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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.1.18。🦁さんの故郷捏造あり。☔️さんの誕生日話。

    ##雪三部作

    誰が為に雪は降る 獅子神敬一は、悩んでいた。
     時は、十二月の終わり。クリスマスを過ぎ、来るべき年末年始に向けて世間が騒がしさ増していく頃。
     なんせ、坊さん(十二月の旧暦師走の『師』は僧侶のことだと、教えてきたのは誰だったか)も走るらしいし。
     そういったある種浮き足だった世情の中、獅子神の頭を悩ませているのは全く違うことだった。
     年末年始については、既に慣れたこと。仕事の方は問題が無かった。
     或いは賭博を通して知り合った真経津辺りが、四人で年越ししよう〜等と誘って来る可能性はあったが……問題なし。
     年越しそばだろうが年明けうどんだろうがお節だろうがお雑煮だろうが、餅つきだろうがお屠蘇だろうがカウントダウンパーティだろうが、完璧に準備をこなす自信はあった。
     或いは、眼鏡のお医者様が、ステーキを焼くよういつもの調子で要求してきたところで……
     (……あー……)
     声が出そうになったのを、なんとか胸中で押し留める。
     そう、お医者様。
     或いは、賭場の化け物。
     或いは自分と叶共々、真経津に振り回される(いや、三人とも充分に楽しんではいるのだが(特に内一人は振り回される側ではない。断じて)一人。
     先日、タッグマッチで共に闘った、無敵とも思えるような観察眼を持つ男。
     村雨礼二。その人の誕生日について、である。
     (プレゼント……なぁ…………)
     当日は、四人で誕生会をやることになっていた。
     真経津と叶も大変ノリ気で、既にプレゼントを準備していると聞く。
     会場は獅子神邸。当然のように製作を任された、誕生日ケーキのイメージは決まっていた。あと何回か練習すれば、恐らく問題無いだろう。
     主賓となる村雨は、当日の話題となった時、いつもと変わらぬ表情に見えたが……その顔には、確かに喜びととれる色が浮かんでいることは、今の獅子神には読み取れていた。
     (何がいい……?)
     その色を読み取ってしまったからこそ、頭を抱えている現状である。
     当然ながら、必要な物は既に持っているだろう。
     適当な物で茶を濁すつもりは勿論無く。ケーキ係である以上、お菓子などの食べ物も躊躇われた。
     かと言って、花束を贈ろうと言うつもりもない。
     ならば……
    「……あーっ」
     足を止め、獅子神は頭を掻いた。
     ダメだ。俺には難問すぎる。
     参考になるかは、正直、アテにならないが……既にこの状況から脱出したらしい先人二人に、教えを乞おう。
     まずは、叶だな。
     考え、スマートフォンを取り出した。

    ****

    「礼二君のプレゼント? ああ、モチロン決まっているぞ!」
     獅子神を自宅に迎え入れた叶黎明は、自信満々にそう言った。
     敬一君はまだ決まらないのかな? と言う問いに、曖昧に頷く。
     参考までに、何にしたか訊いても良いか? と訊ねれば、「コレさ!」と取り出したのは手の平大の包装紙に包まれたプレゼントだった。
     掛けられた暗い紫のリボンは……何故だろう、ひどくアイツに似合う気がした。
    「メガネ拭きさ!」
     めがねふき、と口の中で繰り返す。
    「革製のポーチ付き! 礼二くんはいつも眼鏡をかけているだろう? 何枚あっても邪魔にならないね!」
     成程、と思わず感心する。
     思ってたより……いや想像以上にマトモなチョイスに驚いた。
    「いいな、それ」
    「そうだろうそうだろう」
     獅子神の称賛に、叶は満足げに頷いた。
     そして、どこからか名刺大の小さな紙を取り出す。
    「ちょっと細工して、一枚一枚の間にオレの紹介カードを挟んであるぞ!」
     いや。
     なんでだよ。
    「オレの顔写真は五種類ある。それに動画サイトのチャンネルに繋がるQRコードまで付いてる!」
     言いながら、五枚のカードを自然と獅子神に手渡してくる。
    「礼二君も、もっとオレを見ないと」
     叶のどこまで本気か分からない言葉は聞かなかったフリをして、獅子神は叶宅を後にした。
     さて。
     次は真経津だ。

