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    フィンチ

    @canaria_finch

    🔗🎭を生産したい妄想垢

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    フィンチ

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    🔗(→?)←🎭がデートする話

    #Sonnyban
    sonnyban

    Kawaiiは作れる? ピピッピピッと朝を知らせる目覚まし時計に起こされ、猫っ毛の頭がもぞりと毛布から這い出す。普段よりもだいぶ早い起床時間に頭はぼんやりとしていたが、あまりゆっくりもしていられないと大きく伸びをするとアルバーンはベッドから降りカーテンを開けた。
     空は快晴、絶好のデート日和。冗談めかした誘い文句をどう捉えられているかは置いておくとして、アルバーンにとってはデートのお誘いをしてオッケーを貰えたならそれは『デート』である。そして『デート』の支度にはそれなりに気合も入るもので、昨晩から何を着て行こうか悩みに悩み、結局決められぬまま眠りについて朝を迎えたというわけだ。
     今のところ距離感の近い友人としては良い位置取りをできてはいるが、目指すところはそこではない。ただふたりで遊ぶことをデートと思ったままでは困る。ここが勝負時。仕掛けるなら今日しかない。
     その為にもまずはしっかりと頭を起こすことから。ばしゃばしゃと冷たい水で顔を洗い、視線を上げると挑戦的な輝きを放つアーモンドアイがこちらを見ている。そしてぱちんと軽く両手で頬を叩いて活を入れると、そのまま鏡に映る自分に言い聞かせるように同じ言葉を3度繰り返した。
    「僕は可愛い、僕は可愛い、僕は可愛い」
     きっと第三者から見たら異様な光景なのだろうがアルバーンは大真面目にそれを口にしている。というか、そうでもしないと配信外で可愛子ぶるなどできそうにない。それなりの見目をしているつもりではあるがそうは言っても成人している身長175cmの男だ。配信の中でキャラ作りとして振る舞うそれを、プライベートでもとなれば話は別。なりふり構わず羞恥心を取っ払わなければやっていられない。あんにゃろうと恨めしく思いもするが、それならとことん好みに寄せてアタックするまで。
    (覚悟しろサニー・ブリスコー、絶対僕が一番好きって言わせてやるんだから…!)
     そう内心で宣戦布告をすると、アルバーンは神妙な顔つきで部屋に戻りクローゼットから手早く3つのハンガーを取り出した。
     結局昨夜、絞り込むことまではできたが決めきれなかったデートコーデ。ひとつは普段の自分ならば真っ先に選ぶであろう大きめのスウェットとカットソーを重ねたストリートカジュアル。だぼっとしたシルエットに斜めがけのボディバッグとシルバーアクセを組み合わせた着こなしは慣れているものの、だからこそ普段着に近く特別感は薄い。
     ふたつめは普段と雰囲気を変えてみようと用意した格子柄のテーラードジャケット。下にあわせるのもシンプルなハイネックにスラックスと通常ならばまず選ぶことはない組み合わせなのでめかし込んでいると言えばそうなのだが、こちらはあまりにも馴染みがなくて服に着られてしまっている感が否めない。
     そして最後が、オフタートルのニットプルオーバーにスキニーデニムをあわせたごくごくシンプルではあるもののほか2つに比べるとユニセックスな印象が強い組み合わせ。ヒップラインが隠れるほどゆったりとしたサイズのビビッドオレンジのニットに、黒のスキニーを合わせることで脚のラインをよりタイトに見せている。
     さあ、どれにしようか。迷っている時間はないとアルバーンは目を細めて思案し始めた。
     まずジャケットコーデはやはり今回の目的にはあまり向いていない。そもそも購入した理由もイメージチェンジを図ろうととある人物を真似てみたという理由なので、今後着るにしても今のモノトーンなものではなく少し色味を足した方が良さそうではある。となれば残ったふたつのうちどちらにするかだが…
    (安定を取るか、全力で振り切るか)
     その二択となればもう答えは出ている。覚悟を決めてハンガーに手を伸ばすと、アルバーンは手早くそれらを身に着けて姿見の前に立った。
     正面、側面、背面とおかしなところがないかを確認し、仕上げに肉球のワンポイントが入った大きめの白いショルダーバッグをかければデートコーデは完成。アルバーンとしては少し狙い過ぎている気はしないでもなかったが、『可愛い』をお望みなら存分にくれてやると僅かに抵抗する羞恥心をも抑え込む。
     躊躇があってはいけない。まだ何か手を加えられるか?手持ちのシルバーアクセは今回の装いにはミスマッチだ。他にできるとすればヘアアレンジくらいのもの。パッと思いつく限りでは細めのカチューシャで額を出すか、片側だけ耳にかけてクロスさせたピンで留めるくらいならそう時間もかからないはず。だが、かえって子供っぽく見えたりしないだろうか?そういう可愛いは狙っていない。
     どうしたものかとうんうん唸っていると、今度は携帯端末から何かを報せるアラーム音が耳に届く。その音にハッとして時刻を確認すれば、表示された数字の並びは待ち合わせの30分前。
    「っ?!ち、遅刻だー!!!」
     待たせるのは論外だと、アルバーンはショルダーバッグを引っ掴むと文字通り家を飛び出していった。





    「っ……は…っん、…ま、間に合っ……た…」
     全力疾走の甲斐もあり、待ち合わせ場所近くに時間前にたどり着くことは出来たものの、アルバーンは大きく肩で息をしながら壁にもたれ掛かっていた。流石にこの状態で真っ直ぐ向かうわけにはいかないと少しずつ呼吸を落ち着かせ、ゆっくりと息を吐いてからショーウィンドウを覗き込んで前髪を軽く整える。大きな乱れはなさそうで、指先で流れを作ってやれば問題はない。これでよしと小さく一度頷くと、既に到着している待ち合わせ相手のもとへとアルバーンは小走りに向かった。
     距離が詰まるうちにこちらに気付いたのか、黙っていると硬質な印象すら抱かせる表情が見る間に綻んでいく。
    (〜っ!もう!!あれほんとにズルい!!!)
