ED2 どの世界でも改修工事の途中で放棄された地下施設。ボロボロのコンクリートの中にまるで似つかわしくない鳥居を前にして、暁人は立ち止まる。
『どうした?浄化しねえのか』
右腕がぐい、と持ち上がる。ぼやぼやと湧き上がる黒煙を見つめながら、これから起こる出来事に、起こった出来事に意識を向ける。
ここで、この男の身体を取り戻す。絶対に。そう決めたのだ。
「KK」
『あん?』
「僕はあんたが好きだよ」
『は、……あ?オマエ、何言って……』
背後に感じる気配。振り返らずとも分かる、痩せた男の静かな空気。空間が歪む。真白な霧に包まれたその場所に立つのは、空っぽの肉体。KKの、肉体。
姿が変化する。鬼のような巨体へと成った痩男に、暁人は目を逸らさずに立ち向かう。
誰よりも戦った貴方、認められずに孤独を選ばされた貴方。今僕から欲しかったものを与えよう。貴方は誰よりも強く、優しい人だと。僕を救い、手を差し伸べてくれた英雄だと。間違っても構わない。見失っても構わない。僕の信じた貴方ならきっと、やり直すことが出来るはずだから。
暁人の猛攻に成す術もなく倒れた痩男。変化が解け、からん、と仮面が外れる。
『オレ、の、身体……!』
KKの動揺が黒煙の動きに現れる。暁人は静かに男に近付いて、その両手をかざす。
『オマエ、何してる……?』
「僕はこの為にここにいる。貴方を救う為戻ってきた」
『何……?』
「肉体を取り戻す為には、一度死んだこの体にまた生命の灯火を捧げなきゃならない」
手のひらから青白いKKの身体へ、暁人のいのちが流れ込む。
「だからKK、どうか怒らないで」
KKの頬にじわじわと肌色が戻ってくる。代わりに、暁人の体から赤が抜けていく。
「僕が貴方のために死ぬ事を選んでも」
ぴちゃん。きらきらと流れていた光の雫が最後の一滴を落とす。暁人の身体がKKの横に力なく倒れた。
ぴくりと震える睫毛。永遠に閉じられた筈の瞳が、己を愛した男の命で今再び開かれる。
「ぅ、あ……」
コンクリートの天井。異空間は解かれ、現実へと帰っていた。視界に映る右腕に己の最期に着ていた服が見える。左腕には赤、青、緑の三つの数珠。
「オレ、は……」
痛む頭にハッと思い出す。出会って間もない青年が、素性の知れない男一人に、そのいのちをささげた事を。
横を振り返れば、静かに眠るその青年の姿があった。
「おい、おい暁人」
身体を揺さぶっても返事はない。呼吸を刻む音も聞こえない。胸を鳴らす心臓の動きも伝わってこない。
「何してんだオマエ、こんな道半ばで、なあ暁人」
KKを好きだと口走った。苦しげに聞こえたそれは、覚悟を決めた証でもあった。
だがそんなことを言われたとて、今のKKにはどうもしようがない。“この暁人”の知る“KK”は、“この世界のKK”ではない。
やるせない思いに暁人のシャツを握り締める。
「怒るに決まってんだろ馬鹿野郎、言う相手を間違えてんだよ」
ただ沈黙を守る暁人に、震える声でそう絞り出した。
だって“オレ”はまだ、オマエを何一つとして知りはしないのに。だというのに、“オレ”に植え付けられたこの種はもう、心臓にまで根を張って、引き抜くことなど出来なくなっていた。