茨誕生日基督の誕生日は祝うのに仏陀の誕生日は祝わないんだからみんなも大概薄情だよね
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11月14日は俺の誕生日らしい。というのもわりと最近知ったばかりで、これまでは拾われた日を誕生日としていたからイマイチそれらしい感慨も湧かなかった。
軍事施設の普段なら自分のような雑兵は入ることすら許されないお偉いさん用の応接室に通されて、莫大な相続税つきの財産と赤字で破産寸前の会社を背負わされてからそれを知ったのはだいぶ経ってからだった。自分の出自なんか興味もなかったし。
中学生になりたてのガキに会社の経営を任せるぐらい杜撰な管理体制のくせにいちいち低く見積もってきやがる大人たちと渡り合うのに必死だったせいもある。
今さら捨てられた理由なんて知りたくないなーって部分は多少なりともあった。ほんの少しだけ。でも、そんな心配は杞憂だった。
理由どころか経緯すらも不明で、ただ何月何日とある大御所の隠し子に男児が誕生したという記録と化学の叡智たる偉大なDNA鑑定の結果で自分は特定された。出自に関してはそれだけだった。
捨てられた日付けすら記録には残っていなかったにも関わらず、施設にぶち込まれた自分をよくぞ見つけられたなとも思う。
理由も経緯もすっ飛ばして取ってつけたように与えられた誕生日が11月14日。
俺を引き取った「七種さん」ははじめて迎えた誕生日をささやかながらも祝ってくれた。
なにがメデタイのか分からなかったけど。
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「──いやあ今年もこんなに祝って頂けるとは!恐悦至極でありますな!」
「うん、茨が喜んでくれて私も嬉しい。でもよかったの?」
「ええ、もう十分もらいすぎなくらいです!」
あの日からはじまった恒例行事が今年もまた回ってきた。自分の誕生日が戦略的にも利用価値のあるものになり、使えるもんはなんでも使う主義だから体良く利用して、それに感情が伴っていなくてもバレなきゃいいだけで。
戦場の塵に塗れた自分にとっては泣くほど奇跡的な状況ではあるが、残念ながら涙は作りものしか持ち合わせていなかった。
バースデーイベントやコズプロの事務所でもパーティを行い、ファンや社員、見知った顔のアイドルたちなどに盛大に祝われた。
「遠慮なんかしなくてもいいのに」
「遠慮してないから早々にお開きにしたんです。後片付けやらなんやらは騒いで盛り上がってる人たちに押し付けて来ましたから、もしもあした事務所が悲惨な状態だったら大目玉を食らわせますけどね!」
喧騒から離れ秋晴れの夜空を見上げれば、中途半端なレモンみたいな形をした月が浮かんでいた。
街灯が明るすぎるせいで星の光も霞んで見える変哲のない景色のなかでも、閣下はそれはそれは美しくその最終兵器たる威厳を纏っている。春夏秋冬いつでも美しいのだからカレンダーのグラビアの仕事を取ってきた方がいいかもしれない。いや絶対に取り付けるべきだ。
「ねえ茨」
「アイアイ☆なんでしょう?」
両手はプレゼントの詰まった紙袋で塞がれているのでいつもの敬礼は省略、来年のカレンダーにはさすがに間に合わないから再来年分に間に合うよう計画案を脳内の片隅におきながら並んで歩く。ESから星奏館までの歩き慣れた道はこうした閣下からの問いに答えるのにちょうどいい距離がある。
閣下が学生だった頃よりも時間が取りづらくなり意識的にこういう時間を設けるのが必要になっていた。放っておくとまた余計なことをしかねないので。
「今年は楽しめた?」
「もちろんであります!誕生日を祝って頂けることほど喜ばしいことはありませんからね!」
「そう?茨はあまり誕生日が好きそうじゃなかったから」
しれっと言い当てられてつい口ごもる。サッと頭をよぎったのはここ数年の誕生日。Eden結成前は秀越学園の合同バースデーイベントでまとめて祝って、誕生日当日は仕事で慌ただしかったような。閣下に誕生日を祝われたのは今年で2回目で。いっても昨年だって今年となんら遜色ないぐらいには盛大に祝ったし経済的にも実際笑いが止まらないぐらいの成果を叩き出していたのに。
