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    桜餅ごめ子

    @yaminabegai

    このポイピクを見る者は一切の希望を捨てよ
    (特殊な解釈・設定を含む二次創作が多いのでお気をつけください)

    ◆個人サイト◆
    https://gomemochiru.jimdofree.com/
    ・投稿作品データベース(作品をカテゴリ、シリーズ別に整理)
    ・SNSアカウント一覧
    ・マシュマロのリンク
    などを置いています

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    POIPOI 259

    桜餅ごめ子

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    カビマホが温泉旅行に行くだけ。AIのべりすと&chatGPT使用。

    ##全年齢

    きみと、どこかとおくへプロローグ たびのはじまり1日目-1 しゅっぱつのあさ1日目-2 ぽかぽかおんせん1日目-3 おいしいゆうしょく1日目-4 あしたのはなし2日目-1 おだやかなあさ2日目-2 おんせんがいめぐり2日目-3 ゆうぐれのおか2日目-4 ほしぞらのよる3日目-1 みんなにおみやげ3日目-2 だいすきなほし3日目-3 おだやかなじかんエピローグ かえりみちのてんきプロローグ たびのはじまり
     かんせいしタラ ぜひ、
     キミと ドコかとおくへ
     たびにでたいナ。

     ポップスターじゅうに散らばったローアのパーツをみんなで集めていたあの頃。マホロアはふと、そんなことを言った。いつもと変わらない、朗らかな笑顔を浮かべているのに、その瞳はなぜか哀しげに見えた。まるで、捨てなければならないのに、どうしても捨てられない宝物を、ただじっと見つめるような。そんな目を、していた。
     マホロアは、そのときの会話を覚えているだろうか。たぶん、覚えているのだろうな。マホロアは頭が良いから、きっと記憶力も優れている。一方ぼくに対しては、自分が言ったことなんてカービィは覚えちゃいないだろう――とか、そんなふうに思っていそうだ。確かにぼくは、マホロアに比べたら理知的でもなんでもないし、人よりぽけーっとしてる自覚はある。でも、大切なことは、ちゃんと心に焼き付いているんだよ。
     だから、ぼく、きみと旅に出たいな。
     旅というほど、大げさなものでなくてもいい。そうだ、旅行。マホロアと二人で、旅行に行きたい。ぼくたちのことを誰も知らない場所へ行きたい。二人でいろんな景色を見に行ったり、おいしいものを食べたりしたい。プププランドのみんなにお土産を買ったり、したいな。
     マホロアはあの事件のあと、長い間行方不明だった。しかし、最近になって再びポップスターにひょっこり現れて、ローアとともにプププランドに住み着き始めた。どういう経緯で帰ってきたんだ、と皆に質問攻めされていたけど、彼は全てのらりくらりとかわしていた。もちろんぼくも気になった。しかしそれ以上に、ほっとした。ずっと、生きているかどうかすら分からなかったマホロア。そんなきみの無事を確かめられただけで、ぼくは嬉しかった。
     これでようやく、マホロアとゆっくりお話したり、遊んだりできる――そう思ったのに、ぼくがいつ訪ねても彼は何かしら忙しそうに作業をしていた。何をしているのかはよく分からない。けれど、焦燥や切迫感を滲ませながらローアの修理をしていたあの頃とは違って、今のマホロアはどこかわくわくした様子でコンソールを叩いている。ぼくは、そんな彼の邪魔はしたくない、と思う。しかし、マホロアとお出かけしたいという気持ちは日に日に強まるばかり。一人で悶々と考えていたって仕方ないけど、直接尋ねる勇気もなんだか出なくて。ぼくは自室のベッドの上で寝転がったまま、ぼんやりと天井を眺めていた。
     ――トントン。
    「カービィ、イル?」
     不意に、小気味よい音が部屋に響いた。次いで、ドアの向こうから聞き慣れた声――マホロアの声がした。ぼくは慌てて身を起こし、元気に返事をする。
    「いるよ!」
     扉を開けると、そこにはやっぱりマホロアがいた。機嫌良さそうにニマニマと笑っている。なにかいいことでもあったのかな? ぼくが不思議に思って顔をかしげると、彼は懐から何か取り出した。
    「ジャーン! 見テ見テ!」
     それは、「三泊四日」と書かれた二枚の旅行券と、一冊のガイドブックだった。どちらにも「温泉街で楽しいひとときを!」と大きく書かれている。どうやら温泉街へのペアチケットのようだった。
    「わあ! どうしたの、これ?」
    「町で福引き会やってテネェ。買い物のついでに引いてみたら、当たったんダヨォ」
    「すごーい! マホロア、ついてるね!」
     なんていいタイミングなんだろう。マホロアと旅行に行きたいというぼくの気持ちと、ぴったり呼応するかのようだ。この旅行券で、マホロアと一緒に――、
    「コレで誰かトモダチと行ってキナヨ!」
     マホロアは笑顔を浮かべたまま、そう言って旅行券をぼくに手渡した。
    「え……」
     ついさっきまでさんさんと晴れていたぼくの心は、一瞬で厚い雲に覆われた。
    「この温泉街はポップスターの端っこにアッテネ。ここから電車で行けるみたいダヨォ。カービィ、温泉に浸かってゆったりするのトカ好きデショ? 誰か誘って行ってくるとイイヨォ!」
    「えっ、あ……」
     確かにぼくは、のんびりするのが好きだ。でも、せっかく旅行券は二枚あるのに。マホロアが当てたのに。まるで、ぼくと二人で行く選択肢なんて、はじめから存在しないかのような物言いだ。思えば、マホロアはいつだってぼくたちから後ろに一歩離れた立ち位置を保っていた。ローアの修理をしていた頃も、いなくなってしまったあと再びこの地に現れてからも、ずっと。
    「ジャ、渡すモノは渡しタシ、ボク帰るネェ」
     ぼくの気も知らず、マホロアはあっさりした様子でくるりと背を向ける。すうっと空を浮遊していく彼を、ぼくは慌てて追いかけた。
    「――待って!」
     手が届かなくなりそうだったけど、すんでのところで彼の手を掴めた。よかった、間に合った。
    「カービィ?」
     マホロアはパチパチと瞬きしながらこちらを振り向いた。ぼくは、彼の手をしっかりと掴んだまま――きっと、必死な表情をしながら――きみの目をまっすぐ見つめて、言った。
    「一緒に行こうよ、旅行」
     マホロアはびっくりしたように目を見開いた。しかしすぐにいつもの笑顔になって、首を横に振った。
    「ボクは遠慮スルヨォ」
    「どうして?」
     ぼくはじっとマホロアを見つめた。彼は少し困ったように顔をしかめたが、やがてやれやれと呆れるように大げさなため息を吐いて、口を開いた。
    「ボクと二人で行ったッテしょうがないデショ?」
     マホロアはまたいつもの笑顔を浮かべた。そして、幼子を諭すように、掴まれていない方の手でぼくの手をやさしく引き剝がそうとする。しかし、ぼくは離したくなくて、ぎゅううっと力を込めた。
    「なんで? ぼくと行くのは、いや?」
     ぼくが尋ねると、彼は肩をすくめるような仕草をして笑った。
    「ボクと二人っきりで行ったッテ、ツマンナイデショ」
    「楽しいよ」
     ぼくは間髪入れずに答えた。
    「マホロアと旅行なんて、絶対楽しいに決まってるよ。一緒に行こう。ぼく、きみと一緒に行きたい。ねえ、マホロア」
     ぼくの言葉に、彼はひどく戸惑ったようだった。そして目を伏せたかと思うと――先ほどとは打って変わって、こちらをばかにするような、意地の悪い笑みを浮かべた。
    「物好きダネェ」
     ククク、と喉を鳴らす。いつもの朗らかな愛想笑いとは少し違う、苦いブラックコーヒーのような笑い方。決して良い印象を与えるものではないけれど、ぼくは彼の、この笑い声が好きだった。
    「イイヨ。そこまで言うナラ付き合ってアゲル」
     いかにも仕方ないというふうに笑う彼に、ぼくはにかっと笑顔を向けた。
    「じゃあ、決まりだね!」
    1日目-1 しゅっぱつのあさ
     出発日の早朝。荷物を詰め込んだリュックサックを背負って、マホロアの元に向かった。マホロアは大きなトランクケースを持って、ローアの前で待っていた。
    「マホロア、旅行の準備はできた?」
    「バッチリダヨォ。もしキミが忘れ物シテモ、ゼーンブカバーしてアゲル」
     ボクはキミと違ってしっかりしてるカラネェ! マホロアはそう言うとトランクケースをぺちぺち叩いて、得意げに笑った。
    「もうっ、いじわる言わないでよ!」
     マホロアは口先でこそぼくをからかってくるものの、表情はどこかうきうきしていた。なんだかんだ言って、彼もぼくとの旅行を楽しみにしてくれていたみたい。素直じゃないなあと口をとがらすものの、でもやっぱり嬉しくて仕方がなくて、ぼくは彼の手を引いて走りだした。
    「ワッ! チョット、急に引っ張らないデヨォ!」
     マホロアはびっくりしたように声を上げる。でも、繋いだ手を離そうとはしなかった。
     そよそよと頬を撫でる風には、春のぬくもりが混ざり始めていた。柔らぎつつある陽光は、まるでぼくたちの旅路を見守ってくれているかのようだった。

