ザクサとトマリとメイド服「ねぇねぇ、ザクちゃん。明日はメイドの日なんですって」
トマリはスマホに視線を落としながら隣で絵を描くザクサに話しかける。
「へぇ、そうなんだ? ──嗚呼、五月十日で語呂合わせにしてるのか」
「そうみたいよ。ほらフライングで写真を上げてる子たちが結構いて、なんだかハロウィンみたいで面白いわよね」
そう言ってトマリは自分のスマホ画面をザクサに見せた。どれどれとザクサが画面を覗き込むとそこには男女問わずメイド服姿の人々の画像が所狭しと並んでいた。英国風の本格的なものから、コスプレちっくなものまで多種多様である。
「ホントだ、まるでフリルの洪水だね」
「う〜ん! どの子もみんな可愛いわ〜」
こっちはユウユちゃん、これはメグちゃんに似合いそう、とトマリは楽しそうに画面をスクロールさせている。そんなトマリを見ている方が僕はずっと楽しいけどね。とザクサは口には出さずにニコニコとその様子を眺めた。
「そうだ! 最近なんだか刺激が足りないと思ってたのよね! ザクサ、明日のメイドの日に合わせてメイド服、用意してきてくれる?」
トマリはスマホから視線を離すと、キラリと瞳を輝かせながらザクサの肩をぽんと叩いた。思ってもみないトマリの提案にザクサは筆を止め、息を呑む。ザクサの脳内にメイド服でバッチリ微笑むトマリの姿がカットインされた。
「──ッ! いいの? 僕が選んで」
「もちろん、好きなのを選んでくれていいわ。い〜っぱい写真を撮りましょう☆」
イェイ! とトマリはメイド服のことで頭がいっぱいになったザクサの手を取り、星が瞬く夜空に向かって元気いっぱい振り上げた。
◇
トマリとそんなやり取りを終え、帰宅してからもずっとザクサは明日のことを考え続けていた。急な話なのであまりのんびりはしていられないのだが……。
髪を結い上げクラシカルなロングスカートのメイド服を身に纏ったトマリも見たいがコテコテのミニスカメイド服も捨てがたい。袴姿の和装メイドも有り寄りの有りだ。トマリならダイナー風のメイド服もきっと格好良く着こなすだろう──。とワンダヒルでトマリに見せてもらった画像を思い出しながら、またとないチャンスを前にザクサは頬を緩ませ、あれこれとトマリのメイド服姿に思いを馳せる。
ふと、せっかくトマリが好きなものを選んで良いと言うのだから多少露出が多目でも許されるかもしれない、という邪な考えが思い浮かんだ。しかし、下手に品のないもの選べは「趣味じゃない」と一蹴されてしまう恐れがある。それだけは避けたい、とザクサは今のトマリのノリの良さを最大限に利用し、両者の満足度が一致するであろうメイド服はないだろうかと考え、知恵を巡らせる。
「──あっ」ふいに天啓が舞い降りた。
ザクサはストレイジボックスにしまっていたカードのことを思い出し、さっそく用意を進める為に立ち上がった。
◇
翌、五月十日。
ザクサとトマリはいつものワンダヒルではなくトマリの部屋に居た。トマリのメイド服姿を他の皆に見せたくなかったザクサが『今日集まるのは僕の部屋かトマリの部屋でどうだろう』と連絡を入れると『それならウチでいいわよ』と二つ返事で了承されたからだ。
「さてさて、ザクサちゃんはどんな衣装を選んだのかしら?」
勝手知ったるリビングに通されたザクサは期待の眼差しを向けるトマリに手にした紙袋を掲げる。
「うん、僕が用意したのがこちらです」
そう言ってザクサはフリルのカチューシャ、胸元に大きな黄色いリボンとひらひらのレースがあしらわれたクロップトップのブラウス、可愛らしいフリルのウエストエプロンが付いたミニスカート、今回の装いにおいて忘れてはならないサイバーパンクなジャケットと黄色のニーハイソックスとショートブーツを取り出し、ローテーブルの上に並べた。