「……自分はそんなにつまらなそうな顔をしてましたかね?」
「前はね。茨は自分の誕生日なのにずっと他人事のように振舞っているように感じたから少し気になって」
さすが鋭い観察眼をお持ちのようで。むしろ誕生日に関する閣下の価値観は殿下がベースになっていそうだから、比較されれば気づかれてしまうのも致し方ないだろう。
今さら隠しようがないようなので肩を竦めてお手上げする。
「でも、今日はそうじゃなかったから安心した。本当に楽しそうでね」
「……否定はしませんよ。だってねえ、生まれた時のことなんか誰しも覚えてないはずなのに身に覚えのない記念日を祝われてもなーって気持ちは今も少なからずあります」
「言われてみればそうだね。でも私としては、茨が生まれてきてくれたことに感謝を伝えるのが目的だから──」
「ああ!そういえばむかしは誕生日じゃない日に毎年祝ってもらったことがありましてねえ!いやあ懐かしい!」
閣下の言葉を遮るように話題を変える。そういう類いの説教は耳にタコができるほど聞き飽きた。別の話題へと持っていこうとして、すぐ失敗したことに気づく。
今日のパーティにこれみよがしに弓弦がプレゼントを携えて祝いに来たせいだ。アイツの誕生日を祝いに行ったのだから来るのは想定内だったとはいえクソ。
自責の念に駆られる前になんとか誤魔化せないかと思案していると、閣下の整端な顔がこちらをじっと窺っていた。ファイアオパールのような瞳が好奇心に燃えていて思わずたじろぐ。
そういう素晴らしいお顔はぜひカメラ越しにお願いしたい!
「茨がむかしの話を持ち出すなんて珍しいね。聞かせて欲しいな」
いや、そんなわくわく♪とオノマトペを浮かべながら御伽噺が始まるのを待つ少女みたいな顔で見られても……あーーー
「……むかし誕生日でも親からの許可が下りず家に帰らせてもらえないような可哀想なやつがいたんです。それで、気まぐれに手元にあったものをくれてやったらそいつが律儀にも誕生日プレゼントをかえしてくれてって、まあそれだけの話なんですけどね」
「えっ、茨から先に祝ったの?」
「そうですね。単純に向こうの誕生日の方が少し早かったってだけですが」
「それでもプレゼントを贈ってあげたってことは、やっぱり茨も誕生日は特別な日であるべきだと思っているんだ」
「それはまあ、現代に根付いた文化でありますし」
さすがに世間一般的な価値観を否定する気はさらさらなかった。そうであるべき理由が自分に与えられなかっただけで。
「ただねえ本当にゴミみたいな粗末なものをおくったにも関わらず、思ってもないような真っ当なプレゼントをもらってしまったんです。教養や財産がなければ用意出来ないようなものを」
当時人にものを贈る余裕があった教官どのと違い、生活必需品を買うのに精一杯だった自分にはそれ相応のプレゼントは用意出来なかった。もらってばかりは悔しいじゃんか。だから花札で稼いで返そうとしたけど、その道具は没収されてしまった。それでもなんとかやりくりして、貯金箱に少し金が貯まったころ教官どのはいなかった。
「向こうとしてはただお返ししたつもりなんでしょうが、多すぎたんですよ。対等じゃなかった」
「だから誕生日が嫌いになっちゃったんだ?」
「……ああ!しまった、当時祝ったのは自分が拾われた日でしたから、これは自分の誕生日とはなんの関係もない話でしたね!いやあ失敬!グダグダと失礼しました!このままだと夜風で身体が冷えてしまいますね!さあさあ帰りましょう!」
これ以上つまらない話を続けるのが嫌で一気に捲し立てる。
荷物をしっかり抱き直して、いつの間にすっかり遅くなっていた歩みを早めた。少し離れた距離を詰めるように閣下の足音が近づいてくる。
「待って茨、」
「『そもそも誕生日に祝うのはその日が都合よかっただけで、生まれてきてくれたことを感謝するのはいつだっていいんです』って?」
「先に言われちゃった」
