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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.2.5。冬至の話。「おかえり」「ただいま」

    死神は柚子湯に入らない その日、村雨礼二は疲れていた。
     日中、簡単な物も含めて手術が五件。それ自体は特段、珍しいことではないが、緊急も多く、ロクに座る時間がとれなかった。
     また、昨夜の銀行での賭博もある。
     負傷は大きくなく、疲労もさほどでもなく。問題なく業務にあたれると自己判断していた。
     元々、本業に支障をきたすような愚かな遊び方はしておらず、そもそも大事をとって休みにはしていたのだ。
     体調を崩した同僚の代わり、と呼び出しがあり応じたが……いや、それ自体も諦めはつく。出勤可能と判断したのは自分なのだ。
    「……」
     やっと手が空き、自分の席へと腰掛けたのはもうとっくに日が沈んだような時間だった。
     常であればピンと伸びた背から、若干緊張が抜けていることを自覚する。背凭れに背を預けると、椅子が抗議するような音を立てた。
     眼鏡を外し、眉間に指を添えて軽く揉む。
     自分は今、疲れている。その診断は間違えようがなく認めるしかなかった。
    「……?」
     眼鏡を掛け直し、息を吐く。ふと、デスクの上のスマートフォンの通知に気が付いた。
     LINEの受信を知らせる表示。グループLINEへの投稿で、送信者は三人。
    『獅子神さん、今日は冬至だよ! カボチャの煮物作って!』
    『冬至なら柚子湯も欠かせないな!』
    『オメーら、風呂まで入ってくつもりかよ』
     いつもの、彼ららしいやり取りの文字を追う。
     タイムスタンプを確認すれば、やり取りが行われているのは数時間前のこと。
    『カボチャ買って行くから! お願い、獅子神さん』
    『柚子も用意するぞ!』
    『まぁ、いーけどな……但し、一番風呂は村雨に譲れよ』
     唐突に自分の名前が出ていることに、軽く驚く。
     会話に参加していない、行くとも言っていない状態で、何故一番風呂という話になるのか。
    『えー? なんで村雨さん?』
    『礼二くんばかり特別扱いずるいぞ敬一くん!』
    『違ぇーよ アイツ、昨日は賭博だったし、今日は緊急で出勤だっつってたから、間違いなくオマエらより疲れてるだろーが』
     この後は、真経津と叶が渋々ながら納得したような流れで終わっていた。
     特に、来るか? とも、来ないか? とも個別を含めて連絡はない。
    「……」
     スマホを一旦デスクに置き、思案する。
     今日は、疲れていた。
     獅子神邸はここから遠くはないが、その後自分の家に帰る手間を思えば、少し躊躇する気持ちはある。
     今日は誰にも関わらず人と接することに頭を使うことなく、自分の為に身体と精神を休めたかった。
    『……死神』
     ふと耳に響く。昨日の対戦相手から向けられた言葉。
     淡々と相手を追い詰める村雨に恐怖を感じたのか、怯える目でそう断じていた。
     逆転の芽も完全に潰された、格下の煽りだ。特に傷付くはずもなく、淡々と勝負を進めて勝利した。
     そう、何も、問題は無いはずだ。
     ふぅ……と小さく息を吐く。
     やはり今日は断りを入れよう。そう思ってスマートフォンを手にする鼻先に、何やら爽快な香りが触れた。
     顔を上げて辺りを見渡せば、薄い黄色の球体を手にした同僚を囲む数人の人だかりが見えた。
     患者さんから渡されて、断れなくて……と言う声が聴こえる。
     上品さを感じさせる、爽快な香り。
     しばらくそれを味わってから、村雨は席を立った。
     スマートフォンをポケットに放り込み「お疲れ様」と周りに声をかけて足早に部屋を後にする。
     自然と。足が少しずつ速くなることを、実感していた。

