セボンスターのかわいいはみんな好き リオセスリは頭を抱えていた。
予言の日以降、お見合いや縁談の話が次々と舞い込んできている。その中には、お見合いを隠すために仕組まれた社交界のパーティーへの招待や、メロピデ要塞の大切なお得意様から送られてきた、取引を装った縁談の案内も紛れていた。
今の彼にとっては、メロピデ要塞の管理だけで手いっぱいだ。
水の上のことに手を出す余裕はあるものの、その時間を後進の育成に充てたい。
さて、この人生。誰かに託すのも悪くないだろう。
***
「公子さん、公爵の妻になってくれないかい?」
「なに?普段は回りくどいくせに、突然そんな馬鹿みたいな提案をしてくるなんて。まずは説明してくれないと話が始まらないね」
「ああ、奇しくも暇であってほしい本業に忙殺されていてね。猫の手どころかドラゴンの手でも借りたいくらいさ。なんで公爵の務めはどうしても後回しになっちまう」
「それなら公爵と公子で養子に迎えるほうがいいんじゃないかな?」
「それだと妻のポジションが空いたままだ。ご令嬢との無為な見合いも回避したい」
現実逃避したくて休日に紅茶の買い出しへ出た。
そこで偶然、水の上で任務かなにかでフォンテーヌに来ていたタルタリヤを見かけた。
彼がかつてメロピデ要塞に収監されていたとき、多少絡まれたり喧嘩を売られたりもしたが、リオセスリはそれをあしらい流していた。その時の印象は生意気な子供だったと記憶している。
しかし、誰彼構わず打ち解けて不遜であり、だけど情もあって愛されるその性格は、今まさに急務で必要なポジションにぴったりだった。
そう、リオセスリはお見合い話に疲れていたのだ。
そんなリオセスリの突然の提案にも、タルタリヤは肩を竦める程度に抑えている肝の座り方に、余計に理想の公爵夫人の枠に入ってしまって、彼が欲しくなってしまう。
「女にしなよ」
「あの社交界の魑魅魍魎のなかにレディを放り込むのは酷だろ」
「俺ならいいって?そのお嬢さん達は魑魅魍魎から生まれたハイブリット妖怪だろ」
「あんたのそういう不遜で生意気なところは評価している」
「本人を目の前に悪口?」
「で、返事は?」
「その前に、勘違いじゃなければ俺たち付き合ってないよね?」
この手の話は断られるのが前提だ。
とりあえず高いハードルから下げて、恋人のポジションが埋まれば御の字良いくらいに思っていた。しかしタルタリヤの視線が右上にむかって、意外にも長考している。ふと顔を覗くと視線がかち合って、リオセスリの目の前に拳を握られた。
「そうだな……手合わせ」
「月1回」
「週2回」
「月2回」
「じゃあそれで。あと決闘代理人と対決できる機会も作っておいてくれよ」
「俺が言うのもなんだが、人生を決めるにしては随分と決め手が軽いな」
「あー……実は俺もちょっと困っててさ。身持ちのいいお嬢さんと縁談が進んでて、それから逃げられるなら俺にとっても悪くない話だ」
「同じ穴の狢同士仲良くってことかい」
「そういうこと。だからよろしく頼んだよ、ダーリン」
「あんたには不自由はさせないさ、ハニー」
***
偶然出会って、道端で結婚の申し込みをしたリオセスリとタルタリヤは、書類上の夫婦となった。
取り決めとしては、タルタリヤは水の上、パレ・メルモニア近くの一等地に建てられた公爵邸で過ごすこと。
スネージナヤへの帰郷は許可されているが、できる限り落ち着くまではフォンテーヌにいてほしい。
夜会には出なくてもいいが、リオセスリにとって出席必須の夜会には同伴し、またタルタリヤに利益があるなら招待されたものには単独でも出席して良い。ただし、なるべく喧嘩や問題を起こさないように、との釘が刺された。
ペットが欲しければ飼っても良いと三度も念を押されもした。リオセスリが飼いたいのだろうな、と思ったが頷くだけにしておいたのは、賢明な判断だったと思う。
公爵の結婚だけあって、最高審判官・ヌヴィレットの直筆サイン入り。その格式の高さから方向性の違いにより解散、なんて理由で直ぐには離縁できそうにはなく、この結婚が重いものだと提出三秒前の婚姻届を見て、タルタリヤはようやく自覚した。
ちなみに公爵邸は結婚祝いであり、ヌヴィレットからの贈り物。ますます離縁は遠のいた。
***
リオセスリは基本的にメロピデ要塞にいるが、時折公爵邸で食事を共にすることがある。
「今日は帰ってきたんだ」