「ほぅ、なるほど。ブラントゲートのメイドと言ったらプッツェンシュヴェスタンのお掃除三姉妹よね。衣装もめちゃカワだし!」
ザクサが用意した衣装を見ながらトマリは納得した様子でうんうんと頷く。ひと目見ただけでちゃんとこちらの意図が伝わりザクサはほっと胸を撫で下ろす。プッツェンシュヴェスタンを噛まずに言えるのも流石だ。と心の中で拍手を送った。
「好きなのを選んで良いとは言ったけど、ザクちゃんがモーピィスタイルを選ぶの意外だったわ」
あなたウィープルやブラーシュを選びそうなのに、と付け加えながらトマリは手に取ったブラウスのリボンを解き、ボタンを丁寧に外し始める。
トマリが言うように正統派ロングスカートのウィープルと所謂メイド服の定番とも言えるブラーシュを選んでもよかったのだが、ザクサは敢えて変則ツーピースのモーピィを選んだ。選んだ決め手は言うまでもない。
ザクサの用意した衣装に対するトマリの反応は想定通り悪くなく、ここまでの首尾は上々である。流石にこの場で着替えてくれる訳ではないだろうが彼女の仕草ひとつひとつにザクサの胸がドキドキと高鳴った。
「──でもコレ、あなたが着るにはちょっと小さいんじゃない?」
そう言ってトマリは手にしたブラウスをザクサの体に充てがった。
「うん?」ワクワクしながらトマリを見つめていたザクサの微笑みがぴしりと固まる。
「あ、でも結構伸びるから大丈夫かにゃあ」
トマリはスカートに手を伸ばすと両手を中に入れびよびよと引っ張りウエストの確認を始めた。
「え? ……ごめん、ちょっと待って、トマリが着るんじゃないの」
ザクサは嫌な予感から目を背けようと、トマリに向かって片手を突き出し待ったをかける。
「ん? 私、メイド服、用意して着てくれる? ってちゃんと言ったわよ。覚えてるでしょ」
もぉ~、と物覚えの悪い子どもを諭すように話すトマリを前にして、昨夜の言葉を思い返してみれば、「ッ〜〜。確かに……」確かに音の響きでいえば一言一句そのまま、そう言っていた。
それはザクサも認める。が、本当に自分が勝手に勘違いをしただけなのだろうか、とうなだれていた顔を上げ、トマリに視線を向ければ彼女はニマニマとザクサの反応を楽しんでいる確信犯の目をしていた。
『用意して来てくれる?』と『用意して着てくれる?』
つまりトマリはわざとまぎらわしい言葉、同音異義語を使ってザクサを誘導したのだ。きっとザクサがそのことについて反論をすればトマリはあっさりと引き下がるだろう、でも、彼がそうしないことも解っているのだ。
自分で用意したとはいえ、へそ出しミニスカメイド服という身の危険がさし迫っているというのに、艷やかな笑みを浮かべるトマリを前にして、ザクサはゾクゾクとした高揚感が全身を駆け巡るのを感じた。自分は今、トマリの支配下にいる。
「うふふっ、観念した? はーい、それじゃヌギヌギしてお着替えしましょうね♡」
「あ、いや、でも、ちょっと待って! 心の準備が…!」
トマリに着替えさせて貰えるというのは大変魅力的だが、やはり女装には抵抗があった。
「大丈夫! 心配しなくてもザクちゃんの可愛さは私が保証してあげるから」
「いや、ユウユみたいに華奢ならともかく僕じゃ無理があると思うなぁ」
「あら、メグちゃんから聞いた話だけどトウヤくんもしたらしいわよ、女装。結構様になってたって」
「それ聞いて、はい、そうですかには、ならなくない?」
にじり寄るトマリの手がザクサの羽織りに触れ、そのまま剥ぎ取られたかと思えば後ろ抱きで押さえ込まれてしまう。
現役警察官である彼女の制圧に特化した逮捕術を使われては文字通り手も足も出ない。
「──あっ」軽い痛みと共にトマリの柔らかな肢体がザクサに密着する。
