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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.3.23。単語お題⇨「夜中」

    願いごと、3度「あーあ」
     夜のおそい時間。いつもならとっくにねている時間、けいいちはがっかりした声をあげた。
     まっくらな夜の空をみあげて、ためいきをつく。
    「星なんか、ぜんぜん見えないや」
     せっかく、こんな夜中に、家をぬけだしてきたのにな。
     そんなふうに思いながら、うすっぺらなコートをきた肩を自分でだきしめて、ぶるっとふるえる。
     12月の夜は、とてもさむい。
     家のなかだって寒いけれど、それよりもっともっと寒かった。
     でも、今日は星がみられる、て、学校のみんなが言っていたから……せっかく、ぬけだしてきたのにな。
     今日も、おかあさんは家にいなくって、かんたんに出てくることはできたけれど。
     でも、ざんねんだな……と、けいいちはかなしくなる。
     ぼくも、星をみたかった。
     ながれ星がたくさん見える、て、クラスメートがはなはしていたのを、きいたんだ。
     いっぱい見えるなら、もしかしたら願いごとを3回となえることも、できるかもしれないって。
     でも、さむいなかずっと待ってみても、ながれるお星さまは、ひとつも見えなかった。
     寒いし、もうかえっちゃおうかな。
     そんな風なおもって、でもあと一回だけ、て、空をみあげた。
     がんばって、しっかり見れば、お星さまは見えてる……と思う。
     でも、流れるお星さまは、やっぱりみえない。
    「おとなになったら……みえるのかな」
     ぼくが、こどもだから、みえないのかな。
     そんな風にがっかりして……帰ろうとしたけいいちに、「ねぇ」と、だれかが声をかけてきた。
    「だれ?」
     声がきこえた方……うしろを、ふりむく。
     そうすれば、街灯のあかりの下に、男の子がいた。
     まっ黒なかみに、重たそうなめがねをかけている。あたたかそうなコートを着たそのこは、けいいちより、少しだけ背が高かった。
     もしかしたら、年上のこかもしれない。
    「きみも、流星群を見たいの?」
    「りゅうせいぐん??」
     目をぱちぱちさせて、くりかえす。
    「ふたご座流星群。今日は流星がたくさん見える日だよ」
    「りゅうせい……ながれぼし?」
    「うん、流れ星」
     こくん、と、男の子はうなずいた。
    「うん、ボク、ながれぼしが見たい」
     こくこくと、けいいちはなん度もうなずいた。
     そうしたら男の子はすこしなにかを考えるような顔をして、「ここじゃあまり見えないよ」と言った。
    「ここは、明る過ぎるんだ……もう少し、暗い所じゃないと」
    「くらいところ……?」
    「うん、こっち」
     そう言って、男の子は背をむけた。ほそい道に入っていくのを、けいいちは追いかける。
     道のとちゅうで男の子は立ちどまっていた。追いかけてきたけいいちをまってるように、こちらを見ている。
    「……」
     くらい道がこわくて、けいいちは思わず立ち止まった。
     男の子は、ふしぎそうな顔でけいいちを見ると……すっと、手をさしだした。
    「え?」
     かおを上げてみてみれば、男の子はやさしそうに笑っていた。「こわくないよ、大丈夫」。そんな声が、聞こえたような気がする。
    「こっちだよ」
    「うん」
     うなずいて、けいいちは男の子の手をとった。けいいちよりすこしだけ大きな手が、ぎゅっとにぎりかえしてくる。
     あたたかいな、と思いながら、男の子が歩くのにつられて、歩きだす。
    「こっちだと、ながれ星が見えるの?」
    「うん。こっちの……あとすこし」
     パタパタと、ふたつの足音が夜のまちにひびいた。自分たちらいがいだれもいないみたい、と、けいいちは思う。
    「ほら……ついた」
     声がして、男の子が足をとめた。つられてけいいちもたち止まって、あたりを見わたす。
    「ここ……?」
     そこは、大きな川のちかくだった。あかりがすくなくてよく見えないけれど、水のながれている音がする。
    「うん。灯りが少ないから、よく見えるんだよ……ほら、あれ!」
    「え!?」
     きゅうに男の子が指さしたほうを、あわてて見たけれど、けいいちには何もない夜の空しかみえなかった。なにも……? ううん、ちがう。さっきの場所より、星がよくみえる。
    「流星群、すごく流れるのが速いんだ。だから。あきらめないでじっと見てて」
    「うん、わかった」
     うなずいて、まっくらな夜の空をじっとながめる。はーっと息をはいたら、真っ白なけむりみたいにみえた。