     必死に表には出さないよう抑え込みはしたが、せっかく落ち着いたはずの心臓が再び暴れ出しそうでアルバーンは気が気でない。惹かれたのは外見だけにではないけれどこの顔も勿論好きなのだ。荒ぶってしまっても仕方がない、というか通行人が今まさに被弾しているし。そのうえこの表情の変化が自分によって引き起こされたものとくれば、この場で叫びださないことを褒めてほしいくらいだ。
     とはいえやられっぱなしでもいられない。気合を入れ直すためにもアルバーンはことさら申し訳無さそうな表情を作る。
    「ごめんねサニー、待たせちゃって」
    「大丈夫、俺が早く来ただけだから時間ぴったりだよ」
     知ってる、とは返さずににこりとありがとうの代わりにアルバーンは笑ってみせたがそれに対してのサニーの反応は予想外のもの。強いて言うなら少し戸惑ったような気配をまとってさりげなく視線が逸らされてしまった。
     え、返し方を間違えた?それともこの格好がそんなに刺さらなかった?それはさすがにマズい、出だしから躓いたどころの話ではない。
    「…サニー?僕、どこか変?」
     それなら早いところリカバリーしなければと不安げに問いかけるとそれは慌てた様子で否定される。
    「いや、ちがっ!」
     本当に?と念押しのように顔を覗き込むように見上げると、少しばかり赤らんだ頬が言い淀みながらも口を開いた。
    「その……よく似合ってる、と思います」
     その発言にきょとんと目が丸くなり、数秒の間を置いてアルバーンは盛大に吹き出す。
    「っ………だっははは!なんで敬語!!」
    「笑いすぎだろっ!!」
    「ふ…っ……はは、ごめんって…っ」
     間髪入れずの非難になんとか形ばかりの謝罪を返したが、これは安堵からきたものでもあるので許してほしい。まあ、それでもあまり笑い過ぎても機嫌を損ねてしまう。この話はここまでと言わんばかりにわざとらしく咳払いをすると、アルバーンはすっかり調子を取り戻してにこりと笑ってみせた。
    「でもありがと、ちょっと安心した。それじゃあ行こっか」
     まだ納得していないぞと主張する視線に強気の笑顔で応戦していると、しばし見つめ合った後に根負けしたのはあちらの方。弱ったと言わんばかりの苦笑いにニンマリと笑みを深めるのもいつものこと。アクシデントはあったものの結果的にはなかなかイイ出だし。この調子で今日は進展してやるぞと、アルバーンはこっそりと拳を握りしめた。





     そんな決意のもと訪れた先は、新しくできた屋内型アミューズメントパーク。デートとしても、友人同士で遊びに行くにしても適した場を選んだのは無難と取れなくもないがあまり攻めすぎてもいけない。アルバーン個人としての目的はあれどそこにばかり気を取られてしまっては意味がないのだ。ごく自然に距離を詰めて、意識させて、あわよくば良い意味での変化を起こす。それがベスト。何より、彼を楽しませたいという気持ちもアルバーンの中では大きかった。
     まず最初に向かったのは襲いかかってくるゾンビを撃退しつつ危険エリアから脱出することを目的としたライド型のシューティングアトラクション。このテーマパークの目玉のひとつということもあって、開演時間にあわせて来たというのに既に列ができている。とはいえ後回しにしても待ち時間が延びるだけ。さっそく最後尾に並ぶと、ふたりはパンフレットに目を通しながら順番を待つことにした。
    「あ〜、楽しみだけど上手く出来るかな。せっかくだし最終エリアまで行きたいよね」
     ゲームというものに関してある程度こなすことが出来る自信はあるが、今回操作することになるのはピストル型のガンコントローラー。そのうえ公式サイトの紹介文によるとゾンビの撃退数に応じてルートが分岐するようで、脱出成功となるには最終エリアにまで到達する必要がある。しかしその為のハードルもなかなか高いようで、オープン間もないとはいえ脱出成功した者は数えるほどしかいないともっぱらの評判。弱気になっている訳ではないものの、初見でどの程度プレイできるかはなんとも言えないというのがアルバーンの正直な感想だ。だが、サニーは違うようで心配事などひとつもないといった様子で言葉が返ってくる。
    「勿論、どうせなら最高得点を狙おう」
     クリアは当然、目標は更にその上ときた。簡単に言ってくれる、君はこういうの得意だからそう言うけど。なんて悪態よりも先に、アルバーンが感じたのは胸の奥が小さく脈打つような感覚。
    「……つっよき〜、じゃあ僕も足引っ張らないように頑張りますか!」
     この不意打ちでくる妙に自信のある態度がいけない。普段ヘッドホンから聞こえてくる声だけでもクるというのに、本人を目の前にしてとくればその威力たるや。茶化すような言葉をあえて選んで誤魔化しては見たが、少しでも気を抜こうものなら動揺が表に出てしまいかねない。そんなことになどなってたまるか。押され気味の心に活を入れて気を引き締め直すと、アルバーンは順番が来るまでの間を笑顔を貼り付けることでやりすごす。時間にして十数分。そして自分たちの番がくるとパークスタッフの案内に従って二人乗りのオープンカーを模したライドへと乗り込んだ。
     チュートリアル代わりの第一ゾンビを撃退し、お次は正面に現れた三体を撃破。その後は更に二体と思いきや、両サイドからも一体ずつと少しずつ敵の出現数もペースも上がっていく。そして連続して現れた敵を迎え撃とうとしたアルバーンは、リロードしたはずの銃に弾が充填されていないことに気付いた。
    「あ、あれ?なんで?!」
