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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.1.31。愛妻の日に、愛妻弁当の話を書きました。

    三等分の恋文「あなたの分だ、獅子神」
     そう手渡された弁当箱が明らかに市販弁当のソレではないことに、獅子神は戸惑った。
     昼時の、獅子神邸。
     食卓につくのは、家の主である獅子神と、正面に座って弁当箱を差し出してきた本人。
     金縁のラウンド眼鏡に見慣れたジャケット姿の、村雨礼二その人である。
    「??」
     疑問符を飛ばせば、訝しげに「要らんのか?」と問われ慌てて受け取る。
     食卓の上に置き、じっくり見た。
     木製の、楕円型。俗に言う、曲げわっぱ。
     こういう入れ物に入ったお弁当も或いは売っているかもしれないが、恐らく、違う。
     つるりとした蓋の表面に傷はなく、新品と思われた。
     正面を見れば、同じ物をもう一つ取り出した村雨が「食べないのか?」と首を傾げる。
     いただきます、と言って蓋を開けた。
     箸は、日頃から獅子神邸で食べる時に使っている物(村雨専用ももちろんある)を準備してある。
    「お」
     蓋を開けて中を覗き、獅子神は思わず声を上げた。
     目に飛び込んできたのは、黄・薄桃・緑の三色。炒り卵・鮭のほぐし身・絹さやの三色弁当だった。
    「三食弁当か」
    「ああ」
    「美味そうだな」
    「それは何よりだ」
     ん?
     自然な返答に疑問が浮かぶ。
     そもそも、最初に感じた違和感。新品の弁当箱。
     あと、定規で測ったように、きっちり三等分になっている、三色。
    「村雨」
    「なんだ?」
    「この弁当って……」
    「私が作ったが?」
     ワタシガツクッタ
     ワタシガツクッタ
     ワタシガツクッタ
     意味を飲み込むのに、脳内で三回唱える必要があった。
    「村雨が!?」
    「だから、そうだと言っている」
     なんでも無い顔をしながら、村雨は「いただきます」と手を合わせた。
     箸を手に取り、食べ始める。
     食べないのか? と、再度、視線で問いかけられた。
    「……いただきます」
     倣うように手を合わせ、箸を手に取る。
     まずは、炒り卵から一口。
    「あ」
     驚きは、自然と口から出た。
    「……美味い」
     そうか、と頷く医者を見ながら、噛み締める。
     お世辞では全くない。
     ほのかな甘味と出汁の香り。火の通り加減も申し分ない。
     味も濃過ぎず、下のご飯と一緒に食べるとちょうどよかった。
    「その、鮭だが」
    「ん?」
    「鮭は遺憾だが、瓶詰めの鮭ほぐしを振りかけた物だ」
     良い鮭を使ってはいるが、と続ける。
     なるほどと頷きながら鮭を一口。上品な味で美味い。
    「絹さやは?」
    「私が煮た」
    「へー……」
     あの、調理器具が全く無かったキッチンで、弁当を作る村雨を想像する。
     どうも、うまく想像できず、眉を寄せた。
    「母に」
    「?」
    「母に、レシピを教わった」
    「……」
    「電話で訊ねたが、口で説明できるはずがない、ととても丁寧なレシピが送られてきた」
     料理をする習慣がない息子に教えるならば、それくらいのフォローは必要だろうな、とは口にしない。
    「母は、いつも鮭を焼いてほぐしているそうだ」
     食べ終えた村雨は箸を置き、茶のグラスを手にする。
     一口飲み、少しばかり不本意そうな表情を浮かべた。
    「あまりいっぺんにやろうとしないように、と言う忠告だった」
     だから今回は、鮭は市販で諦めたということらしい。
    「なるほどな」
     同じく食べ終えた獅子神も、箸を置き茶を口にする。
     心地よい満腹感に包まれ、一息。
    「美味かった。ありがとな」
    「ああ」
     無表情に頷く医者の顔を、正面から見る。
     しばらく眺めてから、けれど読み取れずに思ったことを問いかけることにした。
    「でも、いきなりどーした? お前が弁当作るなんて」
     この医者の二九年の人生において、こうして弁当を作って持参することなどあったのだろうか。
     ましてや、誰かに食べさせる、なんていうことが。
    「あなたの」
    「うん?」
    「あなたの気持ちを、知ってみたいと思った」
    「オレの?」
     予想外の回答に、目を瞬く。
    「あなたは……私や、真経津や叶に料理を振る舞う時、とても良い顔をしている」
    「……は?」
    「特に、誰かが味を賞賛した時、だな……はっきりと口にしなくとも、気持ちが伝わる顔だ」
    「……オレ?」
     そんな自覚はなかった。
    「私の好む表情でもある」
    「!?」
     さらり、と続けられ反応が遅れる。
    「だから、私も、その気持ちを知りたいと思った。あなたを幸せにする、その気持ちを」
     眼鏡の奥の目が、真っ直ぐに見つめてくる。
     料理を作ることが、好きだった。
     うまくできれば満足し、食べるのは自分でなくてもよかった。
     いや。
     誰かが食べて、その『誰か』が、喜ぶのが好きだった。
     美味い、美味しい、と、食べてくれることが嬉しかった。
     特にこのお医者様が食べる姿も、「いただきます」と手を合わせる姿勢と声も、「美味い」と眉を下げる表情も、好きだった。
    「……それで」
     頭を抱えたくなる衝動に耐えながら、訊ねる。
    「実践して、感想は?」
    「そうだな……悪くはないな」
     お茶を飲み、だが、と続ける。
    「私は……やはり、あなたの作った料理を食べる方が、性に合うらしい」
    「……?」
    「あなたが私のために作ったものを食べて、その私を見ているあなたを見ている方が、やはり私は好きだ」
     すとん、と。
     獅子神の中に、その言葉は落ちてきた。
     空になった曲げわっぱの弁当箱を見る。
     自分のためにこの男が拵えてくれた弁当は、本当に、心から美味かったんだけど。
    「……そっか」
    「だから、夕食はあなたに期待している」
     当然のように続けられた言葉が。
     何故だろう。本当にどうしようもないくらい、嬉しかった。
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