     まだ朝早いからだろうか。駅の中はずいぶん人気が少なく、静かだ。どことなくひんやりとした空気がより非日常感を演出していて、ぼくの心はさらに弾んだ。
    「向こうに着くのはお昼頃になるカラ、そこの売店で何か食べるもの買って、電車で食べヨウカ。やっぱり駅弁にするカィ?」
     マホロアがそう言って旅行客用の売店を指し示す。そこには、多種多様な駅弁がたくさん並んでいた。
    「そうだね! 何がいいかなあ」
    「言っておくけど、一個だけダヨ? ホテルのご飯が本番なんだからネ」
    「わ、分かってるよぉ」
     マホロアはニヤニヤと笑いながら、食いしんぼうのぼくに釘を刺した。マホロアの言う通り、旅行先に着く前に食べすぎてしまってはあまりにもったいない。とはいえやはりどれも魅力的で、ついつい目移りしてしまう。どうにか二種類まで絞り込んだものの、そこから一つに選ぶことがどうしてもできなかった。
    「……しょうがないナァ。おかずハンブンコしてアゲルから、ボクの分も選んでイイヨ。そうすれば二つ分楽しめるデショ?」
     悩むぼくを見かねて、マホロアがそう提言する。思いも寄らない名案に、ぼくは目を輝かせた。
    「いいの!?」
    「イイヨォ。ボクはキミほど食事にこだわりナイシ。それに、決まるまで待ってタラ電車に乗り遅れちゃいそうダモノ」
     マホロアはそう言うと、呆れ顔でやれやれとため息をついた。確かに、ぼく一人だったら永遠に迷ってしまいそうな気がする。ぼくは彼の提案に乗り、迷っていた二種類のお弁当を両方買うことにした。
     電車に乗りこんで、ボックス席に二人並んで座る。しばらく揺られているうちに、窓の外はあっという間に見慣れない風景へと変化していった。
    「……なんだか、ドキドキするネ」
     マホロアは外の景色を見つめたまま、ぽつりと呟いた。彼の横顔は、どこか儚さを帯びているように見えた。
     時折、そうなのだ。マホロアはいつも快活で朗らかだけど、ときどき、静謐な雰囲気を纏っていることがある。マホロアのそういう一面を見つけた時、ぼくは決まって、胸がきゅうっと苦しくなる。
     かつてマホロアは、己の目的のためにぼくたちを利用し、裏切った。だから、快活さも、朗らかさも、そう見えるように彼が振る舞っていることを、ぼくは知っている。でも、その全てが嘘っぱちだったわけでは、決してない。いつも愛想良く笑って、ぼくたちへの感謝や褒め言葉をしきりに述べていたきみの、その全てが調子の良いおべっかや嘘だったとは思わない。思わなかったからこそ、ぼくはあの日、きみと戦ったんだ。きみと過ごした日々を、きみがくれた言葉を、作ってくれたものを、嘘になんて絶対に、絶対にさせたくなかったから。砕けた冠の光の向こうに消えていくきみの姿が、まぶたの裏によみがえる。きっとどこかで生きている、また会いに来てくれると、そう信じたかったのに。あんないなくなりかたをされてしまったものだから、どうやって信じたらいいのか分からなくて。あしたはあしたのかぜがふく――それがぼくの在り方だったのに。
     きみのいない「あした」が怖い。きみがいた「きのう」に戻りたい。
     ぼくは、きみとの出会いと別れによって、「あした」への怯えと、「きのう」への執着を知ってしまった。だからぼくは、こうして帰ってきたきみにふと儚さを見つけてしまうたび、胸が痛くなる。締め付けられる。苦しくなって、しまう。
    「カービィ、そろそろお弁当食べるカィ?」
     声をかけられ、はっと顔を上げる。つい考え込んでしまっていたようだ。せっかくの旅行なんだ、悲しいことは考えないようにしよう。気を取り直して、ぼくは素直に頷く。すると、マホロアは買い物袋から先程買った駅弁を取り出した。差し出されたお弁当を受け取り、そっと蓋を開ける。中には色とりどりのおかずが並んでいて、見るだけで食欲をそそった。
    「いただきまーす!」
    「イタダキマス」
     ぼくたちは箸を手に取り、思い思いにおかずを頬張った。
    「ジャアカービィ、おかず好きなの取っテ」
     マホロアはそう言って、自らの弁当を差し出した。
    「ありがとう! こっちのもあげるね」
     そうして、お互いのおかずを交換しあった。なんでもないやりとりだけど、それこそぼくが望んだものだった。あの時、マホロアを引き止めて、旅行に誘ってよかったな。心がじんわり温かくなって、満たされていくのを感じる。
    「ごちそうさま~」
    「……ゴチソウサマ」
     お弁当を食べ終わったあと、ぼくが空箱を片付けていると、マホロアは切なげに笑った。
    「ナンダカ、トモダチ同士みたいダネ」
     その言葉に、ぼくはぐっと息を詰まらせた。でも、どうにか即座に言い返す。
    「ともだちみたいじゃなくて、ともだちなんだよ」
     それは同情や気休めなどではなく、ただの本心であった。マホロアは、表面上は調子のいい言動や厚かましい振る舞いをするが、行動には根の生真面目さが滲み出ている。だから、ぼくたちに嘘をついたことに本当は負い目があるのかもしれない。気にしなくてもいいのにとぼくは思うけど、そう言ったところで彼の苦悩が消えてなくなるわけではないだろう。だけどせめて、きみがぼくのともだちであることだけは忘れてないでほしかった。
     マホロアは困ったような顔をして、何も言わずにこちらを見つめていた。ぼくはそっと手を伸ばして、彼の手に重ねる。するとマホロアはびくっ、と身体を跳ねさせて、驚いたような表情を浮かべた。そして、恥ずかしげにフードを深く被り、うつむいてしまった。けれど、ぼくの手をきゅ、と握り返してくれた。柔らかな、温かい手。このぬくもりが、ぼくはずっと恋しかった。きみがいない間、ずうっと。
     がたんごとん、がたんごとん……。電車の揺れる音が穏やかに響く。時間がゆったりと流れていく。目的地までまだまだかかるけれど、それでいいと思えた。この時間がもっと続けばいいのに。ずっとこのまま、こうして電車に揺られていたい。そんなことを考えてしまうくらい、きみと二人でいるこの時間は、ひどく心地がよかった。
    1日目-2 ぽかぽかおんせん
     しばらくして、目的地への到着を知らせるアナウンスが流れた。ほんの少し名残惜しさを抱えながら、窓の外を見る。そこには雄大な自然と、それに囲まれた温泉街が広がっていた。
    「ねえ見て、マホロア! 景色! すっごくきれい!」
     同じく外を見ていたマホロアも感嘆の声を上げた。
    「ワァ、スゴイ……。ホント、ポップスターって、どこもキレイダネェ」
     外をうっとりと見つめているマホロアのマントを、くいくいと軽く引っ張る。振り向いた彼に、ぼくはにこっと笑いかけた。
    「マホロア! いーっぱい、楽しいことしようね!」
     ぼくの言葉に、マホロアはぱちり、とひとつ瞬きをすると、ようやく晴れやかな笑顔を向けてくれた。
    「……ウン!」
     大空はどこまでも青く澄み渡っている。旅の幕開けに相応しい、見事な快晴だった。

     目的の駅に着いたのはお昼すぎのことだった。電車を降りて駅から出ると、すぐに目的地である温泉街、そして宿泊予定のホテルが見えてきた。まずは大きな荷物を下ろすため、ホテルに向かう。ホテルの外観は年季の入った古い木造建築だったが、中はとても綺麗だった。案内された客室は広々としていて、広縁から外の美しい景色を一望することができた。
    「すごーい! すてきなお部屋だね」
     ぼくは感激して、思わず声を上げた。マホロアは荷物を置くとホテルのパンフレットを開き、客室の説明文を指差した。
    「このホテルは大浴場じゃなくて、客室に露天風呂が付いてるんだッテ。なかなか豪華なホテルだネェ」
    「へー! 温泉がお部屋についてるなんてすごいね!」
    「『プライベートな露天風呂で心身ともにリラックスできます』……ダッテサ。ボク、大浴場って苦手だから助かるヨ」
    「そうなの?」
     ぼくが尋ねると、マホロアは苦笑いしながら言った。
    「人前でハダカになるのはチョットネ。周りの人が気にならナイ?」
     ぼくにはそういう感覚はないので、思わずきょとんとしてしまう。するとマホロアはくすくすと笑った。
    「ククッ、キミはそれ以前の問題ダッタネ! ソウダ、せっかくだし、さっそく温泉入ル?」
    「うん! あれ、ぼくと入るのはいいの?」
     人前でハダカになるのが抵抗あるなら、ぼくは居ていいのだろうか? そう思って訪ねてみると、マホロアはその笑顔を苦笑いから悪戯っぽい笑みに変化させた。
    「……マァ、カービィならいいヨ。トクベツダヨ?」

     浴室の扉を開けると、そこには立派な露天風呂が備え付けられていた。琥珀色のお湯は、見るからに効能がありそうだ。外の雄大な山脈を湯船に浸かりながら見渡せる造りになっているようだ。身体を洗ったあと、二人並んで湯船に浸かる。温泉の温かさが全身にじんわりと染みこんでいって、気持ちいい。マホロアもうっとりと目を細め、ふうと大きく息を吐いた。
    「……こんなにゆっくりできたの、久しぶりカモ……」
     マホロアはいつもせわしないから、こうしてのんびり過ごすのは新鮮なのかもしれない。そう思ったぼくが何か声をかけようとすると、マホロアがお湯の流れに乗ってゆらゆらとこちらに移動してきていることに気づいた。彼は景色に見入っているのか、ぼくに近づいていることに気がついていない。ゆらゆら、ゆらゆら……。マホロアはどんどん近づいてきて、ついにあと少しで肌と肌がくっついてしまいそうなくらいになった。彼の横顔が間近に迫る。景色を見つめるきらきらとした彼の瞳に、ぼくの思わず見惚れてしまう。そんなぼくの視線に気付いたのか、マホロアがこちらを見た。視線が絡み合う。どくん、鼓動が高鳴る。
    「ナァニ?」
     マホロアはふにゃりと頬を緩めて、ぼくに笑いかけた。いつもは隠している口元が今は見えているせいか、どこか幼さを感じる笑みだった。
     そう、マホロアは理知的で大人っぽいのに、ときどき、ほんの少しだけ、小さな子供のようなあどけなさをのぞかせる。その表情に、無邪気さを見出してしまうたびに。その声に、いたいけな辿々しさを感じてしまうたびに。ぼくはどうしようもなく、きみが愛おしくなってしまう。
    「……きれいだなあって」
     ぼくは、きみの瞳が好きだ。月の色にも、蜂蜜の色にも、琥珀の色にも見える、その瞳が。その色を、その色のまま、今こうして再び見ることができる。ぼくはそれが、何よりも嬉しかった。
    「ソウダネェ。こんな絶景、宇宙じゅう探しテモなかなかナイヨォ」
     あれ? とぼくが返す間もなく、マホロアはちゃぽんという水音とともに湯船から出た。
    「ボクはそろそろ上がろうカナ。キミもあんまり長湯しない方がイイヨォ」
     彼はそう言うと、先に出て行ってしまった。確かに、あんまり長く浸かっているとのぼせてしまいそうだ。ぼくも追いかけるようにして立ち上がり、露天風呂から出た。
     ちょっぴり釈然としない。確かに外の景色もきれいだけど、ぼくが言ったのは、そっちに対してじゃなかったのにな。