     ちかちかきらきら、お星さまがたくさん光る。
    「あ!」
    「ほら!」
     ふたりいっしょに、声をあげていた。こんどは、けいいちにもしっかり見えた。きらっと光って、空をはしったおほしさま。
     ほんの一瞬だったけれど、とてもきれいでびっくりする。
    「また! 見えた!」
    「ほんとだ!!」
     あちらも、こちらも。あ! と思ったときにはすぐに消えてしまうけれど、ふたりの目にいくつもいくつも、光ってはながれて、消えるお星さまが見える。
    「すごいな……」
    「ふたご座流星群は、やっぱりたくさん星が流れるね」
    「ふたござりゅうせいぐん……?」
    「うん、ふたご座」
     ほら、と、男の子が空をゆびさす。こっちが東の空、とゆびさされる方を、追いかけて見上げる。
    「あそこに、三つ星が並んでいるの分かる? あれが、オリオン座の三連星」
    「え? う、うん」
    「その星の、左上……あの辺りが、ふたご座だよ」
    「あのあたり……」
     どの星のことかはちゃんとはわからなかったけれど、あれがふたご座かーと、けいいちは空をながめる。
     男のこはけいいちよりすこしだけ年上みたいだけれど、とてもいろいろなことを知っているみたいだった。
    「ふたござ、て……」
    「うん?」
    「なんで、ふたござ、なんだろう? ふたごって、だれとだれ??」
     ふしぎに思ってしつもんすると、え? と男の子はおどろいた声をあげた。そのままむずかしそうに「うーん」とうなってしまう。
    「ぼくも知らない……」
    「そっかー」
    「次までに、調べておく」
    「うん」
     きっと、頭のいいこの男のこなら、すぐわかるんだろうな、とけいいちは思った。
    「それより。こっちもおもしろいよ」
     そう言って、男の子はそばにあった大きな望遠鏡をのぞきこんだ。
    「今、火星が見えるように調節したんだ。見てごらん」
    「え……ぼくはいいよ」
     けいいちの目に、その望遠鏡はとてもりっぱに見えた。もしこわしてしまったらどうしよう……と、心配になる。
    「大丈夫だよ」
     けれど、男の子はしんぱいないよ、という風にわらって言った。
    「そんなに簡単に壊れないし……壊れても、誰も君を怒らないよ」
     心配しないで。
     そういわれて、けいいちは望遠鏡に近づいた。男の子に教えてもらいながら、覗き込む。
    「どう? 見えた?」
    「え? う、うん赤い……星?」
    「うん。それが、火星」
    「火星……」
    「水金地火木土天海……太陽系の惑星。三つ目に、地球も入ってるよ」
    「わくせい……ちきゅう」
     つぎつぎと出るあたらしい言葉に、けいいちは目を白黒させる。
     この男の子は、ほんとうに頭がいいみたい。ふたご座は知らなかったけれど、なんでも知っているようにけいいちには思えた。
    「うん……ボクの話、難しい? つまらない?」
    「ううん! ちょっと難しい……けど、おもしろい」
    「そう? ……ありがとう」
     なぜお礼を言われたのかは、わからなかったけれど、男の子がすこしうれしそうなのが、けいいちにはわかった。
     それにつられてうれしそうになりながら、火星をじっと見ている……と、すっと、丸い中を、光るなにかがよこぎった。
    「わ!」
    「どうしたの?」
    「今、ながれぼしが見えた!」
    「え!?」
     うそだ、と言われるのに、うそじゃないよ、とこたえる。今、たしかに丸くきりとられた世界を、光るお星さまがみえたのだ。
     望遠鏡から目をはなして見てみれば、おとこのこはとてもおどろいたように顔をあかくしていた。
    「望遠鏡で流星を見られるのは、奇跡みたいに低い確率なんだよ!」
    「きせき……?」
    「そう。君、すごいな! 望遠鏡も流星群も初めてだよね?」
    「え? うん……」
     そっかーと。こうふんにしたように、男の子はけいいちと場所を交代して望遠鏡をのぞきこむ。
     ぼくも見たいなーとめがねの向こうの目がキラキラしているように敬一にはみえた。
    「ふたご座流星群は、一年度に一度見えるんだ」
    「そうなんだ。来年も、あるの?」
    「あるよ。また、一緒に見ようね」
    「……うん」
     うなずいたけれど、いっしょに見ることはムリじゃないかな……と、けいいちは思っていた。
     りっぱな望遠鏡をもってあたたかそうな服をきた男の子は、自分とはちがうんだな、となんとなく思っていた。
     胸のおくが、すこしだけちくり、とする。
     すむ世界がちがう、というのは、きっとこういうことなのだ。
    「うん。約束……あ」
     ふと、男の子がかおを上げる。
     ふりむいた方をつられて見れば、遠くから「れいくんー」とだれかを探すような女のひとの声がきこえた。