     *****

     料理の仕上げをしつつ、獅子神はちらっと時計を見た。
     二〇時近く。
     既に村雨の退勤時間は過ぎているだろう時間。スマートフォンに何も受信が無いことは、つい先ほど確認した。
     リビングでゲームに興じる真経津と叶を見つつ、ため息を吐く。
    「今日は、来ねーかもな……」
     元より、『来い』ともを『来るか?』とも言っていない。
     ただ、真経津と叶が準備した柚子は、思ってたより香りの良い物だった。
     だから、一番香りが良いだろう一番風呂を、アイツに使って欲しいなと思って。
     カボチャの煮物もうまくできたし……念の為に肉も焼いた。
     そう、あのお医者様が、いつ現れてもいいように。
     (……ま、しゃーねぇか)
     諦め、真経津と叶に先に風呂に入るように声をかけようと口を開く。
     それを、遮るように。
     響いた玄関のチャイム。
    「あ!」
    「来たか」
     真経津と叶の声を背に聞きながら、廊下を走る。
     ディスプレイを見なくても、そこに誰が居るか確信はあった。
     玄関まで辿り着きドアを開ける。
     そこにはやはり、金縁眼鏡のお医者様が立っていた。
    「よう、お疲れ」
     声を掛ければ、ゆっくりと眼鏡の奥の目が瞬いた。
     ああ、と小さく応える声。
     ん? とよくよく観察してみれば、微妙に息が上がってるように思う。
    「村雨、走ってきたのか?」
    「そんな、わけあるか。マヌ、ケめ……」
     反論してくる声の切れ切れ具合が、こちらの言葉を肯定してくる。目にかかる黒髪を払ってやれば、汗でやや湿気ていた。
    「あ、村雨さん」
    「礼二くん、お疲れー」
     獅子神の背後から、騒がしい声が響く。
     息を上げていた村雨が、それに少しばかり笑ったように獅子神には見えた。
    「風呂、入れよ。ちょうど沸かしなおし……」
    「…………か?」
    「?」
     小さく問いかけられた言葉が聞こえず、疑問符を浮かべる。
     不思議に思い見返せば、表情の無い顔で、村雨はもう一度問いかけた。
     曰く。
    「私は死神か?」
     と。
     問いかけてくる眼差しは静かで、特に感情の揺らぎは見られない。いつもと何も変わりのない村雨礼二。
     誰が見ても、そう判断しただろ。そう、問われたのが、この三人以外であれば。
    「あー……」
     頬を掻き、獅子神は笑った。
    「柚子湯に入りたいからって、疲れた顔で走ってくる死神は居ねーよ」
    「クマが五割増しだぞ礼二君! 早く柚子湯に入るといいぞ!」
    「柚子、良い香りだよー。次はボクが入るから、村雨さん早く入ってね」
     三者三様の回答に、医者は何を思ったのか。
     家の中に踏み入りながら、「マヌケが、一番風呂は身体に悪いというのを知らんのか」等と言っている。
    「でも、今日は礼二君が一番風呂だぞ 敬一君が『疲れてる村雨が優先!』と譲らなかったからな」
    「ボクたちが柚子を準備したのにねー」
    「いや、オレは別に村雨が特別ってわけじゃ……」
    「私も読んでる内容について、今更隠す意味があるのかマヌケが」
     言い返してくる様は、いつもの村雨と全く変わりはない様子に見えた。いや、叶の指摘の通り、クマがだいぶ増えてはいたが。
    「あ」
     ふと、気付く。
     腕を伸ばし、村雨の背にトン、と軽く触れた。
    「おかえり、村雨」
    「あ! ほんとだ。おかえり、礼二くん」
    「村雨さん、おかえりなさいー」
     コートを脱ぎかけていた、村雨の動きが止まる。しばし、言葉を咀嚼するような、そんな気配が続き。
    「ああ……ただいま」
     ふっと、笑う。
     今、そこに居るのは死神でも天才外科医でも賭博の災害でも無い。
     ただの村雨礼二その人だ。と、獅子神は思った。
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