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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    比治沖

    たくさん食べるのは内緒■1

     その日は定例の女子会だった。参加したのは如月と冬坂、薬師寺、そして沖野の四名である。定例と言っても各自の予定次第で誰が集まるかはまちまちで、女子会ながら女子ではない参加者もいる。
     そんな緩い集まりも開始から二時間が経ち、議題である「恋バナ」もひと段落していた。

    「もうお腹いっぱい!」
    「張り切って作り過ぎちゃったね……」

     そろそろお開きにしようというところで困ったのは残ったスイーツの扱いである。
     女子たち待望の生クリームの製造が達成され、今日のラインナップはケーキにクレープと重量級が目白押し。摂取カロリーについては考えないことにした結果、夕食後の秘密の会合としては許容量をはるかに超える様相を呈していた。いくら甘いものは別腹といえど限度がある。

    「クッキーは明日のおやつにするとして、どうする?」

     各々のパートナーに持ち帰るにも不公平感は否めない。試作を兼ねた生クリームは女子会参加者の特権というのが暗黙の了解だ。かといって日持ちがしないために明日まで取っておくわけにもいかない。美味しいはずものを美味しいと思えず腹に詰め込む作業なんて悲しいだけだ。

    「じゃあ、僕がいただいていいかな」
    「お、沖野まだいける感じ?」

     沖野は軽く頷いて、焼いてあったクレープ生地とボウルに入った生クリームを手元に寄せると、日持ちのしないフルーツを選んで適当に巻いて食べていく。まずはひとつ、そしてふたつめ。

    「ちょっと多かったな」

     多いとはクリームのことである。使い切ることを目的に余分に乗せたのが零れそうになるのを器用に含みながら平らげて、口元についたクリームを指で拭った。

    「そっちも食べきれないようなら」

     次はケーキだ。フルーツ控えめに、たっぷりの生クリームのデコレーションに彩られたホール半分を四等分、他のお菓子もあるし後は食べたい人が、と切り分けた残りは市販の一ピースより少し大きいくらいが残っている。それをそのまま自分の皿に取り分け、三角形のスポンジをフォークで切り分けて口に運ぶ。

    「沖野くん、無理はしなくても……」
    「少し塩気がほしいな」

     薬師寺の心配を余所に沖野の手はクッキーに伸びた。

    「お茶のおかわりいる?」
    「ありがとう、もらうよ」

     再びケーキに戻るもペースは落ちない。フォークは軽やかに三角形だった形を削っていく。

    「稔二や比治山ほどじゃないけどなかなか……」

     気持ちのいい食べっぷりであると言わざるをえない。先ほどまで会話の間にゆっくりとつまんでいたのは一体何だったのか。満腹でなければ自分たちもこれくらいはと思わなくもないが、今はとても無理である。揃って感嘆する女子たちの中で冬坂がぽつりと呟いた。

    「男の子って感じだ……」
    「女子会に混ぜてもらっててなんだけど、僕は男だよ」

     最後の一口を難なく収めて沖野はごちそうさまでした、と手を合わせた。如月と冬坂も慌ててそれに続く。これらを準備したのは薬師寺だ。

    「えっと、おそまつさまでした。食べきってくれてありがとう、沖野くん」
    「こちらこそ。美味しかったよ。残ったクッキー、少し分けてもらってもいいかな」
    「ええ、どうぞ。包むものを用意するわ」

     秘密の生クリームと異なり、焼き菓子のお土産は定番である。三人が和気あいあいとラッピングを探し始めたので沖野は空いた皿の片づけに回った。
     流石に少し食べすぎたのか、急な糖分の摂取に頭の働きが鈍く感じられた。今日の主役は生クリームではあったが、議題は「恋バナ」。沖野がこの定例会のメンバーなのは彼女らの仲間としてその手の話を求められているからだ。比治山との一進一退の攻防戦は格好の注目の的だ。
     だから、会いたいと思うのは仕方がない。
     愚痴を言ったって、好きだ。



    ■2

     セクター3、現時点では2025年が再現されている仮想空間はコンピューターテクノロジーが一般市民の生活に広く普及し始めた時代にあたる。正確を期すならばもう少し幅のある年代の出来事だが、殆ど全ての人々が個人用端末を携帯し、家庭生活の営みを自動機械に預け始めたのがこの頃だ。

    「と、いうわけで社会科見学の準備はいいかな?」

     沖野を講師役として、街の案内のために如月、生徒を比治山と緒方した四名は技術研修の名目で復旧させたセクター3へとダイブしていた。

    「今更こんなことしなくても、二人とも十分拠点のシステムは使えてるんじゃない?」
    「それはそれだ。肉体労働もいいけど、いずれは頭脳労働もしてもらわないといけないからね」

