レオ監 供養 ごろりと寝ていた彼の体に、ばっと重なってみる。
正確に言えば跨った。褐色の肌とベットでゆたゆたとしているクセのある髪。何て素晴らしい眺めかしら、とうっとりしていれば、どけ、と呻かれた。
いや、と首を横にふれば、レオナ先輩は怠そうに上体を起こした。私を乗せたままである。私の体はその反動でベットにころりと転がった。こんなはずではなかったのに、と嘆きたくなる。みっともないったら、ありゃしない。私は彼の隣で大の字になっていた。
レオナ先輩は私を見ずに、そのまま立ち上がろうとする。逃してたまるかと腰にしがみついた。情けない。男に縋るなんて、と過去の私なら言うのだろう。
しかし、恋する女は常にバージョンアップされているので気にしない。
「おい」
ベットから出ていこうとするレオナ先輩は冷たい声を出した。何なら威嚇している。ぐるる、と咽が鳴る音にわたしはグリムみたいだと思った。床で寝ているグリムの尻尾を踏んづけた時に聞いたのだ。
「なんで逃げるんですか」
「あァ?」
視線だけで私を見るレオナ先輩は恐ろしい。副音声がどこからともなく聞こえてきそうだ。邪魔だ、消えろ、砂にされてェのか。答えはノーだ。私は応える。
私の想像の中のレオナ先輩と会話している間に彼は、また立ち上がろうとした。私は全身を使ってくっつく。
しかし、今度は振り払われた。
ごろんと私はその反動で壁の方に行ってしまった。
「テメェ次やったら容赦しねぇぞ」
絶対零度、こちらの行動・好意を完膚なきまでに壊すほどの声と視線を残してレオナ先輩は去っていった。
私は彼のベットに顔をすりつけ悔しさに呻く。
これで三十回目の失敗だった。
レオナ先輩の女になるための計画として彼の部屋もしくはベットに忍び込むが、今回で三十回目の失敗だ。
有り得ない。なぜ、こんなに失敗しているんだ。
レオナ先輩が使用していたタオルケットに顔を埋めて思考する。
ーー何が悪かったのか正直よく解らない。
「監督生くん、洗濯するんで、そのタオルケットこっちにください」
私がすんすんと鼻を擦付けタオルケットにしがみついていていると、ラギー先輩の声がした。
この光景も毎度お馴染みである。
「ラギー先輩、また失敗しました」
「こっちはレオナさんを起こしてもらえて、ちょー大助かりッス」
その上、これも頂いているしィ、マジで太客。
ラギー先輩はウシシ、と歯を剥き出しにして笑っていた。
ラギー先輩にマドルもしくは食べ物を渡して、毎朝レオナ先輩の部屋に入れてもらえているのだが、まるで結果の出ない夜這いならぬ朝這いにラギー先輩だけ大喜びの毎日である。
なんと、まあ悔しい。
ニギニギとタオルケットを抱きしめているとラギー先輩は私から奪い取った。あ、と手を伸ばせば、ペチンと叩かれる。
「ダメっすよ。これ、レオナ先輩のお気に入りのやつですから」
お気に入りのタオルケット?!
始めて聞いた事実に私は胸が高鳴るのを自覚した。
「うわっ、余計なこと言ってしまった」
「レオナ先輩はこれでしか眠れないとかですか?」
「・・・いやァ、まあ、うん・・・そんなトコかな」
言葉を濁しはじめるラギー先輩。
レオナ先輩のことだ。きっと、口止めしていたのだろう。だって、あんなにカッコイイ人が、お気に入りのタオルケットがないと眠れないなんて可愛いすぎるし。そんな事をサバナクロー寮の生徒に知られた際には、彼らは私の敵になるだろう。
今でさえレオナ先輩に対して尊敬という名のビックラブを向けている彼らだ。
尊敬のない愛を向けてしまっても可笑しくない。
「大丈夫です、私この事誰にも言いませんから」
「・・・あー、うん、お願いします」
さて、帰るか。今日の収穫はレオナ先輩の新事実だった。何て素晴らしい一日なのだろうか。
好きな人のことを、また一つ知ることができた。
ぐん、と背伸びをしてベットから立ち上がる。
「じゃあ、ラギー先輩、次もよろしくお願いしますね」
連絡します、と告げて私はレオナ先輩の部屋を後にする。
今日は先週行われた魔法薬学の小テストの結果が解る日だ。
私は頭を切り替えてオンボロ寮に向かった。
(2)
「Good girl!!」
ひらりと飛んできた小テストにはパーフェクトと流れる美しい字で書かれていた。
クルーウェル先生はテンション高く私の元へとやってくると、髪をくしゃくしゃにした。笑うと可愛くなるクルーウェル先生の顔を見て頬が緩んだ。
「ありがとうございます」
「いいぞ、監督生。今回の小テストパーフェクトなのはお前だけだった」
私は更に頬が緩むのを自覚した。
