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    にしな

    @P15_44C

    🔞吐き溜め

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    にしな

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    ジェイドと初代ちゃんと、名前のあるオリキャラ後輩と、レオナ・キングスカラー。

    #twstプラス
    twstPlus
    #twst夢

    ここは地獄の一丁目③ ビシャビシャの浴室を綺麗に魔法で片付けて、ジェイドは約束通り、バスタブから出て足を拭いた。これでいいですかと言わんばかりに、足ふきマットの上でお伺いを立てる。先に上がって髪を拭いていた後ろに立ち、ジェイドが魔法で乾かして差し上げますよと提案してきたが断った。相手が厄介な取り立て屋だと知っている。
     洗濯物を籠に放り入れクローゼットから新しいシャツを取り出して羽織った。何度言っても持って帰らないから、ジェイドの私物がいくつか残されたままになっている。大き過ぎるシャツの裾には血がついていて、もう着れないのでと譲ってもらった一枚だ。
     明日は特に予定がない。今日がこうなるとわかっているから、次の日はなんの予定も入れないことにしているのだ。頭を拭いていたタオルを首に掛けてソファーに移動する。後ろから付いてくる大きい金魚の糞が我が物顔ですぐ隣に腰を下ろし、それから「失礼」そう言って足首を掴んだ。めちゃくちゃ失礼極まりない。
     驚きもよそに声を抑えて喉奥でゴギュリ、変な音が籠った。肘掛けに背中が倒れて体が崩れる。両足を掴まれて引き寄せられた。ジェイドがやっぱり慣れた手つきでテーブルの下にあったネイルセットの小箱を手に取り、そこからリムーバーとコットンを手に取る。爪先を彩る鮮やかなターコイズのネイルを丁寧に落とし「明日のご予定は」ジェイドが問う。
    「ないよ。動けなくなったら困るから、手帳は真っ白」
    「そうですか。ではラウンジに遊びに来ては如何でしょう。キッチンで野菜や果物を切ったり」
    「ただのバイトじゃん。嫌だよ、図書館行く」
    「本は借りてきたのでは?」
    「持って帰れなかったのが何冊かあるから、読みに行く」
    「そうですか。期末テストも近いですし、試験勉強にもいいでしょうね」
     ネイルを落として爪鑢で整え、小箱からベースコートを取って爪に塗る。器用に境目の淵までハケを動かして拡げ、時間を置いてからターコイズの色を重ねていく。
    「楽しいの、それ」
    「僕だけが知る、貴方の秘密ですから」
    「あっそ」
    「慎ましやかに隠されたものを暴くのは、いつまでも心躍る瞬間です。プレゼントの包みを破くような」
     足首を固定していた片手の指がそろりと肌の上を這った。突き出る骨の丸く張った皮膚と窪みを滑り、塗り終えたばかりの足指をしっとりと絡ませる。引き上げられた片脚の親指へ、顔を寄せたジェイドが口をパカリと開いた。ネイルの匂いがまだ爪の先で籠っているのに、器用に迎え入れて親指の根本へ歯を立てる。
     鋸歯が柔く皮膚を押した。そこについていた薄い歯形を上塗りして溝を残し、プツリと一ヶ所、食い破る。
    「他の誰にも、決して、見せないでくださいね」
     ジェイドが唇を撓めて言った。


