連休前木曜日、「ハロー」リラクゼーションサロンにて(匠メイ) 極楽浄土とはまさにこのことかもしれない。無意識に凝り固まっていた連日の疲れがどんどんと解れていくのに比例して、何だかふわふわとしたまどろみの中に足を踏み入れたかのような錯覚に陥っている。
いつもなら東海林さんの特等席ともいえるソファに靴を脱ぎ、仰向けで寝転がって、肘掛けのカーブに首から後頭部をあてがい、その道のプロとも遜色ない手つきで頭皮全体をゆっくりと指圧されている。眠ってしまいそうな意識を奮い立たせるべく、密かに拳を握りしめて手のひらに爪を立てた。
「眠っちまっても良いからな。責任持って運んでやるからよ」
「いえ……そんな、わけには」
思えば火村さんは宣言どおり、早朝から随分と私を「構って」くださっているように思う。三食は当たり前のように火村さん特製の手作りで、気取らないカフェメニューから豪勢な日本食まで、どれもが目を丸くするほど美味だった。
朝食後にドライブがてら繰り出した港町はぐずついた天気だったのに、車から降り立った瞬間に雲間から太陽の光が射し込んで。街の賑わいと海沿いの煌めきの眩しさに目を細めながら、まるで火村さんが晴れ間を連れてきてくれたみたいに思えた。
その後は歌舞輝町へ戻ってバッティングセンターで火村さんとヒット数で勝負してみたり、デパート内で隙あらば私にプレゼントを買い与えようと画策するのをどうにか阻止したりで大変だった。
身体も心も何かと忙しなかったのに充足感に溢れていたのはやはり、こちらの意向を優先しながら「甘やかして」くださる火村さんの采配に他ならない。
おまけに締めとして夕食後、すっかり辺りの暗くなったソファで火村さん自らがマッサージをしてくださっている。
本人は見様見真似のドライヘッドスパもどきだと笑っていた。けれどこの気持ち良さであれば、仮にお店を開けば予約必須・数ヶ月待ちなど当たり前の人気店になってしまうに違いない。
そういえば八乙女さんには懇意にしているエステサロンがあると聞いたことがあるけれど、そのお店もこんな風に心地の良い空間なのだろうか。定期的に通いたくなる、という言葉にも今なら頷けそうだ。
「しかしながら、良いのでしょうか」
「何がだ?」
手を休める気配のない火村さんは、囁くように問いかける。
「貴重な火村さんの誕生日なのに、ほんとうに一日、甘やかされてばかりで終わりました」
「何だ、そんなことか」
軽い調子で答えたかと思えば、不意に声のトーンを落とした。
「俺がしたくてそうしたんだ。むしろ付き合ってくれて、ありがとうな」
「……いえ」
指圧していたはずの手はいつの間にか私の髪を撫で続けていて、時折指の隙間に髪を通して弄んでいるようでもある。
単なる上司と部下の距離にしてはあまりにも近く、それでいて心地が良い。
離れがたい、と思い抱く今の気持ちは果たして、彼と並び立つにふさわしいものなのだろうか。
握りしめた拳を今度は意識して緩める。
持て余す本音から逃れるように、微睡に身を任せることにした私は卑怯なのだろう。それでも火村さんは、笑って受け入れてしまいそうな気がしてならなかった。