ハッピーバースデー!「ボーラ、今日は一緒に出掛けよう」
事務所の扉をノックされ、開いた扉の向こうには満面の笑みを浮かべたノーベル。あからさまに眉根を寄せ、盛大な舌打ちを返し開いた扉を閉じようとしたがその扉を掴まれ閉じることを阻まれる
「君は相変わらずの反応だね」
それに機嫌を損ねる事もなく楽しそうに笑う。機嫌が悪いのはボーラの方だ
「何で俺がお前と出掛けなくちゃいけねぇ」
「今日は事務所、お休みだろう」
扉にかかったClosedの掛札を見せる。休みなのだから扉を開かなければ良かったとボーラは思った
「生憎休みだがやることがあるんでな」
「君は休まな過ぎだよ?」
ノーベルは手にしたバスケットを見せる
「君と出かける準備は万端なんだ」
だからなんだと素っ気なく再び扉を閉じられそうになるのを慌てて足を滑り込ませ閉じられなくする
「足をどけろ」
「痛いよボーラ」
「痛いわけないだろ」
今日のノーベルは何時もより強引に誘ってくる。こういう時のノーベルは諦める事をしなかった
盛大なるため息
「……何処に連れて行ってくれるんだ?」
「特別な場所だよ……!」
にっこりと笑んで再び手にしたバスケットを見せてくる
「ここは……」
ノーベルがボーラを連れてきた場所は保護区の植物園だった。何故こんな場所に、と困惑する
「桜にはまだ少し早いようだね。この時期なら桃かな?」
嬉しそうにボーラの前を行くノーベルは植物園に咲く花を見ている。この時期も何も無いだろうとボーラは思う。四季なんて概念は今はもう昔の話で今は管理され作られた四季をここで擬似的に感じるのみだ。嗅ぎ慣れない甘く不思議な匂いは花の匂いだろうか
人間や機械によって管理された植物園。昔はこれが普通だったという知識はボーラの中にもあるが、本当だろうかと訝しむ気持ちもある。そこらに咲き誇る花をチラリと見やるが実感は無い。不思議な空間だと思うのみだ
こんな場所に自分を連れてきたノーベルの真意も解らなかった。ノーベルが手にしているバスケットの中身は何だろうかと訝しむ。
「ここら辺りでいいだろうか」
先を行っていたノーベルが足を止める。手にしていたバスケットの中からレジャーシートを取り出す
「ここは飲食可能エリアでね……」
広げたレジャーシートの上に次々とバスケットの中身を並べていく。ティーカップにティーソーサー銀の匙。それに菓子や軽食
「……なんのつもりだ?」
「花を愛でながらのお茶会でも、と思ってね」
「それに俺が付き合うとでも?」
上機嫌でレジャーシートの上にお茶の準備をするノーベルを見下ろす。強引な相手について仕方なしだったとは言え、来てしまった事に無駄な時間を使ってしまったなどと考える。
「君は何だかんだで付き合ってくれるだろう?ここまで付き合って来てくれるくらいだもの」
ポットの中に二匙の茶葉を入れ、保温ポットのお湯を注ぐ。こんな場所で入れるにしては随分と本格的だが、ノーベルはカップなどを温められていない事をボーラに詫びる。
「俺は飲まんから好きにしろ」
「君の為に淹れるのに?」
ティーコゼーまで準備しているとは用意周到だと呆れる
砂時計をひっくり返す。3分の無音の時間。ティーコゼーをとり、匙でくるりとかき混ぜて2人分のカップに最後の一滴まで回し入れる
紅茶のいい香りが花の甘い香りに混じりながらボーラの嗅覚センサーを刺激する
どうぞと差し出されるカップとソーサー。ソレとノーベルを交互に見やりシートの上にわざと乱暴な仕草で座り込む
「……なんで俺なんだか」
「何故?君の製造記念日だからね……祝いたかっただけさ」
その言葉に、その日はすでに過ぎていると怪訝そうに見る
「知っているよ。当日は三人で過ごすだろう?それを邪魔する程私も野暮じゃない」
だからせめて誕生日月に祝いたかったんだと告げる
「俺への祝いなら放置が一番だと思わないか?」
「これは私の押し付けがましいお祝いだもの。放置だと君を祝いたい気持ちは伝わらないだろう?」
にこりと笑んだノーベルの顔にうさんくせぇと返す
「人間はこういう時、こう言うんだ」
アールグレイの香りのするクッキーをボーラの口元に差し出す
「お誕生日おめでとう、ボーラ」
「……うるせぇ……っ」
差し出されたそのクッキーを、ボーラはノーベルの指まで噛みつかんばかりに噛み砕いた