用量・用法はお守りください用量・用法はお守りください
セノを閉じ込めておくことにした。
セノのために別宅を買うことも検討したが、それよりも資金を自室の整備等に充てた方が良いとわかったのですぐに止めた。代わりにセノ用の寝具や寝巻きを買った。他にも備品を少々。
自室の準備が出来たので次は呼び寄せることにした。彼の仕事の予定は自分の職業柄掌握済であったので決行日を決めるのは容易い。大捕物が終わって後処理も一段落するであろう日に彼を食事に招くことにした。
計画のことは伏せて、久しぶりに君と一夜を過ごしたいと囁けば、被り物でも隠せない赤い耳がふるりと縦に揺れた。律儀な彼のことだから1週間前に約束さえすれば翌日を休暇にすることは分かりきっていたので、俺は当日と翌日に休暇をとることにした。計画は完璧だが、準備も同等に完璧でなくてはならないのだ。
そして迎えた当日。
セノは定時で上がるらしいので、俺は予定を若干変更して出勤日より早く起床した。向かった先は、バザール。何故なら朝一のバザールには新鮮な食材が並んでいるからだ。
必要な食材を買い込んで次にカフェへ。ちょうどコーヒー豆を切らしていたからその補充と小腹を満たすためのハニートゥルンパも買った。二つに分けてもらった袋のうち一つは次の目的地への土産だ。いや、賄賂とでも言うべきか。
両手が塞がってしまったので一度家に戻って夕食の下拵えをしてから先ほどの袋を一つ掴んでガンダルヴァ村へ。太陽はもう真上で輝いていた。
彼の親友に渋い顔で迎えられながら後ろに控える少女へ袋を手渡す。彼女は眉を顰めつつも甘味に頬が緩んでいた。それはそうだろう、セノが持ってくるのは専らナツメヤシキャンディなのだから。
そんな愛弟子の様子もそこそこに用件を早く済ませたがっているレンジャー長は用意していた袋を俺にずいと押し付けてきた。感謝する、と言えばアイツはなんでこんなのがいいんだかと嫌味ったらしくため息をつかれた。そこでセノの良いところをつらつらあげていくと早く帰ってくれと村の外まで丁寧に送り届けられてしまった。
太陽が彼の瞳と同じ色になった頃、玄関のドアが開く音がした。同居人は再び砂漠へ長期の出張に出ていたのでこの家に来るのは一人だけだ。
キッチンで最後の仕上げを済ませてリビングへ向かうと予想通りセノが立っていた。
邪魔をする、と一言挨拶をしたセノはいつもの威厳溢れる衣装ではなく、黒いローブを身に纏っていた。例の神霊を模ったフードもすっぽりとかぶっていたのでいつも以上に幼く見える。ああ、今日も俺の恋人は愛らしい。
恋人の好物とそれにいくつかの付け合わせをテーブルに並べ、他愛もない話をしながらそれらを腹の中に収めていく。途中、上機嫌になったセノは得意のジョークを連発していたが、それに相槌を打って皿を片付けていく。手伝うという申し出を丁重に断って、用意していたものの一つである七聖召喚の新パックを差し出せば目を爛々と輝かせて大人しくリビングへ戻った。鼻歌でも歌い出しそうな後ろ姿を見守り、俺は次の準備へと移る。
食器棚から揃いのマグと隣の鎮座されているコーヒーミルも一緒に取り出した。カフェの紙袋からコーヒー豆を取り出してそのままミルの中へ投入しハンドルを回す。ごりごりと小気味良い音と共にコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。
ある程度豆が挽けたのを確認して、隣に用意しておいたフラスコの湯加減を見る。ちょうど良い頃合いだろうと挽きたての粉をロートの中へ移して沸騰したフラスコへ差し込む。こぽこぽとお湯が上がってきたので砂時計を逆さにしてからくるくると混ぜていく。さらさらと砂が落ち切ったらもう一度。あとはコーヒーが落ち終わるのを待つだけだ。
ようやく完成したコーヒーをマグに移し、今回の計画の要であるレンジャー長からの袋を開く。中には彼からのメモも同封されていたが一瞥して白い粉を匙ですくって恋人のマグに入れた。ミルクと多めの砂糖も忘れずに。(恋人は甘めが好きなのだ)
二つのマグを持ってリビングへ戻ればセノはソファにごろりと寝転んで先ほどのカードと自前のデッキと見比べて新たなものを作っている最中であった。
テーブルにマグを置いて自室から本を持ってくる。セノはソファを人一人分座れるスペースを空けて座りながら早速コーヒーを飲んでいた。
思っていたよりも時間が経っていたので、何かつまむか尋ねると大丈夫と返された。自分もそこまで空腹を感じていなかったからそのまま隣に座って本を開いた。
本のページが全体の半分に差し掛かったあたりで右肩にふわふわとした温もりを感じた。本から目を離して隣を見やればうつらうつら船を漕いでいるセノの頭だった。
眠いのか、と聞けば再び大丈夫だと明らかにあくびを隠しきれない声が返ってきた。そこで、いつもよりやや低くそしてゆったりとした口調で更に話しかけるとだんだん受け答えも怪しくなり、やがて両目はゆったりと姿を消した。
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息を確認して手に握ったままのカードを傷つけぬよう引き抜きテーブルの上に戻す。一度ソファに寝かせてから二人分のマグを片付けた。そしてだらりと脱力した恋人を抱え、自室へ向かう。
自室のベッドは既に寝支度は済ませてあり、ベッドの恋人を横たわらせる。ローブを剥いで用意していた寝巻きを着せていく。霓裳花をふんだんに使ったこの衣類は水のように滑らかな肌触りなのできっと激務の恋人の疲れを癒してくれるだろう。砂嵐で傷んだ髪の手入れは明日にしよう。スメールローズのオイルと稲妻から仕入れた櫛はきっと役に立つ。
己も寝支度を済ませると、恋人の隣に潜り込んだ。自分の図体のデカさから標準サイズより大きいベッドを愛用しているが、いくら恋人が小柄だといっても流石に狭く感じる。本当はベッドをもう1サイズ上のものを買うのかは最後まで迷ったが、そうしてしまうと密着する理由が減ってしまうことに気づいた。それは非常にもったいない。
「おやすみ、セノ」
穏やかな寝顔を浮かべる恋人の頬に唇をそっと寄せて、俺はその体を丸ごと閉じ込めた。両腕からじんわりと伝わる熱の心地よさにカフェインは勝てなかった。