催涙雨は似合わない(匠メイ) 絶景だ。
彩度の高い青から紫へのグラデーションと、散らばるきらめきは天の川を彷彿とさせる。屈んで至近距離から見つめてみても、どこまでも澄み渡る星空でしかない。
幻想的に彩られた直方体のそれが食べられる代物だなんて、俄かには信じがたい。
「これを、火村さんが手作りされたのですか……」
「おう」
絶景の夜空……もとい、星空を模した創作羊羹を前に、火村さんは目を細める。
「少しばかり不格好だけどよ。メイちゃんがそんなに目ぇ輝かせてくれたなら作った甲斐がある」
「素敵です。本当に」
冷蔵庫から不透明な型を取り出した火村さんが私を手招いたのが数刻前。先にいいもの見せてやるよ、と長皿に型を伏せた時は何が始まるのか全く予想がつかなかった。形を崩さないように、そっと型を外して現れた鮮やかな景色。このうつくしさを何と表現すれば良いかわからず、私はただただ息を呑んで、箱の中の夜景を凝視していた。
「……食べてしまうのが勿体ないくらいです」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどよ」
零れ落ちた独り言を拾い上げた火村さんは、事務所の窓に視線を向けた。
「今日のために拵えてきたんだ。食ってくれなきゃ困っちまう」
窓越しには、曇り空の隙間から曖昧に見え隠れした空の色が覗く。くすんだ歌舞輝町の空の色はお世辞にも、箱の中の星空ほどに綺麗なものとは言い難い。
「俺たちは織姫と彦星じゃない。だから、いつだってあんたに会える」
美しい景色で年一度の再会を喜び合うという二人。都会特有の綺麗になり切れない空の下で、日常的に言葉を交わす私たち。
果たしてどちらが幸せなのだろうか。
「あんたが望むなら、いつでも作ってやれる」
だから、と続けようとする火村さんの声に重なり、ドアの向こうから賑やかな声が複数聞こえてきた。一仕事終えた仲間たちが、お腹を空かせて戻ってくる頃合いだ。
「皆もこちらに呼んできますね」
「……おう」
出迎えのために一声かけると、火村さんは何故か曖昧に……何かを惜しむような表情で微笑を浮かべた。
せめて今宵は曇る空の上で、彼女たちが再会の涙を流していたら良い。飾り気のない現在を生きる身ではどこか他人事だけれど。
情緒を置き去りにした私は今、うつくしい夜空の味わい方ばかりを考えている。