Night fall4話していて、ハジメはその時のことを思い出すように宙を見上げた。
「ただ、ゾロアの方は生まれたばかりだったこともあって、変身が上手くいかなくてね。耳が出たり尻尾が生えたりしてて、結局出来る限り隠すようにして移動したんだ。耳と尻尾がある方が真似しやすいだろうって、ピカチュウを見て特訓したり、川の水を鏡にして姿を映して特訓したり、サトシくんがつきっきりでしていたね。そのかいあって旅の後半では随分と変身が上手くなっていた」
「サトシらしいな」
その情景がまるで見えるかのように思い浮かんで、ゴウは笑った。
「ハンターに襲われたのはゾロアの変身が上手くなった頃だったけど、もっと前に後をつけられてたのか、前もって見張られてたのかだね。捕まえて地元のジュンサーさんに引き継いだとき、色違いのゾロアについ欲をかいたと言っていたよ」
ハジメの説明に、シゲルは考え込むように口元に手を当てた。
「シゲル?」
「それって可笑しくないですか?」
「何がだい?」
「だって、もともとハンターの目的が色違いのゾロアであったなら、欲を掻いたなんて言いませんよね。欲を掻いたということは、ハンターの目的は本来別にあって、その途中で色違いのゾロアを見つけて手に入れようとしたってことになりません?」
「それは……」
シゲルの言葉に、ハジメと、そして少し遅れてゴウもまたハッと顔を上げた。
「そのハンターから話を聞くことは出来ますか?」
「もちろん。地元のジュンサーさんに引き渡してからまだ時間はそうたっていないから、その地域の警察署に拘留されているはずだ。連絡をとれば、近日中に面会できるはずだよ」
「お願します。ハンターの目的が別にあったとしたら、それを知ることで何か分かるかもしれない」
思いがけない手がかりの欠片に、三人は顔を見合わせて頷きあった。
◇◇◇
「あまり役に立てなくてすまなかったね」
「いえ、サトシの任務について詳しい話が聞けて助かりました。ハンターの件はよろしくお願いします」
「ああ、何か分かったらすぐ連絡するよ」
ハジメはこの後、別の任務があるからと、カフェを出たところで別れることになった。やはりトップレンジャーとして忙しい身であるらしい。そんな中でも最大限力を貸してくれるというハジメに感謝しつつ、シゲルとゴウはカフェを後にした。
(さて、この後はどうするか。ハジメさんからの連絡を待つとして、せっかくイッシュに来てるんだからもっと情報収集がしたいよな)
ゴウは隣でどこかに電話をしているシゲルを見ながら、次の目的地を考えていた。可能であれば、ソウリュウシティに行ってサトシが発見された現地の情報収集をしたいところだ。
「はい、ではよろしくお願いします」
電話を終えたシゲルがこちらを振り返る。
「ゴウ、次はソウリュウシティだ」
「サトシたちの発見現場だな」
「ああ、シャガさんにお願いして時間をもらった。現場で調べたいこともあるし、行こう」
「同じこと考えてたな。了解。ソウリュウシティ行の列車のチケットをとらないとな」
「もう取ってある。少しポケモンセンターで受け取るものがあるから、そっちを引き取ってから行くよ」
「さ、流石シゲル」
既にシャガさんの了承を取っている上に、列車のチケットも抑えている辺り、どこまでも抜かりない。シゲルに言われた通りポケモンセンターで大きめの荷物を受け取ると、ゴウとシゲルは再び駅に向かった。
「これなんなんだ?」
「知り合い送ってもらった空間のゆらぎを測る機械だ。サトシとアイリスが空間を超えたのなら、何かしら影響が出ている可能性が高いからね」
「へえ、そんなのが測れるものがあるのか」
「シンオウ地方に空間の揺らぎや反転世界について長年研究し続けているムゲンという博士がいてね、お願いして貸してもらったんだ」
「結構重いな」