     リロードの為の動作は銃口を下に向けるだけ。そのはずだというのに何度やっても上手くいかない。当然準備ができていないからと待ってくれるはずもなく、迫りくるゾンビに脱出失敗の4文字が過ぎった瞬間、その体は何者かに撃ち抜かれて吹っ飛んだ。誰の仕業って、そんなことが出来るのはひとりしかいない。
    「っ…さぁに〜!!」
    「アルバン、俺がフォローするから落ち着いて」
    「…ん」
     感極まって声をあげてしまったがまだまだゲームは続行中。高鳴る鼓動をひた隠しにして頷くと、アルバーンは今一度腕を傾けてリロードを試みる。銃口が下に向いてから一度ぴたりと動きを止めると、今度は間違いなく弾が装填されたことが分かり、安堵のあまりつい視線を彼の方へと向けてしまった。
    (!……っ…こっち見て…)
     気付かれてない、大丈夫、大丈夫だから、気付かれてないことにする。見られていたことに気恥かしさはあれど、状況が状況だけにそれ自体は仕方がないと納得できた。けれど、そんな瞳を至近距離で目にして平気でいられるほどアルバーンの想いは軽くない。
    (ああもう、ほんとにズルいんだ)
     結局、普段と違う状況に浮かれて、振り回されているのはこちらの方。それが悔しくて、嬉しくて、抱えた恋心を思い知らされる。
    (でも、好きになっちゃったんだから仕方ないか)
     そう、仕方ない。好きだからこそ些細なことにも一喜一憂するし、ままならないのも恋のうち。なら、いっそ開き直って楽しまなければ損だ。そう切り替えると驚くほど思考がクリアになっていき、それに伴って自然と表情も和らいでいた。
    「よーし、もう大丈夫!ここからはガンガンいっくぞー!!」
     そう宣言すると、有言実行とばかりにアルバーンは新たに出現したゾンビを撃退し始める。近付いてきたのを一体、二体、現れたばかりの三体目も続け様に。しかし上手く力が抜けたおかげというのもあるが調子を取り戻すと冷静に状況を見れるようになるもので、そうすると思った以上に細かなフォローをサニーが入れていたのだと気付いてしまい、またもや胸がとくんと高鳴った。それでもペースは乱されない。ただ少し、ゾンビに銃口を向ける時に八つ当たりの気持ちが込められるだけ。助けられっぱなしではないんだぞとアルバーンもより一層の奮闘を見せ、最後に待ち構えていた親玉を倒したのはそれから数分後のこと。
     やけに大掛かりな撃退の様子に、曇天の下にいるような薄暗さが一気に晴れ渡る演出。極めつけは正面に大きく浮かび上がった『Congratulations』の文字。数秒の間を空けた後にゲームクリアに気付くと、アルバーンは湧き上がる達成感のままにサニーに抱きついた。
    「やったー!!!サニーがいなかったら絶対クリア出来なかったよ〜」
     その言葉には嘘も誇張もなく、実際焦って操作が覚束なくなりもしたのでそこをリカバリーできなかったらそもそも最終エリアへの到達すら出来なかっただろう。それに、ふたりで協力してクリア出来たということがアルバーンには何より嬉しい。そして、続けて映し出されたランキング表から今回のスコアがTOP5に入るものだということも分かる。その結果に始めから本調子でいればもっと上を狙えたのではないかという悔しさもありはしたが、それでもふたりで到達したエンディングだ。これが喜ばずにいられるだろうか。
     とはいえ勢い故の行動でもあるので、はしゃぎすぎたかとこっそり相手の様子を伺うことも忘れない。すると、サニーは何故か両手を肩のあたりにまで上げて固まっていた。
     おてあげ?降参?いや、そもそもどういう反応だそれは。
     問いたい気持ちはあったが、周囲の内装の変化からアトラクションがもうじき終わるのだと察しはつく。さすがにこの体勢のままではいられないかとアルバーンが素早く身体を離すと、タイミングよくゲートが開き、送り出してくれたパークスタッフとは別の声が労いの言葉でふたりを出迎えた。
    「お疲れ様でした〜、脱出成功おめでとうございます!」
     先程のサニーの様子が気になりはするも、もたついていてはスタッフにも他の利用者にも迷惑がかかってしまう。指示に従って危なげない足取りで停車したライドから降りたアルバーンだったが、笑顔のスタッフが続けて口にした言葉に首を傾げた。
    「記念のお写真もありますので良かったら見ていってくださいね!」
    「写真…?」
     そんなものいつの間にと思いつつ外に出ると、その答えはすぐさま目に入ってくる。『The escape complete』の文字の下に、驚いた表情のサニーに抱きつくアルバーンの姿が写し出されていたのだ。さすがにほんの数分前のこと、心当たりしかない。それにしても絶妙のタイミングで撮られてしまった。確かに、ゲームクリアの直後が一番のシャッターチャンスなのだろうが、気恥ずかしさは否めない。
    (でも……僕すごく嬉しそう)
     そう、あの瞬間の行動は素直に感情に従ったものだった。だからこそ、普段行うような意図的な配信上のスキンシップとは異なるものだとすぐに分かる。
    「ふはっ、まさにベストショット~って感じ!せっかくだから買っちゃおうかな、サニーはどうする?」
    「……俺も買う」
     照れくささからつい茶化すような物言いをしてしまったが、アルバーンとしては今日の記念にと元より買うつもりはあった。それと同時に聞いてはみたものの特に彼の答えに期待はしていなかったのだが、もごもごと返ってきた言葉は意外なものでつい目を丸くしてしまう。
     本当にいいの?無理してない?僕にあわせなくてもいいんだよ?
