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    michiru_wr110

    @michiru_wr110

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    michiru_wr110

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    anzr
    匠メイ(弟視点)
    時折酒を酌み交わす火村弟の苦悩と、兄貴の変化について。

    ※弟・公式設定と捏造設定混在

    #匠メイ
    #anzr男女CP
    anzrMaleAndFemaleCp

    三十路から始まるささやかな楽しみ(匠メイ+弟) 三十歳を超えた丸腰の男は、ただのおっさんでしかない。黙って場にいるだけでちやほやされるのはせいぜい、フレッシュな新卒や二十代前半頃までだろう。
     若いうちに自分の強みや持てる技術を磨いて、伸ばす努力をしなければ置き去りにされる一方だと、身を以て実感している。社会生活は、とりわけ営業職の世界は実力や結果がすべて。愚直にがんばりました、だけでは見向きもされないのだ。
     そして、この度無事に三十路の称号を得た俺はどうだろうか。わが身を振り返るだけでもげんなりする。
     ぱっとしない「おっさん」の一言に尽きるからだ。

     得意先から直帰することになった金曜日、十八時五十五分。気安く手を上げた兄貴は、歌舞輝町の都心の喧騒やネオンの明かりに紛れることなく颯爽と現れた。
    「誉、元気か? 少し痩せたんじゃないか?」
    「大して変わらないよ。兄貴は相変わらずだな」
     だらしなく相好を崩す表情をジト目で一瞥して、俺は隣へ視線を移す。
    「そちらの方が、同僚の?」
    「はじめまして。七篠メイです」
     ぺこり、とぎこちなく頭を下げたが、仕草には似合わずすらっとしたクールな顔立ちがどこかちぐはぐで興味を惹かれる。
     彼女は営業回りでよく見かける受付嬢のような、媚びるような濃い化粧をしていない。おそらく美人系の顔立ちなのだろうが、その印象とは少し遠いカジュアルな服装が不思議としっくりきた。
    「どうも。火村・弟です」
     簡素に名乗り、歌舞輝町のネオンに照らされた二人と改めて対面する。まさか「たまには飲もう」の誘いがこうなるとは思ってもみなかった。
     ここ数年は折を見て兄貴に声をかけるようにはなったけれど、そうでもしなければアポなしで突然押しかけてくるのだ。別に駄目ではないけれど、独りで過ごしたい気分の時に来訪されると気が休まらない。不意打ちで肝を冷やすくらいなら、数ヶ月に一度でも連絡して予定を組んだ方がいくらかましというもの。
     今回は兄貴の職場に近いらしい新宿まで出る日に合わせて連絡していた。俺は商談ついでだが、兄貴は兄貴で仕事があったらしい。事前に「同僚を連れて行っても良いか?」との返信を確認している。人数が増えるのはあまり気が進まないけれど、取引先との接待よりはいくらか楽だと割り切ればどうにでもなるというものだ。
     まさかその同僚が女性だったとは思わなかったわけだが。
    「誉は社交的な人見知りなんだ。仲良くしてやってくれよ」
    「何言ってるんだよ」
     そんな俺の様子になど構わず兄貴は、気軽に、どこか誇らしげに俺の名を呼ぶ。
     もう少し平凡な名であれば「誉だなんて名前負け」などと考えずに済んだのかもしれないが、兄貴にはおそらく、この気持ちは一生理解してもらえない気がした。

     そんなことを考えながら、取り敢えずと待ち合わせていた居酒屋へ入店する。
     慣れた様子で店員へ「三人で」と声をかける兄貴の隣には変わらず、唇を真一文字に引き結んだ七篠さん。不躾にじろじろと観察しているつもりはなかったが、眉一つ動かさない表情の乏しさがいやでも目につく。しかし兄貴は少しも気にする様子もなく、七篠さんに話しかけてはしきりに目を細めていた。
     それはお節介モードが発動している時の兄貴によく似ていたが、何か引っかかる。いつも通りに見えるがどこか、いつもの兄貴らしからぬ言動に見えなくもない。
     仕事後で空腹を訴える腹をさすりながらも、俺は違和感の正体に考えを巡らせる。何というか、兄貴が他人に見せる表情にしては、若干無防備すぎるような気がしたのだ。
    「社交的な、人見知り……」
     兄貴の様子に気づいているか否か、何か呟く様子の七篠さんの表情に変化はない。

     * * *

     例えるなら鷹のようだと思う。兄貴は器用で、飄々としていて、そのくせ気がついた時にははるか遠くの空で自由を謳歌しているところがよく似ている。何も考えず放浪していると見せかけて、行きつく先で何をすべきかをしっかり熟考しているところなんかも。
     親に言わせれば「荒れていた時期もあった」らしい兄貴だったが、あまりピンと来てはいない。気性が荒かったらしい兄貴は俺に一切その片鱗を見せなかったので、昔も今も、困りごとにはもれなく首を突っ込むお人好し、というイメージしかない。何だか知らない間に弁護士になっていて、かと思えばご立派な肩書きを捨てて便利屋みたいな仕事をしていて。
     きっと兄貴みたいなタイプは危機的状況に陥っても、最終的に必ず報われる人間だ。どれほど自由に振る舞って、途中で何かを間違ったとしてもいつか、誰かを助けた恩が巡り巡って返ってくる類の恵まれた人種。

