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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.7.17。おともだちの誕生日にブン投げたししさめ。素敵イラストからイメージしました(イラストはここにありません)

    あの日の夢の果ての果て 波の音がする。
     目を覚ました獅子神敬一が、最初に思ったことは、それだった。
     目蓋を押し開けば、途端に突き刺さってくる、あまりに一直線な太陽の光。
    「!?」
     慌てて、目を閉じて。
     数度、目を擦ってから……自分が、仰向けな状態なことに気が付いた。肘に触れるのは、サラサラとした砂の感触。
     ゆっくり、半身を起こす。
     慎重に目を開ければ、視界に広がったのは、果てしない水平線。
    「………海?」
     波の音がする。
     繰り返し、繰り返し。絶え間なく潮騒が耳へと届く。
     時々跳ねた水が、投げ出したままの足先に触れた。
     革靴越しに感じる、冷えた感触。
    「………夢、か?」
     呟く自分の声が、少しだけ遠く感じた。
     他に、思い当たる節がない。自分は確か、先ほどまで……
    「あ?」
     間の抜けた声が落ちる。
     直前まで自分が何をしていたのか……記憶が、無い。
     いや少なくとも、こんな場所に、赴いた覚えが無いことは確かだった。
     こんな……海岸沿いに等間隔に椰子の木が並び、燦々と陽の光が注ぐ、コバルトブルーの夏の海……あの頃、夢見て痛いほどに焦がれていた『写真』そのままの場所に、来た覚えなど。
    「ここは……なんだ?」
     疑問を口にしたところで、答えは得られる筈も無く。
     周りを軽く見渡すも、そこに居るのは獅子神1人だった。
     やはり、夢か。そう結論付けて、水平線を見詰める。
     遠く、果てしない……けれど、今であればきっとと、行くことも不可能ではない場所。風に誘われて。船に乗って。或いはそれこそ誰もが羨むような、豪華客船に乗って。どれも、不可能ではない。夢見たことを叶える力を、自分は手に入れた。
     ただ。
     今、ここは……この場所は、何かが違う。胸の奥、そんな予感に似たものだけが確かにあった。
    「ん?」
     ふと。
     水面に、何かが浮かんでいるのが見えた。
     降り注ぐ日の光を反射し、チラッと瞬くように見える。
     立ち上がり、近付く。ちょうど、波打ち際に流れ着いたそれは、透明なガラスの瓶だった。
     今時珍しい、コルクの栓。中に見えるのは、一枚の紙。
    「……ボトルメール、つったっけ?」
     無意識に、コルク栓を開ける。
     それが、自分宛であると。直感的に、理解していた。ビンを逆さまにしてやれば、カサっと、軽い音と共に折り畳まれた紙が手の上に落ちる。
     それほど、厚い物ではない。
     四つ折りのそれを開き、目を通す。
    「……は?」
     漏れたのは、そんな声だった。
     紙の中央には、丁寧な……けれどほんの少し癖のある……見覚えのある字で、こう書かれていた。
     
     起きろ
     
     その、一言。
    「いや、夢なんだから、その内起きるけどよ……」
     もう少し、こんな場面で届く手紙なら、何か無いのか。そんな風に想ってしまっても無理はないではないか。
     紙を折り畳む。そして皺にならないように気を付けて、スラックスのポケットへしまった。
     万が一くしゃくしゃにしようものなら……何を言われるか分かったものではない。
    「ん?」
     
     何を?
     ……誰、に?
     
    「……?あ?」
     気が付けば。
     更にもう一つ、ビンが流れ着くのが視界に入る。近寄り、拾い上げる。
     開けて、紙を取り出す。
     流れていたメッセージは……
     
     獅子神
     
    「……なんだよ?」
     筆跡は、同じ。
     丁寧な筆致。いや、先ほどより少しだけ……気のせいでなければ、荒れているようにも見える。
     急いで書いたような。
     或いは、荒ぶる想いをそのままぶつけたような。
     けれど、何故、自分の名前だけなのか。
    「なんだよ………て、は??」
     戸惑いつつ顔を上げれば、更に疑問符を浮かべる事態となった。
     ビンが。
     いくつものビンが、そこに、あった。
     次から次へと、波に乗って漂い、獅子神の足元へ辿り着く。
    「なんっなんだよ!?」
     抗議したところで、それを聴く人間は居ない。
     片っ端から、ビンを拾い上げる。
     それが、幾つあろうと……嫌になる程の量であろうと、一つたりとも放置する訳にはいかない。
     今の状況など、何も分からない中、その予感だけは確かだった。
     拾い上げてはビン開けて、紙を開く。
     筆跡は、全て同じ。
     間違いなく、同じ人間が書いたもの。
     
     起きろ
     
     獅子神
     
     マヌケ
     
     早く起きろ
     
     獅子神
     
     獅子神
     
     何枚も、何枚も。
     紙が、手の中に増えていく。
     とっくに、ポケットに入る枚数など超えていた。全て握り締めて……皺になるのは、この際許してもらう……拾い続ける。
     起きろ、と。
     訴え続ける、言葉の重なり。
     自分の名を呼び続ける……徐々に、丁寧さを失っていく文字。
     なのに時々、その中に「肉を焼け」「あなたの焼いたステーキが食べたい」なんかが、混ざっていて。
    「なんだよ……」
     汗が、頬を伝う。
     首筋を流れ、シャツの内側へと落ちていく。
     呼吸が上げる。
    「なんで……」
     不意に、足が止まる。
     気が付けば、日は水平線に沈み、辺りは薄暗くなり始めていた。
     波の音だけが、変わらずに届く。
     ふぅ、と息を吐いた。
     砂浜に座る。手に触れた砂はまだ熱さを残していたが、灼けつくほどの温度では無かった。
     握りしめていた紙を一枚一枚広げながら、砂の上に重ねていく。
     その、文字を、言葉を。一つ一つ、刻み込むように、目を通す。
     