     そんな問いかけばかりが頭に浮かぶも、内から湧きあがる感情は隠しきれない。楽しんでくれたなら嬉しい。同じ思いを共有できたならなおのこと。
    「へへっ…そっか。あのさ、次はもっと頑張るからまた一緒にやりたいな」
     アルバーンがはにかんでそう口にすると、サニーもまた瞳を優し気に細めて頷いたのだった。





     記念写真を購入したふたりが次に向かったのはゲームセンターブース。このアミューズメントパークの運営をしているのがゲーム会社の為、この施設にはアトラクションだけではなく最新のゲーム筐体も数多く置かれている。次はアルバーンの行きたいところへと言われ真っ先に思い浮かんだのはとあるリズムゲームの最新筐体。正直すごく興味はある、それこそこのテーマパークに行くと決まった時点で調べた程度には。けれど、リズムゲームの類を好むのはあくまでも自分だけ。サニーの好むタイプのゲームではないからと躊躇もありはしたが、結局はどこに行きたいのかを聞きだされてしまった。
     まあ、そこまで言うならあまり遠慮しすぎてもいけない。せっかくだしお言葉に甘えてと向かった訳だが、ブースに足を踏み入れた瞬間に目を引いたのは目当てのものとは別のプライズ筐体。ぴたりと足を止めたかと思うと、アルバーンは感極まったような声をあげて透明なケースに張り付いた。
    「ぁ~…、かっわいい~!」
     視線の先にあるのは腕の中に丁度納まりそうな大きさの猫のぬいぐるみ達。ベストを着て、首元に大きなリボンをつけた猫達はどれも触り心地がよさそうで、その愛らしさからついつい顔が綻んでしまう。クレーンゲームの類は得意ではなかったがせっかくなのだしチャレンジしてみようか。そう思い立つと、アルバーンは振り返ってサニーにお伺いをたてた。
    「サニー、これちょっとやってみてもいいかな?」
     ダメとは言われないだろうが、元々の目的とは違うものに時間を使うのだから一応断りは入れておかねば。いいよという返事を受けて少しばかり考え込む仕草をしてから、アルバーンは3度だけと決めてコインを投入する。深追いはしない。取れたらラッキーくらいのつもりで。
     レバーを握ってまずはクレーンの位置を目当てのぬいぐるみの真上に調整。ボタンを押すと三本のアームが開いてゆっくりと下降していく。ズレはないようでアームはうまいことぬいぐるみをかかこんでくれたが、そのまま持ち上がったかと思うと僅かな振動でアームから零れそのままぽとりと落ちてしまった。
    (ん?これ…持ち上がっただけで元の場所に戻っただけ…?)
     いやいやまさかと思いつつも、位置の移動はほぼないと言っていい。2度目は少しでも位置をずらしてみようと片側が持ち上がるようにクレーンの位置を調整してみたが、同じようにアームから落ちてしまい元の位置から数センチほど動いただけ。諦め気味に挑んだ3度目も成果としてはいまいちで、転がった結果うつぶせになったぬいぐるみが今の自分の心境を表しているようでアルバーンは小さく溜め息を吐いた。これは無理だ、取れる気がしない。
    「待たせてごめん、ちょっと僕には難しかったみたいだ」
     笑ってそうきりあげようとしたアルバーンだったが、それに対してサニーの取った行動は予想外のもの。いつの間に用意していたのか、手の中のコインを同じように投入し始めたのだ。
    「ちょ、何してんの!別にサニーはほしくないでしょ!?」
    「え、でもアルバンは欲しいんだろ?」
     慌てふためくアルバーンの制止の言葉に返ってくるのは何故止めるのかと言わんばかりのニュアンスの言葉。欲しいことは欲しいが取れるまで粘るつもりもないし、ましてや取ってもらおうなんて考えもしていない。ああでもコインは入れてしまったし、どうしようどうしようとアルバーンがおろおろとしている間にもサニーは迷いのない様子でレバーを操作し始める。クレーンが止まったのは狙っていたぬいぐるみの真上、ではなく僅かにずれた位置。そこではアームで抱えきれないのではと不安げに見ていたアルバーンだったが、クレーンが下り、アームが掴むような動きをしたところで起こったことに目を見張った。3本のうちの1本のアームがぬいぐるみの身に着けているベストの隙間に入り込んだのだ。残りの2本は外側から体を支え、完全に上にまで持ち上がった際の振動を受けてもアームから零れることはなかった。さすがに移動途中で落下したものの、落ちて転がった方向は取り出し口に向かっていた為にもうひと転がりでもすればそのまま獲得できるのではないかと思うほど随分と近付いている。こんな偶然あるのだろうかとアルバーンが目をぱちくりしながら見守っていると、サニーは再びレバーを動かし今度はぬいぐるみの足のあたりで降下させた。
    (その位置はさすがに持ち上がらないんじゃ…)
     明らかにぬいぐるみの体の中心からはずれた位置であるから安定して持ち上がるとは考えにくい。しかし、狙いは別にあったようで3本のアームがぬいぐるみの両足を掴んだかと思うと、その体は数秒の間宙づり状態のように持ち上がり、結果的には引きずられるようにして更に取り出し口に近付く。ぽっかり空いた取り出し口に両足を浮かせている転がっている状態はあと少しでもずれれば落ちてきそうで、アルバーンは知らず知らずのうちに胸の前で両手を握りしめていた。
    (次はどうするんだろう?足はもう浮いてるから頭の方を持ち上げるのかな?)