     ぼくが部屋に戻ると、マホロアはすでに身支度を整えていた。いつもの青空色のローブとは違う、ゆったりとした部屋着を纏い、客室のソファでお風呂上がりのアイスを堪能している。
    「このアイス、ホテルのサービスなんダッテサ」
     マホロアはそう言って、客室の冷蔵庫を指し示した。彼に促されるがまま、自分のぶんのアイスを取りにいく。冷蔵庫を開けると、そこには多種多様なドリンクやアイスが取り揃えられていた。ぼくはバニラアイスを選び、彼の隣に座る。スプーンですくって口に運べば、冷たい甘さが気分をさっぱりさせた。
    「おいしい! やっぱお風呂上がりのアイスってさいこ~」
     マホロアも同意するようにうなずき、アイスを口に運んでいく。彼はいつも分厚い服で身を固めているが、今はゆったりとした部屋着を着ているため、服の隙間から口元が無防備にのぞかせていた。唇に付いたアイスクリームが、彼の体温で溶けていく。マホロアはそれに気づくと、小さな舌をちろりと出して、アイスクリームをぺろっと舐め取った。その一連の動作を、なぜだか無意識にじっと見つめてしまう。マホロアはぼくの視線に気付くと、きょとんと首を傾げた。
    「……どうかシタノ?」
     その仕草が妙に艶かしくて、ぼくの胸をさらに高鳴らせた。
    「なんでもない、よ」
     マホロアは不思議そうに首を傾げていたけれど、やがておかしそうにくすくすと笑い始めた。唇が柔らかく弧を描き、優しい笑みを形作っているのが見えた。どきん。胸の鼓動がいっそう激しくなる。ぼくは必死に彼から目をそらして、アイスクリームをかきこんだ。
    「ヘンなカービィ」
     マホロアはそう言うと、ぱくり、とまたアイスクリームを頬張った。彼の小さな頬がもぐもぐとかすかに動いているのが見える。やがてアイスクリームを食べ終わったのか、スプーンを置いて、満足そうに息を吐いた。
    「そっちのカップとスプーンチョウダイ。捨ててくるカラ」
    「あっ、うん、ありがとう!」
     ぼくがカップとスプーンを手渡すと、マホロアはにこっと微笑んで別室に消えていった。
     一人になったぼくはしばらくガイドブックを読んだり、外の景色を眺めたりしていた。けれど、長時間電車に乗って移動した疲れからか、だんだん眠たくなってきてしまった。あふう、とひとつあくびがもれる。
    「眠いのカィ?」
     その声ではっと目を見開く。顔をあげると、マホロアが横に立っていた。どうやら彼が戻ってきたことに気付かないほどぼーっとしていたみたいだ。慌てて目を擦るぼくを見て、彼はくすくすと笑う。
    「モウ、しょうがないナァ。まだお昼ご飯も食べてナイノニ……。でも確かに、ボクもちょっと眠いカモ。お風呂上がりは眠くなるからネェ」
     マホロアはそう言うと、彼もまた眠そうにふわぁ、と小さくあくびをした。
    「ねぇ、お昼寝しちゃおうよ。旅行なんだし、どうせなら思いっきりのんびりしちゃお!」
    「エ? ウーン……。……マァ、そういうのも悪くないカナ」
     ぼくが提案すると、マホロアは軽く逡巡したが、割りとあっさり同意してくれた。ぼくはちょっと意外に思いながらも、共に寝室に向かった。キングサイズのベッドにマホロアと隣同士で寝転び、柔らかなおふとんに身体を沈める。目を閉じれば、木々を通り抜けるそよ風のざわめきや、遠くで流れる川のせせらぎが静かに聞こえてくる。心地よい自然の音が、ぼくを夢の世界へ穏やかに誘った。
    「カービィ……」
     名を呼ばれた方向に寝返りを打つ。するとマホロアは思っていたより近くにいたようで、ぼくは彼の胸の中に飛び込む形になった。マホロアはそのままぼくを抱きしめると、頬や背中をふにふにと撫でてきた。
    「ンー……、やっぱり、カービィってやわらかいナァ……。たくさん……なでたくナル……」
     むにゃむにゃとささやくその声はひどく眠たげで、幼い子どものように舌足らずだ。
    「ボク……、キミのコト……」
     マホロアは最後まで言い終わらないうちに眠ってしまったらしく、すうすうと小さな寝息を立て始めた。ぼくのこと、の後になんて言おうとしたんだろう。その答えが気になるけど、寝顔はあまりに、愛らしくて。
    「……まあ、いっか」
     ぼくはぽつりと小声でひとりごちると、マホロアを起こさないようにそっと身を寄せ、彼の胸に顔をすり寄せた。
    1日目-3 おいしいゆうしょく
     微睡みから目覚めると、茜色に染まった空が窓から見えた。マホロアはすでに起きて部屋着からいつもの服に着替えており、ぼくの隣でガイドブックを読んでいた。
    「おはよぉ〜」
     横になったまま彼に声をかけると、マホロアはニヤリと笑みを向けた。
    「オハヨウ。ホ〜ント、よく寝てたヨォ」
     その笑顔から、皮肉のようなものを言っていると感じ取れたが、よく眠れたのは本当のことなので、ぼくは満面の笑顔を返した。
    「うん! ぐっすり!」
    「ソ……ソウ。ヨカッタネ」
     皮肉が不発だったのに拍子抜けしたのか、マホロアの笑顔は呆れのそれに変わった。
    「マホロアは? よく眠れた?」
     そう問うと、彼は頷いて、大きく伸びをした。
    「オカゲサマデ。ボクが起きたのも、ほんのちょっと前ダシ」
     彼のその言葉にぼくは無性に嬉しくなって、まくらをぽふぽふ叩いてはしゃいだ。
    「だよねだよね! 温泉であったまったあとに寝るのってこんなに気持ちいいんだぁって思ったもん! このおふとんもふっかふかで、それになんだかいいにおいするし!」
    「イイニオイ?」
     マホロアはぼくの言葉に反応すると、軽く寝具の匂いを嗅いだ。
    「ホントダ。アメニティのお香かナニカカナ?」
    「そうなの? なんか付けたりしたっけ?」
    「付けてナイと思うケド……、ク、クククッ」
     ぼくがくんくんと枕を嗅いでいると、マホロアがくすくすっと楽しげな笑い声を上げた。慌てて口を塞いだけれど、時すでに遅し、だ。
    「カービィったらワンチャンミタイ! オーヨシヨシ、カワイイネェ〜」
     マホロアはそう言うと、からかうようにぼくの頭を撫でてきた。
    「もぉ〜やめてよぉ〜っ」
    「ククククッ! ……オヤ?」
     マホロアはぼくの制止も構わずなでなでを続けていたが、やがておでこや手に鼻先を擦り寄せてきた。
    「な、なあに……?」
    「イイにおい、ボクたちの身体からシテル。さっき入った温泉の香りダ」
     彼はそう言って、今度はすんすん、と鼻を鳴らして匂いを嗅がれる。マホロアの息遣いが肌に触れて、なんだか恥ずかしくなる。
    「く、くすぐったいよぉ」
     ぼくが身を捩らせると、マホロアはあっさりと軽い口調で離れた。
    「ゴメンゴメン。それより、夕ご飯食べに行コウ! 食堂、もう開いてる時間ダヨォ」
    「ほんと!?」
     ぼくはぱっと飛び起きる。思えば眠気に身を任せてお昼寝してしまったものだから、お腹ぺこぺこだ。さっそく身支度を整え、食堂に向かうことにした。

     食堂は落ち着いた和風な造りをしていた。壁には掛け軸や生け花などが飾られていて、お洒落な雰囲気を醸し出している。従業員のひとに外の景色がよく見える窓辺の席に案内され、料理の説明を受けた。なんでも旅行チケットには料理のコースも組み込まれているそうだ。
    「おいしそ〜!」
     ぼくは思わず歓声をあげた。一方マホロアはスマートフォンを取り出してさっと手早く写真を撮った。
    「わあっ! お写真!」
    「コウイウのも旅の思い出ダヨネェ」
     マホロアがぱちんとウィンクする。ぼくはふだん、旅の記録を残す習慣はない。だからこうして写真を撮るのは新鮮だったし、あとからこの楽しい気持ちを共に思い返せると思うと、今から心が踊る。
     彼が写真を撮り終えたあと、ぼくたちは料理を食べ始めた。季節の懐石料理、山の幸鍋、山菜漬けなど、どの料理もこの土地の特産品がふんだんに使われている。きのこはうまみがたっぷりだし、山菜も春らしい鮮やかな色合いと苦みが楽しめる。中でも一番気に入ったのが、山の幸鍋だ。たっぷり入った野菜やきのこ、魚はどれも出汁がよく染みていて、すぐに次の一口を食べたくなってしまう。やがて締めの山菜おこわが運ばれてきた。おこわは口に入れるとほろほろと崩れて、優しい甘さと山菜のうまみがいっぱいに広がった。これぞ旅先の味だ。
    「はぁ〜……幸せ〜!」
     ぼくは恍惚の溜息を漏らした。そんなぼくを見てマホロアがくすりと笑った。
    「カービィってホントにおいしそうに食べルよネェ」
    「だっておいしいんだもん!」
    「それは分かるケド、それだけじゃなくて……」
     彼はそこまで言ってハッとしたように口をつぐんだ。そして誤魔化すように咳払いする。
    「……あんまり食べっぷりがいいカラ、見てて面白いヨォ。ボクの分も食ベルカィ?」
    「えっいいの!? あとでやっぱり食べたいって言われてもあげないよ!?」
     ぼくが慌ててそう答えると、マホロアは苦笑いを浮かべた。
    「むしろ食べてホシイくらいダヨ。ボクにはちょっと多くてネ」
    「そうなの? どの料理も美味しくて、いくらでも食べられるくらいだけどなあ」
     ぼくがそう答えると、マホロアは呆れたようにため息をついた。
    「ボクは少食だからネ。……いやキミと比べたら大抵のヤツは少食だろうケド……、とにかく、お腹いっぱいのまま無理に食べるヨリ、代わりにタクサン食べられる人が美味しく食べる方が健全デショ?」
    「そっかぁ。じゃあ遠慮なくもらうね!」
    「ウン、ドウゾ。ホ〜ント、キミってよく食べるネェ」
     そうして、ぼくたちは夕食の時間を和やかに過ごしたのだった。
    1日目-4 あしたのはなし
    「カービィ、明日はドコに行こうカ」
     夕食を食べ終えて客室に戻ったあと、マホロアはぼくにそう尋ねてきた。
     ――どこに行こうか、かあ。
     かつて一人でいた頃のぼくは、それこそ目的も計画も何もなく、風に吹かれてふわふわと漂う風船のような旅人だった。ポップスターに住み着いてからも冒険の旅に出たことは多々あったけど、それはたいがい困りごとや事件を解決するためのものだった。勿論、どちらの旅もとても楽しかったけれど、こうして友達と目的地を決めながら行く旅も楽しいものなんだなあ。そう思うと、なんだか心の奥がじんわりと温かくなった。
    「やっぱり、おいしいものが食べられるところがいいな!」
     ぼくがそう答えると、マホロアはクククッと意地悪く笑った。
    「さっきお腹いっぱい食べたばっかりナノニ、もう食べ物の話カィ?」
    「えへへ〜」
     ぼくが照れ隠しに頬を掻くと、マホロアはまたおかしそうに笑った。そしてガイドブックを取り出して、ぼくに広げて見せた。
    「ジャア、明日は温泉街を見て回らナイ? いろんなお店があるみたいダヨォ。温泉まんじゅう屋さんにおそば屋サン……」
     マホロアと一緒にガイドブックを覗き込む。そこにはたくさんの美味しそうな料理の写真がお店の情報とともに掲載されていた。どれもこれも魅力的で、つい目移りしてしまう。
    「わあっ! どれも気になるなぁ〜!」
    「ソウダネェ。ア、このカフェなんかドウ? 温泉街の中デモ特に有名なお店で、温泉あんみつっていうメニューが絶品なんダッテ」
    「温泉あんみつ!? おいしそう!」
     ぼくが興奮気味にそう答えると、マホロアはクククッと笑ってガイドブックをめくった。そしてまたある箇所を指さして、ぼくに見せる。
    「ネェ、カービィ。この『夕暮れの丘』ってところも行ってミナイ? 夕日がよく見える場所なんだッテ。カフェから近いところにあるミタイだから、ついでにサ」
    「夕暮れの丘?」
     彼が指し示したそのページには、夕焼けに照らされる丘の景色を映した写真が載っていた。沈んでゆく夕陽が山々を赤く染め上げている様子が美しいパノラマで切り取られている。
    「行こうヨ、カービィ。きっとすっごくキレイダヨ」
     マホロアの声は、期待に満ちて弾んでいた。ぼくが大きく頷くと、彼は嬉しそうに笑った。
    「決まりダネ!」
     そうしてぼくたちは次の日の計画を立て終え、明日に備えて早めに眠ることにした。

