トウヤ誕とは1ミリも関係ないSS(仮)「もう俺に優しくするな」
四人がけのテーブルの差し向かいに座る江端トウヤは喉から絞り出すような声をあげる。伊勢木マサノリは小さく息を飲み、俯くトウヤに視線を送った。
短い沈黙。
「──トウヤ、そういうことはさァ、自分の所持金管理が出来るようになってから言いなよ」
テーブルに肘をつき両手を合わせ、わりと本気なトーンで語りかけるとトウヤはバツが悪そうにその眉を八の字に下げた。
「う、……まぁ、それについては本当に申し開き出来ないんだけど」
注文してたカートンの引き落としがあったの忘れてて、と言い訳を口にしながらトウヤはしゅんと肩を落とした。それで行倒れていたのだから世話が焼ける。
「ったく、俺が街で偶然見かけなったら一体どうしていたのやら」
生真面目な性格の癖にカードのこととなると無鉄砲というか危なっかしいことこの上ない。空腹で弱っているトウヤを眺めながら相変わらずやんちゃに生きてるなぁ、とマサノリは苦笑を浮かべた。
そうこうしているうちに猫を模した配膳ロボットが料理を乗せてやってくる。ぷるんとした目玉焼きが乗ったハンバーグセットを目の前にしてトウヤはごくりと唾を飲み、その瞳はすっかり釘づけだったが遠慮がちにマサノリの様子をうかがい手は出さない。マサノリはやれやれと肩を竦めた。
「それ、冷めちゃう前に食べたら?」
「〜〜っ。悪い、恩に着る。この借りはちゃんと返すから!」
そう言ってトウヤは「いただきます」と手を合わせるとナイフとフォークを使い、大きく切ったハンバーグを口いっぱいに頬張った。「ん〜!」幸せそうにがっつくトウヤの姿を眺めながら、こういうの久しぶりだねぇ、とマサノリは心の中で独りごちる。すぐに店を出ようかと思ったが気が変わった。
「ま、いつでもいいよ」
マサノリはテーブルの端末へと手を伸ばし自分の注文を終えると財布から出した数枚の紙幣をトウヤの側に置いて、空いたグラスを持って立ち上がる。
「──だって俺達友達じゃん」とサングラスをズラしトウヤに視線を合わせウインクを送った。
◇
マサノリがドリンクバーから戻る途中、聞き覚えのある声が耳に届いた。マサノリ達がいたテーブルから二つほど斜め向かい。
「──絶対そうですって! お金とか渡してたし」
長い黒髪の少女が通路に背を向け何やら小声で熱心に話している。
「ははーん。なるほど、立ち振る舞いや言動が怪しいと思ったら、こうりがしか」
「氷菓子……、アイス屋さん?」
青髪の少年がストローを口に含みながら、はて、と首を傾げた。
「アキくん惜しい…!」彼の斜め向かい側に座る少女は楽しそうに指をパチンと鳴らす。
「ヤ◯ザじゃないのか」
「スオウ先輩、ストレート過ぎます!」
小柄な少年の発言に黒髪の少女はすかさず突っ込みを入れた。
見覚えのある子供たちの楽しげなやり取り。水を差さないわけには行くまいと、マサノリは足音を忍ばせ気取られないようにゆっくりと近づき声を掛ける。
「あー、君たち、楽しそうなところ悪いけど盗み聞きは良くないなぁ。それと拙僧、今のところ反社会的勢力との繋がりはございません」
「ひっ! 気づかれたっ」西塔ミコトがビクリと体を震わせる。
「み、ぃ、たん。ご機嫌よう〜♪」
マサノリがひらひらと手を振るとミコトは「ひぃぃ」と声を上げ肌を粟だてながら隣に座る員弁ナオの影に隠れた。
「ふぅん、今のところなんだ」
ナオは疑わしげに眉を顰めるが、マサノリは少しも意に介さず薄く微笑む。
「そう、今のところはね」
「そんなことよりファイトはいつ始めるんだ」
「スオウ、それは新弾開けてからって話だったろ」