     新天地の拠点で利用されている2180年代の技術は使うだけなら兎も角、理解するには未知の領域が多すぎてセクター1育ちの沖野でも苦労した。電算機以前のセクター5、一部の業務用に原始的なコンピューターがようやく活用されつつあったセクター4から来た二人が二百年以上の技術進歩に一足飛びに向かい合うよりも、時代を追って手で触れた方が理解が早いだろうという配慮だ。
     とはいえ、実質的にこれはダブルデートである。それに気付かない如月ではないし、意図をもって企画したのは沖野だ。研修であるなら出身セクターごとにまとめて連れてくる方が理にかなっている。
     申し訳程度に午前中にスケジューリングされている文化科学館の見学の後は「街の様子を見る」という無計画ぶりからもそれはうかがえるだろう。

    「おい、沖野。あれはもしかして」
    「察しが良いね。今僕らが使っている観測装置の初期型だよ」
    「へぇ。随分小型化されたのね」
    「見ろよ、ウサミ。あっちにすげぇのがあるぞ」

     そんなことは露ほども知らず、比治山と緒方はアーカイブ資料で見るよりも「リアリティのある」展示物に対して、十六歳当時の姿で外面を気にせず感嘆していた。沖野は得意げであったし、如月も交際時代に戻ったようで悪い気はしない。沖野の提案に乗るとそれなりに役得があるものだ。

     科学館を出た一行は昼食のために定食営業をしている店に入った。仮想空間でも疑似的に空腹は感じる。それに懐かしい地球の味を楽しむのもひとつの娯楽だ。各々が好きなランチメニューを注文し、さほど待つこともなく料理が運ばれてくる。比治山と緒方は大盛、後の二人は普通量のはずだったのだが。

    「結構な量ね……」

     周囲がビジネス街だからだろうか。如月の注文したチキン南蛮定食はご飯の量こそ一般的だが、堂々たる一枚分の鶏肉に粗く崩した卵が見えるたっぷりのタルタルソースがかかり、それらに負けず劣らずボリューミーなサラダが添えられていた。抜群のコストパフォーマンスだ。
     比治山と緒方の頼んだ唐揚げ定食はこぶし大の唐揚げがごろごろと五つほど、殆ど同量に見えるキャベツと共に皿に乗っている。学生のためひとつオマケがついたらしい。大盛なのはご飯だけでこの量である。
     沖野のハンバーグ定食も他に漏れず、主役こそ常識的な大きさに見えるが、デミグラスソースの上には眩い目玉焼きが乗っている。更に付け合わせとして十分すぎる量のポテトとにんじんのソテー。添えられたサラダは他より多少少ない気もするが、誤差のようなものだ。

    「あんた食べてよ」

     今日の如月は十六歳の女子高生である。この量は入らない。大人になったとしてもどうか、という具合である。

    「いいのか? じゃあ遠慮なく」

     すっかり馴染みの緒方は遠慮なく彼女の皿に手を伸ばし、食べきれないであろう分を見積もって自分の皿へ連れて行く。

    「僕も少し多いかな」

     一方の沖野は比治山の返事も待たず、目玉焼きと一緒に切り分けたハンバーグを勝手に相方の皿に盛りつける。次いでこちらが本丸とばかりにポテトの全てとにんじんの半分ほども移してしまった。

    「おい、沖野!」
    「残すのは悪いし食べすぎも身体によくない。比治山くんが食べてくれ」
    「む……! そういう訳なら仕方あるまいな!」

     比治山の顔はとても嬉しそうだ。なにせ「ハンバァグ」もまた、彼の好物である。今日は緒方の手前もあって唐揚げに心が動いたのであろう。

     如月は適量になった自分の皿に手を付けつつ、涼やかに笑っている沖野に目配せをした。彼女は知っている。沖野がこれくらいの量を食べきることを。何なら事前調査の際に食べきれなくなった如月の唐揚げを文句を言いつつもひとつ余分に食べたことを。
     新天地で暮らし始めた頃の彼は仲間の誰よりも食事に頓着しないで、忙しいからと味気も何もない栄養チューブで済ませる始末だった。何かと沖野を気にかけているらしい比治山にきちんと食べろ、残さず食べろと言われ続けてようやくまともに食事をするところを見るようになった。
     そしてこれ、だ。

    「沖野、手が止まってるわよ」

     確かに比治山は美味しそうに食べるが、目の前に隣をちらちらと盗み見る男が居ては気が散って仕方がない。

    「黙っててくれよ? 食事のペースは人それぞれだ」

     沖野はハンバーグ定食であろうと味噌汁、という街角の食堂らしい取り合わせの椀を静かに傾けた。腹の中へ温かいスープが流れ込む。こうして内臓を温めてからよく噛んで食べろと比治山は言っていた。どうにも今日の本人はすっかりそれを忘れていて、揚げたての唐揚げに夢中になっているようだが。

    「沖野、ハンバァグも美味いぞ! 冷めないうちに早く食え」
    「まったく、君まで急かさないでくれ」

     四人の座るテーブルは小さい。午後の計画など何も考えないままセクター3のお昼時は和気藹々と過ぎていった。


    2023.03.07
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