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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.2.28。VD軸。お題『☔️先生にムラムラさせられる🦁さん』

    ##VD軸

    ハッピーデイズはままならない 村雨礼二は悩んでいた。
     年下の恋人、獅子神敬一についてである。
     いや、彼自身に大きな問題がある、というわけでは決してない。
     バレンタインデーに想いを伝え伝えられ二週間……二人の日々は、穏やかと言えた。
     勤務医である村雨の休みに合わせ、二人で会う。少々の遠出をすることもあれば、仕事の後に共に食事をし、どちらか(概ね、獅子神の家)に泊まるだけの日もあった。
     そうやって、ごく自然と。獅子神は村雨の生活に入り込んできた。
     仕事で数日会わなくとも、機嫌を損ねることもなく。デート前やデート中に急な呼び出しに応じることになっても、不満を口に出さない。
     村雨が趣味の手術に勤しみたい日には、自然と連絡を控え……けれど、こちらの体調を気遣うことを忘れない。
     そう、何も不自然さを感じさせることはなく。ごく自然と、そこに存在する。
     けれどその癖、二人で会う時は……
     (……)
     そこまで考えて、誰も居ない自室で額を押さえた。
     眉間を指で揉むようにしながら……己の顔の、温度の上昇を自覚する。
     鏡が無くてよかった。そんなことを、考えて。
    「……ああ」
     小さく、漏れたため息。
     いや、それは『ため息』と表現するにはいささか優しすぎるのかもしれないが。
     恋を自覚した臆病者は、感情をぶつけることに全く、一かけらの躊躇いも遠慮もないのだ。
     決して、いつもいつも口に出すわけではない。
     けれど、隣を歩いている時。向かい合って食事をとる時。同じベッドに横になる時。ほんの何気ない日常の中で……常に、好意をぶつけてくる。
     好き。
     愛してる。
     愛しい。
     大切。
     大好き。
     人の気持ちを読むことに長けている村雨でなくても、誰でも分かりそうな程の、温度を伴ったソレ。
     言葉にされない言葉。
     あまりにストレートにぶつけられるので、私は節分の鬼か? と言いたくなる。或いは的あての的でもいい。もしこれがドッジボールであれば、村雨は一秒だって内野に立っていられない。
     本当に。時々、溺れそうになる。酔いが回る。
     その「好意」の心地よさに。
    「……」
     そう。自覚し、一切を隠さない恋人からの想いはわかりやすく。村雨も、それに及ぶとは思えないが……自分なりに、愛を注ぎ続けている。
     二人の恋人生活は甘く、穏やかで、順調のはずだ。
     ある、一点を除いては。
    「……」
     両手の指を合わせて、村雨は思考する。
     現状を把握し、己の希望と恋人の想いを考慮。冷静に診断を下す。
    「……よし」
     そうして。一つ、決断した。

     **

     Act.〇一
     外出デートの日。
     二人で並んで歩きながら、村雨から手を握ってみた。
     ただ握るだけではなく、恋人繋ぎである。
     獅子神は大層嬉しそうに笑って……手をつないでデートし、お互い帰路についた。

     Act.〇二
     お家デートの日。
     並んで座っていた獅子神の頬に触れてみた。
     手が冷たすぎないか? と心配され、夕食は生姜多めのみぞれ鍋になった(美味しかった)。

     Act.〇三
     獅子神が車で迎えに来た日。
     赤信号で車が停まり、獅子神がこちらを見たタイミングで、シャツのボタンを三つほど外してみた。
     暑いのか? と心配され、車内の暖房の温度が下げられた(寒かった)

     Act.〇四
     一緒にお風呂に入った。
     浴槽の中で後ろから抱えられるようにして、逞しい胸に凭れて湯につかるのは気持ちよかった。
     髪をとても丁寧に洗ってくれた。
     あがってすぐ、二人並んで仲良く寝た。

