1=1/2+1/2「勝者、獅子神敬一様」
コールとと同時、ワッと悪趣味な仮面を付けた奴らの沸く声が聞こえた。
勝利したオレを、称える声。
けれどオレの心は、そんなものに全く高揚しなかった。
何故なら、対戦相手は……オレに、負けたのは。
「敗者、村雨礼二様。これがさいごのペナルティになります」
さいご?
銀行員の発する言葉の意味が、わからない。
「むらさ、め……?」
呼ぶ声が震える。
影になっていて、アイツの顔は見えない。
ただ静かに立ち上がり、観客を振り返った。
そのまま、足を進める。
二度と戻れない、終わりに続いてる道だった。
「……まて、よ」
立ち上がる。
その声にも、やっぱり村雨はこちらを見ない。
なぁ、今、どんな顔してんだよ?
なんで何も言わねーんだよ。
「村雨様、何か言いたいことがあれば聴きますよ」
さいごなんで。
ピクっと、村雨の耳が震えたことがわかった。
ただ「何も……」と拒否しかけたのが、何か思い出したみたいに首を振る。
「あなたが継げ」
あ。
一言。
たぶん行員も、VIPも、意味のわからない言葉。
それを分かるのは、受け取れるのは、オレだけで。
「………ッ」
バン!
と、力任せにテーブルを叩いた。
音に大勢がこちらに向く。
いくつもの視線が突き刺さる。
「まてよ」
オレの声は、たぶん、悲鳴そのものだ。
「……オレも、一緒に入れろ」
「はい?」
続けた言葉に、訝しげな顔を浮かべる司会の声。
唇を歪めて、吐き捨てる。
「『オレも一緒に死なせろ』て言ってんだ」
視界の端で、村雨の肩がビクッと震える。
「勝負に勝った敗者の恋人が『一緒に死にたい!』つってんだ。いい見せ物だろ?」
できるだけ不遜に見えるように言い放つ。
まだ、村雨はこちらを見ない。
「それも悪くは無いですが……二人同時にギャンブラーを失うのは損失ですし……」
対照的に、司会の声冷静だった。
「愛する人を『殺さないで!』と懇願して頂くのも、素晴らしい見せ物です」
一気に、全身の血が沸騰した気がした。
ああ、そうか。
そーゆーことなら仕方ねーや。
「なら、オレ今ここで死ぬわ」
言葉は、自然と出てきた。
ポケットからナイフを取り出して、自分の首に当てる。
前に真経津から聞いたことがある。「簡単に持ち込めたよー」と、教えてくれたアイツに感謝だ。
「……」
さすがに司会も読んでなかったのか。
フロア全体が凍りついた一瞬に、オレはテーブルを飛び越えた。
何にぶつがろうがお構いなしに「村雨!」と呼びかけながら駆け寄る。
追いついたのは、死へ誘う場所の一歩手前だった。
「村雨……」
「………ッ」
呼びかけると、ようやく村雨は振り向いた。
ヒビの入った金縁眼鏡の奥で、赤い目が燃えている。
「この……マヌケが………………っ」
こんな風に取り乱す村雨礼二を、たぶん初めて見た気がする。
「フザケるな 私が、なんで……私が どんな、想いで……ッッ」
「………知ってるよ」
ナイフを捨てて。こちらを突き飛ばそうとする手を捕まえて。
白い手に、口付けた。
「知ってんだよ」
真っ直ぐに、見つめる。
そう、今日だって、本当は村雨は勝てたんだ。
コイツは、いつだって、まだまだ、オレより強い。だから、勝ったのは村雨のはずだった。
ただ、村雨の願いが、それを阻んでいた。
オレを殺せない、て一点だけが、勝利を村雨から奪い去った。
「全部、知ってるから」
オレも、それに気が付いた。
受け取ってしまった。
村雨礼二の、唯一にして絶対の、心からの願いごと。
あなたは生きろ
だから、オレは勝つしかなかった。手加減とか、できる筈も無かった。
そう、オレが生きることが望みだから。それを、オレが叶えないわけにはいかないから。
「けれど……悪ぃ」
唇を離し、口づけていた手をグッと握る。
絶対に離さない、てオレの気持ちだけでも伝わるように。
「やっぱ、無理だわ」
お前の……村雨礼二のいない世界で生きていく自分なんか、逆立ちしたってイメージできねーんだよ。
「……あなたは……」
「オマエまで……」
何か反論してくるのを、遮る。
畜生、声が震える。
「オマエまで……オレ、置いてくなよ」
笑ってみせる。
暗赤色の目が、大きく見開かれる。
オマエ、そんな顔もできたのか、と。こんな時なのに笑えて仕方なかった。
「なぁ、村雨」
「……なんだ」
「愛してる」
繋いだ手を、硬く硬く握る。
嗚呼、オレは今うまく笑えただろうか。
声は震えていなかっただろうか。
胸を張れているだろうか。
オマエに誇れるオレで在れてるだろうか。
「だから……ずっと一緒だ」
そっと。額に口付けた。
「……あなたは…………本当に、マヌケ…だっ…」
心から吐き捨てたような声に、悪ぃと応える。
でもマヌケだからお前を一人で逝かせないで済むなら、マヌケで大いに結構だ。
「獅子神」
「ん?」
「……愛してる」
「……オレの方が愛してるよ」
それが、さいごの愛の言葉。
二人揃って、足を踏み出す。コレがオレたちの、さいごの一歩。
けれど。この手は、何があっても離してやらない。