嫉妬ずかずかと立香の腕を引っ張ったまま、マイルームへ向かう。突然現れたオベロンの行動に立香は理解が追いつかないまま、足をもつれさせながらもなんとか着いていった。マイルームに辿り着くと乱暴にベッドに座り込み、立香を睨みながら見上げてきた。先程から何も発せないのが逆に無言の圧力を感じて怖い。
「本当、きみって奴は」
ようやく聞こえた声は明らかに怒気を含んでいて。全てが拗じ曲がってしまうオベロンにしては珍しく、本気で怒っているようだった。オベロンの異形の手が立香の右手を掴んで自分の方に引く。彼女の掌からふわりと漂う花の香り。リツカに染み付いたあいつの臭い。反吐が出そうだ。ついでに近付いてきた立香の顔面を空いている右手で掴む。俗に言うアイアンクロー。指先に僅かに力を込めれば非難の声が悲鳴と共に上がる。
「ぎゃっ!何怒ってるの!」
「はぁ?自分のしたこともわからないの?なら教えてあげるよ」
「なんだいマスター。私に何か用かな」
「いや、マーリンってさ、なんかフォウくんに似てるよね。ちょっと触ってもいい?」
「もちろんOKさ。私が女性からの誘いを断る訳ないだろう?」
「その言い方はちょっと不健全かな」
「おっと失礼。これでも夢魔だからね、女性をその気にさせるのは得意なんだ」
「少し黙っててくれる?ん〜、似ててもやっぱり手触りは全然違うなぁ。フォウ君の方が柔らかくて触り心地いいもん」
髪色やクセ毛なところは似てると思ったが、触ってみるとその差は一目瞭然。普段モフモフさせてもらっているフォウ君はふわふわして柔らかくていつまでも撫でていたくなるが、マーリンのそれ見た目は似ていても人間のそれに近い触り心地で。あからさまにがっかりした立香の頭を撫でながら「残念だったね」とマーリンはクスクス笑った。
そんな光景を見ていたのは妖精王だった。おそらく、彼以外に見られていたのだったら、なんの変哲もない、ただの日常のひとコマで終わっていただろうに。
「リツカ」
二人の間に割って入るとすごい勢いで立香の腕を掴む。そのままずんずんと部屋を連れ出される立香に花の魔術師は「いやぁ嫉妬の感情は心地よいね。特に自分に向けられるなんて久しぶりだ。よくわからないけどありがとうマスター」と呑気に手を振って見送った。
そして、冒頭に戻るわけだが。顔を掴んだまま、ベッドに押し倒すと「ぎゃっ」と色気のない悲鳴が上がる。そこでようやく解放してやれば状況を理解していないのが一目でわかるようなきょとんとした表情でオベロンを見上げていた。
「…えっと……」
「言い訳はある?まぁ、何言ったってこれからする事は決定事項だけどね」
「いやいや待ってよ!私別に悪いことしてないよね?」
「あの花野郎に触らせた」
「触らせた、って少しだけだよ?」
「ここも」
オレンジ色の髪を今度は壊れ物を扱うように優しく撫でると、立香の口から「んっ」とくぐもった声が聞こえた。すりすりと異形の方の手で頬を撫でればこの先の行為を期待したのだろう、蜂蜜色の瞳に熱が灯る。
「おべ、ろん。私は別にマーリンの、んんっ」
「うるさい、閨で他の男の名前を出すなんてよっぽどお仕置きされたいみたいだね?」
神経を逆撫でる事しかしない唇を塞いでしまえば、瞼を閉じてキスに集中しようとする立香に言い様のない興奮を覚えた。でもこれはお仕置きだから。彼女に気付かれないよう、道具作成のスキルを使って麻縄を作ると、素早く立香の両手を纏めて頭上で縛り上げた。
「えっ?ちょ、オベロン!?縄なんてどこから」
「言っただろう、お仕置きだって」
様々な異聞帯を踏破してきた歴戦のマスターである立香も、寝台で緊縛されるのは初めてなのだろう。僅かに恐怖が混じった視線に、この上なく甘い笑みを浮かべて答えてやれば、さらに怯えたように身体が震える。
「俺は妖精王オベロンだからね。道具の作成なんてお手の物さ。薬を作るのも結構得意なんだよ?花の汁がなくてもね」
濃い桃色の液体が入った硝子の小瓶。妖しく光る薬を立香に見せ付けるように軽く振ってみせると、ちゃぷん、と中身が揺れた。