     照明を消して、目を閉じる。しかし、なかなか寝付けない。布団の中でもぞもぞと寝返りを打っていると、くすくすっ、と鈴を転がすような笑い声が聞こえた。
    「カービィっテバ、楽しみで眠れないのカイ?」
     目を開けると、彼は布団にくるまったままこちらに顔を向け、ニヤニヤと笑っていた。
    「楽しみ……」
     思わず彼の言葉を反芻する。
     待ち遠しい、待ち切れない。早く明日になってほしい。明日が楽しみで仕方がない。寝付けないくらいにぼくは今、「あした」が来るのを願っている。「あした」なんか来なければいいと、「きのう」のままだったらいいのにと、あれほど願っていたのに。
    「……カービィ?」
     黙りこくったぼくを疑問に思ったのか、マホロアが呼びかけてきた。ほのかに光を持つ瞳が、ぱちりと瞬く。金色の瞳。月の色にも、蜂蜜の色にも、琥珀の色にも見える。ぼくの好きな、きみの色。
    「……うん、うんっ! そうなの! 早く明日にならないかなって、わくわくしてるの! 待ち遠しいの! 待ち切れないの! 寝てなんていられないの……!」
     ぼくがそう答えると、マホロアはくつくつと笑い出した。
    「カービィったら、チッチャイ子供ミタイ」
     ちょっとバカにしてるような、でもとっても楽しそうな、そんな笑い声。
    「そんなに笑わないでよ〜。だってほんとに楽しみなんだもの!」
    「ウンウン、ソウダネェ」
     ぼくが抗議すると、マホロアはよりいっそう愉快そうに笑った。そして、布団から手を伸ばし、ぼくの頭を撫でた。柔らかくて温かくて、心地良い。
    「ボクもダヨ」
     不意にマホロアが呟いた。布団の擦れる音に紛れてしまいそうなくらい小さな声。でも、確かに聞こえた。
    「え、」
     思わず聞き返すと、マホロアは大げさにバサバサと音を立てて寝返りをうち、ぼくに背中を向けてしまった。
    「ナンデモナイ。オヤスミ」
     少し不貞腐れているような声だ。もしかしたら照れているのかもしれない。そう思うと愛おしくて、彼の背中にぎゅうっと抱きついた。
    「なんだヨォ、ハヤク寝なヨォ」
    「えへへー、もう寝るもん」
    「離れてヨォ〜。寝苦しいジャン」
    「やーだ! このままがいい!」
     はなレテヨォ、やだもん! そんな実のない問答がしばらく続いたが、やがてどちらともなく笑い出した。
    「モウ、しょうがないナァ。好きにシタラ」
     ひとしきり笑ったあと、マホロアは呆れたとばかりに肩をすくめるような仕草をした。言葉そのものはそっけなかったが、声色は優しく、そして柔らかだった。
    「……えへへ」
     彼の背中に頬ずりをする。くすぐったかったのか、彼はまたクスクスと笑った。柔らかなおふとん、きみの服、そして、きみの体温。そのぬくもりに包まれているうちに、だんだんまぶたが重たくなる。ぼくはその微睡みに身を委ね、眠りに就いた。
    2日目-1 おだやかなあさ
     さんさんと降り注ぐ朝の光がまぶたをくすぐる。寝ぼけ眼を擦りながら身じろいでいると、ふと視線を感じた。目を開けると、マホロアがぼくの隣でじっとぼくを見つめていた。
    「オハヨウ、カービィ」
     どうやら、マホロアはぼくより先に目を覚ましていたようだ。マホロアはふっと口元を緩めて微笑み、ぼくの頬を指の背で優しく撫でる。くすぐったいけれど、心地いい。
    「マホロア、おはよぉ~」
     ぼくが笑いかけると、マホロアも笑みを返してくれた。朝日に照らされる彼の笑顔が眩しい。
    「マホロアも今起きたとこ?」
     ぼくがそう問いかけると、マホロアはニヤリと意地悪く笑い、ぼくの額を軽く指で小突いた。「わっ」とぼくが小さく声を上げると、彼はますます楽しそうに笑う。
    「キミが寝てるの見テタ。マヌケな寝顔ダナァってネ!」
    「もう〜! マホロアってば!」
     ぼくはちょっと怒ってみせたけど、マホロアは意に介さずといった様子だ。やがておもむろに手を伸ばしてきたかと思うと、ぼくの頬をそっとつまんだ。
    「むにぃ〜」
     両側からつままれて変形した唇で、潰れた声で抗議する。マホロアはそんなぼくを見てけらけらと声を上げて笑った。
    「起きよっカ。そろそろ食堂で朝ゴハン食べられる時間ジャナイ?」
     マホロアの提案にぼくは頷き、身支度を整えて食堂へ向かった。朝食はビュッフェ形式のようで、食堂には様々な料理が並んでいた。どれもおいしそうで目移りしてしまう。
    「うわぁ〜、いろいろある! どれから食べようかなぁ」
     ぼくは目を輝かせてマホロアを見た。彼もまたぼくと同じようにテーブルの上に並んだ料理を吟味している。並ぶ料理はどれも昨晩の夕食と同じく、地元の食材がふんだんに使われているようだ。悩みつつもどうにか選んで、テーブルに付く。
    「いっただっきまーす!」
    「イタダキマス」
    ぼくが元気よく挨拶すると、マホロアも続いた。山菜のお味噌汁は深い味わいが口の中に広がるし、焼き魚も脂がのっている。
    「んー! おいしい!」
    はしゃぐぼくに、マホロアが小皿を差し出した。
    「こっちの温泉卵もオイシイヨ」
     小皿の上で、だし醤油のかかったとろとろの卵がぷるんと揺れている。ご飯にのせて食べると、濃厚な風味が口の中に広がった。
    「こっちもおいしい~!」
     ぼくがそう言って笑うと、マホロアは満足そうに頷いたのだった。

     朝ご飯を済ませたぼくらは部屋に戻って、外出する準備を始めた。夕べ話した通り、今日は温泉街の散策をするつもりだ。
    「オヤ? ボク、ソレ初めて見るカモ」
     マホロアはそう言って、ぼくのウエストポーチを指さした。
    「いいでしょ〜! せっかくの旅行だから、新しいのおろしたの! 似合う?」
     このウエストポーチは鮮やかな青空色がお気に入りで、ここぞというときに使おうと思っていたものだった。ぼくがウエストポーチを手で持ちながら言うと、マホロアはニコッと笑って頷いた。
    「似合ウ似合ウ! キミにピッタリダヨォ」
    「えへへ、ありがと! マホロアのも見せてよ」
    「イイヨォ〜」
     マホロアはそう言うと、自らのポシェットを見せた。淡い桜色に歯車の刺繍が小さく施された、大人っぽいデザインだった。
    「何があってもいいように、バッチリ用意してるカラネッ。まずは財布デショ? それとガイドブック。ケータイ。ハンカチとティッシュ、お手拭き。バンソーコー、折りたたみ傘……」
    「えっ、ちょっ……えっ!?」
     思わぬ光景に、ぼくは驚いて声を上げてしまった。マホロアはポシェットの大きさからは想像できないほどのたくさんの荷物を次々に出したのだ。
    「そのポシェットどうなってるの!?」
    「魔力で中を拡張してるだけダヨ? 別に珍しくもナイヨォ」
     マホロアはケロリとした様子で答えるが、魔術のことなんて全く分からないぼくにとっては、感心するばかりだった。
    「すごーい!」
    「べっ、ベツにこんなの魔術師なら初歩の初歩ダヨォ! ……トニカク、これで大抵のコトには対応デキルってワケ」
     彼は咳払いすると、パチンと指を鳴らして操舵輪を象った魔法陣を出現させた。すると次の瞬間、先ほど取り出した大量の荷物はシュルルルッと吸い込まれるようにポシェットの中にしまわれていく。その早技に目を丸くするぼくを余所に、マホロアは何事もなかったかのように魔法陣を消した。
    「ホラホラ、早く出ようヨォ! まごまごしてたら時間がモッタイナイヨ!」
     マホロアはそう言って、急かすようにぼくの背を押した。そむけた顔はほんのり赤くて、照れ隠しにそうしているのだと分かった。
    2日目-2 おんせんがいめぐり
    「うわぁ〜! 見て見て、マホロア!」
     温泉街の大通りを歩きながら、ぼくは思わず声を上げた。歴史的な木造の家屋やお店が立ち並んでいて、まるでタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。
    「モ〜、あんまりはしゃぐとはぐれちゃうヨ?」
     マホロアはそう言うとぼくの手を握った。迷子にならないよう、手を繋いでくれるようだ。彼の手はぼくのよりひと回りくらい大きい。クリーム色のミトンは厚手でふかふかしているけど、布の向こうにある手のひらは、ほんのちょっぴりゴツゴツしている。
    「んふふ」
     なんだかくすぐったいような気持ちになって、ぼくは思わず笑みをこぼしてしまった。
    「ナーニ? ニヤニヤしちゃッテ」
     マホロアが怪訝そうな顔をしてぼくを見る。ぼくはふるふると頭を振って、マホロアの手をきゅっと握り返した。
    「えへへっ、なんでもなーい! 早く行こう、ぼく何か食べたいな!」
     ぼくが笑いかけると、マホロアはほんのりと頰を染めて笑い返して、近くの看板を指さした。
    「ジャアあれはドウ? 温泉街名物の温泉まんじゅうダッテ!」
    「えっ、ほんと!? 食べたい食べたい!」
     ぼくらは早速その店に並び、温泉まんじゅうを購入した。もちもちとした皮に甘いあんこが包まれたシンプルな作りで、頬張ると優しい甘みが口いっぱいに広がる。
    「おいひ〜!」
    「オイシイネェ」
     ほかほかのおまんじゅうを頬張りながら、ぼくらは顔を見合わせて笑った。
    「次はコッチだヨォ」
     マホロアは温泉街の大通りから一本脇に入った通りにぼくを案内した。しばらく歩いた先にお洒落な建物が現れた。
    「ホラ、あそこダヨ。夕べ話したカフェ。温泉あんみつが絶品ノ……」
     そのカフェは古民家を改装したらしく和モダンな外観で、とても風情があった。早速店内に入り、窓際の席に座る。
    「何食べル? やっぱり名物ッテイウ温泉あんみつ? でも他にも、抹茶アイスとか、黒蜜きなこケーキとかもあるみたいだヨォ」
    「うーん……そう言われると迷うなあ……」
     改めてメニュー表を見ると、どれも美味しそうで、目移りしてしまう。マホロアはそんなぼくを見てくすくすと笑った。
    「ゆっくり悩んでイイヨォ。ボクは抹茶アイスにしようカナ」
    「ぼくはやっぱり温泉あんみつにする!」
    「ウン、ワカッタ」
     注文してからしばらくすると、温泉あんみつと抹茶アイスが運ばれてきた。温泉あんみつは餡子や白玉、みつ豆に寒天などが盛り付けられていた。トッピングのさくらんぼが目にも鮮やかだ。
    「おいしそー! いただきまーす!」
     一口食べると、程よい甘さが口の中に広がった。もちもちの白玉にまろやかなつぶあんがよく合う。甘みの中にさっぱりと香るさくらんぼの酸味がまた良いアクセントになっていた。
    「おいしい〜!」
     思わず頰が緩んでしまうほど美味しい。隣のマホロアも抹茶アイスに舌鼓を打っているようだった。
    「マホロアのもおいしそう!」
    「ホシイノ? アーンしてあげようカ?」
    「えっ!?」
     マホロアがいたずらっ子のように笑いかけ、アイスをすくったスプーンをこちらに向けてきた。突然の提案にぼくは思わず目を丸くし、頰を赤らめた。嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。しかし、マホロアはぼくが躊躇ったのを見た瞬間、即座に手を引っ込めた。
    「冗談、ダヨ」
     そう言うマホロアは笑顔を浮かべているものの、少し声が震えていた。失言したとでも思っているのだろうか。唇を噛み締めるような、苦い笑顔。きみにそんな笑い方、もうしないでほしいのに。
    「マホロア」
     静かに、しかしはっきりと彼の名を呼ぶ。
    「ひとくち、ちょうだい」
     ぼくの言葉が予想外だったのか、彼は大きく目を見開いた。
    「……エ、カービ」
    「ひとくち! ちょうだい!!」
     彼の言葉を遮り、ぼくはもう一度言った。今度は少し語気を強めて。マホロアは戸惑ったような表情を浮かべながらも、スプーンをこちらに差し出してくれた。
    「……アーン」
     マホロアがスプーンを差し出す。ぼくが口を開けると、マホロアは抹茶アイスをぼくの口の中に運んだ。くちいっぱいに抹茶の風味が広がる。濃厚でほろ苦い、大人の味がした。
    「おいひい〜!」
     ぼくが頬を押さえながら言うと、マホロアはやれやれといったふうに肩を竦めるような仕草をした。
    「……そんな改まって頼むようなコトじゃナイデショ」
    「だってくれるなら食べたいもん!」
     ぼくが慌てて抗議すると、マホロアはクスクスとおかしそうに笑い始めた。
    「キミはホント~に食い意地が張ってるネェ」
    「そ、そんなこと……あ、あるけどぉ!」
     ぼくの弱々しい反応に、マホロアはいよいよ楽しげにケラケラ笑った。
    「ソウダ、カービィのもチョット味見させてヨォ」
     マホロアのその言葉に、ぼくは自らのあんみつをスプーンいっぱいにすくって差し出した。
    「いいよっ! はい、あーん」
     ぼくが差し出すと、マホロアは固まってしまった。そして頰を染めて視線を逸らした。
    「……ッ、……」
    「? どうしたの?」
     マホロアはしばし困惑したものの、やがて観念したようにぼくのスプーンを口に含んだ。あんこと白玉がつるんと彼の唇に運ばれる。
    「おいしいでしょ!」
    「……ウン、オイシイ」
     ぼくがそう笑いかけると、マホロアは照れ臭そうに目を伏せた。
    2日目-3 ゆうぐれのおか
     カフェの甘味を堪能したぼくらは、その近くにあるという夕暮れの丘に向かった。
    「うわぁ、すごい……」
     眼下に広がる雄大な景色に、ぼくは感嘆の声を上げた。太陽が遠くの山稜に吸い込まれるように沈んでいく。夜空の紺碧と夕暮れのオレンジ色が入り交じった美しいグラデーションは、まさに絶景だった。
    「キレイ……」
     マホロアもぼくの隣で、その光景に見惚れている。
    「マホロア、」
     ぼくは彼の名を呼んだ。彼はゆっくりとこちらを振り向く。
    「ナァニ?」
     その声があんまり優しくて、その笑顔があんまり穏やかで。ぼくは思わず息を吞んだ。
    「……? どうしたノ?」
     マホロアは不思議そうに首を傾げると、ぼくの頰をするりと撫でた。柔らかなミトンの指先が、ぼくの肌を滑っていく。その感触にじわりと胸が熱くなって、ぼくはさらに動揺した。心臓がばくばくと早鐘を打つ。
     ふと、きみ越しの空の遠くに、うっすらと細い三日月が見えた。笑顔を浮かべるきみの瞳のような、儚い光。月の色にも、蜂蜜の色にも、琥珀の色にも見えるその瞳が、ぼくは。
    「――きれいだ」
     気づいたら、言葉がこぼれていた。
    「ソウダネ、すごくキレイな景色――」
     マホロアが嬉しそうに笑って頷いた。しかし、ぼくは顔を横に振る。
    「きみがだよ」
    「……エ?」
     ぼくがそう伝えると、マホロアは目をぱちぱちとさせて、驚いた顔をした。
    「きみの瞳が、すごくきれい」
     視線が交わる。その瞳はやっぱり、月や蜂蜜、琥珀を思わせる。でもそのどれよりも、甘く優しく、美しい。
     マホロアはしばらくぽかんとしていたが、みるみるうちに顔を赤く染めていった。その頰にそっと手を伸ばす。触れた手のひらを通してじんわりと熱が伝わってきた。慌てたように視線を彷徨わせるきみは、まるで小さな子どものようで。
    「ナニ言ってるノ、モウッ」
     マホロアは拗ねたように吐き捨てると、ぷいっと顔を背けた。夕日に染まった紅い頬も、わざとらしく視線を逸らす姿もひどく可愛らしくて、ぼくは思わず笑みをこぼした。
    「日が暮れちゃうし、ホテルに帰ろっか」
    「そ、ソウダネェ!!」
     ぼくが彼の手を引くと、マホロアは裏返った声でやけくそ気味に返事をした。
     空はすでに、紺碧一色に染まりつつあった。