     モストロラウンジでよくよく顔を合わせるオクタヴィネル寮生は不遇である。何せシフトの都合だというのに邂逅を余儀なくされ、その上、勝手知ったる身内のような扱いでおっかない凶悪双子の片割れで副寮長の私用に駆り出されるのだから、本当に可哀想だ。と、本人を前にして思った。慈悲深さを謳う寮訓とは真逆である。
     外せない用事があるらしいんでと、彼は、アラスターは寮部屋まで来てノックし、開口一番にそう言った。だらんと気崩した制服と結ばれずに首から垂らされたネクタイが酔っ払いよりだらしない。とは言え今日は祝日で、呼び出しやら補習でもない限り、生徒は制服という呪縛から解き放たれる日ではなかっただろうか。休みですけど、今日。言えば、アラスターは後頭部をガリガリ掻いて「あんたの護衛ですけど」至極不満そうに口をへの字に曲げた。
    「護衛? なにそれ、頼んでないけど」
    「頼んできたのはウチのおっかない副寮長っすけど」
    「それこそ意味わかんない」
    「自分がモストロラウンジのシフト入ってて、今日は抜けられないから、アンタの図書館に付き添えって命令で」
    「ヤバ、なにそれ。めちゃくちゃ私用で使われてるじゃん、可哀想」
    「俺も意味わかんねえっすけど、頼めますよね、って朝一叩き起こされてニコニコされたら断れねえっすよ」
     放り投げていた制服に着替えさせられ、そのまま鏡の間へ直行し、今に至るのだとアラスターは言う。休みの日にのんびりしていたところ、上級生に起こされて他寮に飛ばされるなんて、なんたる不幸だろう。
     彼はモストロラウンジで二番目によく見る顔で、信じられないくらいの金欠なのか、弱みを握られているのか、という頻度で顔を合わせる。可愛いブラッドの次にシフトが被る一年生なのだ。例に漏れず、そういうわけでアラスターもまた、カウンター席に私を案内する一人になってしまい、それどころか、こうしてこき使われてもいる。
     とりあえずと中に促してソファーに座らせた。こんなに早い時間の来客があるとは思ってもいなかったから、図書館へ行く準備は一切していない。ちょっと待っててと告げてからティッシュペーパーを箱のままテーブルに出した。粗茶の代わりである。可哀想なアラスターは陸に上がってからずっと鼻詰まりで、花粉症になったのだと、ここ最近はずっと流れ出る鼻水に悩まされている。
     ティッシュをバサバサ取って鼻をかみながら「なんで図書館なんすか」プシュプシュ鼻を鳴らして鼻水をティッシュにばらまいた。まだ一年生の彼は陸に上がったのも間もないから鼻のかみ方も半人前なのだ。
    「読みたい本があるから」
    「休みっすよ? 試験近いからって、こんな朝から行きます? 普通」
    「昼頃行こうと思ってたよ。そっちが起こしたんじゃん」
    「それ、ちゃんとジェイド先輩に言っといてくれねえっすか。マジ無駄足」
    「あの人たちとまともに意思疎通できないって」
    「それはちょっとわかるんすけど」
     クローゼットのドアを仕切りにしてハンガーをあさる。あさる、とは言ってもそこにある私服は数える程しかない。制服の替えは山ほどあるけれど、残りはジェイドが置いて行った私物ばかりだ。手足の長い服と到底歩けもしないだろうサイズの靴まであるのだから困る。ここは貸倉庫じゃない。
     さっさと着替えを済ませて鞄を取った。ついでに錠剤を持ってキッチンに寄り道する。マグカップに注いだのは何の変哲もない牛乳だ。来客用にも入れてふたつ、持ってソファーまで戻りひとつをアラスターの前に置く。
    「それ、例の魔力ゼロ治療ってやつすか」
    「そう。奇病だって話でね、完治の見込み無し」
    「ねえのかよ」
    「一年治療して、やっとこさ授業がギリギリ及第点で着いていけてる程度じゃ、どうしようもない」
    「それってフロイド先輩の魔力使ったって事件と関係あるんすか」
    「あるよ。俺が勝手に魔力借りちゃって、運良く魔法薬学一発合格しちゃったやつ」
     私に魔力はない。それは全校生徒及び教師陣が周知の事実である。その上で、それをどうにかする治療中で、あらゆる検査や試験薬の服用やらをしていることも、まあごく一部には知れている。別に隠しているわけではないので、数ヶ月に一度の定期健診や薬を取りに行くなどの外出は、他に比べて頻繁な方だろう。
     処方されている薬は一般的なものではない。担当医と神父様とで共同研究真っ只中の、私専用カルテで調合された、摩訶不思議な錠剤である。なのでそれを飲めば授業で使う魔法に支障が出ない程度に魔法は使えるけれど、とは言え定型発達者に比べれば児戯に等しい。
     それで、ある日の魔法薬学試験の時にペアを組んでいたフロイドと大鎌をコトコトしている時、練習で描いた魔法陣がうっかり発動してしまって事は起こった。ズボンのポケットに入れていたのをすっかり失念していたのである。そのうっかりに重なった悲劇に巻き込まれたのは、すぐ隣で大鎌に鼻くそを入れようとしていたフロイドで、更にはそれを阻止すべくと慣れない魔法を使おうとした結果だった。
     結果だけ見れば試験は合格した。完璧じゃないか! と興奮する先生が素晴らしいと褒めそやしたのはフロイドで、それもそのはず、大鎌からはやる気ゼロのフロイドの魔力が感知されたのである。俺の鼻くそが、まさか、そんな、の顔をしていたのだけが面白かった。そんなわけあるか。
