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    reiwaruka00

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    🈁🐶♀「結婚前夜、忘れられない元カレと……」のモブ運転手視点。
    余裕そうに見える梵コが内心はちゃめちゃ焦ってるの可愛いかな、と思って書きました!

    🈁🐶♀「結婚前夜、忘れられない元カレと……」のモブ運転手視点。私は鈴木喜朗、歳は五十代を過ぎたあたり、いたって普通の善良な小市民だ。
    ただし、一つだけあまり善良とは言えないことがある。
    オフィス街に建てられた綺麗なビルから見慣れた人影が出てくるのに気づき、運転席を降りる。一部の隙も無くスマートにスーツを着こなす姿も洗練された歩き方も特徴的な髪型も見慣れたものだったが、珍しいことに様子がおかしい。
    「は?ふざけんな、報告ミスがあった……?そんなんで通ると思ってんのかよ、もう……最悪だ……お前の処遇は追って通達するから首洗って待っとけ」
    何台も持ち歩いているスマホの一つで声を荒げ通話しながらこちらに歩いてくる。いつも冷静で無駄が無い雇い主にしては珍しいことだった。ノートパソコンやタブレットの入ったブランド物のバッグとは別に、このビルに入っているフロント企業で受け取ったらしい書類や資料を持っているが電話に夢中で風に飛ばされてしまいそうだ。
    ただならない様子に慌てて駆け寄り、書類を横から受け取る。助かる、とアイコンタクトしながら見た目に似合わず柄悪く、電話に向かって声を荒げていらただしげに通話を切った。

    大きく溜め息を吐いてオフィス街の真ん中の歩道に座り込みそうなほど、落ち込んでいる。こんな姿を衆目にさらすわけにはいかないので慌てて後部座席のドアを開け、書類と一緒に無理やり乗せた。
    自分も運転席に乗り込み、次の予定である事務所へと車を出そうとする。

    「……今日の予定は全部なし、渋谷区のいつものとこ行って。急ぎで。至急」
    「は……?」
    予定はいいのだろうか、と思ったがただの運転手である私が雇い主……凶悪組織梵天最高幹部の九井一様に逆らうことは許されない。
    「……かしこまりました」

    昔から車が好きで若い時は霞が関や赤坂を回る流しのタクシー運転手をしていた。その頃はナビやルート案内がまだ充実していなかったので、よく依頼される目的地まで早く安くいけるルートを自分で調べたり、暇なときも地図を眺めたり、と特に誰に強制されるわけでもなく工夫していたらそれなりに信頼されて常連客もついた。その中に一人の政治家秘書がいて、自分を気に入ってくれるようになった。その秘書が政治家になったのをきっかけに、お抱え運転手として出世することができた。所帯も持って順風満帆だったが落とし穴があった。若いころから空き時間にパチンコや競馬をしていたが、給与が増えたこともあり、闇カジノに手を出してしまい、借金を作ってしまった。取り立て屋が押しかけてくるようになり、家族とも縁を切ったが、意外なことに神は私を見放さなかった。

    「へー、〇〇先生のとこのお抱え運転手。運転得意なん?」
    取り立てに来た関西系のヤクザが斜に構えて面接のようなことを聞く。
    「車なら大抵のものは運転できます、見るより乗る方が好きでして」
    「トラックの免許もあんな、これは結構使えんで。他にアピールしたいことある?」
    「以前も何度かあったのですが、後ろから狙撃されながらの峠道カーチェイスが得意です」
    「……は?」
    「シートに座っている方は形はどうあれお客様だと思ってますので、命を懸けてでも目的地まで送り届けます」
    「……意外と肝座ってるやん、採用」

    そして、給与を借金の返済に天引きされる代わりに、今度はヤクザの組長のお抱え運転手となった。
    走行中にフロントガラスを狙撃されたこともあったし、逆に組長の護衛たちがブレずに銃弾をあてるのをアシストすることもあった。死ぬかも、と思ったことも一度や二度では済まないが運よく生き延び、それに反して組長は車とは関係なく、シマでトラブルが起こっている時にキャバクラで飲んでいるところを殺されてしまった。

    そんなわけで次の雇い主となったのが、組長のシマを乗っ取った新興組織梵天の九井一様だった。親子ほど年の離れた男は賢そうで同時に狡猾な目を光らせてこう言った。

    「お前の評判は聞いてる、俺の専属になってくれたら前の倍払うよ」
    他に特技も無いので、その言葉に飛びついて……いつの間にか五年が経った。



    しかしこんなに動揺した様子をみるのは初めてである。
    「おい、車飛ばせ」
    紳士的な九井様にしては珍しく声を荒げて、運転席のシートを蹴り飛ばす。昔、政治家や組長の運転手をしていた時は機嫌の悪い時によくされたな、と懐かしく思い出した。しかし、九井様がこんなことをするのは初めてだのことだ。多忙な九井様は車に乗っている間も大抵、パソコンやタブレットで仕事をしたり、通話をしていたりと忙しく、必要以上の私語はほとんどない。長距離の移動の際、ごく稀にうたた寝ぐらいはするが。
    だが、今日の九井様は通信端末を出すこともなく、窓の外をみて物思いにふけったかと思うと慌てて手鏡を取り出し髪を整えたり、スーツのほこりをはらったり、それが終わるとペットボトルの飲み物を取り出し、飲んだかと思うと変な所に入ったのかむせたりと落ち着きがない。こんなことははじめてだ。