     ホテルに向かううちに、夕陽はすっかり沈みきってしまった。だが、街の灯りが暗い道を明るく照らしていたから、ちっとも怖くない。
    「ぷっくしゅ!」
     しかし夜風は冷たくて、ぼくは思わずくしゃみをしてしまう。日中は春の近づきを感じるとはいえ、夜はまだまだ冷え込むようだ。
    「ワァ、ダイジョウブ?」
     マホロアはそう言って自らのポシェットをごそごそと探ったかと思うと、柔らかな何かでぼくの体を包みこんだ。
    「コレ、羽織ってナヨ」
     それは保温性の高そうな大判のストールだった。そういえばマホロアのポシェットには様々な物が収納されていた。このストールもあらかじめこんな状況を予測して用意していた物のひとつなのだろう。流石、大抵のことには対応できると豪語していただけはある。ストールは、早朝の空を思わせる爽やかな薄青色をしていた。そんなストールをまとうと、まるでマホロアに優しく抱きしめられているかのような安心感を覚えた。
    「えへへ……、あったかあい。ありがとう、マホロア」
     ぼくがお礼を言うと、マホロアは照れ臭いのを誤魔化すように、ぼくの手をぐっと引いた。
    「ホラホラ! 早く帰ッテ、温泉入ってあったまろうヨ」
    「うん!」
     ぼくは元気に頷いて、ホテルへの道を急いだ。
    2日目-4 ほしぞらのよる
     客室に着いたぼくらはさっそく温泉に入ることにした。昨日温泉に入ったのは昼間だったけど、夜の帳が下りた露天風呂はまた違う趣があった。
    「わあっ! ここ、星がよく見えるね」
     露天風呂に浸かって見上げると、そこには一面の星空が広がっていた。まるで宝石を散りばめたようだ。
    「スゴイネェ……。オホシサマが降ってきそうなくらいダ」
     マホロアも空を眺めながらしみじみと呟いた。
    「星が落っこちてきたら、願いごと叶うかな?」
     彼のロマンチックな言葉にぼくがそう答えると、マホロアはクスクスと笑った。
    「キミはドーセ食べ物のコトナンデショ?」
    「むぅ、失礼な〜。ぼくだって食べ物のことばっかり考えてるわけじゃないよ! ……あ、でも、今日もお夕飯いっぱい食べたいなぁ」
     ぼくは胸を張って答えた。マホロアはさらに楽しそうに笑った。
    「キミらしいネェ」
    「そういうマホロアは何を願うの?」
     ぼくが尋ねると、彼は目を伏せた。ゆらゆらと揺らめく彼の瞳は、水面に映る月のようだった。
    「……ボク、ハ……」
     マホロアは言葉を切って、ぼくの背中にそっと身を寄せてきた。突然のことに驚いてしまい、身体がこわばってしまう。柔らかな肌と肌がもち、と密着し、感触や体温を直に感じてしまう。ドキドキと心臓が高鳴る。
    「ま、マホロア?」
     ぼくが名前を呼ぶと、マホロアは黙ったままぎゅっとぼくに抱きついてきた。その手には強い力が込められていて、少し苦しいくらいだ。
    「どうしたの?」
     問いかけても彼は何も言わず、ただぼくの背中に顔を埋めていた。その仕草はまるで、幼子が親に甘えるようでもあった。
    「マホロア……?」
     もう一度名前を呼んでみるけれど、やはり返事はない。彼の意図は分らないけれど、拒む気持ちは少しも湧かなかった。マホロアはしばらくの間、そうしてぼくの身体に寄りかかっていた。
    「……ヤッパリ、分かんないナァ」
     ぽつりと呟かれた小さな声は、星空の下で切なげに響いた。ぼくは何か言おうとして口を開いたけれどうまく言葉が出てこなくて、ひたすら沈黙が流れるばかりだった。しばらくそうしていたが、やがてマホロアの肌はぼくから離れ、ぱちゃんとお風呂から上がる音がした。
    「出る?」
    「……ウン」
     マホロアは小さく答えた。そして、ぼくの顔を見ることなくふわりと浮いて出ていった。ぼくは慌てて彼の後を追う。脱衣所で身体を拭いていると視線を感じた気がして顔を上げると、マホロアと目が合った。彼は何か言いたげな表情でこちらを見つめていた。しかしぼくが見つめ返すと、マホロアは突如ぼくにタオルをかぶせて、ごしごしと頭を拭き始めた。
    「わあ!?」
     突然の行動に驚いて声を上げてしまうけれど、彼の手つきは存外優しくて、次第に心地よくなっていった。
    「キミの手じゃ届かないデショ? 拭いてアゲルヨォ〜」
     タオルの隙間から覗くマホロアの微笑みは柔らかくて、まるで綿菓子のようにふわふわとしていた。見つめているだけで幸せな気持ちになる笑顔だった。
    「えへへっ、ありがと」
     ぼくは素直にお礼を言って、マホロアに身を任せた。マホロアは楽しそうに鼻歌を歌いながら、ぼくの身体を丁寧に乾かしてくれた。

     昨日とは異なり、今日は客室に夕食が運ばれる形式だった。地元の牛肉や魚介類をふんだんに使っており、すき焼きにカルパッチョ、海老のマリネや牛すじ煮込みなど、たくさんの料理が並べられた。
    「うわぁ〜……! 今日のもおいしそう!! いただきまーす!」
    「イタダキマス!」
     ぼくはわくわくしながら箸を手に取った。すき焼きのお肉を口に運ぶと、甘辛いタレがじゅわっと染み出す。マホロアも海老のマリネを美味しそうに頬張っていて、ぼくもつられて笑顔になった。