     鼻水をチンとかんでから「あざす」頂きますとアラスターがマグカップを傾ける。お礼が言える素直な可愛い子なのだけど、何せ不憫でならない。双子より後に生まれ、彼らより後に入学し、モストロラウンジのシフトが多いがために、こんなことになっているのだ。
     牛乳で錠剤を流し飲んでからどうしたもんかと時計を見上げた。信じ難いことに、アラスターが来たのは朝の七時である。週末の、それも休みの日に、わけのわからん理由で叩き起こされて三十秒で支度を済ませ、先輩命令の私用で他寮まで送り込まれたのが、まさかのこんなド早朝だと思いもしない。
     こんなことなら学園の図書室でも良かったなと思いつつ、アラスターが牛乳を飲み干すのを待ってから「じゃあ行こうか」立ち上がった。マグカップをふたつともシンクに置いていく。ええ、マジすか、もう行くんすか、もちょっとゆっくりしましょうよ。ぐずる子供の手を引いて長躯を引き摺るように部屋を出た。鏡の間は魔法がないと使えない。彼がいないと困る。
     街の図書館に行くとは一言も言わなかったはずが、ジェイドが何を察して彼を寄越したのかよくわかる。護衛とは名ばかりの荷物持ち兼移動手段なのだろう。体のいい馬車になってくれと言う意味だ。ほんの少しの罪悪感があるので、折角だしちょっと寄り道しようかとポムフィオーレ寮の廊下を歩んだ。朝早すぎて誰ともすれ違わないのだけが幸いである。
    「寄り道ィ?」
    「朝ごはん食べに行こうよ。街のこと、そんな詳しくないけどパン屋さんとかあるって聞いたんだ」
    「俺別に、パン屋さんに興味ねえっす」
    「そう言わずに。迷惑料だと思って」
    「別ンとこにしましょうよ、貝とか食いてえっす」
    「朝からやってんのかな」
     寮から鏡の間までは魔力節約で歩いて行くこととする。早朝に寮外にいるような生徒は朝練習のマジフト部だったり、美意識の高い我らがポムフィオーレ寮の寮長くらいだから、校舎の中ですれ違うこともない。ちょっとばかし、噂の監督生がいるというオンボロ寮を覗きに行こうかと思ったが、アラスターの腹の虫が盛大に鳴いたので先に朝食かと道草は遠慮した。
     何があるのかな、カフェとかあったよな、確か。でも貝があるかはわからんな、なんて具合にブツブツ言いながら、以前もらった街の案内図を開く。連絡手段に使う、携帯端末的なものは持っていないのでアナログで行くしかない。気になっていた店にはペンで印をつけてあるから、閉店していなければここがいいなあとぼやいた。
    「てか、アラスターくんは何の種族なの」
    「トラフザメっすね」
    「トラフザメ」
    「浅瀬とか海底とかで休んでること多いんで、あんま日中動き回るの得意じゃねえんすけど」
    「遠回しに文句言ってる?」
    「そりゃ文句のひとつくらい言いたくなるっしょ……休みに叩き起こされて、野郎の護衛とか言われて、対価がパン屋さんって」
    「それはそう」
    「せめて肉とかじゃねえと」
    「トラフザメ、肉食なんだ」
    「ウミヘビとか食うっすよ」
    「海のギャングはどう?」
    「あ~まあ、多分、暴れなければ…?」
     年中鼻詰まりの彼は多分、匂いだとかなんだとかで私の正体に気づけない。というかあの距離で着替えをしていても不用意に覗き込んだり、色々突っ込んでこない上に、きちんと他人との線引きができる子なので、そのあたりがジェイドのお眼鏡に叶ったのだろう。いい子だったのだけど、モストロラウンジのシフトを増やしたばかりにこんなことになっているわけだが。
     同情の眼差しで見上げる先、アラスターがふと眠たげな瞳を僅かに光らせた。半分落ちかけの瞼をぐっと押し上げて、それから半歩、前に出る。先輩、下がって。何かを警戒するように長い廊下の先を見据えてアラスターが呟く。双子と並んで劣らない長躯の影からそうっと顔を覗かせれば、彼の睨む先には世にも珍しく黄色いジャケット姿があった。
     こんな朝早くにお目にかかれるなんて。ビックリと珍しさで「あ、」なんて呟けばアラスターがこちらを振り返る。
    「トド先輩」
    「知り合いすか」
    「え、いや、サバナクロー寮長だよ」
    「あれが噂の」
    「噂になってんの」
    「留年したっていう」
    「あ、そっちね」
     何とも不名誉極まりない肩書きで他寮の一年生にまで知られている有名人こと、レオナ・キングスカラーが行く手を阻んでいる。阻んでいる、というか先に居たのは俺で、後からてめえらが来たんだろうが、と言わんばかりの我が物顔だ。道を塞ぐほどではないにせよ、一本道の先にいてひとり、壁に背を預けているのだからその前を通る他ない。
     足を止めた先でレオナと目が合った。初対面のはずである。あ? とまるで不機嫌丸出しの獅子を前に、通行料無しでこの道を通れないだろうと察した。ついてない。
    「たまにジェイド先輩が言ってるトド先輩って、あの人の事だったんすね」
    「ジェイドに負けず劣らずの寝坊助だって話だよ」
    「そりゃトドだわ」
    「本人前に、そんな、ドストレートに」
    「先に言ったのそっちじゃね?」
    「ギャルかよ、さてはトラフザメ、海のギャルだな」
    「ぎゃる?」
    「オイ、聞こえてんだよ」
     わざとか、お前ら。ため息混じりの苦言を呈されて改めて視線をやった。見間違うはずもなし、不遜な態度と黄色いベストのよく似合う、首から上のご尊顔は正にレオナ・キングスカラーである。夕焼けの草原の王族だとかなんだとか、そのあたりのイメージはまるでないけれど、少し前にあったマジフト部での事件以降、ちょっとだけ、本当にちょびっとだけ荒かった気性が落ち着いたとか聞き及んでいる。嘘こけ、誰だそんなこと言ったのは。