「外面だけ仲が良いことを見せつけるのも悪くはないが、事実も含ませないとボロが出るだろ?」
「月二回手合わせしてるんだから仲がいいだろ」
「残念ながらアレは夫婦喧嘩だと思われているらしい。“お転婆な伴侶よりお淑やかな方が良いですよね”なんて、したたかなレディからお見合い話が舞い込んできたよ」
「は〜〜、妻がいても送る奴なんて性格悪いって自己紹介してるようなものだ、感心してしまうよ。浮気するならバレないようにしてくれよ」
「愛する妻に三行半突きつけられないように、妻しか見えないと言っておいたさ」
軽く笑いながらいつもの皮肉を差し挟んで、話の合間に脱いだ上着を当然のごとく受け取ったタルタリヤに、ふとリオセスリは部屋の中を見渡す。
「……雇ったメイドは?」
「ああ、少し手癖が悪かったからね、解雇した」
「その後の家事は?」
「俺がやってるね」
「雇い直すか?」
「面倒だからいいかな。たまに最高審判官とかメリュジーヌとかが遊びに来るし、最高審判官にビビらないメイドとか居る?」「……思い当たらないな。もし居るなら是非ともメロピデ要塞に引き抜きたい人材だ」
それからリオセスリと共にする食事が増えた。
何かと理由をつけて帰ってくるが、タルタリヤの手料理で胃袋を掴まれたとの理由も三割くらいはあるらしい。
スネージナヤの料理とお菓子、紅茶が意外と口に合うようで、最近はおやつの時間にも帰宅してくる。特にスネージナヤのパイ、シャルロートカがお気に入りらしく、記念日に食べたいと言われたため、タルタリヤはフォンテーヌの建国記念日を調べた。
あとは最高審判官が抜き打ちもとい、遊びに来るときがある。リオセスリとタルタリヤは相思相愛で結ばれたと思っているらしく、旦那が帰宅しないことに心配していると伝えたら、「ヌヴィレットさんに迷惑をかけられない」と仕事バカな返事がきたので“俺への迷惑は良いのか”と、タルタリヤはリオセスリに肩パンしておいた。が、体幹が良すぎて全くブレなかったのが悔しかった記憶である。
そして益々帰宅頻度が増えたのだった。
***
公爵邸でタルタリヤとリオセスリは、高級感ある洗練された見た目の椅子に座り、しかし家具の格式と相反してふたりはまったくお行儀もよろしくなく、大皿に肉料理とパン、それに炭酸飲料、食後のデザートも一緒に出した雑で懐かしい家庭的な料理を楽しんでいるある夜。
「あんたにこれを渡しておく」
「え……あ、う、うん?」
リオセスリからスッと差し出されたのは、可愛らしいキャラクターが描かれたプロフィールカードが二枚。
たしかトーニャに書いて欲しいっておねだりされたな、と思い出した。
それを手に持ったタルタリヤが胡乱げな瞳でリオセスリを見るが、もうこれに興味がなくなったようで食事をはじめていた。
タルタリヤも食事を進めようとカードを置いて、甘だれがたっぷりと染み込んでほろほろとした骨付きの肉を素手で掴むが、リオセスリの書いたプロフィールが気になって仕方がない。ちらりと横目で盗み見ることにする。
【私は(11)月(23)日生まれの、星座は(獄守犬座)だよ】
「そこは射手座だろ!」
まさか命の星座を暴露されたことに思わず声を荒げてしまったが、その勢いで肉汁が飛び散って服を汚し、意識がそちらに向かったことにより、プロフィールカードのことはうやむやになった。なんだったんだ。
***
次の食事では可愛らしい手帳を持ってきた。
鍵付きの手帳は、見た目は可愛いが鍵だけが妙にゴツい。
「何それ」
「交換日記だな」
「いや、その鍵何なの?」
「元から付属してたヤツは脆かったから、作り直した。手錠と同じ素材だから外れることはないぞ」
「ちょっと待って、交換日記??」
手に持ったきらきらとデコられた表紙に、可愛いキャラクターはプロフィールカードと同じ作者のイラストのようだ。
テイワットで流行っているし、これもトーニャが好きだったなと思い出す。
なるほど、子供といえば人妻か。
タルタリヤは交換日記から視線を外して、リオセスリの顔をまじまじと見つめた。
「公爵、もしかして女がいる?子持ちとか……」
「いや、あんただけだ」
「男だけど」
「不貞で裏切ることはしない」
「他で裏切る予定??」
渋々ながら手帳を受け取って、それからリオセスリとの交換日記が始まった。
公爵邸での過ごしている内容、筋トレメニュー、夜会で絡まれ返り討ちにしたら子分が増えた話。