     先ほどまでとは違い、心配ではなく期待をこめた視線がケースの中へと注がれる。するとクレーンは再びぬいぐるみの足の真上でぴたりと動きを止め、3本のアームを開いて下降を始めた。同じように両足を掴んで、同じように宙づりになって。けれど違うのはその状態。より取り出し口に向かって引きずられたぬいぐるみが落ちないように支えているのは頭の部分だけ。そうなれば傾いていくのは必然で、ぬいぐるみは重力に従ってすとんと取り出し口に落ちていった。それを無造作に掴むとサニーはぽんとアルバーンに手渡した。
    「はい」
     受け取ったのは薄いレモン色の毛並みに黄色いリボンをつけた猫のぬいぐるみ。勿論欲しいと思ってはいたが、それ以上にサニーが取ってくれたのだということが嬉しくて、アルバーンはそのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて微笑む。
    「サニーありがとう!すっごく嬉しい!」
     しかし、ご機嫌のアルバーンに対してサニーの表情はどこか不服そうなもの。しかも、その視線はアルバーンにというよりは腕の中のぬいぐるみに注がれている。なんでまたそんな表情にと不思議そうに首を傾げていたが、何故かコインを新たに投入し始めたサニーにアルバーンはぎょっとして声をあげた。
    「なんでまた!?」
     自分も欲しくなったとか?だったらこれ渡すけど?困惑するアルバーンをよそに、再びクレーンゲームに向き合ったままサニーは言葉を返す。
    「…アルバンの色はオレンジだろ」
    (だから僕はこっちが欲しかったんだけどな)
     そう、ケースの中にいたぬいぐるみは4種類。その中にはサニーの言うように自分のイメージカラーであるオレンジを基調としたものもあったけれど、欲しいと思ったのは彼をイメージした黄色い猫のぬいぐるみだ。とはいえ、その理由を言うのもはばかられるからアルバーンとしては大人しく見守るしかない。本人がやると言うのだから止めるのも違うし、もし手こずるようならちょっと口を挟むなりしよう。しかし、そんな心づもりは必要ないと言わんばかりにサニーは先ほどよりも更に鮮やかなクレーンさばきを見せつけてくる。
     アームがぬいぐるみの重さを支えきれないから少しずつずらすように動かしていたのだと思っていたのに、何故か淡いオレンジの毛並みの猫はなかなかアームから落ちず、随分とお利口に取り出し口の近くにまで運ばれていったのだ。さすがに一度ですんなりとまではいかないものの、二度目で更に近付けて、三度目で安全に落とすという流れは実にスムーズ。そしてサニーが取り出し口からぬいぐるみを両手で取り出すと、お互いにぬいぐるみを抱えて向き合うことになった。なんともシュールな光景だ。
    「このコ、連れて帰る?」
     腕に抱えた黄色い猫のぬいぐるみを見せながら一応は聞いてはみたものの、気まずげにいや…と歯切れの悪い反応をするあたり自分が持ち帰るつもりはないらしい。それならどうしてふたつも取ったのか、その場のノリか?アルバーンは不思議そうに首を傾げたものの、それならと視線をサニーの抱えるもう一匹のぬいぐるみへと移した。
    「じゃあ、キミもうちに一緒にこようか」
     そう語りかけると、まずは自分の抱えているものからショルダーバッグの中に。すると、かなり大きめのものを持ってきたはずだというのに、それでも空間の半分ほどが埋まってしまった。けれど、それならばもう一匹もなんとか収まりそうだ。オレンジ色の猫をサニーの手から受け取り、黄色い猫の隣へ。少し窮屈そうではあるが二匹がバッグから顔を覗かせるように位置を調整すると、バッグにあしらわれた肉球のワンポイントとマッチして可愛らしく仕上げることができた。
    (僕とサニーが一緒にいるみたいでこれはこれでいいかも…)
     我ながらいい仕事をしたと小さく頷くと、アルバーンは二匹に話しかけるように言葉をかけてからサニーへと視線を向ける。
    「ちょーっと狭いかもしれないけど、おうちまで二匹で仲良くしててね。よし、サニーお待たせ、次行こ!」
    「っ…あ、ああ、行こうか」
     咄嗟に逸らされた視線が気にならないと言えば嘘になるが、様子からして悪い意味ではなさそうだとアルバーンは判断した。ちょっとの寄り道のつもりが思った以上に時間は経ってしまっている。何度も言うが時間は有限。もうひとつ言うなら開園から時間が経てば人も増えてくるわけで、そうすれば出来ることも当然限られてきてしまう。せっかくのデートにぼやぼやしている暇などないのだ。





     クレーンゲームのコーナーを離れ、ふたりが向かったのは当初の通りのリズムゲームのコーナー。いくつか置かれている筐体の種類は大きく分けて3通り。楽器を演奏するようなタイプのものに、足元のパネルを踏んで踊るようにプレイするタイプのものと、オーソドックスなボタンをタップするタイプのもの。どれも違った楽しさがあり、アルバーンも一通りプレイしてはいるのだが今回の目当てはオーソドックスなタイプの一番馴染みがあるゲームの最新筐体だ。
     基本的なシステムは変わらないものの、収録曲は更に増え、その中にはアルバーンのお気に入りのものも含まれていた。リズムゲーム自体を楽しんではいるが、自分の好きな曲を叩けるというのはより楽しめるものであるし、FULL COMPLETE、否、あわよくばALL PERFECTを狙ってやろうというやる気にも繋がる。あとは選曲をどうするかだ。手慣らしに得意な曲にするか、新しく追加された曲にチャレンジしてみるか。それとも新たに追加されたマッチングモードでもやってみようか。
     先にプレイしている人の様子を見つつ、邪魔にならない程度の位置で順番を待ちをしている間もアルバーンはそわそわとしてしまい気持ちが押さえきれない。体もついゆらゆらと揺れてしまったりもしたが、ふと視線を感じ隣を向くとばっちりその様子を見られていたようで、さすがに恥ずかしくなり大人しくなってしまうなんてこともあったほどだ。
     ほどなくして順番が回ってくると、まずは荷物を置かなければとアルバーンは視線を巡らせる。しかし、手荷物用のカゴは見つかったもののぬいぐるみをふたつも納めているような大きなバッグを入れるにはいささか小さい。無理に詰め込むしかないかとアルバーンがショルダーバッグを肩から外していると、不意にサニーがその名を呼んだ。
    「アルバン」
    「サニー?」