    「あーあ。見つかった……ごめんね、ぼくもう行かないと」
    「うん、だいじょうぶ」
     ひょい、と男の子は望遠鏡をかつぎあげた。そのあいだにも「れいくん」とよぶ声はだんだんちかづいてくる。
     望遠鏡をかついで、男の子はてをふった。
    「またね。また、一緒に星を見よう」
    「うん……またね」
     手をふりあって。男の子は走って夜のなかにすがたを消した。あとには、ぽつんとけいいちが残される。
     はーっと、また、けむりみたいにまっ白な息をはく。
     空を見上げれば……また、光りながらはしる、流れ星がみえた。
     とてもとても早くて、願いごと三回なんてぜったいに言えそうにないけれど……
    「また、あえますように」
     なんどもなんども。けいいちは星が流れるたびに、祈っていた。
     
     ****
    「よし、と。ここでいーか?」
     河原に望遠鏡を下ろし、獅子神は隣に声をかけた。
     冬の夜。星空が瞬く夜の街。
     隣に立つ村雨は「ああ」と頷き、設置された望遠鏡に触れた。
    「しかし、寒ぃな……」
    「そうだな」
     頷きながら、望遠鏡を覗きダイヤルを回す。獅子神にはよく分からないが、ピントを合わせている、ということらしい。
     つ、とそらを上げれば、明るい街中よりは多少くっきりと瞬く星が見えていた。
    「お、流れ星」
    「そうか」
    「さすが、よく見えんな。ふたご流星群だっけか?」
    「ああ」
     12月半ば。今夜は、ふたご座流星群がピークに見える日。
     ニュースで偶然それを見た二人は、どちらが誘うでもなく河原に足を運んだ。
     出る直前、村雨が「これを持っていく」と言い出した望遠鏡を担ぐ羽目になるのは些か計算違いではあったものの、大きな問題ではない。
    「にしても、なんで流星見るのに望遠鏡なんだ? ……お、また流れた」
    「……」
    「たしか、肉眼のほうが見えやすいだろ?」
    「そうだ」
     調節を終えたらしい村雨が、顔を上げて頷く。
     金縁眼鏡の奥の暗赤色の目が、数度瞬く。
    「望遠鏡で流星が見えるのは、奇跡的な確率だろうな」
    「なら、なんでわざわざ持ってきたんだ?」
     疑問を口に出せば、しばし村雨は何かを考えこむような仕草をした。
     細い指を唇にあて、何やら記憶を探る様子を見せる。
    「その、奇跡的な確率を……いつか、すぐ隣で見た」
    「……?」
    「家族かと思ったが……父も母も兄も『そんなことは無理』と言うので、おそらく違う誰かだ」
    「なるほどな……?」
     その言葉に首を傾げる獅子神の脳に、一瞬、遠い日の何かが、瞬いた気がした。
     けれどそれは、それこそ流星のように一瞬で流れて追えなくなる。
    「私も、それを見てみたい。だから、望遠鏡だ」
    「なるほどな」
     或いはもしかしたら、そんな奇跡みたいな偶然も起こるかもしれない。
     自分たちが賭博を通して出会い、道が交わり、こうやって共に星空を見上げていることを思えば、もしかしたら些細な奇跡かもしれない、と思う。
     お互いこうして出会ってなければ、きっと一生すれ違うことすら無かっただろうことは、あまりにも想像に容易いとさえ言える。
    「まーでも、ほら。せっかくだし、オメーも空見ろよ」
    「……そうだな」
     頷いて、医者が隣に並ぶ。
     冬空の下、二人、肩を寄せ合うようにして。つい、と星空を見上げる。
    「あ。ほら、村雨」
    「流れたな」
    「お、また。思ってたより、結構スゲーな!」
    「ああ」
     空を見上げたまま、横目で獅子神は隣を見やる。村雨の切れ長の目の紅い目に、星が宿る。
    「そういや……ふたご座の双子って、誰と誰だ?」
    「カストルとポルックス。同じ母から生まれたが、父が異なる」
    「?? 父親が??」
    「ああ。それぞれゼウスとスパルタ王の子だ」
    「オマエ、本当にいろいろ知ってんな」
     感心して呟けば、そうでもない、と返される。
    「あなたとは、知識の分野が違うだけだ」
    「そうか? まぁ、聞いてて面白いし。いいけどな」
    「……そうか」
     ふい、と。村雨がこちらを見た。そのまま柔らかく、唇を持ち上げるようにして笑った。
    「それは、なによりだ」
     どちらからともなく、また、空を見上げる。
     二人の目に、夜空を疾る星の瞬きが映っては消える。
     ふと、獅子神は思う。
     また来年もその先も……ずっと、隣でこうして星を見上げる、この男の姿が隣にあればいい。
     三度唱えなくても、この願いだけは叶えられる。そんな気がしていた。

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