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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.1.20。ピアノを弾く☔️先生が書きたくて。

    夢に見ている この大空に翼を広げ飛んで行きたいよ

    「お?」
     何処からか聴こえた複数の子どもの歌声に、獅子神は声を上げた。
     村雨と連れ立ち、真経津の家からの帰り。
     タワーマンションの並ぶエリアを通り抜け、少し街の趣が変わってきた辺りの場所。
     何処かの小学校の合唱か何かだろうか。
     よく歌われる定番とも思える唄が流れてきた。
    「どうした?」
    「あ? いや、この唄がさ……」
     言いながら、村雨を振り向く。
     口の中で、小さく「自由な空へ……」と転がす。
    「子どもの頃とか唄わなかったか?」
    「……ああ」
     覚えはある、と村雨は頷いた。
    「合唱コンクールとかな。クラスで一人がピアノを担当したり。クラスで唄う練習したりな」
    「私は、唄う練習はあまりしていない」
    「??」
     疑問符を浮かべる獅子神に気が付いたのか、村雨はあっさりと続けた。
    「その『クラスで一人』の方が多かった」
    「????」
     増える疑問符。
     しばし時間をかけて、医者の言葉を咀嚼する。
    「お前……ピアノ弾けんの?」
     やっと絞り出されたのは、そんな一言だった。
    「弾けるが」
    「お前、が、ピアノ……」
     似合わない、イメージできない、と続けようとして……脳内で浮かぶ光景に、首を傾げる。
    「いや、フツーに似合うな」
     育ちが良さそうでもあるこの男だ。それくらい嗜んでいても、大きな違和感は無い。
     どういう意味か訊いても? と目が言ってくるが、気が付かないフリをした。
     そのまま歩を進め、子どもたちの歌声も聴こえなくなった頃。「あなたは?」と村雨の声がした。
    「オレ?」
    「合唱コンクールの話だが」
     ああ、と頷く。なんだ、まだ話が続いていたのか。
    「オレは……」
     意識せずとも浮かぶ、記憶の断片。
     練習で帰るの遅くなることは嬉しかったこと。家に居る時間が短くなるのは助かった。
     クラスメートと一丸になることも悪くなかったかと。
     うまく大きな声で唄うなんてできなかったけど、それでも頑張っていたこと。
     私服の小学校で。コンクールの時には、みんな子どもらしくとは言え、綺麗な服を着て着飾っていたこと。
     父と母が観に来てくれる、と、期待して。けれども一度も叶わなかったこと。
     誰も居ないことが哀しくて、自分だけ格好が違うのが惨めで堪らなくて、結局一度もコンクールの舞台に立たなかったこと。
    「……忘れた」
     思い出した全て、今更言葉にしようとは思わなかった。
     ましてや、相手がこの医者であれば尚更、だ。
     自分の中の遠い日からの痛みを、診られたくはなかった。
    「ただ、そーだな」
     再度。口の中で「悲しみのない自由な空」と転がす。
    「ほんとーに自由なら、行ってみたいとは、思ってたよ」
     或いは、この哀しみが、全て無くなるのであれば。
     ワケわかんねーよな? と笑うのに、村雨からの返事は無かった。
     いつものように「マヌケ」と、言ってくれても良かったのに。

