忘れもの「こんなところで、どうしたの」
「……なんでいるんですか?」
茨はなにもない更地に佇んでいた。正確には木々に囲まれた、林の中で、「売地」と書いてある看板があるけど。それだけだ。
更地はそれなりの面積があり、もとは施設かなにかがあった、そんな感じの広さがある。
茨は声をかけるまで、まるで私の存在に気づいていなかったみたいな反応をする。そのわりには驚いた素振りもなく、ただの質問はただの質問で返された。
今日の茨はどこかおかしい。
「なんだか茨のことが気になってね、着いてきたんだ」
「ふぅん、まあ、いいでしょう」
尾行にも気づかず、こちらの質問にも応えない。らしくない点がいくつもある。
茨は登山に使うようなバックパックを担いで、夜を跨ぐようにここまで歩き続けた。辿り着いた場所は茨が抱えている業務と関係があるとは到底思えない、なにもない場所だ。
顔から読み取れる感情は無で、でも瞳は濁ることなくまっすぐに先を見据えている。
「ここは茨にとってどんな場所なの?」
「──自分が軍事施設に入る前の施設があった場所ですね」
ようやく返ってきた答えに納得する間もなく、大きなバックパックに刺さっていたシャベルを取りだして、おもむろに穴を掘りはじめた。
鋭い金属の切っ先が土に刺さり、足で踏み込む。砂利が擦れる音が響く。淡々と淡々と。
ひたすら穴を掘る茨と、それを見ている私。
いつもと立場が逆転していて、なんだかおかしかった。
空が白みはじめる。
しばらくすると茨は布のようなもので包まれた、そこそこの大きさのものを掘り出した。
土が染み込んで、茶ばんでいる。
抱き抱えるようにそれを取り出すと、巻かれていた布をおもむろに捲った。
「なにもなかった頃の、俺ですよ」
小さな赤ん坊が眠っていた。それが当たり前であるかのように、当然のごとく、茨の面影がある。柔らかな臙脂色の髪が風で揺れた。
その小さな指がぴくりと動いた瞬間、ふっと赤ん坊は息を吹き返した。
泣き声が響き渡る。
茨は赤ん坊を肩に担ぐと立ち上がった。夜が明ける。
眩い日の出が視界を覆い、上も下もない光の中に茨を隠してしまう。「待って」と、焦ったのはほんの一瞬で、瞬きの間にもとの更地に戻っていた。まるで幻のようだった。
茨の肩にいた赤ん坊は消えて、土だらけのお包みだけが残っている。
「……朝ごはんでも食べましょうか」
「そうだね」
茨はなにも言わないし、私もなにも聞かない。なにかを清算したのか、あるいは取り戻したのかもしれないけど、私が踏み込んでいい領域ではないと肌で感じていた。興味がないと言えば、嘘になるけど。
そんなことより、私にとっては茨がいま私の隣にいることの方が大事だったし、茨は茨で清々しい顔をしている。
あの光の中で、幼い茨が笑っていたらいいな、とは思うけど。
茨のバックパックにはたくさんのものが詰まっていた。
キャンプ用のロースターと食パンにナイフとリンゴ、牛乳とコップを取り出して、手馴れた手つきで朝食の準備が進んでいく。
その頃にはもう茨はいつもの調子に戻っていて、朝日を浴びる私の美しさを讃えたり、質素な朝食になってしまうことを卑下したりと、忙しなかった。
でも、ふたりして夜通し歩いていたから、食パンを焼いてる間にうっかりこっくりと船をこいでしまっていたようだ。
焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった。
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凪茨のお話は
「こんなところで、どうしたの」という台詞で始まり「焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった」で終わります。
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