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DONEanzr匠メイ
誕生日に行使した「甘やかす権利」について。
「眠っちまっても良いからな。責任持って運んでやるからよ」
「いえ……そんな、わけには」
連休前木曜日、「ハロー」リラクゼーションサロンにて(匠メイ) 極楽浄土とはまさにこのことかもしれない。無意識に凝り固まっていた連日の疲れがどんどんと解れていくのに比例して、何だかふわふわとしたまどろみの中に足を踏み入れたかのような錯覚に陥っている。
いつもなら東海林さんの特等席ともいえるソファに靴を脱ぎ、仰向けで寝転がって、肘掛けのカーブに首から後頭部をあてがい、その道のプロとも遜色ない手つきで頭皮全体をゆっくりと指圧されている。眠ってしまいそうな意識を奮い立たせるべく、密かに拳を握りしめて手のひらに爪を立てた。
「眠っちまっても良いからな。責任持って運んでやるからよ」
「いえ……そんな、わけには」
思えば火村さんは宣言どおり、早朝から随分と私を「構って」くださっているように思う。三食は当たり前のように火村さん特製の手作りで、気取らないカフェメニューから豪勢な日本食まで、どれもが目を丸くするほど美味だった。
1304いつもなら東海林さんの特等席ともいえるソファに靴を脱ぎ、仰向けで寝転がって、肘掛けのカーブに首から後頭部をあてがい、その道のプロとも遜色ない手つきで頭皮全体をゆっくりと指圧されている。眠ってしまいそうな意識を奮い立たせるべく、密かに拳を握りしめて手のひらに爪を立てた。
「眠っちまっても良いからな。責任持って運んでやるからよ」
「いえ……そんな、わけには」
思えば火村さんは宣言どおり、早朝から随分と私を「構って」くださっているように思う。三食は当たり前のように火村さん特製の手作りで、気取らないカフェメニューから豪勢な日本食まで、どれもが目を丸くするほど美味だった。
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DONEanzr 初出2024.1.匠メイ
今年、初めての……
「できるものなら、捕まえてみなよ!」
一月二日の執着(匠メイ) 追い風が自分の身体と一体化したかのような錯覚に陥る。もはやここが何処だかわからないまま、私は真っ白な空間を駆け抜けていた。もつれ知らずの足が空気抵抗をまるで無視して先へ先へと進むスピード感が心地よく、しかしあっという間に過ぎる景色は早すぎて何ひとつも見えない。
そのうちに後ろからけたたましい足音が聞こえてくる。何か威圧感のある獣の気配を感じるが、ふしぎと恐怖心は感じない。しかし後ろから迫りくる何かからは早急に逃げるべし、と脳裏で囁きかけられた気がして少しの戸惑いも覚えている。
追いつかれたところで何だというのだろう。
かつて得体のしれない何かから逃げていた身の私が、こんな考えを抱くのはもしかしたら不謹慎なのかもしれない。あの日に一切合切の記憶と感情を失ってからも、私はどうにか生きながらえてきた。ハローで従業員の一人として認められて、何不自由なく歌舞輝町での日常生活を送り続けている。だから今、追いつかれたところで問題はない。
2143そのうちに後ろからけたたましい足音が聞こえてくる。何か威圧感のある獣の気配を感じるが、ふしぎと恐怖心は感じない。しかし後ろから迫りくる何かからは早急に逃げるべし、と脳裏で囁きかけられた気がして少しの戸惑いも覚えている。
追いつかれたところで何だというのだろう。
かつて得体のしれない何かから逃げていた身の私が、こんな考えを抱くのはもしかしたら不謹慎なのかもしれない。あの日に一切合切の記憶と感情を失ってからも、私はどうにか生きながらえてきた。ハローで従業員の一人として認められて、何不自由なく歌舞輝町での日常生活を送り続けている。だから今、追いつかれたところで問題はない。
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PASTanzr 初出2023.7.匠メイ
七夕に合わせて創作和菓子を拵えた火村さんと、通常営業のメイ。
「俺たちは織姫と彦星じゃない。だから、いつだってあんたに会える」
#夏メイ #匠メイ #anzr男女CP
催涙雨は似合わない(匠メイ) 絶景だ。
彩度の高い青から紫へのグラデーションと、散らばるきらめきは天の川を彷彿とさせる。屈んで至近距離から見つめてみても、どこまでも澄み渡る星空でしかない。