    ****

    「村雨さんのプレゼント? コレだよー!」
     相変わらず雑多な物に支配された部屋の真ん中で、真経津は手近にあった何かを抱き上げてみせた。
    「……………クマ?」
    「抱き枕だよー!」
     ダキマクラ。
     オウム返しのように、単語だけを繰り返した。
     一mはあると思われる、布製品。なるほど、確かに抱き心地は良さそうである。
     表面にプリントされているのは、獅子神が先ほど訊ねたように、黒いクマだった。
    「そうだよ! 見かけた時、これしか無いと思ったんだよー。抱き心地がすごくいいし。それにこのクマ、村雨さんに似てるからね!」
     似てる?
     このクマが?
     あの、村雨礼二に?
    「似てるよ! この目とかそっくりだと思うなー」
    「……目?」
     言われて見てみれば、確かに……? なのか?
     ファンシーなキャラクターにしては、若干目つきが悪い……失礼。鋭い、暗い、いや、なんだ。とりあえず、無理やりに見れば、似てる、のかもしれない。
    「成程な……」
    「それにこの抱き枕、ラベンダーの香りがするんだ! 抱きしめて寝れば、安眠効果があるんだってさ」
     安眠効果。
     件の医者の、目の下の濃いクマを思い出す。
     それは確かに、最適な気がした。
     贈られる相手の体調を存分に気遣った選択と言えるだろう。
     村雨がこのクマ抱き枕を抱いて眠る姿については……一旦、考えないことにする。
    「でも、ちょうどいい所に来てくれたよ獅子神さんー」
     何処からとも無く、真経津が取り出したもの。
     大きな大きなラッピングパックと、金のリボン。
    「ラッピングは自分でしようと思ったけど、うまくいかないんだよね。獅子神さん、手伝って?」
     フハ、と、獅子神は思わず吹き出した。
     よし、と応え、ラッピングに取り掛かかるのだった。

    ****

     (……さて)
     ラッピングを完成させ、真経津の家を出た獅子神は車の中にいた。
     街の中を走らせ帰路に着く。細心の注意を払って運転しながら考えを巡らせる。
     二人とも、言っていた通り、既にプレゼントを決めていた。
     更に……甚だ失礼な言い回しではあるが…………意外と、贈られる相手のことを考えていた。
     そう。村雨礼二という男への思い遣りが、それぞれのカタチで顕れていた。
     じゃあ、自分は? と、考える。
     二人が村雨のことを考えたプレゼントを選んだように……いや、それ以上に。あの医者のことを考えて選びたかった。
     (………)
     車が赤信号で停まる。
     ハンドルから手を離さず、大きく息を吐いた。
     そうして、自覚する。これだけの想いを時間をかける程、掛け替えがないのだと。
    「あー……」
     片手で頭を掻く。
     信号が青に代わり、ハンドルに手を戻して車を発進させる。
     そうして、想う。
     この想いに関係に、今はきっと、まだ名前などない。
     それで、構わない。
     ただ、考える。
     アイツと組んで。その心に、強さの理由に触れた、俺だから。
     ほんの少しでもいい。
     ただ。一番近くに居ると、信じたい。
    「よし」
     タイミング悪く、再度、赤信号で車はとまった。
     何気なく、外を見る。ふと、見覚えのある景色に気が付いた。
     以前、雪が降った時。二人、一緒に歩いた場所だ。
     慣れない足取りの、生まれたての子鹿の方がまだしっかりしているぞと言いたくなるような有様に、腕を取って歩いたこと。
     そういえば、あの時、アイツ……
    「あ」
     ひらめきは、一瞬。
     安全運転を維持したまま帰宅した獅子神は、即、スマートフォンを取り出した。
     まずは、真経津と叶に、同じ内容を送信する。
     心配はあったが、二人とも、獅子神の願いを了承してくれた。曰く『誕生会を昼にして、夕方から村雨を俺だけに貸してくれないか』と、いうこと。
     叶からは『敬一君、一つ貸しだからなー!』と返信が入っていた。画面に向けて片手を立てて謝罪する。
     あとは、もう一人。
     そろそろ勤務時間の終わるだろう医者へ、手早く文章を打ち込んだ。

    ****

    「ん?」
     仕事を終えた村雨礼二がスマートフォンを手に取ると、メッセージの受信を告げる通知があった。
     獅子神からか、と、開く。
    「……?」
     内容を確認した顔に、疑問符が浮かぶ。
     文面はごく簡潔だった。
    『お前の誕生日の一月六日から、二,三日の休みって取れねーか?』
    「……フム」
     帰り支度をしながら、考える。
     ここ数日……いや数ヶ月、誕生日プレゼントを考えていたマヌケが、何かの回答を出したらしい。
     しばし、思考する。
     だが元より、断るつもりはあまり無かった。
    『承知した』
     返答は、一言。
     すぐに既読を示す表示がついた。
     獅子神からの返信が届く前に、追加で送信する。
    『何か必要なものは』
    『暖かい服装。重装備で頼んだ』
     成程。
    『承知した』
     再度、同じ返答を返す。
     即座に届いた『ありがとう』のスタンプに、口角が上がるのを自覚する。
    『年末年始を全て返上してでも、連休をもぎ取ろう』
     そう返せば。
     既読通知からやや間が空いた後……
    『ちゃんと寝てくれよ、村雨先生……』
     と届くのに。
     不覚にも笑いが溢れそうになるのを、抑えたのだった。