しびれを切らした呼続スオウを明導アキナが宥める。新弾という言葉を耳にしてマサノリが改めてテーブルに視線を送ればドリンクバーのグラスの他、其々の手元には未開封のボックスが置いてあった。
「ハハッ、成程、成程。皆で仲良く開封式? 若い子は楽しそうでいいねぇ。てか水くさいじゃん、このメンツなら俺ちゃんにも声かけてよぅ」
「ええと──、それだとタイゾウさんも呼ばないと」
マサノリに詰め寄られたアキナは困った様子で頰を掻く。
「タイゾウさん、来ますかね? あの人社長さんでしょ」
「ん〜、来るんじゃない。まぁ、知らんけど」
ミコトはナオに顔を寄せてこそこそと耳打ちをし、手持ち無沙汰のスオウが口を開いた。
「なぁ、ファイトの順番はどう──」
「こら、マサノリ! なかなか帰って来ないと思ったら人様に迷惑かけてないでさっさと席に戻れって」
「お、トウヤ。栄養が行き渡ってやっといつもの調子が戻って来たじゃん」
「ああ、おかげさまでな。ほら、戻るぞ!」
うちの連れがすみません、とアキナ達に詫びを入れるとトウヤは彼の襟首を掴んで自分達のテーブルへと戻って行く。アキナ達はただ呆然と見送ることしか出来なかった。
「五円の人……、じゃなかった。マサノリさんって友達いたんだなぁ」
「そのようだな」
アキナのしみじみとした呟きにスオウもこくこくと頷いて見せるが「えっ?」「今のが?」と女子二人は顔を見合わせ首を傾げる。
「ええと、アキナ先輩達にはそう見えるんです?」
「えっ、うん。そう見えたけど、なぁ、スオウ」
「あぁ」
「えぇ〜、そう、かなぁ?」と釈然としない顔でミコトが隣のナオに視線を送るとナオもさっぱりわからん、といった様子で両手を広げた。
「──まぁ、それはそれとして、今の人、江端トウヤに似てなかった?」
「あっ!」確かに!、とミコトが声を上げるが今度は男子二人が「誰?」と首を傾げた。
◇◇
マサノリとトウヤが席に戻るとちょうど配膳ロボットが到着していた。マサノリが注文した品を見てトウヤはぎょっとした表情を浮かべる。
「マサノリ、お前パフェとか食うんだ……、意外なとこあるな」
「そう? 俺ちゃんのマイブーム♡」
マサノリは一番上の苺を掴んでかわい子ぶったポーズを取って見せるが、トウヤはハイハイと軽く受け流す。
「──ところで今の子達、初めて見るけど知り合いか?」
「ん〜、最近つるんでる子達。皆、個性豊かでしょ」
「いや、ひと目見ただけだから、そこまでは分からないけど……。あっ! お前また変なちょっかいかけてるんじゃないだろうな」
「違うって、──そう、言うなれば一蓮托生。運命を共にする仲間だよ」
「は? 運命?? なんだそれ?」
わけが分からずトウヤは疑問符を浮かべるがマサノリは素知らぬ顔でパフェを食べ進める。
「まぁ、それはまた今度話すよ。ところでトウヤくん、いつでもいいとは言ったけど返済計画は如何ほどなの?」
マサノリは細長いスプーンをクルクルと回してトウヤに向ける。
「うぐっ、こっちには何でも屋をやってた時のツテがあるから今月中には返せる……、と思う」
「そ、なら良かった。あ、ちなみに十一ね」
「といち?」
「借入金利、十日で一割。ご利用は計画的に♪」
「はぁぁぁ!? なんだその法外な金利はっ!」
トウヤの顔がさっと青ざめる、マサノリはその様子を眺め、顔を伏せると肩を震わせその口から空気を漏らした。
「ぷっ、アハハ! 冗談だって冗談、なにマジになってんのよ」
「なっ、悪い冗談はよせって! 本気にしただろ!」
トウヤが顔を真っ赤にして抗議をする声とマサノリの笑い声が店内に響く。それを店員に注意されるまでさほど時間は掛からなかった。