『鈍感バニーにもの申す!』「ねぇ、トマリ。僕もう限界なんだけど……」
「えっ、何が?」
控室の鏡の前で入念に衣装の最終チェックをしていた瀬戸トマリは前髪を直しながら切羽詰まった声を上げる相棒へ向かってきょとんとした顔で振り返る。
「何がって……。君、今自分がどんな格好でいるか分かってる?」
「そりゃもちろん。可愛い可愛いバニーちゃんだけど、似合ってるでしょ♪」
こういうの一度着てみたかったのよねぇ、と満足気に微笑むトマリの両手を石亀ザクサはガシッと力強く握った。
「世界一、いや、銀河一似合ってる。こんなにもバニー衣装が似合う人なんて他にいないよ!」
「もぅ、褒め過ぎよ。まぁ、そんなことあるんけどね」
でへへ、と頬を緩ませる桃色バニーの可愛さに悶絶しザクサは一瞬言葉を失いかけるが、なんとか持ち直して己を奮い立たせる。
「そう、似合いすぎてるから問題なんだ!」
「はぁ? なに、どういうこと??」
「トマリはただでさえ魅力的なのに、こんなに惜しげもなくエッ…色っぽい姿を披露してどういうつもりなの!」
ザクサの勢いに気圧され流石のトマリも困惑した表情を浮かべた。
「いや、どういうつもりも何も、この衣装を用意したのは私じゃないし……。っていうか今エッチって言った? まだ明るい時間なのにあんた人のことそういう目で見てるわけ!?」
トマリはザクサの手を振りほどき自身の身体を抱くようにして非難の声を上げるが、ザクサは構わずトマリを壁際に追い詰める。
「いつだって見てるしその姿じゃ余計に見ちゃうから……。トマリは自覚が薄いけど、その姿を見た人は大抵そう思うからね? だからさ、他の誰にも見せたくないんだ」
言ってることは大概アレなのにいつになく真剣な瞳で見つめられトマリの胸がドキリと高鳴りそのまま簡単に抱き竦められてしまう。正直、独占欲剥き出しで迫られて悪い気はしない、と思ってしまうから厄介である。
「──このままここで俺といちゃいちゃしない?」
そう言ってザクサはトマリの腰に手を回し尻尾をゆっくりと撫でた。
「う、ええと、でも私、司会を頼まれちゃってるしにゃあ……」
「ダンジ辺りに任せればいいよ」
しっかりと着込んだ和装も相俟って妖艶な空気を纏い出すのは卑怯過ぎない、とトマリは心のなかで悲鳴を上げる。妥当な代替案を提示され、つい絆されてしまいそうになるけれど、彼の言ってることは全部ただのワガママだ。それにそれを聞き届けてしまうと──、と考えたところでトマリは改めてハッとする。
「せっかくのおめでたい席なのに私達が抜ける訳にはいかないでしょうが〜!!」
自分に課せられた使命の大事さを思い出し、トマリはえいや、とザクサを押しのけ用意していたマイクを握り締め、空いた左手を伸ばして、反動で床に尻もちをついたザクサを引っ張り上げる。彼女を引き止めることに失敗したザクサは、その手を強く握り返しながら「ちぇっ、もう一押しだったのに」と残念そうに肩を竦めた。そうは言いつつもトマリの腕の間に手を通してぴったりと寄り添っている辺り諦め切れていないのが明白である。ふいに微熱を感じたがこほんと咳払いをして気持ちを切り替え「はいはい、そろそろ行くわよ」とザクサを伴い控え室を後にする。
確かに彼の誘いは魅力的ではあったけれど時と場所は考えて欲しいものだ、だから──。
皆が和気あいあいとした様子で集まる宴会場に辿り着くとトマリは繋いだ手を軽く引いてザクサを屈ませると
「二人でいちゃつくのはこのあとでね♡」とこっそり耳打ちをした。
「──ッ!」
それを聞いたザクサがブンブンと嬉しそうに首を縦に振る様を楽しそうに眺めたトマリは大きく深呼吸をすると颯爽と会場のステージに登りマイクのスイッチをオンにする。
「Hey guys 宴の準備は出来てるかぁぁぁッ〜!!」
大きな拍手と心地良い歓声。トマリは更にギアを上げうさ耳を揺らしながら全力で司会進行の使命を果たすのであった。