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    鍾タル
    鍾離に恋したタルタリヤは毎日アタックしては玉砕。ある日勘違いだと気付いて…?
    ハイスピード結婚ストーリーです。(全年齢)

    好き好き大好き!かも、しれない。 タルタリヤは鍾離に恋をしている。
     それはもう彼らの周りの人々が認めるほどに、恋をしている。
    「先生、好きだよ」
    「そうか」
    「先生、今日はお付き合い日和だと思わない?まるで天気が恋人になれって言ってるようだ!」
    「豪雨だが」
    「水元素の俺の日って感じだろ?あ、それともやっぱり晴れの日って言葉通り、晴天の真下で告白を受けたい派?」
    「公子殿からは天気に関わらず、告白を投げかけられているが」
    「それで返事は?」
    「遠慮しておこう」
    「も〜〜!」
     突然の豪雨により、雨宿りがてら食事をとることにした二人が、昼過ぎの繁盛した万民堂でこのように告白をすれば、噂が噂を繋いで周知の事実となる。しかもこれが初めてではなく、数多度となれば周りは気にも留める様子もない。ただいつもの茶番劇を見ているようなもので、最近は講談よりも愉快だともっぱらの評判である。
     
     タルタリヤは恋をした。それはもう強い相手に惚れた。隊長とどちらが強いかを考えるだけで、胸いっぱいになってそのまま張り裂けそうなほどの恋だ。
     最初にアプローチしたのは、葬仙儀式のあと。酒に酔ったフリの勢いで告白をしたら、即座にお断りをされたのだ。タルタリヤはこれが初恋で、どうすれば振り向いてもらえるか分からなかった。なので、押して押して押すことにした。だって心躍る戦闘でもそうするしかなかったので。
     出会えば告白、鍾離の噂話を聞けば「その人は俺の好きな人」と牽制。遠方に出向けば、タルタリヤ専用の香りがついたインクで愛を綴ったラブレターとその地の花を送り、眠れない夜は鍾離のことを思い出して抜く……ことはしなかった、というよりは出来なかったが。
     
     璃月には仕事の用事とは別に、鍾離に会うため休暇でも訪れる。今日もそんな日だった。いつもと違うのは、右手に一枚の紙を持って鍾離の元へ向かった。
     告白は断られるものの、タルタリヤからの食事や観劇の誘いは断らない。いっそのこと、その誘いも断ってくれたら踏ん切りがつくのに、でも断られたら寂しいかもしれない。タルタリヤは悶々と鍾離のことを考えていると、右手に持っていたはずの紙を見失った。考え事をしながら歩くものじゃないな、なんて考えてはその紙が消えたことは、ひとつの諦めになるかもしれない。それなりに大事なものだけど、それが自分のものだと気付く人はいないだろう、と。

     せっかく休みを使い璃月に来たものの、鍾離に会う気持ちが少し萎えたところに、見知った姿を見つけた。相棒と呼べる旅人と、白い妖精のような旅人の最高の仲間、パイモンの二人。
     手を振ると嫌そうな顔をするパイモンが可笑しくて、つい構ってしまうのはご愛嬌として。食事に誘えば最初は渋っていた二人も、奢るとの言葉に手のひらがくるくるする。単純なのは少し心配だな、とタルタリヤは声を出して笑った。

     個室の食事処に三人で入ってすぐ、興味津々な旅人の視線がタルタリヤに突き刺さる。もちろん、旅人にもタルタリヤの熱烈なアプローチは筒抜けだった。処構わず告白をすれば、それはそうだろうとタルタリヤ自身も納得して、その視線を仕方がないと受け止める。
    「それで、タルタリヤは鍾離先生のどこが好きなの?」
    「強いところ」
    「それから?」
    「見てるとワクワクするところかな!」
    「……それ、私にも思う?」
    「もちろんさ」
    「鍾離先生との違いって、なに?」