     Act.〇五
     獅子神が職場に迎えに来た日。
     敢えて「今日は歩きたい」と予め伝え、道に迷ったふりをしていかがわしい場所を通りかかった。
     わざと「疲れた」「休憩したい」と言ってみたが、体力の無さを呆れられた。
     その後滅茶苦茶に心配されて、早々に帰宅。肉にありつく間もなく、寝かしつけられた(肉は次の朝食べた)

     Act.〇六
     失敗

     Act.〇七
     敗北

     Act.〇八
     達成ならず
     ・
     ・
     Act.二五
     そろそろ数えることをやめたい。
     ・
     ・
     Act.xx
     その日。村雨は叶と真経津と共に真経津の自宅で飲んでいた。
     そして、潰れた。
     元々は獅子神村雨の交際について知りたがった二人からの誘いであり……
     最近の状況について(主に村雨自身の『努力』について)語ってみれば、叶黎明から出たのは「……礼二くん、中学生か?」という言葉だった。
     決して、気分を害したわけではない。断じてそういうわけではないのだが……気が付いた時には、常にないスピードでグラスを空けていた。
     元々それほど、酒類に強くない自覚はある。
     だから自制も常にしているはずで……筈で。
     そんな状態だから目の前に獅子神が現れた時は、夢だと思ったのだ。
    「お、敬一くん。お迎えお疲れだなー」
    「叶がオレ呼んだんだろーが」
    「このまま転がしておいた方がよかったか?」
    「いや、そういうわけじゃねーけどよ……」
     ふわふわした世界の向こうから聞こえるやりとりを、ぼんやりと聞く。
     潤んだ視界の中、こちらを気遣うように顔を覗き込む獅子神は、とても美しく見えた。
    「村雨さん、何かに悩んでるみたいだよー? 獅子神さん、聞いてあげたら?」
    「あ? 悩み……?」
    「晨くん、教えてあげるなんて優しいなー」
     真経津、余計なことを言うなという意識が頭の片隅で働くが、〇・三秒後にはどうでもよくなる。
     だって、今は目の前に獅子神がいるし。
     何故か呆れたような顔をしているけれど、頬を触れてくる指先が、いつもと違って気持ちがいいし。
    「ししがみ。ずいぶんと、指がひんやりだな……」
    「オメーが熱ぃんだよ……ほら、帰るぞ」
     かえるぞ。
     その言葉が、なんだかとても嬉しくて。
     ふわふわと揺れるまま、ふんにゃりと笑った。
    「帰る。かえって、一緒にねる」
    「……」
     パっと。
     目の前の獅子神の顔が真っ赤になった。あなたも酒でも飲んだのか……? と、いつもなら出てくる皮肉めいた言葉も出てこない。
     己の頭を乱暴にかき回す彼をぼんやり眺めていれば、当然のように抱き上げられた。
     背に感じる逞しい腕が心地よくて、途端に眠気に襲われる。
    「んじゃ、連れて帰るわ。またな、叶。真経津」
    「おつかれー。酔いがさめた礼二君の様子、教えてくれよ」
    「……コイツが覚えてたらな」
    「気をつけてね、獅子神さん」
    「おう、またな」
     そんな声を、聴いたのが最後。
     ぷつん、と村雨の意識は途切れた。

