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    群青ニオ

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    群青ニオ

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    ノアジャク書こうとしてノア+ジャクになった話

    雨の邂逅「やはり、ここのベイクウェル・プディングは最高ですね」
    「えぇ、まさに至高の作品と言っても過言ではありませんね」
    いつかの時と同じ様に二人揃って感想を交わす。
    あの時はキャンディーだったが、いま二人が口にしているのは少し前に流行り始めたベイクウェル・プディングというお菓子だ。サクサクとした食感の生地にジャムの上品な甘みが絶妙にマッチングして口の中に溢れていた。まさに筆舌し難い美味しさに二人は、ただ黙々と食べていた。
    「……フゥ」
    食べ終わった後の紅茶を深く味わいながらジャックは目の前に腰掛けている人物をそっと見つめる。相変わらず、右目に映る色はなく、彼の輪郭が透けて向こう側の景色が見えるだけだった。
    「まさか、こんなところで貴方にお会いするとは思いませんでしたよ」
    「いやいや、僕の方こそ巷で有名な『死の芸術家』と呼ばれる方とまた、一緒にお茶ができるとは思わなかったです」
    そう言ってジャックの向かいに座る黒髪の青年、いまロンドンで最大勢力を誇るマザーグースのボスであるノアはニッコリと屈託なく笑う。一見すれば親しい友人に会えた喜びを表しているかのように見えるようだが、その瞳は何一つ彼の感情を表すことなく、ただ底冷えた眼差しでジャックを見つめていた。
    「でも残念だなぁ。今日、こうして貴方と出会えたというのに饗す準備を何もしてこなかったんですよ」
    ノアは舞台上の役者のようにわざとらしく大きくため息を吐きながら心底、残念そうにする。
    「おや、それは残念ですねぇ。素敵な舞台の続きが見られるかもしれないと思っていたのですが……」
    「期待にお応えできずにすみません。『次は』前作よりも素敵な催しをご用意しておきますね」
    「えぇ、楽しみにしてます」
    触れれば切れそうなほどの刃物をお互いに忍び込ませながら二人は、柔和な笑みを浮かべる。その側をロンドンの日常を彩るように様々な人々が通り過ぎていくが、誰も二人のことを気に留める者はいなかった。


    「おや……?」
    店先を出た瞬間、頬を伝う感触にジャックは空を見上げる。どんよりとした灰色の厚い雲が空を覆い、そこからポタポタと雫が落ちて、ジャックの服を濡らしていく。
    「Oops……今日は手持ちの傘を忘れてしまいました」
    これは失態だな、とジャックが心の中で思ってると横から
    「ならこの付近に僕たちが所有する空き家があるので、そこで雨宿りしていきますか?」
    「…………おや、よろしいのですか?」
    「ええ、所有しているといっても前までそこに住んでいた人たちがいなくなってから持て余している場所なんで。ただ、何もないのでお茶の一つも出せませんが」
    「いえいえ、通り雨といえど雨宿りさせていただけるなら十分ですよ」
    「よかった。なら行きましょうか。」
    すぐそこですよ、というノアの後について行きながら彼の背中をじっと見つめる。しかし、右目には何も映らず、ジャックには彼の真意が読めなかった。不意を打つつもりか、それとも本当にただの雨宿りなのか。
    (あぁ……どちらにしてもワクワクしてしまいますね)
    プレゼントの箱を開ける子供のように弾む気持ちでジャックは青年の後を付いて行く。

    ギィィーと建付けの悪そうな音をあげながら扉を開くとムワッとした埃が宙を舞う。人がいなくなってどれくらい経つのか。少なくとも一ヶ月そこそこは放置されているように見えた。
    「ここら辺を根城にしていた人たちが使っていた場所なんですけど……まぁ、ちょっと色々とあって今はいないんです」
    「そうですか……」
    その人たちは今どこに?とは尋ねなかった。尋ねずとも部屋のあちらこちらに黒くこびりついた染みが言葉なく彼らの末路を物語っているようだったからだ。
    「うわぁ……あまり足を運んだことなかったけど、少しぐらい清潔にしとくべきだったかなぁ」
    ノアは一歩踏み出すだけでも霧散に舞う埃にケホケホと咳き込みながらカーテンが閉め切られた窓の前まで辿り着くとガタガタと開ける。窓の外は本降りと化した雨がさんざんと降っていた。
    「これは、しばらく降り続きそうですね」
    「そうですねぇ……」
    二人して、窓の向こうを覗き込みながらそんな平凡な感想を漏らす。
    部屋の中はベッドに机と椅子が3、4脚置いてあり、ジャックは比較的、壊れなさそうな椅子を選ぶと埃をサッと払ってから腰を掛ける。ノアはその向かいに置いてあったベッドに同じように腰掛けると二人は向かい合うような形になった。
    「ねぇ、死の芸術家さん。せっかくなんで雨が止むまで少しお話しませんか?」
    「良いですねぇ。私もあなたにはとても興味がありますから」
    二人は雨の音に耳を澄ませながらゆっくりとお互いに話し始める。
    好きなシェイクスピアの話や美味しい食べ物の話、最近あったことなど他愛もないことばかり。ふとした瞬間にジャックの好物がアップルパイだと話すとノアは一瞬、目を見開いたあと「そっか、貴方もアップルパイがお好きなんですね」とツルリと無機質だった黒曜石の瞳に一瞬、光が灯ったように見えた。思い出を懐かしむように
    優しい感情がわずかに瞳の奥に見えた。
    それは閃光のような瞬きで、すぐに掻き消えてしまう。それが少し名残惜しくもあったが、ジャックはそれ以上、触れることはしなかった。

    いつの間にか屋根を叩いてた音が静かなものに変わっていた。ふと開け放たれたままの窓を見ると、降り注いでいた雨は止んでいた。
    「……おや、止んだようですね」
    「あ、ホントだ」
    同じ様に気がついたノアが窓の外を確認すると、ベッドから腰を上げる。それが合図のようにジャックも立ち上がり玄関へと足を運ぶ。空はいまだに雲がかかっていたが、雨は完全に上がっていた。街のあちこちから雨宿りしていた人々が再び通りを歩き始めている。
    「それではノアさん。素敵な時間をありがとうございました」
    「こちらこそ、お話できてよかったです。次はちゃんとしたおもてなしができるように用意しときますね」
    「えぇ、その時を楽しみにしています」
    そう挨拶を交わすと二人は背を向ける。一度も互いを振り向くことなく、通りを歩く人々に紛れ込むとその姿はあっという間にロンドンの街に埋もれていった。
    それは少し不思議な雨の日の邂逅だった。
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