不眠症本歌と安眠剤写しのちょぎくにペタペタという足音が廊下から聞こえてくる。間もなく日付が変わる本丸の一室で、書物をしていた山姥切国広はその音を耳にすると、ハッと何かに気づいたように顔をあげた。
戻ってきたのだ、と理解するのと同時に急いで襖の前まで移動する。足音は段々と国広のいる部屋まで近づき、やがて、部屋の前でくるとピタリと止まった。
国広はさぁ来い!と言わんばかりに両手を広げて待機すると、ガラッと襖が勢いよく開かれ、銀色の何かがドサッと勢いよく腕の中に飛び込んできた。
「………………。」
「今日もお疲れ様だな、本科」
国広はそう言って、その銀色のもの__山姥切長義を労るように優しく声をかける。ついでに髪を梳くように撫でるが、その手の動きは慣れていないのかどこかぎこちない。
「……にせものくん」
やがて、ボソッとした声が腕の中から聞こえる。その声はどこか赤い疲労マークでも付いているような、魂が半分抜けきった声をしていた。
「聞いてくれよ、偽物くん」
「写しは偽物とは違うが、なんだ本科?」
「主くんってば、今日が期日の書類を持ってきてさぁ〜」
「そうか、それは大変だったな」
「しかも4枚もあって……。なんとか今日中に全部、書き終えさせて政府に提出してきたよ」
「そうか、さすが本科だな」
とろとろウトウトと微睡みながら今日の出来事を話す長義に、国広はゆっくりと相槌を打つ。もうそろそろだろうか、と国広が思っていると腕の中でモゾモゾと長義が身じろぎ、ゴロリと仰向けになった。銀糸の隙間から見える深い海の瞳が美しく見えた。
「偽物くん……」
「なんだ?」
掠れるような呟きに国広は耳を傾ける。そうでもしなければ取りこぼしてしまいそうで勿体ないと思った。
「偽物くんのくせに、きもちいいね」
「は??」
長義はそう一言、呟くやいなや瞼を下ろして、穏やかに眠った。
「……寝た、か?」
最後の言葉の意味は聞けなかったが、安心しきった寝顔を見せる長義に国広はほっと息を吐くと、マントや上着などを脱がせて、用意してた布団に寝かせたあげた。長義の本体を刀掛けに置くと、国広は彼を起こさないようにその隣に潜り込む。
「おやすみ、本科」
すぐ横で眠る長義にそっと声をかけて、照明を落とそうとするが穏やかに眠る寝顔から瞳を逸らせずにいた。もしかすると明日には見られなくなるかもしれないと考えると、照明を落とすはずの手は宙を彷徨う。
だが、いつまでもそうするわけにはいかない。やがて、彷徨っていた手は照明のスイッチに辿り着くと、フッと部屋が暗くなる。それでも、国広はわずかな月明かりを頼りにその寝顔を見続けた。