     夕食を食べ終えてしばらくしたのち、マホロアが備え付けの急須でお茶を淹れてくれた。
    「はい、ドーゾ」
    「ありがとう!」
     ぼくは湯呑みを受け取って、ゆっくりと口をつける。緑茶の香りがふわっと広がって心地よい。マホロアも自分の分を淹れて、ふうふうと冷ましながら飲んでいた。美味しいご飯と温かいお茶で満腹になったぼくは、幸せいっぱいの気持ちでソファに寝転がった。
    「このまま寝ちゃいそう……」
    「もう寝チャウノ?」
     マホロアはくすくすと笑いながらぼくの隣に座った。
    「だって、お腹いっぱいなんだもん」
    「まあネェ」
     彼はぼくの隣に座って、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。
    「マホロアの手、好きだな」
     ぼくがぽつりと呟くと、彼は少し驚いたようだった。
    「ソウ? 別に普通の手だけどナァ」
    「そんなことないよ! あったかくて、安心するの」
     ぼくはそこで言葉を切って、マホロアの手を取った。そして自分の頰に当てる。彼の手のひらの温もりがじんわりと伝わってきて心地よかった。マホロアはくすぐったそうに身を捩ったけれど、ぼくの手を振り解こうとはしなかった。
    「……ボクもキミの手、好きダヨ」
     マホロアはそう答えて、ぼくの手にすり、と控えめに頬ずりをした。まるで子猫のようなその仕草にドキッとする。なんだか胸がぽかぽかしてくるような、不思議な気持ちだった。
    「フフッ」
    「えへへ……」
     二人で顔を見合わせて笑い合う。マホロアはぼくの手をきゅっと握り、柔らかな笑みを零した。その笑顔を見ているとぼくも自然と幸せな気持ちになるのだった。
    「……フワァ」
     マホロアは大きな欠伸をしたかと思うと、そのままぼくの身体にもたれかかってきた。
    「眠い?」
     ぼくが尋ねると、マホロアはこくりと頷いた。彼はうとうとしながら目をこすっている。どうやらかなり眠たそうだ。
    「ぼくも眠いや」
    お互い、ふにゃふにゃとした声で話した。
    「じゃあ、寝ちゃおうカ」
     マホロアの提案にぼくは素直に頷いた。二人で寝室に向かい、ベッドに横になる。マホロアはぼくの隣に潜り込むと、ぎゅっと抱き着いてきた。
    「カービィはあったかいネェ。湯たんぽミタイ」
    「えへ……ならぼく、きみ専用湯たんぽになる……」
     ぼくが冗談めかして言うと、マホロアはクスクスと笑った。
    「ボク専用のキミカァ……」
     マホロアはそう言って、ぼくの胸に顔を埋めた。彼の体温と吐息が直に伝わってきて、心地良い。ぼくもマホロアをぎゅっと抱きしめた。彼の鼓動を感じる。とくん、とくんと脈打つ音が耳に響いていた。
    「……おやすみ」
    「オヤスミ……」
     ぼくとマホロアは互いに言葉を交わし、そのまま眠りについた。
    3日目-1 みんなにおみやげ
     翌朝。ぼくが目を覚ますと、マホロアはまだ眠っていた。隣から規則正しい寝息が聞こえてくる。布団から顔を出して彼の横顔を見てみると、彼は安心しきったようにすやすやと眠っていた。ぼくはそのいとけない寝顔をしばし眺めることにした。しかし、おなかがぐうう~と鳴ってしまう。空腹が我慢できなくて、ぼくは結局彼をゆさゆさと揺り動かした。
    「ねえ、起きよ~」
    「ンゥ……」
     マホロアは不機嫌そうに唸ったのち、ゆっくりと目を開けた。まだ寝ぼけているようでぼんやりしている。彼はぼうっとした表情のままぼくをしばらく見つめていたが、急にぼくの胸元に顔をうずめてきた。
    「わぁっ」
     突然の行動に驚きの声を上げるけれど、マホロアは気にした様子もなくすんすんとぼくの匂いを嗅いでいる。しかし突然バッと顔を上げたかと思うと、苦虫を噛み潰したような顔になった。
    「……ア~~ゴメン、寝ぼけテタ」
     ほんのり赤く色づいた頬を指先で搔きながら、マホロアはバツが悪そうに視線をそらした。その仕草がおかしくて、ぼくは思わず笑ってしまった。
    「あはは、おはよう! ぼくおなかすいちゃった。はやく朝ごはん食べに行こ!」
    「ウン……」

     食堂にて朝食を済ませたぼくたちは、客室に戻る道すがらホテルの売店に立ち寄った。店内には温泉まんじゅうや温泉卵、ストラップなど、様々なお土産が並んでいる。順番に商品棚を見ていると、ひとつのキーホルダーが目にとまった。それは、昨日訪れた夕暮れの丘の景色が描かれた、アクリルキーホルダーだった。
    「わぁ、これきれい!」
    「欲しいノ?」
     マホロアに尋ねられて咄嗟にうなずくと、彼はひょいとキーホルダーを取ってレジに向かってしまった。
    「えっ? い、いいよ! ぼくそんなつもりじゃ……」
     ぼくが慌てて自分のお財布を出そうとすると、マホロアは首を横に振った。
    「いいからイイカラ! 旅行の思い出ってコトで受け取ってヨ」
     いたずらっぽくウインクする彼の手には、ぼくの分と合わせてもうひとつ、同じキーホルダーが握られていた。
    「これでオソロイダヨ」
     そう言ってマホロアは、まるで宝物を見るような瞳でキーホルダーを見つめた。心底嬉しそうな彼の横顔に、ぼくはなんだかくすぐったい気持ちになった。
    「ソウダ、今日は温泉街でお土産を見るカイ? ミンナにもお土産買わなくチャダモンネ」
    「いいね! いっぱい買ってこうよ!」
     マホロアの提案に、ぼくは笑顔で頷いた。

     それぞれウエストポーチとポシェットを携え、温泉街に繰り出した。
    「ねぇねぇマホロア、このお菓子美味しそうじゃない?」
     大通りに建つ一軒のお店の前で足を止めた。店頭で温泉街名物と宣伝された焼き菓子が目立つようにディスプレイされている。
    「これお土産に買っていこうよ!」
    「ソウダネ、入ってミヨウカ」
     店内のショーケースには、温泉まんじゅうやプリンなど、さまざまな名産品が並んでいた。どれもこれも魅力的でついつい目移りしてしまう。マホロアは先ほど店先で見た焼き菓子の棚を見つけ、その中でも一番たくさん入っている大きな箱を指し示した。
    「大王サマはたくさん入ってる箱の方がいいんジャナイ?」
     デデデ大王はぼくに負けず劣らず食いしん坊だ。それに、彼の住むデデデ城には彼の部下が大勢いる。お土産はあればあるほどいいだろう。
    「そうだね! 三、四箱くらい買っておこうか。他にはどうしようかな?」
     とりあえず店内を順番に見ていくことにした。すると、一角のスペースに目が留まる。そこには地元産のお酒が並ぶコーナーがあった。
    「大王サマってお酒とか好きそうダケド、ドウカナ?」
    「好きだと思うよ! けっこう強いんじゃないかな? デデデ城の忘年会とか、毎年盛り上がってるみたいだし」
    「ヘェ~。じゃあこれなんかドウダイ?」
     そう言ってマホロアは、ひとつの酒瓶を指した。ポップには地元の酒造メーカーで作られている名酒と書かれている。いわゆる地酒というものだろう。
    「わあ、いいね! この土地ならではって感じする!」
    「ジャア、これにしよウ」
     マホロアはそう言うと、地酒の箱をひとつ手に取った。そのとき、ぼくは地酒の隣にウイスキーも並んでいるのに気づいた。どうやら、デデデ大王に選んだ地酒と同じ酒造メーカーで作られているもののようだ。
    「これ、メタナイトにどうかな? ウイスキーって甘いものと合うって聞いたことあるし」
     ぼくがそう言うと、マホロアが首をかしげた。
    「メタナイトって甘いもの好きナノ?」
    「そうみたいだよ。チョコレートケーキとか、フォンダンショコラとか、よく食べてるっぽい」
     ぼくがそう答えると、マホロアは少し考え込んだ後に口を開いた。
    「フーン……。じゃあ、これもどウ? チーズはウイスキーに合うって何かで見た気がスル」
     マホロアが指差したのは、地元の牧場で生産された牛乳をたっぷりと使ったチーズクッキーだった。
    「いいと思う! 大きな箱のを買えばハルバードのみんなも食べられるし」
    「ソウダネ。じゃあ大王サマにはこの焼き菓子の箱と地酒、メタナイトにはこっちのウイスキーとクッキー。バンダナ君にはドウスル?」
    「バンダナワドルディには……あ! あっちあっち! あのへんとかどう?」
     ぼくが指差したのは、蜂蜜関連コーナーだ。なんでもこの土地では養蜂に力をいれているらしく、蜂蜜が使われた商品が各種取り揃えられていた。
    「なら、コレなんてドウ? この『ハチミツスイーツセット』ってヤツ。蜂蜜が使われてるお菓子の詰め合わせなんダケド、プリンやミニタルト、パウンドケーキとか、いろんな種類が入ってて、食べ比べできるミタイダヨォ」
    「いいね~! これにしよう!」
     ぼくは喜んでその商品をかごに入れた。
    「食べ物以外のお土産も買っトク?」
    「そうしよう!」
     ぼくたちはこの店の会計を済ませ、別の店も回ることにした。順繰りに大通りのお店を見ていくと、その中にバスグッズの専門店があることに気づいた。
    「ねぇマホロア、このお店入ろうよ!」
    「イイネェ、おもしろソウ」
     さっそく店内に入ってみると、さまざまな商品が所狭しと並べられていた。石けんやボディーソープ、洗顔料、入浴剤などはもちろんのこと、化粧水や乳液、美容液など、スキンケア品も豊富に取り揃えられているようだ。
    「見て見て、この入浴剤! ご自宅で温泉気分が楽しめます、だって!」
     ぼくが手に取ったのは、レトロなパッケージの入浴剤だ。この土地の天然温泉を完全再現したと謳っている。
    「ヘェ……研究に研究を重ね、天然温泉の色や香り、成分、効能を再現……。スゴイネェ」
     マホロアはパッケージの説明文を読み上げると、感心したように呟いた。よく見るとほかの商品も、温泉をイメージしていたり、温泉水を配合していたりと、どうやらこのお店は地元の温泉を生かしたバスグッズが売りのようだ。
    「そういえばキミってスキンケアとかしてるノ? ナンニモしてナサソウダネェ~」
     マホロアはククッと笑いながら、ぼくのほっぺをつついてきた。
    「してるよ! ……すぐ飽きちゃうけど」
     ぼくだっておしゃれへの興味は人並みにある。そういうことに詳しい友達に教えてもらったスキンケアを試してみたりもする。しかし、こまごまとしたケアを毎日するのは大変で、全く長続きしないのだ。
    「クックク、カービィらしいネェ」
     ぼくの返答に、マホロアはさらにおかしそうに笑った。なんだか馬鹿にされているようで悔しい。
    「そういうマホロアはどうなの~?」
    「多少はシテルヨォ。アンマリ手間と時間かけたくないから、細かく使い分けたりはしないケド」
     マホロアはそう言いながら、商品棚からひとつボトルを手に取った。
    「……デモせっかくダシ、ここでイロイロ買って行コウカナァ」
    「さんせー!」
     ぼくが手を挙げると、マホロアは満足そうにうなずいた。スキンケア商品の棚で、一通り手に入れることができた。自分たちやみんなの分の入浴剤も買い揃え、ぼくたちはお店を後にした。
    「ぜんぶ温泉の成分が入ったやつ使うなんて、なんかぜいたく~」
    「ククッ。ソウダネェ」
    「そうだ! 帰ったら温泉入ってさ、お風呂上がりに今買ったもの使ってみようよ!」
    「いいネェ。面白ソウ!」
     マホロアは楽しげに笑った。それからぼくたちは温泉街を散策し、様々なお土産屋さんを見て回った。しばらく歩いていると、ぐううっとお腹の虫が鳴った。
    「お腹すいた~」
    「結構歩いたカラネェ。そろそろお昼ご飯にシヨッカ。何がイイ?」
     マホロアに提案され、ぼくは考え込む。ふと、最初に行きたい場所を話し合ったとき、温泉街におそば屋さんがあるとマホロアが言っていたのを思い出した。
    「そうだ! おそば食べたい!」
    「アァ、おそば屋サンがあるんダッタネ。エ~ト……、ウン。すぐ近くみたいダネ」
     マホロアは手早く地図を確認すると、ぼくを案内してくれた。おそば屋さんは大通りから少し脇道にそれたところに佇むこぢんまりとしたお店だった。店内に入ると薄暗く落ち着いた内装がぼくたちを迎えてくれた。すべて個室の座敷席になっているらしい。店員さんに席に通され、メニュー表を眺める。
    「ぼく、この山菜天ぷらそばっていうのにする! マホロアは?」
    「ボクもそれにしヨウカナ」
     注文を終えて料理を待つ間しばらく、沈黙が続いた。静寂に包まれた空間で、時間がただゆるやかに流れていく。会話はないが気まずさはない。やっぱりぼくは、こうしてマホロアと過ごすのが好きだ。マホロアはメニューを閉じるとおもむろにスマートフォンを取り出し、アルバムアプリを開いた。
    「写真、いっぱい撮っチャッタ。帰ったら整理しないト」
    「見せて!」
     彼に画面を見せてもらうと、そこには旅行中に食べた料理の写真や綺麗な景色の動画などがたくさんあった。
    「いつのまにこんなに撮ってたの?」
    「キミがお鍋に夢中な時トカ、温泉まんじゅうに夢中な時トカ、あんみつに夢中な時トカ……」
    「そ、そんなにいつも食べ物のことしか見てなかったわけじゃないよ! ちゃんときれいな景色とか温泉とかも楽しんでたよ~!」
    「クククッ、分かってるヨォ」
     ぼくが頬を膨らませると、マホロアは愉快そうに笑った。ぼくの反応を見て楽しんでいるようにしか見えない。まったくもう、とぼくは呆れつつため息をつく。マホロアはクスクスと肩を揺らすような仕草をしながら、次々と画面をスワイプしていった。しかし、一枚の写真でピクッと指が止まった。
    「これは?」
    「アッ」
     マホロアは慌ててスマートフォンを引っ込めた。しかし直前でぼくは彼の手を掴み、スマートフォンの画面を見る。そこに映っていたのは、今泊まっている客室のベッドで眠る、ぼくの動画だった。アングルを見るに、マホロアはぼくの隣で寝転がった状態で撮影したようだ。昨日の朝はマホロアが先に起きていたから、そのとき撮ったのだろう。
    「どうして隠すのさ」
     別にやましいことがあるわけでもないだろうに。そんな気持ちで問うと、マホロアは気まずそうに目をそらした。
    「……ゴメンネ。気を悪くしたナラ消すヨ」
     マホロアはしゅん、と耳を垂らした。いつになくしおらしい。ぼくを怒らせたと思っているのだろうか。
    「動画、もうちょっとよく見せて」
     ぼくの言葉に、マホロアはおずおずとスマートフォンを差し出した。受け取り、動画を見る。店内だからだろう、スマートフォンの音量は極小に設定されていた。
     布団に包まれて、静かに寝息を立てるぼく。早朝の淡い光が、桃色の頬を柔く照らしている。しばらくそのままの画が続いたが、やがてマホロアの指がぼくに伸ばされた。指の背で、ぼくの頬を優しく撫でる。夢の中でも何か食べているのか、ぼくの唇がもぐもぐと動いている。膨らむ頬をふにふにとつつかれたぼくが、ふにゃりと微笑んだ。――ふふっ。ちいさなちいさな笑い声が、聞こえた。マホロアの姿は画面内に映っていない。だけど、心底愛おしそうにぼくを見つめているのだと、その声が、その仕草が、確かに物語っていた。
    「……」
    ぼくは黙ってマホロアにスマートフォンを返した。頬が、胸が、心が、沸騰するくらい熱くなる。どんな顔をしたらいいか分からない。
    「ゴメン、やっぱりイヤだったよネ。消ス?」
    マホロアが申し訳なさそうに問うてくる。しかし、ぼくは首を振った。
    「だめ。一生とっといて」
    「エ?」
     マホロアが意外そうな声を上げる。
    「写真も、動画も、全部消しちゃだめ。あともっと撮って。マホロアと一緒に写りたい」
    「え、ア、ハイ」
     ぼくがそう言うと、マホロアは戸惑いつつも頷いた。ぼくの真意が読めないらしく、不可解そうに耳をぺたんとかしげていた。
    「……だいじょうぶ、いやじゃないから。むしろ……うれしかった、よ」
     蚊の鳴くような声だった。しかしマホロアは、ぼくの言葉をしっかりと聞き取ったらしい。彼はぽかんとした様子で目をぱちくりさせ、それから徐々に顔が赤くなっていった。
    「そ……ソウ」
     マホロアはそれだけ言うと、ぼくの言葉を噛みしめるように黙り込んだ。ぼくもなんだか恥ずかしくなり、結局お互いうつむいてしまった。