     眉間に深掘りの皺を寄せて壁から背を離し、レオナは至極面倒くさそうにしながらも一歩二歩、なぜかこちらへ距離を詰めた。晩年寝太郎の獅子は本日に限ってバッチリ覚醒しているらしい。なに、なんで、と戸惑いに寄せてアラスターがこちらを二度見する。
    「は、え、こっち来るんすけど。なんで?」
    「いや知らんよ。こっちが聞きたいんだけど、何かした? アラスター、最近あの、ほら、獅子の尻尾踏んだりとかした?」
    「してねえっすよ、どっかのおっかねえウツボの爪先は最近踏みましたけど」
    「そっちのがヤバくない?」
    「厨房からホール出る時にうっかり」
    「絞め殺されなかった?」
    「まだ話の通じる方だったんで」
    「どっちだろ」
    「そこのお前。デカい方じゃねえよ、後ろの、小さいの」
     指差しまでされては知らん顔もできない。アラスターが再び、レオナと私を交互に見やってそれから、すっと前を譲った。
    「ご指名っすけど」
    「嘘だろ、なんでだよ、初対面だぞ」
    「お前、ポムフィオーレの貧弱野郎だろ」
    「先輩のことっすね」
    「最悪の異名付いてるじゃん…嫌になってくるわ」
     魔力無しの前例となった一人である。因みに魔力無し入学は今年もう一人入ってきていて、その例の監督生とやらがマジフト部での揉め事をどうにかしたらしいとも聞いている。全部風の噂だ。何せその場にいたわけじゃないし、人伝に聞いた信憑性に欠ける話もあるから、どれが正しいのか間違っているのかもわからない。
     とは言え相手方が示す〝ポムフィオーレの軟弱野郎〟が私であることは間違いなかった。学年こそ違えど、三年生を二回もやっていればそのくらいの話は耳に入って来るのだろう。入学時には黄色い連中に随分お世話になったから、後輩から何か弱いもの苛め自慢とか聞かされていたのかもしれない。よく知らないけど。
     半歩後ろに下がったアラスターに代わり、目の前まで来たレオナが行く手を阻んでいる。文字通り仁王立ちで、太陽の影さえ隠すほどの長躯が威圧感を放つ。緑のふたつ硝子から注がれる鋭い視線が旋毛に突き刺さった。
     鼻が利く連中とは距離を取るべきだ。何かにつけてそういう勘が鋭い連中も多い。入学当初こそ鼻詰まりのバカ共ばかりで、きっとあのグリズリーでさえ私の正体には気付いていなかった。件の報復だとかお礼参りだとか言われたら、それは私じゃなくておっかないウツボのせいですと逃げる準備をしておく。と同時に、やけに勘の鋭いこの男に何を悟られるかと不安だった。遠めに見る分には無害だろうに、いざ眼前でレオナを前にすれば蛇に睨まれた蛙状態だ。
     睨み合いを早々に放棄した頭上から、ハ、と鼻で笑われた。笑気が落ちてきてすぐ、サンダルを突っ掛けた褐色の爪先が砂を蹴る。
    「いつものウツボ野郎はいねえのか」
    「どこのウツボか検討も付かないですけど」
    「それで代わりの護衛つきか、いいご身分だな」
    「そりゃどうも。何せ貧弱野郎なもんで、外出ると絡まれちゃうんですよね」
    「わざわざ他寮の一年坊連れるほどか? ご大層なこった」
    「知らないんですか、かのオクタヴィネルは慈悲の心の、優しい寮生しかいないんですよ。そっちのおっかない黄色い連中と違って」
    「そうかよ、そいつは知らなかった」
     いつの間にか爪先がぶつかる距離にレオナはいた。伸びて来る褐色の手が腕を掴んで引き寄せ、そうっと鼓膜へ息を注ぐ。
    「ところで聞きたいんだが、背中の傷は残らなかったか、お嬢さん」
     目の前が一瞬で真っ暗になった。頭の中は相反して真っ白で、眼前で揺らぐチョコレートブラウンの髪が頬に掠める。見据えてくる緑の瞳だけがこちらをじいっと射抜いていた。背中の傷と聞いて心臓がバクバク脈打つ。
     裏拳で殴られて鼻血が出たことも、背中を思い切り爪で抉られたことも、馬乗りにされたことも、全部まだ覚えている。忘れもしない、血の気が引く音。体から大事なものが抜け落ちていって、死ぬのかと思った。張った下腹を押し付けられて慰み者にされそうだった記憶も全部、叶うなら忘れてしまいたかった。
     揶揄いに寄せて華奢な男子生徒を示して言ったのか、或いは核心を突いたのか知れない。鼻のいい種族はこれだから厄介なのだ。ぐっと拳を握って腕を払う。アラスターが「ちょっと」さすがにと間に入ったのも同時だった。
    「もう俺、腹ペコなんで、いいすか」
    「そうかよ、邪魔して悪かった。いい週末を」
    「どーも」
     お邪魔しました、なんてアラスターが手を取ってレオナの脇を抜けた。スタスタ歩きながら振り返り、顔色ヤバいっすよと呟く。気遣う素振りに寄せて「朝飯、パン屋さんでいいんで」どっか入って座ったほうがいいくらい、真っ白っす、なんて言うのが、やっぱりいい子でおかしかった。
     砂利を蹴る音に顔だけ振り返った先、レオナがじいっとこちらを見ていたけれど、その真意は図れない。鏡の間から街へ出るまで、ずっとあの視線が追って来ている気がしてちっとも落ち着かなかった。
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    にしな