「フフッ、お耳まで真っ赤にしちゃって可愛い……。いい子だから、ね? はぁい、そのまま足をスカートに通しましょうねぇ──」
「〜〜〜〜っ」
小さな子供をあやすような口調で年上のお姉さんに着替えさせられるという魅惑的な背徳感、その着替えがへそ出しミニスカメイド服という代償の大きさと恥辱を天秤にかけ、ザクサは誘惑に屈した。
それから数分後。
「う〜ん、下はいい線いってるんだけど、やっぱ上は難しかったかぁ」
半ば強制的に着替えさせたザクサをまじまじと見つめながらトマリは心底残念そうに首を捻った。自分で言うのもなんだが、サイズの合わない中途半端な女装という酷い有様なので、いっそ笑い飛ばして欲しいと羞恥心を抑え込みながらザクサは思う。
「ま、何事も挑戦よね。ザクちゃん、ドンマイ☆」
トマリはパシッと元気よくザクサの肩を叩いた。
「うぅ〜、辱められたぁ」
非難じみた声を上げるザクサはボタンの閉まらないブラウスの合わせを片手で抑えながら、よよよ、としなを作って泣き真似をするが、トマリはそんなザクサを華麗にスルーして彼の髪紐を解くと、その頭にフリルのカチューシャを挿し、スマホのシャッターを数回切った。
「うん、思ってた可愛さとは方向性が違うけど、これはこれでイケない感じがしてなかなか良いわね♪」
うふふふ、と画面を見つめるトマリはすこぶる機嫌が良さそうだった。今日のことは全てトマリの思惑通りに進んでいるのだろうな、とザクサは小さくため息を吐く。
「ねぇ、トマリ。男の純情、弄んで楽しい?」
彼の問いにトマリはキョトンと瞳を瞬かせ、そして、
「すっごく楽しい♡」
と今日一番の煌めく笑顔をザクサに見せた。
「──そうか……」
ザクサは神妙な面持ちで瞼を伏せたが、
「なら、しょうがないか♡」
と満面の笑みでトマリの蛮行を許す。
トマリのメイド服姿を拝もうとした計略は破綻したが、なんだかんだ楽しかったのもある。何よりトマリが楽しかったならもうそれで良いじゃないかと自分の中で納得したからだ。
これで今日はもうお開きだろうと半端に着たメイド服を脱いでザクサは元の服に袖を通す。ふぅ、と一息吐いて落ちていた羽織りに手をかけると、脱いだメイド服を回収してくれていたトマリが「もう一戦イケるわよね?」と大きめの紙袋を差し出した。
まさかの2ラウンド目の開幕にザクサは「え」と動きを止め羽織りを床に落とす。
「ほら、ザクちゃんが用意した服が万が一着れなかった時に備えて私も用意していたの。男の子用のメイド服♡ 良かったぁ、無駄にならなくて」
じゃーん、と効果音を口で言いながらトマリは胸元に青いリボンをあしらったフリフリのメイド服を取り出す。男性用というだけあってサイズは大きい。ザクサが用意したメイド服が入らなかった場合をしっかり想定している辺り、やはり全てトマリの計画的犯行だったことが窺える。
「ブラーシュ……だね」
メイド服を確認し、お掃除三姉妹の次女の名前を口にしながら逃げの口実を探したが、これは逃げられないな、と即座に結論を出しザクサはごくり、と唾を飲んだ。
「正解! ブラーシュのメイド服と似たものを譲って貰えてね! うん、サイズも丁度良さそう」
「あはは……、こんなの一体誰から仕入れたの?」
「ええと、そうね。身長177cmの男の子のドレスを難無く用意できる女性、とだけ言っておこうかしら」
うふふ、とトマリは悪戯っ子じみた含み笑いを浮かべる。
「177cm?」
えらく断定的な数字と彼女の謎の人脈は気になるが、それ以上聞いても教えて貰えないであろうことは何となく察せられた。
「ブルーのカラータイツもちゃんと用意してあるわよ♪」
「本当に用意周到だね……」
正直、まだ女装には抵抗がある。だが然しメイド服をザクサに充てがい、こんなにもうきうきと楽しそうなトマリ止めるなんて真似、自分には出来ない、とザクサは腹を括った。