    指示された場所は何度か行ったことがあるのでナビを入れなくても、最短ルートはわかる。渋谷区の街のはずれにあるバイク屋で、九井様はたまに、その近くを速度を落として走るように指示した。

    降りたことはない。なにかを見張っているのか様子をうかがっているのだとおもう。
    そういうケースはままあるのだ。商談で接触予定のターゲットの下見や、取引場所の下見。ただこの場所だけ、かなり長い間見張っているようだった。前任者の運転手から引き継がれ、自分に代わってからも週一回以上は必ず見張っている。
    「もっとスピード出せないか?」
    苛ついたように言う九井様の様子は尋常ではない。
    命の危機で追われている、くらいの大事でなければ警察に目をつけられるなと法定速度遵守を命じてくる。仕事柄、怪しい車がいればあとをつけてる車をまいたり、フェイントをかけたりするくらいは自己判断でするが……なにか組織に関わる大事だろうかと心配になる。
    「つけられてます?」
    「いや、そういうわけではないけど……」
    妙に歯切れが悪い。
    バックミラーを確認しても怪しい車はない。それが一目で分かるぐらい道は空いているが、逆に言えばだからこそむやみに飛ばせば警察や白バイの目についてしまい時間をロスする可能性もある。もちろん九井様も分かってるはずだった。
    しかしながら九井様の命令を聞くのが仕事なので、飛ばせるところはとばし、交番や警察署の近くは法定速度で走り抜ける。

    店が近づくといつものように通り過ぎるのかと思ってゆっくりと速度を落とす。しかし九井様は声をあげた。
    「店の前で止めろ」
    突然の予想外の指示に急ブレーキに近い止め方だったが、九井様は頓着した様子も無く文句も言わずにシートベルトを外すと、自分でドアを開けた。
    最高幹部が自分で車のドアを開ける……?
    信じられず、座席を振り返ると肌身は出さず持っているはずの機密情報の塊である通信端末もすべてシートに放られている。
    窓の外をみると、九井様は店に入り、店員となにか話しているようだった。五分も経っていないだろう。こちらに歩いてくるのが見えたので、慌てて車を降り、座席のドアを開ける。

    さきほどまでの落ち着かない様子とは違って、いつもの通り、余裕を見せて歩み寄り、車に乗った。
    運転席に戻ると、後ろから深いため息が聞こえてくる。これも常にないことだった。
    詮索はよくないが、業界の都合上一つの車に乗るというのは状況によっては一蓮托生の命だ。さすがに不安に思い、当たり障りなく声をかける。

    「……何かありましたか?」
    「いや……」
    やっぱり、通信端末を放ったまま、外をぼんやりと見た姿で九井様はぽつりと言った。
    「……好きなやつが他の男と結婚するって聞いたから」
    「…………」

    九井様の交友関係を全て把握しているわけでは無い、何人か決まった水商売の女はいるが、連れ込むことはなく、女性が必要な会合や飲み会に参加はさせるが、終わればこの車に乗せて金を渡し、送り届ける。車の中だと思って九井様に無理に迫る女もいたが、けんもほろろにあしらわれ、無理やり降ろすこともあった。自分の家を教えることも無いし、連れ込むこともない。九井様に決まった女性はいないと思っていたし、周囲もそういう認識だろう。

    ただ、ずっと見ていたあの店……。
    あの店を見張っていたのは、仕事上の理由ではなく個人的な事情だったのだろうか。もしかして、あの店にいる店員が好き……とか。あんまり女性が働く店らしくはないが。

    「……っ……」
    バックミラーを見ると真っ赤になった九井様が顔を手で覆っている。我に返ったらしい。
    「………………今の、誰かに言ったら殺す。忘れろ」
    「かしこまりました」

    この業界、いらぬ情報を知っていれば知っているほど消される確率が高くなる。一生懸命、頭の中に消しゴムをかける。自白剤を使っても思い出せないほど。忘れるのは得意だ。忘れなきゃ、何年も何十年もこの仕事で飯は食えない。

    「……お前はなかなか優秀だから消したくはないけどな」
    光栄な言葉で不要な情報を上書きした。
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