     旅人の言葉に、ふとタルタリヤの箸が止まる。
     確かに、鍾離との違いが何かと言われたら困る。顔が綺麗なところ?いや、別に顔は特に興味ないし。所作が綺麗なところ?綺麗と言えばアルレッキーノも洗礼されてたな。意外と笑うところ?笑顔なら、稲妻で会った宵宮お嬢ちゃんの方がよく笑っていた気がする。
     ぐるぐると考えるタルタリヤを見て旅人はしまった、という表情を浮かべるが、すでに手遅れだった。眉尻を下げて、迷子の子供のような瞳で旅人を見るタルタリヤの瞳を見て言葉を失った。これは藪蛇だ。奢ってもらったモラを返すから、帰りたいと旅人は思った。でも、帰れないならせっかくなので、料理はパイモンと美味しくいただいておく。
     
     そうか、これは勘違いだったのだ!
     戦闘狂の本能から、強そうな人物に高鳴った鼓動。無碍な扱いをしたくせに特に悪びれることもなく、平然と食事に誘う凡人にはない厚かましいメンタル。強請ってもしてくれない手合わせに、どれほど強いのだろうと期待が膨らんで、自分のものになれば少しは(物理的に)手を出してくれるんじゃないかと。寧ろ鬱陶しく感じてあちらから手を出してもらえれば戦う理由になったし。
     膨らみすぎた風船が破裂して萎んだように、タルタリヤは好きという気持ちからも、恋からも一気に目が醒めた。そして、今直ぐスネージナヤに帰国したいほどに恥ずかしい。うんうんと悩んで喉を通らなかったタルタリヤの料理は、全部パイモンのお腹の中へと消えた。

     
     タルタリヤ自身の気持ちの整理が出来た頃には、一週間以上経っていた。
     暫く璃月に滞在予定だったため、まだ璃月に居るわけだが、ここ数日鍾離の行方を聞いても誰も「知らない」と言う。流石に職場の上司には報告するだろうと往生堂へ赴き、そこに丁度居合わせた堂主によると、タルタリヤが璃月へ来た翌日に長期休暇を貰い、何処かに行ったのだと言う。
     休暇も使い切りそろそろ璃月を離れるため、最後に鍾離と会って勘違いだったことと、今までの謝罪を伝えようと思っていた。本人が居ないなら仕方ないと帰国準備をしていたその日、鍾離が璃月に戻り、タルタリヤを食事を誘いに来た。最近はタルタリヤから食事に誘っていたため、鍾離からの誘いは珍しいなと、前なら喜んでいたかもしれないが、今はこんなにも心が躍らないなんてと、自分の心の変化に少しだけ笑った。