     どうしたのかと振り返ると、ただ黙って右手を差し出している。持っていてくれるつもりなのか。それは非常にありがたいのだけど、そんなにスマートに動かれると不意打ち過ぎて動揺してしまう。とはいえ自分の後ろにも順番待ちをしている人はいる訳で、遠慮してぐずぐずしている訳にもいかないと、アルバーンは小さくありがとと伝えながらバッグを手渡し、改めてゲーム画面に向き直った。
     コインを投入して、マッチングモードを選択すると数秒ほどで4人が集まり、それぞれが1曲ずつ選んでゲーム開始。4曲分の合計ポイントで順位を決めるこのモードをアルバーンはプレイしたことがなかったが、仕組みこそ新しいものではあるもののやること自体は変わらない。落ち着いて、ベストを目指せば自ずと結果はついてくるはずだ。
    (曲は全部知ってる、やったことがあるのが3つ。初めてやるのは僕が選んだ追加曲だけ)
     結局アルバーンが選んだのは新たに追加されたお気に入りの一曲。他の3曲はそれなりにプレイしてきた曲で、うち1曲に関してはかなりやりこんでいる。追加曲に関しても譜面こそ初見にはなるが、メロディはよく知っているから余程遊び心の多いものでない限りはそれなりに出来る自信はあった。
     だが、初めてプレイするモードであるから一番下のランク帯でマッチしてはいるが、対戦相手がそのランク通りの腕前とは限らない。そして、それは相手からしても同様。
    (さぁて、まずはどのくらいの腕前かお手並み拝見)
     スタートはアルバーンの選曲した楽曲からとなった。ラップも含まれる為にリズムも独特なストリートミュージックで、曲自体を知らなければミスはしないまでも精度に影響が出そうな曲調ではある。ノーツの配置自体は難解な印象はなく、実際コンボを途切れさせることはなかったが初見の譜面ということもあり少しばかり叩くのが遅れてしまった感覚はあり、終わってみればスコアは上から2番目という結果であった。
    (多分、競るならこの人とだ)
     共にFULL COMPLETEで、精度差でのこの順位。だが、このまま上にいさせる気はない。気合を入れ直す為にアルバーンはだぼっとしたプルオーバーの両袖を肘のあたりまでまくり上げると、肩幅程度に足を開いて次の曲へと備える。
     2曲目はうってかわってのアイドル楽曲。可愛らしい曲調のわりになかなか厄介なのが、同時押しや長押し・縦連・トリル・乱打とリズムゲームの要素が全て詰め込まれている譜面であるうえに、それが休みなく続くものだから特別早いテンポの曲という訳でもないのに意外と終盤に疲れが出てくるのだ。幸いにも叩き方は分かっている曲ではあるから精度についてもそう悪くはない結果を出すことが出来た。しかし、この曲のスコアでは1位を取れているものの累計ではまだ逆転できるものではない。
     3曲目はコミカルで可愛らしい人気の高い曲だが、今回選ばれた4曲の中でも最も難易度が高いもの。ノーツの数も圧倒的に多く、あまり休みがないという点は2曲目と共通しているのだが細かなスライドがある為にミスに繋がりやすい。そして勢いで叩いても精度に難が出やすく、この状況で挑むにはなかなか難しい曲でもある。落ち着いて挑めたこともありミスも出さずにコンボを繋げることは出来たが、やはり僅かな遅れがスコアに出た。けれどそれはトップを走る対戦相手も同じで今回の曲に限って言えば僅差での2位。となれば差は縮まらず、勝負は最後の曲にもつれこむことになる。
    (この人崩れないな、ここで完璧に叩けないとだ)
     だが、幸いにもラストは最もやりこんだ曲であるからスコア次第で逆転は可能。ノリの良い特徴的なロックサウンドはアルバーンも得意とするところで、細かな階段やスライドが多発する難しい楽曲ではあるがそれでもコンボを途切れさせない自信はある。あとは精度が問題となるが、集中力を切らさなければALL PERFECTの可能性もゼロではないだろう。
    (…大丈夫、僕ならやれる)
     そう唱え、小さく息を吐くとアルバーンは両手をかまえてキッと画面を見据えた。
     まずイントロの入りはメロディ通りの乱打から。そして同時押しの短いスライドの後に簡単な階段が連続する。この辺りは余程反応が遅れない限りは安定してこなせるので問題ない。歌に入ってからもリズムは一定、左右にちらばる感じはあれどノーツを叩くタイミングは分かりやすく、蛇行する細いスライドの判定に注意をはらってさえいればこちらも難なくクリアしていけた。問題はここから。サビの前あたりから細かなノーツが狭い間隔で流れてくるようになるのは序の口。階段とスライドというメロと同じような譜面と思いきや、サビに入ってからの譜面は交差を繰り返す形になっているものだからどう対処したものか瞬時の判断を迫られる。だが、それはあくまでも初見だったりクリアしていなければの話。スライドの流れに惑わされずに、始点から終点にまっすぐ処理すればいいのだと分かっているから問題ない。あとは連続するスライドが抜けてしまわないよう動かしすぎないことを意識しながらこなし、続く縦連もといったところで僅かにズレが生じた。
    (しまった…!)
     すぐに立て直したものの、数回PERFECTを逃したことは分かる。だからこそ引きずる訳にはいかない、そんな余裕はない。
     再び始まった同時押しと端から端までの長いスライドを完璧にこなし、もう一度やってくるサビに備える。交互にやってくる短いノーツと長いノーツを取りこぼさないよう、両サイドから中央に寄せるスライドの連続も動かし過ぎないよう落ち着いて処理を。
    (大丈夫、もう少し)
     ラスト目前の左から右に流れるスライドの連続は雑に流してしまうと終盤でミスが出る。小さくなった終点のノーツの判定も漏らさずに集中し、最後は2回の同時押しで完走。
    (走りきった…!)
     直後に画面に表示されたFULL COMPLETEの文字にアルバーンはひとまず胸を撫でおろした。さすがに全てを完璧に終えることはできなかったけれど、悪くはない出来だったはず。競っていた相手も同じくコンボが続いたまま終えたようであったが、この曲のスコアだけ見れば勝っている。あとはどれだけ追い上げられたか。逆転か、それとも逃げ切られたか。固唾を飲んで最終結果が出るのを待っていると、表彰台の一番高い位置に自分の名前がついたアバターが表示されアルバーンはパッと目を輝かせた。
    (やった!…っ!?)