「散々言われてきましたから。自分としては感謝すべきは日々の営みであり生活です。誕生日自体はただのはじまりでしかなく今の生活には関係ありません」
「それでも誕生日は特別な日だよ」
「じゃあ猫も杓子もみんな祝いましょう!毎日が誕生日でいつだって特別です。そんなの、誕生日がない日となんら変わらないでしょう?」
「毎日が誕生日だなんて毎日がクリスマスみたいで楽そうだねって日和くんなら喜んでくれそうだけど」
「殿下ならそうでしょうね」
我ながら屁理屈を捏ね回してる自覚はあるけれど、これぐらいは許されたい。だって今日は
「……あっ」
閣下が小さな呟きを落とした。振り返れば空を見上げていた閣下がぱちぱちと瞬きをしている。
「ねえ、見た?いま星が流れたよ」
「ああ流れ星ですか。普通に見逃しましたね」
「え?嘘でしょう」
「嘘なんて吐く必要あります?あんな一瞬、もしジュンがここにいても絶対見逃しますよ」
多分あいつもこっち側だ。こういうのは閣下や殿下みたいな天上人なら絶対に見逃さないのだろうけど、こちとら最下層からの成り上がりだ。諦めもつく。
「じゃあ私が茨の分もお願いごとしておくね」
「もうとっくに消えてますけど」
……ともあれ、今日という誕生日でさえ流れ星という吉兆を見逃すとはある意味自分らしいなと思った。
閣下が目を閉じたまま立ち止まるから自分も足を止める。この人がマイペースなのはいつものことだ。
「大丈夫。瞼の裏に光が残ってる間はセーフだから」
「どこのローカルルールですかそれ」
「『茨が誕生日を好きになりますように』、『素敵な日々を過ごせるようこれからも私たちがついてるよ』って教えてあげなきゃね」
「それもう途中からお願いごとになってないですよ」
「お願いだけじゃ人の気持ちは変えられないって茨なら知ってるでしょ?来年の誕生日は日和くんとジュンを誘って4人で天体観測しよう。きっと流れ星よりもいいものが見れる気がするんだ」
「もう来年の話ですか。気が早すぎません?」
「本心がどうであれ茨が今ここにいてくれるはじまりの日はとてもかけがえのない特別なものだから。茨がわかってくれるまで私たちがんばるからね」
「……その必要はありませんよ」
「本当に?」
「ええ!なんだかんだ言いましたがなにも持ってなかったあの頃とは違い、今ではちゃんともらったプレゼントと同等のものを贈れるようになりましたし、もう施されるだけの弱者じゃなくなりましたから」
なんなら投資したぶん倍の利益を得てやるぐらいの気概だってある。
誕生日に好きも嫌いもないけど、忸怩たる思いをしたあの頃はもうむかしの話だ。
「今日が楽しかったってのも間違いようのない自分の本心です。目敏い閣下ならお気づきでしょうが、自分もちゃんと変化してるんですよ?それが成長というものかどうかは知りませんが」
しみったれた感傷だけは両手に抱えた袋の奥底にこびりついているけど。これから得るものの方が多いのだから、気づいたらそのうち消えているかもしれない。
「大丈夫、茨はしっかり成長してるよ」
「なんとっ身に余るお言葉光栄です!閣下からの評価が自分にとってなによりのプレゼントでありますな!」
「でも私としてはもう少し茨の誕生日を祝いたいのだけど……」
「もう十分頂きましたよ!それにあと数時間で日付も変わりますしね」
「あ、せめてその重そうなプレゼントをかわりに持とうか?」
「おっと!これは幸せの重みってやつです。たとえ閣下と言えど譲るわけにはいきません!」
「ふふ。それなら私が奪うわけにはいかないか」
「星奏館にももうすぐ着きますしね」
「ねえ、茨」
「なんです?」
「今日のうちにもう一度祝わせてね。誕生日、おめでとう茨」
「……ありがとうございます閣下」
こういうケツが痒くなるようなやり取りはいつまで経っても慣れない。でもこれもいつか消えてしまうものならば、手放したくないと思ってしまうのはどういう感情だろう。
1年なんて流れ星のようにあっという間に過ぎてしまうから来年の11月14日を少しだけ期待してしまう。
だって誕生日だし。