     しばらくそうしていると、店員さんが天ぷらそばを運んできた。気を取り直して、まずはそばを楽しむことにした。手打ちそばはコシがあるし、山菜天ぷらはサクサクとした食感が楽しい。つゆも上品でとても美味しく、ぼくたちはあっという間に平らげてしまった。
    「ごちそうさまでした!」
    「ゴチソウサマデシタ」
     食べ終えたぼくたちは会計を済ませてお店を出る。日はすでに傾きつつあった。ひんやりとした風が吹いていたので、マホロアがまたストールを羽織らせてくれた。
    「そろそろホテル戻ルカイ?」
    「そうだね! お土産もばっちり買えたし、時間はちょっと早いけど、そうしよっか」
     ぼくたちはホテルに向かって歩き出す。その途中、マホロアがふと歩を止めた。
    「カービィ、この旅行楽しイ?」
     少し前を行くマホロアが、ぽつりと呟いた。夕焼けが逆光となって、表情はよく見えない。
    「うん!」
     ぼくは満面の笑顔で頷いた。そして後を追いかけ、彼の手をぎゅっとつかんだ。マホロアはぼくの手を優しく握り返すと、照れくさそうに微笑んだ。ぼくたちは笑い合い、手を取り合ったまま歩き続けた。空はもう薄暗くなっていたが、街の明かりがぼくたちを明るく照らしていた。
    3日目-2 だいすきなほし
     ホテルに着いたぼくたちは、まず温泉に入ることにした。真っ赤な夕焼け空に包まれた露天風呂は、神秘的な雰囲気で満ち溢れていた。
    「わー、きれー!」
     露天風呂に浸かったぼくは、思わず歓声を上げる。目の前に広がるのは橙色の空と山々の稜線。そしてその向こうで一番星がキラッと輝いている。絵画のような光景に、ぼくはすっかり目を奪われた。
    「この星はホントにキレイダネ。……ナッツヌーンを思い出すヨ」
     ナッツヌーン。この星、ポップスターの土地のひとつで、建造物から見える夕日と大海原が美しい場所だ。ローアのパーツを回収していたとき、最後に訪れた場所でもある。
    「……ねえ、マホロア。ぼくね、この星が大好きなんだ」
     ぽつりとつぶやくぼくに、マホロアが視線を向けた。
    「ぼく、ポップスターに来る前も来た後も、いろんな星、いろんな場所に行った。いろんなものを見たし、いろんなひとに会ったよ。でも、このポップスターがいちばん好き」
    「……ドウシテ?」
     マホロアの問いに、ぼくはにっこり笑って答える。
    「うまく言えないんだけど……。あのね。この星は、いつもあったかいんだ」
    「アッタカイ……?」
     ぼくの言葉をマホロアは不思議そうに繰り返す。ぼくはうん、とうなずいた。
    「ポップスターはね、星に宿るぬくもりで、きらめきで……みんなをやさしく守ってくれるの」
     マホロアは、ただじっとぼくの言葉を聞いていた。
    「ただそこにいるだけでいい。……そんな場所は、広い宇宙でも、きっとこの星だけ」
     ぼくはマホロアの目をまっすぐに見据える。彼は少し戸惑ったように視線をさまよわせ、それから小さくうなずいた。
    「だからぼくは、ポップスターを守りたい。何としてでも、魂をかけてでも、この星を」
     ぼくはそこで言葉を切った。マホロアは何も言わずに、ぼくの話を聞いていた。彼の視線はだんだん下がって、うつむいていく。
    「マホロア。きみが、この星に来てよかった」
     その言葉に、マホロアはハッとした様子で顔を上げた。彼の目をまっすぐに見つめる。ぼくを見つめ返すマホロアの目は、信じられないものを見る目をしていた。
    「……ホントにそう思ウ?」
     マホロアは消え入りそうな声でつぶやいた。その声はかすれていて、今にも泣き出しそうだった。
    「うん」
     ぼくが力強くうなずくと、マホロアはちゃぷ、と水音を立てて背を向けてしまった。ぼくは心配になって、彼のそばへ近寄った。
    「どうしたの?」
    「ボクみたいなヤツ、来ないに越したことないデショ」
    「そんなわけない!」
    「ワァッ」
     あんまり悲しい言葉につい声を張り上げてしまう。マホロアはびっくりした様子で振り向いた。大きく見開いた目は涙がにじんでいる。ぼくはいてもたってもたまらなくなって、マホロアをぎゅっと抱きしめた。マホロアはぼくを振り払うこともせず、ただ呆然とぼくを見つめていた。抱きつかれた拍子に、その目から涙がぽろりと一粒こぼれ落ちた。
    「マホロアに会えてよかった」
     きみは生きていた。どこかで生き延びていた。友達を裏切った苦しい過去なんて、なかったことにだってできたのに、きみはそうしなかった。
    「また会えた。会いに来てくれた」
     ぼくの明日にきみがいる。きみの明日に、ぼくがいる。
    「ぼくはそれが、本当に。……ほんとうに、うれしいの」
     まぶたが熱い。視界がにじむ。もっともっと、話したいことがたくさんあるのに、声にならない。言葉の代わりに、涙がぽろぽろとこぼれる。
    「カービィ」
     マホロアがぼくの名を呼ぶ。抱きしめ返すその手のひらは、かすかに震えていた。
    「……カービィ」
     マホロアが、ぼくの名前を繰り返す。確かめるように、何度も、何度も。
    「すきだよ、マホロア」
     ぼくはマホロアの耳元に口を近づけて、そっとささやいた。すると彼は、ぼくの体を引き寄せ、強く抱きしめた。ぱしゃん。水面に波紋が広がる。それからしばらくのあいだ、ぼくたちは何も言わずに抱き合っていた。お互いの体温を分かち合うように、お互いの鼓動を重ねるように。
    3日目-3 おだやかなじかん
    「……はふ」
     お風呂から上がったぼくは、ソファに座ってほてった身体を冷ましていた。長風呂だったのもあるが、先ほどのやりとりが未だぼくの熱を逃がしてくれないでいた。苦し紛れにクッションをぎゅっと抱きしめた。しかし、ぽっぽっという感覚は引かない。彼の体温や息遣いが、まだ体に残っているような気がする。
    「カービィ、ここ浴衣アルみたいダヨォ」
     遅れてやってきたマホロアは浴衣を着ていた。淡い青地に朝顔柄の浴衣だった。今まで気が付かなかったけれど、部屋の棚に浴衣が用意されているらしい。
    「そうなんだ! じゃあ着ようかな?」
    「チョット待っテ、先に今日買ったノ使おうヨォ」
     マホロアはそう言うと、買い物袋の中からスキンケア商品を取り出した。
    「あ、そうだったね!」
     マホロアから化粧水を受け取り、顔につける。ひんやりとしていて気持ちいい。けどぼくの手は小さいから、上手にまんべんなくつけることができない。
    「カービィ、自分でできル?」
     苦戦しているぼくをみかねたマホロアが、心配そうに尋ねてくる。
    「ん~……ちょっとむずかしいかも……」
     普段やらないことをするのは難しいものだ。ぼくがそう答えると、マホロアは化粧水をたっぷりと自らの手に取った。
    「ホラ、やってアゲルカラこっち向いて」
    「は~い」
     ぼくは返事をして、マホロアと向き合う。彼は大きな手のひらでぼくの頬をそっと包み込んだ。マホロアはいつもミトンを装着しているが、今は素手だ。化粧水でしっとりと濡れた素肌同士がするすると触れ合う。ふに、ふに、と繊細な動きで化粧水を染みこませていく。
    「んふ……。きもちい……」
     さっぱりとした化粧水の感触とマホロアの柔らかな手のひらが心地よくて、ぼくは目を細めた。彼の手つきはとても優しくて丁寧で、まるでマッサージを受けているかのようだった。
    「次は美容液ダヨォ~」
     マホロアはそう言うと手の中に美容液を取り、手のひら同士をすり合わせた。
    「何してるの?」
    「美容液を手のひらで温めてるノ。こうすると肌になじみやすくなるンダッテ」
     マホロアはそう説明しながら、ぼくの顔に美容液を塗り始めた。温かいぬるぬるをまとった手のひらが、なじませるように顔全体をゆっくりと撫でていく。
    「次は乳液、そのあとはクリームダヨォ」
     彼の言葉が頭をすり抜けていく。ぬるり、ぬるりとぼくの身体を滑っていくマホロアの手を、ただ目で追いかけることしかできない。しばらくされるがままにしていると、突如マホロアが手を離した。
    「カービィ? 終わったヨ?」
     マホロアが不思議そうにつぶやく。ぼくはハッと我に返り、あわてて口を開いた。
    「あ、ありがと!」
     マホロアは少し怪訝そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻った。
    「ドウイタシマシテ。ハイ、浴衣」
     マホロアはぼくに浴衣を差し出すと、化粧水のボトルや美容液の容器などを片付けるため別室に向かっていった。ぼくは受け取った浴衣に袖を通す。しかし手が届かず、背中の帯がうまく結べない。
    「ウワッ、ナニその帯。ヒッドイ結び方! どうやったらこうなるノ?」
     戻って来たマホロアは、ぼくの背中の帯を見て案の定ケラケラと笑い出した。帯はゆるゆるで、かろうじて浴衣の腰元を留めているだけの状態だ。間抜けに見えるのも無理はない。
    「だって~」
    「クククッ。しょうがないナァ。やってアゲルヨォ」
     マホロアはぼくの後ろに回って帯を結んでくれた。
    「わーい! ありがとう! マホロアってやっぱり器用だね!」
     ぼくがお礼を言うと、マホロアは照れくさそうに頭を掻いた。
    「こんなの、大したことジャナイヨ。ホラ、そろそろ夕食が運ばれて来る頃ジャナイ?」
     時計を見ると、確かにもう夕食の時間だった。
    「わ、ホントだ! もうお腹ペコペコだよ~」
     ぼくがはしゃいでいると、部屋のドアがノックされた。返事を返すと、スタッフさんが料理を運んできてくれた。昨日までとは趣向が異なり、今夜はホテルオリジナルの創作料理とのことだ。テーブルの上に並べられた料理はどれも見目麗しく盛り付けされていて、とても美味しそうだった。
    「いただきまーす!」
    「イタダキマス」
     ぼくたちはさっそく箸を手に取り、料理を口に運んだ。料理はどれも絶品だった。素材の味を活かす調理法で味付けされているのか、素材そのものの風味が際立っている。どれもこれも本当においしくて、ぼくはすっかり満足してしまったのだった。