     ****

    『礼二くんが潰れたから、晨くんの家に迎えに来て』
     その日、夜遅くまで仕事をしていた獅子神は、叶からのメッセージに目を疑った。
     潰れた? 村雨が? あの村雨礼二が?
     酒類にそれほど強くないということは、付き合いの中で察してはいた。それでも、自制できる性格のはずで。
     半信半疑で迎えに行けば、確かにトロンとした目の恋人が、無防備に自分を待っていたわけだ。
    「よっと……」
     自宅まで村雨を連れ帰り、獅子神は抱き上げていた身体を横たえるように、ソファにおろした。
     電気を点け、キッチンに行きグラスに水を用意する。
     そうしてソファに戻り、少し服装を楽にさせようか、と想い村雨を見ると、紅い瞳と目が合った。
    「お ……て。起きてたのかよ」
    「……ああ」
     応じてくる声は掠れ、常よりも低い。
     先程までのくてんくてんではないようだが、潤んだ眼はまだ酒気が残っていることが明白だった。
     グラスにストローを挿し、先を口元へ持っていく。
    「ほら、少しでも飲めよ」
     声をかければ、おとなしく従った。
     寝ている姿勢のまま、ストローを咥えて水を吸う。
     半分くらい減ったところで飲むのをやめたので、グラスをテーブルへ。
     熱い村雨の呼吸音だけが、静かな室内に響く。
    「オマエ、その恰好苦しくねーか?」
     返答はなかったが、拒否もされないので、シャツのボタンに指を伸ばす。
     上から三個ほど外してやれば、細いうなじと、肌蹴たシャツの隙間から白い胸元が覗いた。
     今は酒の為か、うっすらと朱を帯びている。
    「……ッ」
     ごくり、と。
     意識せず、生唾を飲み込んだ。
     そんな獅子神の様子を、目の端に朱色を乗せた、潤んだ紅玉の目が捉える。
    「……あなた」
    「あー……もう寝るか? お前酔ってるし、風呂はまずいよな」
    「獅子神」
    「明日、朝、まだ調子悪そうならオレがまた洗ってやるよ。明日は休みだったよな?」
    「獅子神」
    「にしても、オマエ、なんでそんなに飲めないのに……」
    「ししがみ」
     村雨から迸ったその声は。
     どこか悲鳴のようだと、獅子神は感じた。


    「ししがみ」
     何かから逃げるように、喋り続ける声を止めたくて。
     ふり絞るように出した声は、我ながらどことなく悲鳴のようだと村雨は思う。
     丸くなる碧い目に……パチン、と。心の中の何かが弾けた。
     恋人同士になって二週間あまり。
     獅子神からの好意は真っ直ぐで……甘くて。偽りも裏表も何も無くて。
     溺れそうで、酔いそうで。
     でもだからこそ、ずっと、言いたくて……言って欲しくて……言えなかった言葉がある。
     ああ、なぜ。こんな、生娘じゃあるまいし、こんなことで悩み続けているんだろう。
    「……あなたは……」
     でも。もう、もはや。
     酒の助けを借りるくらいしか、この想いをあなたに見せる自信なんて無いのだ。
     だから腕で顔を隠して。真っ直ぐな、誠実な碧い瞳から逃れるように。
    「……あなたは……いつ、私を抱くんだ……」