    MOURNING初代ちゃん(監督生が来る前に現代からすっ飛ばされてきたオリジナル男装夢主ちゃん)と、愉快な同級生たちとのハートフル学園物語。多分。ウツボとライオンが出てくるはず。
    地獄の門は閉じている③ にこやかに微笑まれても、どんなに丁寧な物腰で声を掛けられても、その手を取ってはいけない。後から対価として何を要求されるか知れないから。それが例え死を目前にした危機的状況であっても、まずはよく考えることだ。
     その相手が、人魚であるなら尚更、警戒を解いてはいけない。


    ◆ ◆ ◆


     用心なさいと誰かは言った。誰だったか知らないが、確かにそう聞いた。
     慈悲の心だなんてそんなものを掲げるくせ、弱肉強食を素で行く彼らであるから、決して取引してはいけないと。同じ学年のたかが学生を相手に対し、なんて恐ろしげな肩書が出回っているものだと思った。それもまだ、入学間もない一年生を相手にだ。
     無法地帯にも等しいNRCだが各寮には一応その寮ごとの取り決めがあり、その寮ごとに掲げる座右の銘的な、指針的なものがある。その特性に見合った生徒が鏡に選ばれ、なるべくしてなるのだったか、つまりはそういうことだと暗に諭された。通常の入学とは違う手順を辿り、例外としてポムフィオーレに名を置く一人は別であるのだけど。
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