どうせなら、もう一回トマリに着替えさせてもらうのも悪くないか、と多少の下心も抱きながらメイド服を受け取るが──。
「あ、ザクちゃん。私ちょっと隣でスマホの充電してくるから着替え終わったら声かけてね」
そう言うと、トマリは自室の方へと引っ込んでしまった。ザクサは一人リビングに残される。
「……そういう、ツレないところもトマリらしくて好きだけどね」
おあずけを食らった犬の心境ってこんな感じかな、とザクサは「はぁ……」とため息を吐き、トマリから渡された衣装に視線を落とす。手にしたそれはザクサが用意したメイド服よりもしっかりとした生地で丁寧な縫製が施されていた。
「ほんと何処から調達したんだか」
先程無理やり着せられたメイド服は完全に女性用だったので抵抗がかなりあったがこちらは男性用らしいので仮装と割り切ればまだ着れる部類である。と自分に言い聞かせザクサはメイド服のファスナーに手をかけた。
◇
「これでいいのかな?」
リビングの隅に置かれた姿見でザクサは全身をチェックする。ワンピースもそうだが、生まれてはじめて履いたタイツの違和感は気になるが、先程の酷い有様と比べれば中々様になっているのではないだろうか。
胸元のリボンとカチューシャの位置を直し、ザクサは隣室のトマリへと声を掛ける。
「トマリ〜、着替えたよ~」
返事はすぐに返ってきた。扉が開き、トマリがひょっこりと姿を表す。
「は〜い。どれどれ……、って、きゃああぁ~! 可愛いぃ! すっごく似合ってるじゃない! ザクサ!」
トマリはザクサの姿を見るなり歓声をあげて駆け寄った。キャッキャとはしゃぐトマリとは反対にザクサはトマリの姿をまじまじと見つめ、絞り出すように声を発した。
「トマリ、その姿……」
「あ、これ? せっかくあなたが用意してくれたんだし、着てみたの。どうよ。お気に召しました?」
トマリはミニスカートの裾を軽く摘んで可愛らしく小首を傾げる。ゆるっと着こなしたオーバーサイズのサイバージャケットから覗くノースリーブのブラウス、本家のモーピィを越える頂きは圧巻で、惜しげもなくさらされたウエストラインはいつも以上に眩しい。フリルのウエストエプロンが揺れるミニスカートの裾とニーハイソックスの間から見える太ももの絶妙なバランスが、ザクサの胸をざわつかせた。
「良い、凄く良い…! トマリ、とても似合ってるよ」
ザクサは歓声をあげ、トマリの手を取り、ぶんぶんと振って喜びを伝える。
「そ、そう。そんなに喜んでくれて私も嬉しいわ」
ザクサのあまりの喜びようにびっくりしたのかトマリは軽く身を離すが、ザクサはそんな彼女から一向に視線を外そうとしない。熱い視線を向けられ、居たたまれなくなったのかトマリが抗議の声を上げる。
「あの、そんなに穴が開くほど見られると流石に私も照れちゃうんだけど……」
「あ、ごめん、ごめん。トマリが余りにも可愛いから、つい。ふふ、照れてるところも可愛いよ」
「かわっ、可愛いのはあなたもでしょ!」
攻守がいつの間にかすり替わり、あんなにも渋っていたメイド服姿にも関わらず臆面もなく手放しで褒めるザクサに動揺したトマリはぽかぽかと彼の胸を叩くが、叩かれている本人はにやにやと嬉しそうに笑みを浮かべている。
そんな小競り合いをしているとトマリの耳にスマホの連写音が届いた。顔を上げればいつの間にかザクサの手にはスマホが握られていた。
「──ってザクサちょっと待って、あなたそれ撮ってる?」
「うん、それにいっぱい写真を撮ろうって言ったのトマリだよ」
「それはそうだけど、連写ってどうなのよ。ポーズもキメてないのに撮って楽しい?」
「僕は楽しい。でも、ポーズも取って欲しいかな。動画も撮りたいけどね」