    「先生のこと好きなのは勘違いだった。だから今まで迷惑かけて悪かったよ」
     旅人と訪れた同じ食事処で二人きりになった瞬間、開口一番にタルタリヤは伝えた。
     その言葉を聞いて、鍾離は瞳を右から左、もう一度左右に彷徨かせてから、ジッとタルタリヤを見据える。そして、ゆっくりと口を開く。
    「婚姻届は既に提出済みだが」
    「は?」
    「俺たちは夫婦というわけだ」
    「待って、俺、婚姻届……あっ?!」
     あの日、消えてしまった一枚の紙は、浮かれぽんち状態に時に書いた婚姻届。
     自分の本名は誰にも知られていないし、他人に見られたところでタルタリヤには繋がらず、見ず知らずの人の婚姻届なんて気味が悪いだろうし、振られた男の末路で捨てられたもの、なんて思われて処分されると思っていたのに、拾ったのは何故かタルタリヤだと分かってしまう最悪の人物だった。
     衝撃のあまり箸で掴んだ水晶蝦が机に落ちて跳ねた。料理になっても海老は新鮮らしい。
    「なんで俺だって……?」
    「筆跡がお前のだったからな」
    「あー……なるほど?いやいや、俺たち男同士だろ?」
    「お前は知っているから、俺に渡そうとしたのかと思ったが」
    「というか、それが先生宛てだと思うなんて自惚れすぎ」
    「今までの行動を顧みてくれ」
    「……うーん?」
     顧みたところで確かに鍾離宛てなので、誤魔化すように机に落ちたままの水晶蝦を手で掴んで口に運ぶ。ぷりぷりして美味しい。これを美味しく食べられない海産物嫌いな男は可哀そうだな、なんて憐れんで現実逃避をするが、その男は現実に引き戻す。
    「璃月の一部の地区では同性の結婚、まではいかないが、パートナーは認められているぞ」
    「待って、どっちが妻?」
     鍾離はタルタリヤを見て、腕を組む。
     嫌な予感がした。先生、と声をかける前に鍾離が先に口を開いた。
    「俺を抱こうと?」
    「そうだけど!?今までどうみても彼氏側のアプローチだったろ」
    「愛らしい懐いた子犬のようだったが」
    「表出ろ、拳だ、拳で決めよう。暴力は全てを解決する」
    「それと、公子殿が書いた名前欄は元々妻側だったぞ」
    「うそ」
     確かに璃月とスネージナヤでは結婚指輪が左右違っていたりするけど、そんなことあるのか?いや、あるかもしれない。なにせあの時は恋に病んで、飛びそうなくらいに浮かれていた。とりあえず空欄に穴埋めした、くらいの勢いだった気がする。
     手持無沙汰な手を無意識に動かして、箸で料理をつついていると咎めるような視線を送られたが、気にせずつつきて続けると皮が破れ中から餡が飛び出してきたので、責任を取って指で摘んで一口で食べた。味はしない。
    「その地区は少々外れにあってだな」
    「うん……?」
    「今日から住居はそちらになる」
    「そうなんだ」
    「お前もだぞ」
    「聞いてない!」
     ここ数日不在であった鍾離のあまりの用意周到ぶりに訝しげに見つめながら、ふと居なかった日数を思い出す。すごく嫌な予感がしたので、率直に聞いてみた。タルタリヤは謀略が出来ない素直な子なので。
    「もしかしてここ数日居なかったのって、女皇様のところへ会いに行ってたから、なーんて……」
    「ああ、凡人らしく徒歩と船でな」
     自信満々に、まるで褒めて欲しそうに胸を張る鍾離の姿に頭を抱えた。ちょっと可愛く見えてしまったのは恋に病んでいた過去の名残かもしれない。
    「そこは別に胸を張るところじゃないんだよなぁ〜~!」
    「お前の婚姻を認め、璃月に籍と自宅を持つことを赦してもらい、快く見送られた」
    「うそ……」
    「ああ、嘘だ」
    「嘘かよ……」
    「快くの部分が嘘だな」
    「大体事実じゃん!そこは嘘じゃなくていいんだよ!全部嘘であってくれ!」
     勢いよく机を叩くと、がしゃんと音を立てて皿が僅かに浮いた。しかし、タルタリヤにはひとつ疑問が浮かぶ。鍾離という男はずっと告白を断り続けていたはずで、微塵も受け入れなかったはずだ。疑わし気にじとっと湿った視線を投げる。
    「というか振ってたじゃん、俺のこと」
    「公子殿が恋と勘違いしていたからな」
    「……そこは気付いてたんだ」
    「だが、俺は公子殿のことを好いている」
    「ん?」
    「流石にそろそろ頭にきたからな、公子殿が勘違いしたままでもいいかと思ったのだが……ふむ、今度は俺からアプローチする番らしい」
    「……遠慮するよ」
    「遠慮は不要だ、受け取ってくれ。好きだ」
    「だから必要ないんだってば!遠慮するよ!」
    「遠慮したところで、俺たちは結婚しているぞ」
    「そうだった!」

     
     タルタリヤは仲睦まじい両親の元で育ったので、頭からすっぱり抜けていた、離婚ができるということを。結婚したからには、家族は仲良く過ごしていなければならないと思い込んでいた。
     そして、数週間後には絆されて初夜まで済ませたあと、すべてを報告した旅人に言われてようやく気付くのだった。

     END
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