    ****

     そして、村雨礼二誕生日当日。
     昼からパーティは執り行われ、真経津・叶それぞれからのプレゼントが村雨に贈られた(抱き枕を抱えた村雨はちょっとした見ものだった)
     宣言通りに休みをもぎ取った村雨は、ここ数日の連勤の為か疲れは見えたが(獅子神にとってそれは申し訳なさを感じることではあったが)、楽しんでいることは充分にわかった。
     獅子神の練習の結果、生み出されたケーキも評判は良く。
     浮かれた空気のまま、夕方。誕生日会はお開きになり、真経津と叶は家路についた。
     獅子神宅に残るのは、家主の獅子神自身と村雨のみ。
     今は二人ソファに座り、カップを傾けていた。
    「……凄かったな」
     二人、沈黙のままでも決して居心地は悪くなかったが、獅子神は口を開いた。
     カップを置いた村雨が、小さく頷く。
    「ああ」
     ちら、と見た顔は、いつもと変わらぬ無表情。
     けれど、よく目を凝らせば分かる、瞳に映る感情の色。
     楽しかった、と、そこには確かに書いてあるのだ。
    「お前、あれどーすんだ? 真経津の抱き枕。抱いて寝るのか?」
    「厚意は汲む」
     笑いを堪えながら訊ねれば、どちらとも取れる返答が返ってきた。
     因みに、叶の眼鏡拭きの仕掛けについては……まだ気が付いていないようなので、黙っていることにする。
     そして。
     次は俺の番だと、獅子神は心の中で気合を入れた。
    「村雨」
     声を掛ければ、ん? と、下がり気味の眉の端が上がった。
     スマホ、手元にあるか? と訊ねる。
     手元に出したことを確認した後、獅子神はそこに向けてメッセージを送信した。
    「……」
     無言で、村雨が送られた内容を確認する。
     そこに表示されたURLをタップすれば……開いたのは、航空チケット。
     ここよりずっと北にある街へ飛ぶ便の、ファーストクラス。
    「これが、オレからの、誕生日プレゼントだ。村雨」
     同じ画面を表示したスマホを見せながら、伝える。
     コレが正解かなんて、分からないけれど。
    「オレ、の……故郷の街」
     あの雪の日に話した場所。
     今度行こうぜ、と伝えた街。
    「お前、疲れてるの分かってるし、無理に、とはモチロン言わねーけど。
     お前、あの時……」
     見てみたい、と。囁いた声を思い出す。
    「オレ、故郷に良い思い出なんかねーから、帰りたいって思ったコトなんか一度も無ぇんだよ。
     むしろ、近寄りたくもない場所でよ。
     でも、あの時、お前が……」
     見てみたい、と。そう、言ってくれたから。
     他の誰でもない村雨礼二が。たとえ何気ない呟きだったとしても、言ってくれたから。
    「もし、お前さえ無理じゃなければ、オレと……行って、ほしい、です」
     言い終えて、村雨を見る。
     最後は何故か敬語になってしまった。
     妙な緊張。
     ここ数日働き詰めだった相手に、酷だろうかと、心配になる。
    「……マヌケが」
     しばらくの沈黙の後。
     村雨が発したのは、そんな言葉。
    「私が、断るとほんの微量でも思ったのか?」
    「……は?」
    「自分の体調くらい管理している。確かに肉体的な疲労はあるが、移動する分には問題が無い。私のコンディションを考慮してファーストクラスか? その気遣いは有り難く受け取ろう」
    「え、おう」
    「行くぞ、獅子神」
     そう、告げる男の目の。ほんの少しも揺らぐことのない、真っ直ぐさ。
     ただ、凛と。けれど、そこに確かにある人間らしい温かさ。
    「あ、あー……」
     言葉は、うまく出てこなかった。
     ただ、胸がいっぱいになるとはこういうことなんだ、と。それだけを獅子神は自覚する。
     ああ。
     恐らく一生、どれだけ自分が強さを得たとしても、敵わないのだ。
    「ん、サンキュ」
     だから、言葉の代わりに笑ってみせた。
     飛行機の出発時間から逆算して、家を出る時間を考える。
    「村雨、あのクマ抱き枕は持ってくのか?」
    「………ファーストクラスなら、抱いて寝るスペースくらいあるだろう」
     そもそも持って乗れるのだろうか? それは、分からないけれども。
     回答に満足し、獅子神は再度笑った。
    「村雨」
    「……?」
    「誕生日、おめでとう」
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