幻想的に彩られた直方体のそれが食べられる代物だなんて、俄かには信じがたい。
「これを、火村さんが手作りされたのですか……」
「おう」
絶景の夜空……もとい、星空を模した創作羊羹を前に、火村さんは目を細める。
「少しばかり不格好だけどよ。メイちゃんがそんなに目ぇ輝かせてくれたなら作った甲斐がある」
「素敵です。本当に」
冷蔵庫から不透明な型を取り出した火村さんが私を手招いたのが数刻前。先にいいもの見せてやるよ、と長皿に型を伏せた時は何が始まるのか全く予想がつかなかった。形を崩さないように、そっと型を外して現れた鮮やかな景色。このうつくしさを何と表現すれば良いかわからず、私はただただ息を呑んで、箱の中の夜景を凝視していた。
962彩度の高い青から紫へのグラデーションと、散らばるきらめきは天の川を彷彿とさせる。屈んで至近距離から見つめてみても、どこまでも澄み渡る星空でしかない。
幻想的に彩られた直方体のそれが食べられる代物だなんて、俄かには信じがたい。
「これを、火村さんが手作りされたのですか……」
「おう」
絶景の夜空……もとい、星空を模した創作羊羹を前に、火村さんは目を細める。
「少しばかり不格好だけどよ。メイちゃんがそんなに目ぇ輝かせてくれたなら作った甲斐がある」
「素敵です。本当に」
冷蔵庫から不透明な型を取り出した火村さんが私を手招いたのが数刻前。先にいいもの見せてやるよ、と長皿に型を伏せた時は何が始まるのか全く予想がつかなかった。形を崩さないように、そっと型を外して現れた鮮やかな景色。このうつくしさを何と表現すれば良いかわからず、私はただただ息を呑んで、箱の中の夜景を凝視していた。
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PASTanzr 初出2023.6.匠メイ
1周年SSより着想を得ました。
「仕事上の間柄」とは言いがたい距離で、火村さんは真っ赤なリップスティックを私の唇に押し当てている。
ただ、ふたりだけのせかい(匠メイ) 鮮やかなスカイブルーの瞳から真剣な眼差しを向けられる瞬間は、いつだって落ち着かない心地にさせられる。今だって例外ではない。
とはいえ、彼の名誉のために言い訳をさせてほしい。彼と物理的な距離を縮めることに関して、決して不快さを覚えているわけではないのだ。
負の感情……いつか口にした安い珈琲のような、拒絶したくなる気持ちだって微塵も感じない。それなのに。
今抱いている感情の正体は未だに掴めずにいて、どこかもどかしさを覚えている。
(この感情を言語化する方法はあるのだろうか)
距離にして十五センチほど。
「仕事上の間柄」とは言いがたい距離で、火村さんは真っ赤なリップスティックを私の唇に押し当てている。長い指先が口紅を伝って、私の唇を優しくなぞる一連の手つきが、こわいくらいにやさしい。
1414とはいえ、彼の名誉のために言い訳をさせてほしい。彼と物理的な距離を縮めることに関して、決して不快さを覚えているわけではないのだ。
負の感情……いつか口にした安い珈琲のような、拒絶したくなる気持ちだって微塵も感じない。それなのに。
今抱いている感情の正体は未だに掴めずにいて、どこかもどかしさを覚えている。
(この感情を言語化する方法はあるのだろうか)
距離にして十五センチほど。
「仕事上の間柄」とは言いがたい距離で、火村さんは真っ赤なリップスティックを私の唇に押し当てている。長い指先が口紅を伝って、私の唇を優しくなぞる一連の手つきが、こわいくらいにやさしい。
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DONEanzr匠メイ(弟視点)
時折酒を酌み交わす火村弟の苦悩と、兄貴の変化について。
※弟・公式設定と捏造設定混在
三十路から始まるささやかな楽しみ(匠メイ+弟) 三十歳を超えた丸腰の男は、ただのおっさんでしかない。黙って場にいるだけでちやほやされるのはせいぜい、フレッシュな新卒や二十代前半頃までだろう。
若いうちに自分の強みや持てる技術を磨いて、伸ばす努力をしなければ置き去りにされる一方だと、身を以て実感している。社会生活は、とりわけ営業職の世界は実力や結果がすべて。愚直にがんばりました、だけでは見向きもされないのだ。
そして、この度無事に三十路の称号を得た俺はどうだろうか。わが身を振り返るだけでもげんなりする。