     夕食を終えたあと、ぼくたちは明日のチェックアウトに備えて荷物を整理することにした。荷物といっても、ぼくのリュックサックは小さいからあっという間に終わってしまった。一方マホロアのトランクケースは大きいし荷物も多いため、彼はまだ身の回りのものを片づけている。
    「明日はいつホテル出るんだっけ?」
     ぼくが訪ねると、マホロアはホテルのパンフレットを確認した。
    「チェックアウトの時間は早朝なンダ。遅れられないカラ、ちゃんと起きてヨネ?」
    「が、がんばる……」
     口ではそう言うものの、正直あまり自信がない。普段の生活では起きる時間なんて全く気にしないため、もしかしたら寝坊してしまうかもしれない。
    「しょうがないナァ。じゃあボクが起こしてアゲルヨォ」
     マホロアがやれやれといった様子でため息をつく。確かに、しっかり者の彼に任せておけば間違いないだろう。
    「じゃあお願い!」
    「ハイハイ」
     そうしているうちに荷物の整理をし終えたらしいマホロアはフワッと浮遊すると、広縁の椅子にちょこんと座り、窓から見える山々を眺めた。美しい夜景をバックに、マホロアの浴衣で淡く儚い朝顔の花が咲き誇る。優雅な花弁は、悲しげな静寂の中で静かに揺れ、遠くの夢の彼方を見つめるように微笑んでいた。朝顔の蔦が織りなす模様は、まるで切なさと寂しさを包み込むように、心の奥底をそっと触れる。ぼくはきっと、その美しさに心奪われながらも、切ない想いを秘めたまま、静かな朝の訪れを待ち続けるのだろう。
    「マホロア」
     ぼくが名前を呼ぶと、マホロアはゆっくりと振り返った。
    「ンー?」
     マホロアに歩み寄り、彼の顔をじっと見つめる。何も言わないぼくを不思議に思ったらしいマホロアはしばらく耳をぱたんと傾げていたが、やがて可笑しそうにくすくすと笑った。
     ――ああ。やっぱり、ぼくは。
    「……すきだな」
     人当たりのいい愛想笑いも、ぼくをからかう意地悪な顔も、どこか切なげな儚い笑みも、三日月のように細めた目も、鈴を転がすような楽しげな声も、ぜんぶ。
    「か、カービィ?」
     マホロアは驚いた様子で声を上げた。彼は慌ててぼくの頬に片手を添えると、もう片方の手でそっと目尻を拭った。その動作で、ぼくは初めて自分が涙を流していることに気が付いた。
    「ごめん、なんか、急に……」
     ぼくは涙を拭って笑った。マホロアは困った表情を浮かべていたけど、やがてぼくの身体を引き寄せて抱きしめてくれた。彼の体温と鼓動が伝わってくる。その温かさに安心感を覚えたのか、だんだん心が落ち着いてきた。
    「すきだよ、マホロア」
     呟くように、ぼくはきみへの想いをもう一度口にした。彼の胸に顔を埋めながら、ささやくように。
    「きみが、だいすき」
     マホロアの頬がうっすらと紅潮し、視線が泳ぐ。
    「カービィ……」
    マホロアは何か言いかけたが、恥ずかしげに口をつぐんでしまった。しかし、しばらく逡巡したあと、意を決した様子でぼくの目を見つめる。
    「……ボクも、キミのコト……」
     マホロアの声は、最後の方がほとんど聞こえないくらい小さくなってしまっていた。でも、確かに、確かにぼくへ届いた。
    ぼくはたまらなく嬉しくなって、彼の胸に顔をぐりぐりと押し付ける。お互いの体温を分かち合うように。お互いの鼓動を重ねるように。
    「~~ッ、ホラ、もう寝よウ! 明日は寝坊できないんダカラ!!」
     気恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、マホロアはぼくをゴムまりのようにはねよけると、すたこらと寝室に駆け込んでしまった。ぼくもそのあとに続くと、マホロアは顔を見られないように布団にぐるぐるに包まってしまっていた。ベッドに入って、布団越しに彼の頭を撫でる。
    「おやすみ、マホロア」
     ぼくがあいさつすると、マホロアはもぞもぞと身じろぎをして、くぐもった声で返事した。
    「……オヤスミ」

     明かりの消えた部屋で、ぼんやりと天井を見つめる。このホテルに泊まるのも今日で最後。そう思うと、なんだか名残惜しい。胸がきゅ、と締め付けられる。
    「明日で帰んなきゃなの、ちょっとさみしいね」
     マホロアはもう寝てしまっているかな。そう思いつつも、ぼそりとこぼす。
    「また来たらイイジャナイ」
     意外なことにすぐ返事が返ってきた。どうやら起きていたらしい。マホロアはひょこ、と布団から顔を出すと、ニコッと笑った。
     そうだ。また来たらいい。今回行かなかった場所だってたくさんある。食べなかったもの、買わなかったものだって。これから何度だって此処に来られる。旅に出られる。どこにだって行ける。
     きみのいる「あした」は、明日だけじゃない。明日もあさっても――ずっとその先も。ぼくの「みらい」にきみがいる。それは、なんて。
    「……うん」
     ぼくはそのただ一言と、とびきりの笑顔で返した。それだけで十分だった。マホロアはボクの頭を撫でて、優しく抱き寄せた。
    「オヤスミ、カービィ」
     ――なんて、たのしいんだろう。
    エピローグ かえりみちのてんき
    「カービィ、カービィ。起きてヨ~」
     マホロアにゆさゆさと身体を揺さぶられ、ぼくは目を覚ました。窓から差し込む朝日が眩しい。マホロアはすでに浴衣から普段着に着替えていた。
    「ホラホラ、今日は忙しいんダカラ! サッサと朝ご飯食べてチェックアウトするヨ!」
     彼はぼくが目を覚ましたのを確認すると、寝ぼけ眼のぼくの身支度を整えて、食堂に連れて行った。

    「わぁ、おいしそう!」
     早朝はビュッフェではなく、出汁茶漬けを提供しているらしい。テーブルには茶碗や炊飯器、地元のきのこや魚介類でとった出汁、トッピングとして鮭のほぐし身やかつお節、刻み海苔、梅干しなどが並べられており、各自お好みでお茶漬けを作るスタイルのようだ。
     ぼくたちはさっそく出汁茶漬けを用意し、席に着いた。ぼくは鮭のほぐし身と刻み海苔を、マホロアは梅干しとかつお節を選んだ。ほかほかの出汁が湯気を立てていて、実においしそうだ。
    「いただきまーす!」
    「イタダキマス」
     一口食べると、出汁の風味と具材の旨味が口いっぱいに広がる。ぼくがぱくぱく食べていると、マホロアは興味深そうに尋ねてきた。
    「ソウダ、カービィ。旅行中いろいろ食べたケド、どれが一番オイシカッタ?」
    「え~~!? そんなの決められないよ! ……ぜ、ぜんぶ!」
    「そんなの反則ダヨォ」
     マホロアはクスクスと可笑しそうに笑った。しかしその笑顔はすぐに、穏やかな微笑みへと変わった。
    「キミのカオを見てると、ボクまで、そんな気持ちにナルヨ」
    「そんな気持ちって?」
    問い返すが、ニコッと笑顔でごまかされてしまった。仕方ないのでそれ以上追及はせず、おかわりをよそいに行くことにした。しかし、マホロアに引き留められてしまう。
    「カービィ、さすがに二杯目食べるほど時間の余裕ナイヨ」
    「あ、そっか。じゃあこれでごちそうさました方がいい?」
    「そのほうが無難ダネ。ゴチソウサマ」
     マホロアはそう言うと、席を立ってお膳を片付けにいった。ぼくもお盆を持って後に続いた。

     ぼくたちは客室に戻り、忘れ物がないか最後の確認をした。
    「忘れ物はナイ?」
    「うん、大丈夫!」
     ぼくはリュックサックを背負うと、元気よく返事をした。マホロアもトランクケースを携え、準備万端だ。
     フロントにてチェックアウトを済ませ、ホテルを後にした。風は少し冷たいけれど。日差しがあたたかく、空気も澄んでいてすがすがしい。
    「じゃあ、帰ろうカ」
     マホロアはそう言って、少し前をふよふよと浮遊する。ぼくは笑顔で頷くと、彼の手を取った。マホロアはびっくりしたようにこちらを見ると、照れくさそうにそっぽを向いた。
    「カービィ……」
    「えへへっ」
     ぼくはいたずらっぽく笑うと、彼の手をぎゅうっと握った。マホロアも観念したようで、ぼくの手を握り返してくれた。
     ねえ、マホロア。きみはどこにでも行ける子だ。その才で、心で、どこにだって。どんなに難しい夢だって、きみならきっと成し遂げる。
    願わくば、その未来にずっとずっと、寄り添えますように。
     行こう、マホロア。
    ――きみと、どこかとおくへ。
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