     -------
    「村雨さん、ピアノ弾けるんだねー?」
     真経津の声に、獅子神は顔を上げた。
     相も変わらずいつものように、四人集まる高層マンションの一室。
     様式美のように散らかり放題の部屋を片付けていた手を止めて、三人を見る。
    「嗜む程度だ。もう何年も触っていない」
     淡々と応じる村雨の声。
     それに叶が「礼二くん、ピアノ似合いそうだよなー映えがいい」と頷く。
     似合いそう、どうやら他の人間から見ても、そうらしい。
     なるほどな、と頷き片付けを再開すれば、真経津が変わらぬ調子で「聴いてみたいなー」と笑う声が聴こえた。
    「そうそう機会は無いだろう」
    「そうだよなー」
    「え? あるよ??」
     は? と。二人と一人の声が重なった。
     確かこの辺に……ゴソゴソと、獅子神がまだ手を付けていないエリアを真経津が引っ掻き回す。
     テーブルらしき家具の上に置かれた物を全て適当に降ろす。
    「ほら」
     テーブルと思われた家具の一部を上に押し開け、真経津は笑った。
    「それはピアノだったのか」
     村雨の声。
     部屋の隅に追いやられ、周りにも上にも荷物が溢れかえっている為、誰もそれの正体に気が付いていなかった。
     完全に意識の外にあったと言ってもいい。
    「音楽もやってみようかと思って買ったんだけど、忘れてた」
    「ピアノの上に物を置くな」
     立ち上がった村雨が、ピアノに近づきながら「マヌケが」と呆れた風に続ける。
     ポンポンと鍵盤を叩き「狂いは無いのか……? 奇跡だな」と呟く声。
     叶も近寄り、村雨に向かって「これで弾けるな礼二君!!」と催促している。
     録画モードにしたスマートフォンを構え、既に準備万端のようだ。
    「待て。私は弾くとは言っていない」
     流されて堪るか、と聴こえる村雨の声。
     それに、だよな。と頷きながら、獅子神もピアノへと近付いた。
    「えー」
    「それは無いと思うぞ礼二君ー」
     村雨を取り囲み、左右から責める二人。
     だが、この村雨礼二はその程度で前言を翻す男ではなく。
     しばらくは煩いだろうが、二人とも飽きて諦めるだろう。
     まぁそれでも、飽きるまで纏めて相手をさせるのも酷かも知れない。
     そう思い、「おい真経津、叶。そろそろ……」
    「わかった」
     間に入ろうとした獅子神と、村雨の言葉は同時だった。
     は?? と、思わず動きを止める。
    「弾いてやろう」
     答え、ピアノの前の椅子に座る。
     やはり、姿勢よく背筋を伸ばしたその姿は、ピアノの前にも相応しく見えた。
    「ただし、獅子神」
    「……は?」
    「唄え」
    「……………は!?」
     青天の霹靂。寝耳に水。
     この医者は今何を言った??
    「なんっでオレが!?」
    「私ばかりサービスして堪るか」
     あなたも道連れだ、と唇を歪めて笑われた。
     ああ、これ、拒否権が無いやつだ。
    「でもオレ、ダダダダーンとか唄えねーぞ?」
    「あれは唄う歌なのか?」
     呆れた声。
     最近の流行りなどは、仕事絡みでいつ唄う機会があるか分からないので、ある程度は把握しているけれど。
     まさか村雨がそんな歌を弾くはずねーし。
    「安心しろ。あなたも唄える」
     再度、笑い。
     叶と真経津から、二人交互に送られる期待の目が重い。
     それらを何も気にしてません、と言うように、村雨は指を鍵盤に乗せた。
     ポーン、と、音。
     こんなに真っ直ぐな音が出るのかと、驚く。
     そのまま、音の連なりはメロディとなる。
     辿々しさはない。もう何度も弾いたことがある、と自信に溢れた旋律。
     そして、獅子神も何度も聴いたことある曲。
     戸惑っていると、チラ、と村雨と目があった。
     金縁の眼鏡の奥の、暗赤色の瞳と見つめ合う。
     ああ、わかったよ、と。開き直った。

     今も同じ 夢に見ている

     声は、スムーズに出た。
     あの、小学生の頃、何度も何度も。
     ただ自分を見てくれる誰かに聴いて欲しくて、練習した歌。

     この大空に翼を広げ 飛んでいきたいよ

     歌いつつ、窓を見る。
     34階の角部屋からは、空が、とても近かった。

     悲しみの無い 自由な空へ

     ふと。
     耳に触れる、もう一つの声。
     低く、深く。獅子神の声を支えるように、補うように、響く歌。
     村雨の声だ、と。見なくてもわかった。
     ……合唱かよ。アルトとソプラノ、か。
     胸の中で呟きながら、声を聴き、声を出す。
     叶は熱心にスマートフォンで撮影し、真経津は楽しそうに聴いていた。
     空を見る。ここからは空は近く、けれど、空は遠い。
     哀しみが無くなるかなんて、分からないけれど。
     たとえ無くなることは無くても、生きていくなら、ここで構わない。
     ………あの頃の自分に、言い聞かせたいと思う。
     そう。ここにはこの声があるから。と。


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