ぱっとしない「おっさん」の一言に尽きるからだ。
得意先から直帰することになった金曜日、十八時五十五分。気安く手を上げた兄貴は、歌舞輝町の都心の喧騒やネオンの明かりに紛れることなく颯爽と現れた。
4335若いうちに自分の強みや持てる技術を磨いて、伸ばす努力をしなければ置き去りにされる一方だと、身を以て実感している。社会生活は、とりわけ営業職の世界は実力や結果がすべて。愚直にがんばりました、だけでは見向きもされないのだ。
そして、この度無事に三十路の称号を得た俺はどうだろうか。わが身を振り返るだけでもげんなりする。
ぱっとしない「おっさん」の一言に尽きるからだ。
得意先から直帰することになった金曜日、十八時五十五分。気安く手を上げた兄貴は、歌舞輝町の都心の喧騒やネオンの明かりに紛れることなく颯爽と現れた。
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DONEanzr匠メイ(BD)
どこかで虚しさが消えない火村さんと、恋人になったメイとで過ごす誕生日
※捏造だらけ
水曜日に寄り添うティラミス(匠メイ) ビスケットをエスプレッソにくぐらせて、型に敷き詰める。顔が隠れそうな大きさの四角い器へ隙間なく並べ終えてからは、メレンゲと合わせてふわふわのマスカルポーネクリームを数回に分けて、そっと流し込んだ。ゴムベラで最後の一滴まで余すことなく攫ってから流しにボウルとゴムベラを置き、水を張る。
そこから最後の仕上げに、と、ココアパウダーの封を開けようとしたところだった。
「……メイちゃん?」
作業の手を止めて、しかし振り返らずに呼びかけてみる。背後からぽすん、と音がしたが、ここが自宅である点を鑑みると犯人は一人しかいない。背中に身を預けた彼女はこわごわと腰に手を回し、頭をぐりぐりと押しつけているようだ。
(何だよ、この可愛い生き物は……)
2263そこから最後の仕上げに、と、ココアパウダーの封を開けようとしたところだった。
「……メイちゃん?」
作業の手を止めて、しかし振り返らずに呼びかけてみる。背後からぽすん、と音がしたが、ここが自宅である点を鑑みると犯人は一人しかいない。背中に身を預けた彼女はこわごわと腰に手を回し、頭をぐりぐりと押しつけているようだ。
(何だよ、この可愛い生き物は……)
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DONEanzr匠メイ(VD)
製作中のチョコを盛大に零したメイちゃんと、駆け付けた火村さん
チョコレイトの雨がふる(匠メイ) 屈みこんだ時にはもう遅かった。目先でカラン、と派手な音を立てて、ステンレス製のボウルが落下していく。私の反射神経では受け止めることすらままならず、結局スローモーションを追うようにチョコレートが跳ねる様を眺めることしかできなかった。テンパリングは素人の割にはそれなりに上手く進められているなと思っていたけれど、僅かに油断をしたのがいけなかったのかもしれない。
ともあれ、いくら嘆いたところで後の祭りだ。いつもならきれいに整えられている事務所のキッチンは見るも無残な惨事に陥っており、辺りには場違いなほどねっとりと甘い匂いが立ち込めている。
「メイちゃん!」
血相を変えた火村さんはすぐさま駆け寄り、チョコレートに塗れてぼんやりと床を見つめている私の手を取った。
1402ともあれ、いくら嘆いたところで後の祭りだ。いつもならきれいに整えられている事務所のキッチンは見るも無残な惨事に陥っており、辺りには場違いなほどねっとりと甘い匂いが立ち込めている。
「メイちゃん!」
血相を変えた火村さんはすぐさま駆け寄り、チョコレートに塗れてぼんやりと床を見つめている私の手を取った。
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DONEanzr匠メイ
節分から数日後の食卓。試食したり思い悩んだり忙しいメイちゃんと、どっしり(?)構えている火村さん
鬼の正体(匠メイ) ばり、ぼり、ざく! と漫画の効果音のような咀嚼音が響く。思わず口を抑えながら箸を置けば、火村さんは飲みかけのロックグラスを片手に吹き出した。
「ははっ……くっふ……はははははっ!」
「……んぐ」
「喋るな喋るな」