     起きろ
     
     獅子神
     
     肉を焼け
     
     殆どが、そんな内容で。
     けれど……ああ、けれど。
     拾っている時にも目を通したはずなのに、気が付いていなかった。
     
     愛してる
     
    「…………直接言えよ」
     漏れるのは、そんな言葉。
     仕方ねーな、と笑って。
     背後から響く、さくり……と、砂を踏む音に、振り返る。
     
    「村雨」
     
     月の光を受けてそこに立つのは、金縁眼鏡の医者だった。
     決して華奢というわけではない癖に、肉が少ないせいでやたらと薄く見える身体。
     艶のある、硬い黒髪。暗赤色の、切れ長の目。
     こんなビーチには似合わない、いつものジャケット姿。
    「………村雨」
     そこに『彼』が居ることに、驚きはなかった。
     これは、夢だ。
     いや、ただの夢ではない。なんとなく、獅子神は理解しつつあった。
     けれど、今は……
    「村雨」
     立ち上がり、呼びかける。
     医者は無言のまま、すぐ近くまで歩いてきた。
     ゆっくりと……その、両腕が伸ばされる。
    「ん」
     肩に、細い腕が触れる感触。
     伸ばされたそれが、獅子神の首の後ろへとまわされる。
     抱きしめられる、というほど力強くはない。ただ、鼓動が混ざり合う距離に、彼の身体がある。
     触れる。
    「……村雨」
     そっと。腰に、手を添えた。
     至近距離に、眼鏡の奥の紅玉の目。
     吐息さえ感じる距離まで、近付いて。
    「ごめんな」
     こぼれ落ちたのは、そんな言葉。
     海からの風が、2人の髪と服を揺らす。
     月の光に照らされた彼は、真っ直ぐに、獅子神の目を見つめていた。
    「起きたら……オレから、ちゃんと、言うから」
     耳元に、囁く。
     ふと。
     医者の、表情が変わった。
     笑ったのか……泣きそうなのか。何故だろう、月明かりがある筈なのに、その表情がよく見えなかった。
     けれど、構わない。
     目覚めた後……何回だって、見ればいい。
    「いつか……オレと、来てくれよ」
     だから、そのまま囁いた。
    「こんな、南の海」
     ゆっくりと、身体を離す。
     風が、吹いた。
     砂浜に重ねていた紙が、舞い上がる。風に攫われ、いずれかへと散り散りに飛んで行く。
    「オレ、オメーと、いきたいんだ」
     答えは、なかった。
     けれど……今は、聞けなくても構わないと思った。
     
     ***
     
    「獅子神!」
     遠く、呼ぶ声に。獅子神は目を覚ました。
     まず目に入ったのは、見慣れない白い天井。いや、何度か、見た記憶はあるかもしれない。
     それと、自分の顔を覗き込む、レンズの奥の……暗赤色の……
    「村雨」
    「…………目覚めたか」
     ふ、と視線を逸らし。
     平静……に、聞こえる声で、医者は囁いた。
     そこは、カラス銀行系列の医務室。今までも、何度か世話になった記憶があった。
    「ああ……」
    「……マヌケめ」
     低い声。
     呆れと、怒りと……安堵とを、乗せた声。
    「オレ……」
    「ペナルティの影響だ。意識不明だった……丸1日だが」
    「……そっか」
     呟く。
     思い出す。あの、南の海の光景。
     あの頃行きたくて堪らなくて夢に描いて渇望していた、そのままの光景。
     いくつもいくつも、流れついたボトルメール。
     綴られていた、丁寧な文字。
    「あなたは……もう少し、リスクを避ける方法を学ぶべきだ」
     獅子神を見下ろしながら、村雨が続ける。
    「いくらあなたが頑丈なマヌケでも、受ける必要のないダメージは避けるべきだ。そもそも、名誉の負傷などと……」
    「村雨」
     それを、遮るように。
     静かに名前を呼んだ。
     一瞬不満そうな表情を浮かべた顔が、徐々に戸惑いに変わる。
     下がり気味の眉が更に下がり、紅い目に、疑問符が浮かぶ。
    「………何を笑っている?」
    「あのさ、村雨」
    「なんだ」
    「オレも、だ」
    「………は?」
     
     愛してる
     
     あの、名前と、起きろと、肉で溢れていたメッセージの中、一枚だけ紛れていた言葉。
     丁寧に……微かに震える文字で、綴られていた一言。
    「愛してる」
     今度こそ、言葉にして囁いて。
     そうすれば、珍しいくらい分かりやすく……紅い瞳が、戸惑いに揺れた。
     白い頬に、僅かに朱が刺す。
    「あな、た……」
    「海」
    「……?」
    「海、行こうぜ」
     照りつける太陽と、潮風と、椰子の木と、焼けるほどに暑い砂浜に彩られた、あの空間。
     何なら、無職と配信者と聖職者も、一緒だっていい。
     そんな思いで見つめれば……小さく、彼は笑った。
    「いいだろう」
     薄い唇が、笑みを刻む。
    「ただし、肉は忘れるな」
     当然のように続けられた言葉に。ただ、笑うしかできなかった。

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