山男のバックパック並みの大きさの荷物は、背負うと人ひとりを背負うかのような重みを感じた。手伝ってくれるエースバーンに自身の荷物を預けると、前を歩くシゲルについていく。
「貴重な計器なんだ、持ち運べるサイズなだけありがたいよ。間違っても落とさないでくれよ」
「わかってるって」
「急ごう、列車の発車時刻が迫ってる」
「ああ、ってシゲルっ⁉」
前を向いたとき、目の前でぐらりと傾いだシゲルに、ゴウは慌てて駆け寄った。
あわや倒れるかというところで、ボールから出てきたエレキブルが支える。
「大丈夫か⁉」
「ああ」
意識を失ったのかと慌てたが、シゲルは手で顔を抑えて深い息を吐くと、何度か瞬きをした後再び立ち上がった。支えようとするエレキブルの手を断り、一人で立ってしまう。
「少し休んだ方が良いって。全然寝てないだろ」
「君だって」
「俺は列車の中で寝てた。シゲルもソウリュウシティにつくまでは寝てろって」
「いや、着いたらすぐ測定に入りたいんだ。使用方法の確認と解析パターンの実積データを頭に入れておきたい」
「それは俺が見とくから!」
頑ななまでに休もうとしないシゲルに、ゴウの表情が厳しくなる。やはり、いくら普段通り振舞っていても、内心は焦っているのだ。ハジメのおかげで僅かな手がかりの可能性は掴んだが、目覚めないサトシとアイリスに行方不明のピカチュウ、原因がわからない部分が多すぎる。
しかし、ろくに休んでいないシゲルを、彼のポケモンたちも心配している。いつものシゲルであればそれにもすぐ気づいて聞き入れるはずだが、今はポケモンたちを気遣う余裕もないのだ。
「そんなフラフラの体で動いても効率が悪いだけだ」
「だが……」
「気持ちは分かるけど、焦っても仕方ないだろ」
ゴウの説得に合わせて、隣に寄り添うエレキブルも心配そうな顔をしている。シゲルは気まずげに顔を曇らせたが、すぐに眉を寄せて口を開いた。
「いや、急がないといけない。サトシのこともだが、今、世界各地で異変が起こり始めている」
「どういうことだ?」
「理由は分かっていない。だが、世界各地で空間に異変が起こっていると、装置を送ってくれたムゲン博士から伝言があったんだ。世界規模の広範囲で影響を与えるとなると、異変の原因は限られる」
「伝説級のポケモン?」
「恐らく。中でも空間に影響を与えるタイプのポケモンはそう多くない」
「もう目星はついてるんだな?」
話しながら、ゴウにも原因といえるポケモンの予想は浮かんだ。
「シゲルはその異変がサトシの事件と関係があると思ってるんだな?」
「まだ予想の範囲だけど、タイミングが良過ぎる。それに、この手の世界の異変には大抵サトシが巻き込まれているってのがいつもの話だ。経験則だよ」
「確かに……」
呆れるほど世界の危機に関わっている友人に、ゴウも苦笑とともに同意した。一瞬空気が緩むも、やはり眩暈が止まない様子のシゲルに、ゴウはまた顔を険しくした。
「シゲルが焦ってる理由は分かった。ならやっぱり少しでも休むべきだ。計器の準備は俺がやっておく。今のままじゃ、事件に対処する前にぶっ倒れるぞ」
「だが……」
シゲルが渋っていると、腰のボールから今度はブラッキーが飛び出した。
珍しくも険しい表情でじっと主を見上げている。
「ブラッキー……」
「これ以上駄々をこねるなら、力づくだってよ?」
相棒の心を代弁され、三対の瞳にじっと訴えられたシゲルは観念したようにため息をついた。
「わかったよ。ソウリュウシティに着くまで少し休ませてもらう」
「そうしてくれ」
ほっと息をつくゴウと安心した表情のポケモンたちに、シゲルは申し訳なく目尻をさげた。
思っていた以上に心配させていたようだ。
「……すまない」
「いいって。ほら行くぞ」
荷物はエースバーンが、シゲルの後ろをエレキブルが支えながら、横にはブラッキーが寄り添いながらという完全包囲で二人は再び駅に向かった。