禁煙応援キャンペーン夜の路地、待ち合わせの場所に立っている男が目に入り、声を掛けようと上げかけた手を止める。忙しないリズムで足先をトントンと鳴らし、ストレスに顰められた表情で虚空を見つめている。かりかりと爪を立てながら唇を触り続けている手。どうやら禁煙は順調なようだ。
「お待たせ。酷い顔してるよ」
小走りに近付いてようやく声を掛ければ、眉をぴくりと動かしたKKは暁人を睨みつけた。
「遅え!」
「ごめんって。ちょっと準備に時間かかっちゃってさ」
「良いから早くしろ、限界なんだよ!」
「分かってるってば……ほら」
KKの要望通り、爪で弄られて赤くなった唇にそっと触れる。待ちきれないと疼くKKの視線に促されながら、優しくキスを落とした。舌で軽く唇を舐めると、少しだけ鉄の味が滲む。
「KK、もしかして唇の皮剥いだろ?」
「うるせえ、オマエのせいだろうが」
「駄目って言ってるだろもう……。終わったら僕のリップ塗ってあげるから」
軽く溜息を吐いて、またキスを再開させる。啄むように何度も吸い付いて、KKもそれに応えてくれる。時折暁人の唇を食むように口を開いて、もっと欲しいと舌で催促を受ける。望みのままに舌を差し出せば、ぬるりと温かいKKの舌が嬉しそうに絡みつく。
「は、ふ……。コーヒーの味……無糖?」
「当たり前だろ……んぅ……」
苦味の残る口内を味わって、まだ足りないと唾液を交換し合う。知らぬ間にKKの手が暁人の首に回されていて、物欲しげにうなじを撫でる指先。好奇心に薄らと目を開くと、伏せられた睫毛が心地良さそうに震えているのが見えた。可愛らしさについキスの数を増やし続けていれば、うなじにいた筈の手が暁人の服を掴んで引き剥がそうとしていた。
「暁人、も、いいって……やりすぎだ、このっ……」
「まだ足りないって顔してる人に言われたくありませーん」
「はあ?どこが、ん……っ!やめ、ろ……って……!」
粘ついてきた唾液がたらりとKKの口端から溢れ出る。心地良さが快感に変わってきたのか、縋るように暁人の背にしがみついて吐息を漏らしている。
「けーけ……はっ……」
「ふぅ、ン……!ッの、エロガキ!」
「いってえ!?」
突然、暁人の側頭部をKKの拳が殴りつける。ふらふらとよろめいた暁人から離れたKKは、ぐい、と口元を手で拭いながら怒りの視線を暁人に投げつけていた。
「やり過ぎって言ってんだよ馬鹿たれ!これから依頼こなしに行くんだぞ!?」
「うぅ……悪かったって……」
「ったく……言うこと聞けねえと禁煙辞めちまうぞ」
「それは駄目!やだ!頑張って!」
胸元のポケットに仕舞われていたライターを見せつけられて、思わず両肩を掴んで大声を出せば、困ったように笑ったKKが暁人の頭を撫でる。
「だったら外じゃ程々にしとけ。分かったか?」
「うん……。うん?外じゃ?ねえKK、中なら良いの?」
暁人の質問には答えずに片方だけ眉を上げたKK。そのままくるりと背を向けて現場へと向かってしまう。颯爽とコート靡かせる後ろ姿を追いかけながら、暁人はもう依頼が終わった後の話を始めていた。