リオセスリからの返事は、メロピデ要塞の運営報告に、筋トレメニューのアドバイス。夜会で拾った子分は、雇いたいなら面接をするとのこと。
他愛なさすぎて本当にこれでいいのか分からないが、暇つぶしにはちょうどいい。
***
今日の交換日記の内容は朝食のメニューと、「釣りに行こうかと思うけど、公爵もどう?」という誘いを書き、最後に日付とサインを書いて終わり。
以前、食材の買い出しのことについて書いことがあった。たまたま必要なものがあるというリオセスリが、買い出しに同行すると申し出てきたので、「まるでデートみたいだ」なんて言ったら「デートだろ?」と返ってきたのは少しだけ驚いてしまった。
なるほど、デートか。釣りもデートかもしれないなと思い直して、タルタリヤはペンを走らせ、“これはデートだ!”と書き足しておいた。
リオセスリは公爵邸に帰宅できない日でも、タイミングが合えば日記を受け取りにメリュジーヌや部下が来る時もあった。
今日もリオセスリが帰宅できないとのことで、メリュジーヌの誰かが取りにくるらしい。
呼び鈴の音に玄関に出ると、そこにはヌヴィレットが居た。
「最高審判官閣下に運び屋やらせるの……?」
「何の話だろうか」
「ウチが取りに来たのよ」
可愛らしい声に視線を下にずらせば、まるで女の子の可愛いと好きと憧れが詰まった、セボンスターみたいな女の子がいた。
「幼女の憧れコレクション……?」
「シグウィンはメロピデ要塞の看護師長だ。リオセスリ殿への物をついでに受け取りに来たのだが」
「なるほど。お嬢ちゃん、わざわざありがとう」
「ふふ、ウチのほうがお姉さんなのよ。でも良かった、交換日記は続いているのね。公爵ってば仲良くする方法が分からないって悩んでたもの」
きゅるきゅるやきらきら、なんて効果音が似合いそうな幼女もとい、シグウィンは今、なんて言ったのだろうか。
公爵が、悩む?仲良く?
タルタリヤはしゃがんでシグウィンと目線を合わせて、おもむろに日記を取り出し、それに指を向ける。
「えーと、もしかして……発案者?」
「そうとも言えるかも?今メリュジーヌの間で流行っているのよ」
「ということは、最高審判官も……?」
「私はプロフィールカードを書いただけだ」
「書いたんだ?!」
最高審判官のプロフィールカードはどのようなものだろうか……なんて興味は尽きないが、今はそんなことを考えている場合ではないと、タルタリヤは頭を横に振る。
立ち上がって日記の表紙を軽く叩く。
「これ、書き足したいからちょっと待って……いや、良かったらお茶でもどうかな?」
「まあ!ウチ、公爵のこっちのおうちは初めてなのよ〜。ヌヴィレットさん、いいかしら?」
「ああ。今日は時間がある、シグウィンの好きなように」
「じゃあ公爵の小さい頃の、とーっても可愛いお話も聞かせてあげる」
二人を公爵邸の客室に案内をする。
暇な時間を使ってタルタリヤが掃除をしたから綺麗なはずだ。
お茶は買い出しデートのときに、リオセスリに買ってもらった紅茶にしよう。
夜会で出会った子分三人がリオセスリの面接に合格して、ひとりは執事見習いとなった。彼に淹れてもらおう。残りの二人は今後の練習も兼ねて、ヌヴィレットの話し相手にでも放り投げてこようか。
実はリオセスリに絆されて、ペットが一匹増えた。この子の紹介もしよう。
交換日記もそろそろ二冊目が終わる。
時間だってそれなりに長く過ごした気がするが、俺の旦那は一番重要なことを言っていない。不器用な奴だな、とタルタリヤは呆れてペンを握る。
【今日は肉料理と紅茶にシャルロートカの日だ】
一文をまた付け足す。今日は追記の多い日になったなと思いながら、鍵をかける。
この鍵だって一冊目のとき、重すぎて鍵を引っ掛ける日記のほうが壊れたし、何度も鍵穴に鍵をさすから傷だらけだ。
ヌヴィレットとシグウィンとお茶をしながらリオセスリの可愛い過去の話を聞き、甘えん坊なペットを紹介して、ガチガチに緊張した子分三人の様子に笑って、帰る前に交換日記をシグウィンに託した。
「今日を記念日にしたければ、急いで帰ってくるだろうね」
タルタリヤは上機嫌にキッチンへ向かって、シャルロートカの準備をはじめた。
交換日記を読んだリオセスリは過去にないほど動揺した。それを見たシグウィンが「恋の病ね」と診断を出し、公爵邸の自宅へ早退したのだった。