    「……あなたは……いつ、私を抱くんだ……」
     ……は?
     村雨の、切実な叫びを聴いて。
     意味を理解するのに、獅子神は数十秒の時間を必要とした。
     今、こいつは何て言った……?
     何回も目を瞬く。
     頬が、カッと熱くなる。
     村雨を見れば、顔は腕でほとんど覆われていて見えなくて……けれど、見える範囲の頬や首筋が赤い。
     それが酒のせいだけではないことは、獅子神にもあまりに容易く察しがついた。
    「……村雨?」
     肩で息をしていた村雨が、ガバっと跳ね起きた。
     と、同時。ぼふっと顔面にクッションが叩きつけられる。
    「わた、私は……あなたの、恋人、だろ……!」
     そう、叩き向けるような村雨の声には、いつもの無表情で落ち着き払う、冷静な男の顔なんて何処にも無かった。
     ただ慣れない恋に戸惑う、どこか泣き出しそうな、迷子のような表情があるだけで。
    「……」
     だから。
     何も言わず、膝に落ちたクッションをどけ、距離を詰める。
     腕をとり、指を絡めて、離れないようにして。
     薄い唇に唇を押し付けた。
    「……ッ」
     びくん、と村雨の肩が震えた。
     軽く唇を舐めてやれば薄く開く。そこに、舌を捩じ込んで。
     舌を絡めて、吐息を交換するように。歯列をなぞり、上顎を撫ぜる。
     好きだ、と。それだけを心の中で繰り返す。
    「……ッ」
     上手く鼻呼吸がてきないのか、村雨の呼吸が限界に近いことが伝わる。
     名残惜しさを感じながら唇を離せば、ツッ……と、唾液の糸が二人を繋いだ。
     掴んでいた手を離し。肩で荒い息をする、細い身体を抱きしめる。
    「……悪ぃ」
     漏れたのは、そんな言葉。
    「オレ、ずっと、オマエ抱きたくて……でも……」
     怖かった。
     拒絶はされない自信があった。本当はこの数日、村雨の一挙一動が、獅子神の欲情を掻き立てて仕方なかった。
     それは間違いなく、村雨が意識してやっていることだと、気が付いていて。
     ただ。抱かれる方……受け入れる側の負担を、獅子神は知っていた。経験はもちろん無いが、知識として持っていた。
     それを、受け入れてくれと、言い出すことができなかった。
     村雨礼二を傷つけることは、たとえそれが自分であれ許せなかった。
    「でも……そうだよな。オマエ、『私を好きにするといい』って、言ってたもんな……」
     バレンタインデーの、ホテルの屋上。
     想いを伝えて伝えられ、世界が一番幸せに満ちたあの夜。
     確かに、村雨はそう言っていた。
    「……マヌケが……っ」
     忘れていたのか、と。
     責められる語気に、反論できる言葉はない。
    「悪ぃ」
     だから、もう一度謝罪して。
     コツン、と、額に額をぶつける。
     常より高い体温が、触れた箇所から伝わってくる。
    「ちゃんとするよ……オレが」
    「……当たり前、だろうが」
    「うん。だよな……ただ、さ。村雨」
    「……なんだ」
    「今度のオマエの休み……じゃ、ダメか?」
     問いかけ。
     拒否される前に、唇を唇で塞いだ。
     触れるだけのキスをして、吐息のように小さく笑う。
    「だって。オマエ、今、酔ってるからさ……」
    「私は酔って、など……」
    「酔っ払いはみんなそー言うんだよ……」
     呆れと愛しさが混ざり合う。
     硬い黒髪を、くしゃりと撫でる。
    「もし、今、オマエとそーゆーことして……明日の朝酔いが覚めて……万が一、オマエ覚えてなかったら、哀しいからさ」
     ゆっくりと目を瞬いてから、照れたように笑う。
     そうすれば、酔っ払いの医者はぽかんとした顔を晒しており。
     そのあまりの人間臭さが、賭場とのギャップが、おかしくて堪らなくて。
     ああ、この顔を知るのはオレだけなんだと。そんな想いが溢れて止まらなくて。
    「……な?」
    「……承知した」
     目を覗き込んで問い掛ければ、こくんと一つ頷いた。
     そのまま、かくんと額が肩口に落とされる。
    「……村雨?」
    「ねむい」
    「ああ……だよなー……」
    「ししがみ」
    「ん?」
    「さむい。一緒に寝ろ」
    「……はいはい」
     センセイの仰せのままに。
     答えて軽い身体を抱き上げ寝室に向かう。
     思えばこの男の身体を抱いて歩くのに、だいぶ慣れたものだと気付く。
    「ししがみ」
    「どーした?」
    「次の休み……絶対だぞ」
    「お、おう。わかってるよ……」
     危うく落としそうになるのを、なんとか耐える。
    「ししがみ」
    「今度はどーした?」
    「……ちなみに、準備はもうすすめてある」
    「……は、ぁっ」
     今度こそ落としそうになるのを必死で耐えて。
     耳元で囁いた男を責める想いで睨みつける。
     ああ、それなのに。
     恋人の目はまだ酔いに浮かされている筈なのに……確かに唇を上げ、笑ったのだ。
     私が人体ついて理解していないとでも? とでも言いたげに。
     その余裕の表情が、憎らしくて愛おしくて仕方がなくて。
     頭を抱えたくなる衝動に、ただ必死に耐えていた。
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