はんしん 不良が時代遅れだって誰に言われても、暴走族は迷惑な存在だって決めつけられても、オレは初代黒龍の一員だったことを誇りに思う。
とはいっても、オレは下っ端も下っ端。チームがまだ五十人足らずのときに入ったのに、解散するまで肩書は変わらない平隊員。幹部と会話した回数は片手で足りるけど、総長は――真一郎君は、ちゃんとオレの名前を憶えてくれていた。
二つ年下なのにオレなんかよりずっと大人っぽくて、しゃんと伸びた背中がかっこいい人だ。
喧嘩も本当は強いはずなのに、人を本気で殴れなくていつも先に一発貰う。
そうこうしているうちに相手の勢いに押されて、気が付いたらボロボロになっている。そんな真一郎君を、オレはずっと見てきた。
一度、真一郎君の手当てを任されたことがあった。
なんでも一人の時に逆恨みから集団に襲われたみたいで、ベンケイ君にアジトへ担ぎ込まれていた。
その時ちょうどアジトに居たのがオレだけだったから、ベンケイ君はオレに「わりぃ、真一郎の手当てを頼む。すぐに戻んねえと、ワカが暴走してヤベエことになる」と言い残してまた引き返した。
確かにワカ君は真一郎君のことをすげえ慕ってるから、こんな卑怯なマネをされたと知ったら暴走しそうだなあ。と納得して、オレは総長の手当てという大役を任されたのだ。
「あー……、手間かけてわりぃな、西田」
「っ、オレの名前知ってたんっすね」
「おう。確か実家が代々木のほうだよな? イテテ」
「あ、すんません。そうです。ちょっと我慢してください」
名前だけじゃなくて、うちのことも覚えていて。この時には黒龍もずいぶん大御所になっていたのに、真一郎君は全員の名前を憶えているのだそうだ。
正直、総長なんて。幹部なんて手の届かない人だと思っていたけど、やっぱりこの人に着いて来て正解だったなって、この時改めて強く思ったのだ。
「乗ってるバイクもかっけえよな。オレ、いつかバイクショップやるのが夢だからさ、もし開店したとき西田がまだバイク乗ってたら、うちでメンテしてやるよ」
「え! いいんっすか! 総長のバブ、カスタムすげえカッケエから、絶対見てもらいます!」
「おう。約束な」
ぼろぼろで、顔中にガーゼと絆創膏が貼られた顔で、真一郎君はすごい笑っていた。
この真一郎君襲撃事件から半年後、初代黒龍は解散した。俺たち平隊員は、希望すれば二代目として残ることもできたけど、オレの青春は初代と一緒に幕を閉じたいと思って。――結局、平隊員のまま暴走族から足を洗った。
それから一年とちょっと。世界滅亡の危機から脱して、日常を取り戻したころ。自宅のポストに一枚のはがきが届いた。
差出人は佐野真一郎。簡素な文面は、ようやく自分の店を持てたという報せだった。
すぐに花を手配して店に送り、次の休みに今はすっかりノーマル仕様のバイクでそこに向かう。さすがと言うべきか、渋谷の一等地に構えたバイク屋は、世界で一番カッコいい店だった。
「総長! ……じゃ、ねえや。真一郎君」
「お、西田! 花、ありがとうな」
店内には所せましと花が飾られていた。どれも、見慣れた名前で少し懐かしくなる。
何なら、先客だって見知った顔ばかりだ。
「なんか、同窓会みたいになっちまって……たっく、お前らみたいにいかちぃ見た目のやつらがぞろぞろいたら、フツーのお客さんが寄り付かなくなるだろうが」
「はは……さぁっせん」
全員あまり反省していないように笑って、自然と真一郎君を囲んで近況報告をした。中には真一郎君みたいに自分の店を持った人や、親父さんの仕事を継ぐために修行している人もいる。
不良たちは爪弾きものにされやすいからこそなのか、自立するのも早い気がする。
「……西田は?」
「オレっすか? 実は、結婚して。あんときのヨメが、今のヨメっす! ヨメさんの親父にぶん殴られましたけど、今はそっちの家業――定食屋を継ぐために、料理の専門学校通いながらヨメさんの実家で働いてます」
「へえ! 結婚か、おめでとう」
「あざっす」
「じゃあ、あの時のお礼も兼ねて、そいつのメンテは一回だけサービスしてやるよ」
特に結婚式も挙げられなくて、流されるままの結婚だから、盛大に祝われたのは少しだけ気恥しかった。
けど、きっと初代黒龍のメンバーなら、誰が結婚してもこうやって盛り上がるのだろう。そういう、家族みたいな関係が、本当に好きだった。
「総長は? いい人いないんっすか?」
だれかが、喧騒の合間にその一言をこぼした。
一瞬だけ目を見開いてから、ゆっくり瞬きを繰り返した真一郎君は、少し恥ずかしそうに笑ってから頬を掻く。
「もう総長じゃねえって! うーん、まあ、いるよ」
真一郎君の言葉に、オレらは多いに盛り上がった。あの、二十連敗を喫していた真一郎君が、ついにヨメを捕まえたのだ。
もしまだ現役だったら、三日三晩踊り明かしたんじゃないかという熱量だ。
「うわー! おめでとうございます!」
「いつかオレらにも紹介してください! 真一郎君のヨメにふさわしいか、きちんと見定めますんで!」
各々がいろんな祝福を口にして、真一郎君をもみくちゃにしながら祝った。
元幹部連中が居ないと、止めに入る人もいない。一歩引いて苦笑いしながらその光景を眺めていると、カランカランとドアベルが鳴った。
「あれ? ワカ君」
「ん? ああ、西田。って、何この状況」
「あー、真一郎君にようやくヨメが出来たって聞いて、祝ってたところっす」
胴上げ寸前まで盛り上がっている店内を指さしたワカ君が、状況を把握できずこちらに問いかけてきた。
まあ、オレも途中で入ったら、何が起きてるかさっぱりだと思う。
「あー……なるほどネ」
「ワカ君は、真一郎君の相手知ってるんっすか?」
幹部たちの絆は強かった。とくにワカ君は目に見えて真一郎君のことを慕っていたし、何かがあれば真っ先に動いていた。
抗争のときも、一番真一郎君を助けていたんじゃないかな。だからきっと、ワカ君なら知っているんだろう。それで、幹部たち公認なら、オレたちが口をはさむ余地なんてない。
それくらい気楽な感じで、聞いただけなのに。
「ウン。知ってる。……でも、まだオマエらには内緒」
オレを見上げるワカ君が、目を細めながらにやりと笑った。
緩やかにカーブを描く口元に人差し指をあてがう姿は、同性のオレでも少しドキリとした。
「ワ、ワカ! ちょ、突っ立ってないで、助けてッ」
「んー? 聞こえねえナァ」
わざとらしく突き放すように笑うけど、よく鍛えられた平隊員のオレらは、元幹部が来たと気付くと背筋を正した。
ワカ君に挨拶をする面々は、たぶん近すぎて気が付いていないだろう。一歩引いたところにいたオレだから。ワカ君が真一郎君の横を通り過ぎるときに、ほんの一瞬だけ小指を絡めたのが見えた。
だからたぶん、いや、きっとそういうことだ。
「お似合いだなあ」
不思議と嫌悪感とかはなくて、まるでパズルの最後のひとつが嵌った瞬間のような心地よさを覚えて、ぽつりとそんな事を口走った。
たぶん、それに気づいたワカ君はもう一度、口元にそっと人差し指を立てたのだ。