「彼女いないんだろ?」と笑われた。
実際、ここで日本人に見かけることは少ない。よほど熱心なファンか取材程度だ。
それに、確かに彼女はいない。普段なら「俺はバスケに集中したいから!」と返すが、妙に引っかかったのは同類だと思っていた宮城に彼女がいたことを知ったばかりだという事と、その観客がとびきり美人だったからだ。
「こんにちは」
「こんにちは?」
運良く彼女が一人でいるところを見つけた沢北は、彼女に声を掛けた。この挨拶をするのは久しぶりだった。
「良かった、日本語だ」
「日本から来たからね」
遠目で見ても華やかさはわかっていたが、間近で見ると彼女だけ輝いているかのようだった。最初に見た時は、座っていたので気付かなかったが立っているとスタイルも良い。
「やっぱり。チームメイトが君を見付けて、きっと日本人だって」
「日本人だとなにかあるの?」
「きっとエージのファンだろ、って」
彼女は落ち着いた様子で返事をする。沢北の発言に小さく笑った。
「でも、君は違うみたい」
「何でそう思ったの?」
「ファンならもっとキャーキャーするから」
「流石、高校からちやほやされてた選手は違うわね」
溜息をついてから、彼女は笑った。沢北はその様子に「落ち着いてるし、流石に年上かな?全然有りだけど」や「最初は俺に興味無い方が燃えるし」とあれこれ考えはじめ、とにかく名前と連絡先だけでも聞き出さねばと手を伸ばした時だった。
「アヤちゃんっ!」
二人の間に宮城が飛び出してきたて、二人の間に割って入った。彼女も宮城を「リョータ」と彼を下の名前で呼んだのだ。それは随分と呼び慣れた感じだった。
「おぉ、宮城、オッス」
友好的に挨拶をする沢北に対し、宮城は沢北を睨んだ。
「あ、宮城の知り合いだったの?」
知り合いという距離感のある表現にイライラする宮城は「あぁ?」といつもより低い声で返すと彼女も「リョータ、止めなさい」と呆れたような、でもその中に愛情を含んだ視線を宮城に送った。
「あ、お姉さん?」
「お姉さんじゃねーよ、アヤちゃんは俺の彼女!」
宮城はそう叫ぶと、沢北は大きく口を開けた。沢北が声を掛けた女性は、宮城の彼女、彩子だったのだ。
「嘘っ!?」
「嘘じゃねーよ」
「や、悪い、美人だったからつい……」
沢北が彩子の顔をジッと見つめる。3秒持たずに照れて視線を外す沢北を見逃さなかった宮城が再度、睨む。すると、突然、彩子は大きく口を開けて豪快に笑ったのだった。
「バスケ界注目の沢北選手に『美人』って言われた事は、帰ったらみんなに自慢するわ。でもね、私、性格に難ありよ?」
たった数秒のやり取りだが、沢北には彩子が性格が悪い女には見えなかった。首を傾げる沢北に宮城も耐えきれず、吹き出した。
「ダメだよ、アヤちゃん」
「何だよ、二人して!」
てっきり自分のファンだと思って声をかけたことだけでも、恥ずかしいのに、二人に笑われて沢北の顔は真っ赤だった。
「だって私、湘北バスケ部のマネージャーしてたのよ?」
彩子の発言に沢北は、過去の自分の発言を思い出し顔を青くした。
「いや、それはまぁ、そういう子が多いかなー、ってだけの話で……」
「まぁ、冗談はほどほどにして、せっかく私が見に来たんだからいい試合見せてよね?」
彩子が宮城に向かってウインクをすると、宮城は彩子の手を握り「任せて」と力強く応えた。すると、彩子は「じゃ、リョータ、また後でね」と客席へ戻っていった。
宮城と沢北が二人になると、宮城は再び沢北を睨んだ。
「お前な〜!」
「だって知らなかったから、宮城の彼女だって!」
「日本人は全部俺のファンってどういう発想なんだよ!」
「俺の方が有名じゃん」
「それはそうだけど……」
宮城は沢北の発言に怒りを覚えつつ、現時点では事実なので返す言葉が無かった。
「決着は今日の試合でつけよう」
「じゃ、俺が勝ったらアヤちゃんとデートしてもいい?」
「はぁ?今日は俺が絶対勝つ!!」
こうして、この日は宣言通り宮城のチームが勝利した。沢北はチームに戻るとチームメイトに「宮城の知り合いだった」と告げると「それは残念だったな」と笑われたのだった。