「もう、ザクサばっかり撮ったらズルいじゃない。撮られた分、私も撮るわよ! あとツーショットも!」
「勿論、喜んで」
すっかりいつもの調子に戻った二人はメイドの日を満喫した。
それから程なくして、リビングのソファに腰を下ろし、たくさん撮った二人の写真を満足気に眺めていたトマリはふと名案を思いつき、隣に座るザクサに声を掛ける。
「ねぇねぇ、ザクサ。せっかくお掃除三姉妹のコスなんだから、ウィープルも誰かにやって貰いたいわよね。私達の身長的にトウヤくん? メグちゃんが着ても可愛い──」
「やだ」
ザクサはトマリが提案を言い終える前に遮るとトマリを引き寄せ、向き合う形で自身の膝の上に座らせた。
「えっ?」
「俺のこんな姿を見ていいのはトマリだけだし、トマリのそういう姿を独り占めしていいのは俺だけだから、絶対に嫌だ」
強めの語気での拒絶。一人称も『俺』になっている辺りザクサの本気の拒絶を感じる。そんな独占欲を顕にする彼からの感情を嬉しく思う自分がいるのだから困ったものよね、とトマリは心の中でひとりごちた。
「そう、んー。じゃ、諦めるかぁ。私、ザクちゃんが本気で嫌なことはしない主義だし」
トマリはザクサの膝上から落っこちないよう彼の肩に手をまわした。
「女装も結構嫌な部類だったけどね?」
「いやいや、楽しんでたでしょ。私の目は誤魔化せないわよ。っと誤魔化せないといえばこの衣装、胸周りがちょっときついのだってわざとでしょ。この助平」
「アハハ、まさか。トマリの発育が僕の予想を上回っただけだよ」
図星を突かれ、ザクサはぎくり、と視線を逸らす。
「こら、目を逸らすな。説得力ないぞ」
白々しいザクサにトマリはうりうりと彼の頬を指先で小突く。ちらりと時計を見ればまだメイドの日の時間はまだ少しだけ残されていた。
「──ねぇ、ザクサ。ご奉仕するのとされるの、どっちがいい?」
◇
翌日の夜の遊園地、ワンダヒルにはブラックアウトのいつものメンバーが集まり、カードファイトや雑談に花を咲かさていた。
ザクサがその一角でキャンバスを置き、鼻歌まじりで筆を走らせているとそこにユウユとトウヤの二人が顔を出した。
「こんばんは。あれ、ザクサさんが鼻歌なんて珍しい。それになんだか今日はツヤツヤしてますね」
「確かに、なんか良いことでもあったのか?」
ご機嫌なオーラを漂わせたザクサにユウユとトウヤが疑問を口にする。
「二人とも今晩は。うん、ちょっと、いや、かなり良いことがあったからね。今日のファイトは全勝するかも」
いつになく強気の姿勢を見せるザクサにユウユとトウヤは顔を見合わせた。
「へぇ、言うね。じゃあ、ザクサ。早速あっちで俺とファイトしようぜ!」
「うん、トウヤ。負けないよ」
デッキを取り出したトウヤの誘いに乗り、ファイトテーブルが設置されたメリーゴーランドへと向かう二人の後を追おうとしたユウユをトマリが呼び止めた。
「あ、ユウユちゃん。これ、お母様に私からのお礼です、って渡して貰えるかしら」
「いいですけど、うちの母がトマリさんにお礼をされるようなことって何かありましたっけ?」
ユウユはトマリから和菓子屋の紙袋を受け取りながら小首を傾げる。
「うん、ちょっと急な捜し物があってね、相談してみたら凄く助かっちゃったの。ここの栗むし羊羹、絶品だからご家族で召し上がって」
「へぇ、そうなんですね。分かりました。渡しておきます。──あれ? 今日はトマリさんもツヤツヤしてますね」
不思議そうな顔でトマリを見上げるユウユにトマリはうふふと微笑み「うん、ちょっとね♡」と言ってウィンクを飛ばした。
「あ、ほら。ザクサとトウヤくんがファイトするんでしょう。実況して盛り上げなきゃ! 行くわよ、ユウユッ!」
「あわわ、待って下さいよ。トマリさん!」
ユウユは元気に走り出すトマリの後を慌てて追いかけた。