     対する俺は三十年間、「誉」なんて名前とは程遠い、平平凡凡な生き方に甘んじている。
     中学・高校と落ちこぼれて実家から離れた寮で生活し、その流れでずっと独り暮らし。辛うじて受かったFラン大学でほどほどに勉強しつつ遊んで生活し、適当なタイミングで何となく就活を始めて。辛うじて内定をもらった今の会社には勤めて八年目を迎えた。
     営業として配属されてからは、毎月の成績を平均するとちょうど中間の成績を維持している。日々の忙しさに追われながら、ノルマと睨み合い外回り。途方もない数の商談を経て契約を締結した後は、膨大な数の事務処理をこなして。終えたら再び外回り……そんな肩書きのない社員だ。
     成績が低迷すれば左遷なり何なりの処置がとられるのだろうが、未だに営業職に居続けられているのなら害はないと判断されているのだろう。
     とはいえ、目を見張るような成果は上げていない。表立って批判はされない代わりにぱっとしない、つまらない人間である。

     * * *

    「で、どうしたって?」
    「社交的な人見知りについて、考えていました」
     彼女が妙なことを口にし始めたのは、それぞれが二杯目を飲み終える手前までアルコールが進んだタイミングだった。兄貴から取り分けられたサラダに紛れる柔らかい豆腐を掴めず、箸先をぷるぷる震わせながらも至極まじめな口調を崩さない。
    「ええと……なんでです?」
     自分でも何に対する問いかけなのかがわからない。助けを求めるように、兄貴の方を向く。兄貴は顔色一つも変えず、くくっと笑いを堪えながらレンゲを手にした。
    「可愛い弟について熱心に考えていたなんて、妬けちまうな」
     ほら、と兄貴から差し出されたレンゲを受け取る七篠さんは、若干申し訳なさそうに会釈している。おい兄貴、セクハラになりかねない発言だが大丈夫か? まさかわざとじゃないよな? 受け流した七篠さんは多分、コンプラぎりぎりだった兄貴の失言に多分、気づいていない。
    「社交的な方とは、明るくて、人との関わりが心から楽しいと思える人のことを指していると思い込んでいました」
    「まあ、世間一般的にはそうかもしれないですけど」
     一時間弱話してみて気づいたことがある。
     七篠さんはおそらく、兄貴寄りの性質だ。ぱっと見だとわかりづらいだけで、恐ろしく人が好い。
    「いくら社交的だからといって、その誰もがが迷いなくコミュニケーションを図っているとは限らないですよね。必要に迫られて、あるいは何らかの目的によって敢えて打ち解けやすく振る舞っている、という可能性を失念していました」
    「あー……まあ、うん」
     記憶喪失のことはさらっと打ち明けられたが、結果的に表情を失ったのだとしたら余程の出来事があったはず。にも拘わらず彼女は、話を聞く限り、助けを求める人たちに躊躇いなく手を差し伸べていることが窺い知れた。自分が再び傷つくかもしれない、とは考えないのか心配になるくらいに。現に今、俺の人となりについてを彼女なりに真剣に考えて理解しようとしているのだから何とも、落ち着かない。
    「苦手意識があったとしても、処世術だとしても、雰囲気を壊さないようにコミュニケーション図ろうとするのは、思いやりを示す手段のひとつだなと考えていました」
    「いやちょっと、それは大げさじゃない?」
    「そんなことはありません」
     七篠さんはレンゲを置き、まっすぐ俺に向き直る。
    「誉さんは、凄い方だと思います」
     シンプル過ぎる、飾り気のない褒め言葉に目を見開く。もし今の俺が二十代の若造だったら、いま受け止めている真っすぐな視線の圧に、きっと負けていたのだろうなと思う。動揺を悟られないように取り繕えたのは年の功、ということにしておきたい。
     彼女からの真っすぐな視線に慄くばかりだが、敢えて逸らさずに受け止める努力をした。率直な肯定に嘘がないと伝わってきたからだ。
    「……七篠さんは、俺と逆ですね」
    「逆、と言いますと」
    「おとなしそうに見せかけて全然物怖じしないので」
     これは俺なりに言葉を選んだ精いっぱいの称賛のつもりだが、彼女には正しく伝わっているだろうか。
    「そう、でしょうか?」
    「そりゃそうさ」
     何か言うよりも先に兄貴が、俺の発言を肯定する。
    「涼しい顔して平気で物騒な現場に突進していくんだから、こっちはもうひやひやしっぱなしだよ」
     ぼやきながら苦笑する兄貴は七篠さんの頭を撫でまわしながら、今までに見た事のない表情をしていた。
     彼女には本当に、手を焼いているのだろう。心の底から困っているが、むしろ振り回されるのを楽しんでいるかのようにも見える。器用で、飄々として、自由を謳歌していると思っていた兄貴からしてみれば、七篠さんは思い通りにならない存在のはずなのに。
    「……兄貴、もう酔った?」
    「ん? そんな風に見えるか?」
    「おそらく連日の張り込みで、疲労が蓄積しているのでは」
     七篠さんは生真面目な表情を崩さないまま店員を呼び止めて、三人分のチェイサーを頼んだ。兄貴は明らかに飲み足りなさそうなそぶりを見せているけれど、七篠さんに逆らうつもりはないらしい。火村さんこそ悪酔いしないよう、何かつまんでください、とまっさらな取り皿にサラダやモツや焼きそばをてんこ盛りに乗せて、兄貴の前に押し付ける手元を幸せそうに目で追っている。
    (てか兄貴と七篠さん、本当にただの同僚なのか?)
     聞きたいことは山のようにある。だが七篠さんに免じて、今はこれ以上の追及は止めることにした。彼女のおかげで思いの外悪くない夜を過ごせたので、この気分に浸りたいと思ったのだ。
    (営業を八年も続けられる程度の処世術を、俺は身につけられたのかね)

     自由人を気取った男と、風変わりな女の子。
     二人のやり取りを眺めながらビールジョッキを煽る。最後の一口は、炭酸が抜けきった割に爽やかで美味かった。
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