     そして、その喜びをすぐにサニーに伝えたくて振り返った先に見えたものに今度は目を丸くする。そこに見えたのは予想外のギャラリーの面々。明らかに順番待ちではない者も足を止めて見ていたようで、ちょっとした人だかりが出来てしまっていた。これはさすがにまずい、目立ち過ぎだ。サニーも同じように感じているのか気まずげに表情を強張らせている。これは早々に退散しなければ。そう判断したアルバーンはサニーに駆け寄ると、にっこりと営業スマイルを浮かべてその手を引いた。
    「頑張ったらお腹好いちゃった、ごはん食べ行こ?」
     答えを待たずに半ば引きずるような強引さでその場を足早に離れ、ブースが完全に見えなくなったところでようやく歩調を緩める。最新の筐体であるし注目度はあったのだろうがまさかあんなことになるとは思わなかった。いくらプライベートで遊びにきているとは少々迂闊だったか。少し気を付けないとと小さく息を吐いたところで、アルバーンはようやくサニーの手を引いたままであったことに気付く。途端に湧きあがってきた気恥ずかしさを振り払うように勢いよく手を離した。
    「ははっ…ごめんね、びっくりしてつい引っ張ってきちゃった」
     笑って誤魔化してはみたものの、自由になった手を黙って見ているサニーが何を考えているのか分からず怖くもある。しかし、緊張の面持ちでアルバーンが様子を伺っていると不意に視線がこちらを向き、その顔は普段通りの笑みを浮かべてくれた。
    「いや、俺も腹減ったところだったし行こうか」
     その場を離れる体のいい理由として口に出しはしたが、実際時間を確認してみれば昼食には丁度いい頃合い。先ほどの反応は少し気になるところではあるけれど、怒っている訳でもないのなら気にしないでおこう。そう納得すると、アルバーンはうんと頷いてサニーと連れ立って再び歩き出した。





     パーク内に入っている飲食店はフードコートタイプのレストランと、カフェとファストフード店の3つ。どれも手ごろな価格設定となっているが、ジャンクフードの気分という意見で一致したふたりが向かったのは大型チェーン系列のファストフード店だった。昼時ということもあり既にレジには列ができており、まだちらほらと空席が見えるとはいえ埋まるのは時間の問題だろうから先に席を取っておく必要はある。そこでアルバーンは言われてしまう前にと口を開いた。
    「僕が注文してくるからサニーは先に席取っておいてくれない?」
     移動することにばかり気を取られ、今の今まで2体のぬいぐるみがぎゅうぎゅうに収められたバッグを持ってもらったままだということにも気付いていなかったがこの状況ではそれも好都合。
    「荷物持ってもらったままだったしさ」
    「え、いいよ、俺行ってくるからアルバーンが待ってなよ」
     サニーが難色を示したことが表情からも窺えたが、アルバーンもここで引く訳にはいかない。
    「だーめ、それにその子達を取ってもらったお礼してないもん。だからお昼は僕に奢らせて」
     取ってくれた事自体は嬉しかったけれど、ありがとうの言葉だけで済ませるつもりはなかった。だから問うのではなくアルバーンはきっぱりと言い切る。これは決定事項だからと強気の笑顔で。それでもまだサニーは納得がいかないようだったが、この根競べは分が悪いと悟ると小さく息を吐いて降参した。
    「分かったよ、じゃあ席は取っておくから」
    「うん、お願い」
     バッグの中から財布を取ると、席の確保に向かうサニーを見送ってアルバーンも注文列の最後尾に並ぶ。一見すると長い列に見えるが、客捌きに慣れたスタッフが配置されているのか進みは思ったよりも早い。これならそう待たずに注文できそうだとメニューを眺めていると、程なくして順番は回ってきた。
    「いらっしゃいませ!ご注文をお伺いします」
     サニーから頼まれたのはチーズバーガーのセット、ドリンクとポテトはどちらもサイズはLにグレードアップしてアイスコーヒーとのオーダー。そして、自分の分は迷った末にシュリンプバーガーのセットでドリンクはコーラをと伝えると、手早く会計を済ませて今度は受け取り口の列へと並び直す。いくら提供が早いとはいえ、待っている間はどうしても手持無沙汰になるというもの。あともう少しと思いながら待っていたアルバーンだったが、そこでちょっとしたイタズラを思いついた。
     このタイミングだからこそ仕掛けられるそのイタズラに、サニーはいったいどんな反応をしてくれるだろう。本気で怒られるようなことはない、はず。そういう類の悪ふざけではないから。それを想像するだけでも楽しくて、アルバーンは上機嫌でオーダーの乗ったトレイを受け取りサニーの姿を探した。
     彼の容姿は非常に目を惹くものだから、少し見渡せばすぐにどこに座っているか分かる。店の奥側の、鏡張りの壁に面した4人席。確かに今日は荷物もあるから、空きがあるならスペースは余裕がある方がいい。丁度背を向ける形で座っているサニーは気付いていないようで、これ幸いとアルバーンは近付くとトレイをテーブルに置きながら口を開く。
    「お待たせしました〜、ご注文のチーズバーガーと、アイスコーヒーと、ポテトをお持ちしました!」
     それはさながら先ほどレジで対応してくれた店頭スタッフのような口振り。何事かと驚いた様子のサニーに気を良くしつつ、手早く彼の分のオーダーを並べるとそこでニィッと笑みを深めてアルバーンは体を屈ませ顔を近付けた。その位置はサニーの耳元近く。彼以外には聞き取れないよう、声を潜めて問いかける。
    「ご一緒に、笑顔とほっぺにチューはいかがですかぁ?」
    「っ…?!?!」
     びくりと小さく跳ね、反射的に耳を押さえて体を離す反応はアルバーンの期待以上。
    「だっははは!冗談だってば、ほらほら早く食べないと冷めちゃうよ」
     耐え切れずに笑い出すと当然のように恨みがまし気な視線をもらってしまったが、その程度なんてことはない。すまし顔で席につき、自分の分のバーガーに手を伸ばして食事を始めてしまえばサニーも言及するつもりはないようで、小さな悪態を吐いただけで同じように包み紙を剥いでバンズにかぶりついた。
     よく噛んで、飲み込んで、それから話しかけたり答えたりして、今度はストローを銜えてとふたりは会話をまじえて食事を進めていく。特にサニーの食事のスピードはグレードアップしたサイドメニューの量の分を差し引いてもゆっくりとしたもの。アルバーンも特別早く食べる方ではなかったが、残すはドリンクが三分の一ほどになっても、サニーの前には未だに半分ほどの量が残っていた。それを気にしてか、サニーは僅かに表情を曇らせる。