そんなに笑われてしまうような仕草だろうか。黙々と、もぐもぐと、口を動かしたのは単純に美味しかったからなのだけれど。噛み応えがある食感と熱々でジューシーな肉汁から広がる芳香さとほど良い塩加減が絶妙にマッチしていて、いくらでも味わいたい。もう少し柔らかな食感であれば箸が止まらなくなるほどだったに違いないから、きっとこのくらいの固さがちょうど良いのだと思う。
「……、とても美味しいです」
「ありがとよ」
2297「ははっ……くっふ……はははははっ!」
「……んぐ」
「喋るな喋るな」
そんなに笑われてしまうような仕草だろうか。黙々と、もぐもぐと、口を動かしたのは単純に美味しかったからなのだけれど。噛み応えがある食感と熱々でジューシーな肉汁から広がる芳香さとほど良い塩加減が絶妙にマッチしていて、いくらでも味わいたい。もう少し柔らかな食感であれば箸が止まらなくなるほどだったに違いないから、きっとこのくらいの固さがちょうど良いのだと思う。
「……、とても美味しいです」
「ありがとよ」
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DONEanzr車内でメイちゃんにもたれかかって眠る火村さんと、未熟さを痛感するメイちゃん(with八乙女さん)
※ビター系・一部2.5章台詞バレ有
I want to touch, and(匠メイ) 右肩にすとんと落ちた心地好い重みと、首都高を軽快に駆け抜けていく外国車の独特な振動に身を委ねる。本来ならば達成感で高揚しているはずだった私は想定とは異なる緊張感でいっぱいだ。
「珍しいこともあったものね」
ドライブレコーダー機能がついているというルームミラー越しに、八乙女さんと目が合った。彼女は揶揄うような笑みをひとつ浮かべて前方へと向き直る。
追及の視線から逃れるようにそっと、右側に意識を向けてみた。ぱりっとした格好の上長、もとい火村さんは相変わらず、すやすやと寝息を立てながら直立不動の私へともたれかかっている。
「仕事は卒なく、こなしているように見えたのですが」
「メイちゃんの前だから気が抜けちゃったのよ、きっと」
1704「珍しいこともあったものね」
ドライブレコーダー機能がついているというルームミラー越しに、八乙女さんと目が合った。彼女は揶揄うような笑みをひとつ浮かべて前方へと向き直る。
追及の視線から逃れるようにそっと、右側に意識を向けてみた。ぱりっとした格好の上長、もとい火村さんは相変わらず、すやすやと寝息を立てながら直立不動の私へともたれかかっている。
「仕事は卒なく、こなしているように見えたのですが」
「メイちゃんの前だから気が抜けちゃったのよ、きっと」
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DONE【アンゼロ:匠メイ】・展示作品Webオンリー・今宵一番街にて
テーマ:冬【生姜酒】
……
その風邪を肩代わりしてやりたい。寝込んでいるあんたが、辛そうで苦しそうで。世話を焼きながらも俺は、きっと甘えてしまっている。
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PASTanzr初出2022.8.23.
夏イベ開始前に妄想した火村さんとメイちゃんのお話
真夏の狼(匠メイ) 最高気温三十五.一度。そして八月の東京における相対湿度は平均七十一パーセント。これらを踏まえて割り出した結果、本日の不快指数は推定八十九.一パーセントであるらしい。不快指数は七十五パーセントを超えたところから暑さを感じ始めて、その後五パーセント刻みでレベルが切り替わる。八十パーセントで汗が出るほどの暑さを感じ、八十五パーセントを超える頃にはうだるような暑さを覚えるのだという。
申し訳程度の生温い潮風が頬を撫でたところで、七篠メイはちらりと前方に目をやる。原色にも似た真っ青な空の下、幾度となく踏みつけられた足跡により波打つ砂浜の凹凸を照り返す太陽光が際立たせた。視線をずらせば崩れかけた砂の山の傍らには短い枝が転がり落ちており、先ほど教えてもらった山崩しという遊びを行った痕跡と認める。
2173申し訳程度の生温い潮風が頬を撫でたところで、七篠メイはちらりと前方に目をやる。原色にも似た真っ青な空の下、幾度となく踏みつけられた足跡により波打つ砂浜の凹凸を照り返す太陽光が際立たせた。視線をずらせば崩れかけた砂の山の傍らには短い枝が転がり落ちており、先ほど教えてもらった山崩しという遊びを行った痕跡と認める。