村ホラーRTA 公民館に入ると、そこは外と変わらぬ闇に包まれた空間だった。むしろ今まで唯一頼みの綱だった月明かりが遮られ、そのまま落下してしまうのではないかと思わせる程の漆黒があった。
一歩足を踏み入れると、ギィイと木製の床が軋んだ。埃臭さが鼻につく。確か佐代子の話ではここに各家の当主が集まっているとのことだった。しかし、狐と早乙女が足を踏み入れた建物は歩を進める度に埃が舞い上がる。使用されているどころか、むしろ放置されているかのようだった。
「公民館、ここですよね?」
「あぁ、人が使うにしては何の手入れもされていないがな」
早乙女が険しい視線で床を観察している。狐も同じ意見だった。掃除がされていない。しかも積もった埃の中に足跡一つ残されていない。つまり、人が立ち入った形跡がないのだ。
…僕らは一体、何をさせられているんだ?
床の間の半紙、裏返しの服、入口は出口、三つの約束。今まで見てきた奇妙な風習を狐が頭の中で追いかける。
…だったかな。
ふいに声が聞こえた。しっと狐が素早く人差し指を唇に当てる。早乙女が察して動きを止めた。聞き耳をたてる。
…ハッハッハ、そうか、それは良かった!
…もうそんなに経ったのか。大きくなったなぁ!
話し声。それも親戚同士が集まったときのような談笑だ。
狐が早乙女の左の袖口を引く。それに応じて早乙女が狐を見た。
聞こえた?
口の動きだけで伝えると、早乙女は首を横に振った。ついついっと廊下の奥にある襖を狐は指を差す。
あそこから聞こえる。
そう口を動かし、奥の部屋に進もうとする狐の肩をグイッと早乙女が引っ張る。振り返ると早乙女の呆れたような顔が近くにあった。
あんたは俺の後ろ。
早乙女が口の動きと指だけでそう伝える。狐の返事を待たずに、早乙女は前を歩きだした。
庇われたことが妙に気恥ずかしくなって、狐は思わず俯く。悪戯で掴んでしまった早乙女の左の袖口を指先で弄びだした。
どんな反応をするのかと、意地悪な気持ちで袖を掴ませてくれと頼んだのだが、早乙女はあっさりと狐の甘えを受け入れてくれた。それは狐が驚く程の快さだった。
…意地悪してごめん。でも僕、嬉しかった。
早乙女を先頭に二人が奥の部屋の襖の前に立つ。談笑はついに早乙女の耳にも届くほどハッキリと聞こえているようだった。
「夜分遅くに失礼します。村長さんの御使いで参りました」
狐が声をかけても談笑は止まない。もう一度同じことを繰り返しても談笑は止むことはなかった。
開けるか?
早乙女の問いかけに狐が頷く。早乙女が右、狐が左側の襖をパンッと勢いよく開けた。
より強い闇が二人を飲み込んだ。先程までの談笑が消え去り、どろりとした黒だけが部屋を支配している。
吸い込むと窒息するのではないかと錯覚させる漆黒。鼻にこびりつく埃臭さ。本当に溺れてしまったかのような息苦しさに、呼吸が浅く早くなる。
ふと、狐は目の前にたらんと紐が垂れているのに気が付いた。電気の紐だ。吸い込まれるように手が伸びる。そして何の躊躇いもなく、狐は紐を引いた。
カチャン。
僅かに引っかかるような手応えがあったが、電気は一瞬にしてついた。
白熱灯の灯りが部屋を照らしたとき、狐は今度こそ息を飲んだ。
そこは畳敷きの部屋だった。狐と早乙女を囲むように四十代位の男性が十人程座っている。全員服を裏返しに着て、ぎょろりと血走った目を二人に向けていた。
身構えるような緊張。それを破ったのは一人の男だった。三日月型に口を開き、ぱちぱちぱちぱちと手の甲で拍手をしだす。それにつられるように、残りの男達も手の甲で拍手をしだした。
ぱちぱちぱちぱち、ぱちぱちぱちぱち。
拍手がだんだんと速くなる。男達の血走った目が飛び出す。涎を垂らし、あはあはあはと笑い声が木霊した。やがて競い合うように、畳に体を擦り付けながら全員が笑い出した。その姿はさながら芋虫の群れを思い起こさせる。
…そうか、全部逆さ事だ。
全ては死者が行う作法。
二人は死に囲まれていた。