    「ごめん待たせて」
     しかし、アルバーンは何故そんなことを言われたのか分からずきょとんとして首を傾げた。
    「なんで謝るの?僕、サニーが食べてるとこ見るの好きだよ、食べるのが好きですって感じがして」
     別に待たされているなんて思ってもいないし、何より今口にしたことが全て。一口が大きく、ゆっくりとよく噛んでから飲み込む彼の動作は食事を味わっていることが感じられる。そういうところもサニーの好きなところのひとつだ。
     そう告げるアルバーンの表情は穏やかで、揶揄いの色はどこにもないがやはり気恥ずかしさは否めないのかサニーはもごもごと言葉を濁す。
    「なんだよそれ」
     不貞腐れているようにも聞こえるが、耳のあたりがうっすらと色付いているのが照れからきている態度だという証拠。その様がまた可愛らしくて、アルバーンは頬杖を突きながら微笑まし気に目を細めた。
    「ふふっ、かーわいんだ」
     思ったことを口にしただけとはいえ、この状況でそんなことを言われてしまえばサニーの羞恥が増すのも当然。何か言い返そうにも言葉に詰まり、ようやっと絞り出したのも八つ当たりにしては弱い言葉だ。
    「っ…~~、可愛いのはそっちだろ」
     それを聞いたアルバーンはぱちくりと瞬きをし、それから少し困ったように笑う。そもそも、アルバーンにしてみれば配信中にすっかり言われ慣れてしまっているからそこに噛みつく気にもならない。それを求められているし、ニーズに応えてそのように振る舞ってもいる。
    「そりゃあ、僕は可愛く見えるようにしてますしぃ?」
     だから当たり前のことなのだけど、という意味合いでアルバーンは答えたが、どうやらサニーの意図するものとは違ったようで不可解だと言わんばかりの表情を返されてしまった。
    「別に、アルバンはいつも可愛いよ」
    「へ」
     思いもよらない言葉に間の抜けた声が漏れる。
     『いつも』って【いつ】のこと?意図して振る舞っている時以外もという意味であれば、それは普段からという意味になる。可愛くしてなくてもそう思ってるの?サニーにはそう見えるの?僕のこと可愛いって思ってるの?
     口には出せない問いかけが頭の中をぐるぐると駆け巡り、まるで熱に浮かされたように考えが上手くまとまらない。ようやっと口に出せたのだって、乾いた笑い声と相槌にしては下手くそすぎる言葉の数々。
    「あ、はは……そんな風に思ってたんだ…?へ、へぇ…」
     ダメだ、不自然過ぎる。この後どう会話を繋げていけばいいのかと困り果てるアルバーンだったが、サニーは更にむすりと不服そうな表情をしたかと思うとバンズにかぶりつき、心なしか早いペースで口の中のものを咀嚼し飲み込んだ。
    「ちょ、サニーどうしたの?いいよ、ゆっくり食べなよ」
    「やだ」
     何故急にそんなことをと、困惑しながら声をかけても返ってきたのは端的な拒否の言葉だけ。しかも、そんな子供みたいな言い方で。
    「もう何言って…」
     事態についていけず、更に言葉をかけようとしたアルバーンだったがそれは被せるようなサニーの問いかけによって遮られた。
    「アルバンさ、今自分がどういう顔してるか分かってる?」
     当然、自分の顔など鏡でもなければ確認出来ないのだから分かるはずもない。けれど、この席はおあつらえ向きに鏡張りの壁の真横。見ろと言わんばかりのサニーの指の動きに従って恐る恐るそちらを向くと、そこにはいっそ哀れなほど顔を紅潮させた自分の姿が映っていた。
    「…?……っ!?」
     確かに熱いと思いはしたけど、こんなことになっているなんて。ただでさえ情けない表情が、それを自分のものだと認識したからか更に泣き出しそうに歪む。なんでこんなことに、恥ずかしくてたまらない、逃げ出してしまいたい。そんな思いからアルバーンが両頬を手で覆っていると、追い打ちのような言葉が正面の不機嫌顔からかけられた。
    「…お前のそういう顔、他の奴に見られたくない」
     言われた内容が上手く頭に入ってこない。ただ、酷く恥ずかしいことを言われたのだと認識して体温がまた更に上がる。
    (なにそれ、なにそれ)
     混乱しきりのアルバーンに対して、サニーは表情こそ分かりやすく不満を表に出しているがそこに焦りや動揺は微塵も感じられなかった。
    「だから、早くふたりになれるとこ行こう」
     真っすぐに瞳で射抜かれて、こんなことを言われていったい何と返せと言うのだろう。顔の熱が引かないまま、アルバーンが出来たことといえば俯いて時が経つのを大人しく待つことくらい。逃げるなんて選択肢は用意されていないし、拒むことも出来っこない。だって、困っているだけで嫌ではないのだから。

     だから、ここから先はふたりだけのヒミツ。
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    フィンチ

    DONEふわっとしたMHパロ、ガノレク🔗×アイノレー🎭の馴れ初め
    仲良くなれるかな? とある村のアイルーキッチンで働き始めたアルバーンには悩みがあった。仕事自体は新入りということもあって覚えることも多く大変ではあるが違り甲斐がある。コック長は厳しくも懐の大きいアイルーであるし、手が足りてないようだと働き口として紹介してれたギルドの職員も何かにつけて気にかけてくれている。それならばいったい何が彼を悩ませているのかというと、その理由は常連客であるハンターの連れているオトモにあった。
    「いらっしゃいニャせ!ご注文おうかがいしますニャ」
    「おっ、今日も元気に注文取りしてるなアルバにゃん」
    「いいからとっとと注文するニャ」
     軽口を叩きながらにっこりと愛想の良い笑みを浮かべてハンターを見上げるアルバーンは、傍らに控えているガルクからの視線にとにかく気付かない振りをする。そう、このガルクはやってくるとずっとアルバーンを見てくるのだ。しかも、目が合っても全く逸らさない。ガルクの言葉など分からないから当然会話も成立しない。初めて気付いた時には驚きつつもにこりと笑いかけてみたのだが何か反応がある訳でもなく、それはそれは気まずい思いをした。だからそれ以来、気付かない振りをして相手の出方を窺っているのだが、今日も変わらずその視線はアルバーンを追っているようだった。
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