「ありがとうございます、先生」
「お前はとてもイイ子だ。この調子で頑張れよ」
「はい!」
クルーウェル先生の言葉はとても嬉しい。着実に私の成績は伸びていっている。魔法薬学だけではなく苦手だった魔法史でも同じように先生から褒めてもらえることが多くなった。
「・・・お前マジでいつ勉強してんの?」
クルーウェル先生が教壇につき、今回のテストのポイントを説明してくれている中、エースはひそひそと聞いてきた。
「寝る前にしてます」
「寝る前ってバイトしてんのに、いつやるんだよ?」
隣のエースが呆れたように言ってくる。
エースは私がレオナ先輩に朝這いをしていることを知っているから聞いているのだろう。
私はその質問にへらりと笑って交わすことにした。だって、言ったら叱られそうだ。
「ちゃんと寝てるから安心していいよ」
「安心できねぇから言ってんの! てかレオナ先輩に今日でフラレたの三十回目だろ? お前いつまでこんな事、続けんの?」
「フラれてません。なんならまだ始まっていないから私にもチャンスがあるの」
そう、三十回目も朝這いが失敗していたとしても、私はまだレオナ先輩に告白をしていない。
貴方が好きですと相手に伝えて始めて告白は成り立つのだ。
「お前ってすげーな」
「それはことば通りなのよね?」
「いや異世界人すげーよ」
「・・・絶対に馬鹿にしてる気がする」
エースとの会話をやめて、クルーウェル先生の言葉に集中することにした。とは言っても小テストの振り返りであるから、ノートをとる必要はなかった。
最初は何を言っているのか全く解らなかった授業も今では理解できるようになった。
もし、ここに来て始めた『努力』をもとの世界でも行えたら、と思わないこともない。
けれど、ここに来て私が勉強に打ち込んだのも、努力を惜しみなくできたのも全てレオナ先輩がいたからこそだ。
本当に恋をするって、すごい。
今日は放課後のバイトも先生からの頼み事も学園長からの厄介後もない。
なので、私はモストロ・ラウンジへと向かった。
事前に連絡をしていたので支配人室へはすんなりと行ける。
「先輩、ユウです。入ります」
ノック三回。返事は待たずに入る。アズールは既に待ち構えていた。横にリーチ兄弟も揃っている。私は大げさだなぁ、と呑気にアズール先輩の向かい側に座った。
私の手にはポイントカード。先日のバイト後に注文したキノコパスタで私のカードは貯まりきった。本当はあと三回は来店もしくはバイト終わりに何か注文しなければ貯まらなかったのだが、キノコ魔神のジェイド先輩がサービスして三回分を押してくれたのだ。
ジェイド先輩と視線が合う。
よかったですね、と口元だけで伝えてきたので、私はブイサインをしておいた。
「・・・待っていましたよ、ユウさん。それで、今日のお悩みは何でしょうか?」
アズール先輩は私の貯めたポイントカードをひらひらとさせながら、とても退屈そうに聞く。
魔法で私の手にあったポイントカードを奪ったようだ。
「あ、ちょっと何て扱いしてるんですか?! 私は今依頼者なんですから!」
「ええ、そうですね。貴方はせっせとポイントカードを貯めて僕に依頼してくるお客様ですけど、もう欲しいものを手にしているじゃあないですか」
「レオナ先輩とはまだ進展してません!」
「それは貴方に魅力がないだけであって僕には惚れ薬を作ることしかできませんよ」
「いや、私も惚れ薬なら、もう作れますから!」
そういえば、アズール先輩が嫌そうに顔をしかめる。
「・・・本当に貴方は馬鹿ですねぇ」
「アズール、そこは彼女の努力の成果を認めるべきでは?」
「そうそー。惚れ薬って難易度たけぇのに小エビちゃん、もう作れるようになったとかスゲーじゃん」
支配人室は大変賑やかだ。私のバイト先であるモストロ・ラウンジの偉大なる先輩方と私はこうして向き合い新たな契約を結んでいる。
最初は、この世界のことを学ぶためにアズール先輩の知恵を借りた。
二回目は、勉強についていくために授業の対策ノート。
三回目は、試験対策ノート。
もちろん、ノートを頂くからにはちゃんとどこぞのイソギンチャクとは異なり私は結果を示した。いや、対価か。
私の努力は主にアズール先輩との契約で成り立っていた。虎の巻を使って半年をかけて今の状況を得ている。
しかし、それでも足りない。
「飛び級とかって、できるんですかね?」
「無理です。考えてみなさい。貴方より優秀な僕や、僕よりもテストの点数が高いリドルさんでさえ、認められてないのですから、ちょっと勉強のできる貴方で飛び級なんてあり得ないでしょ?」
それは確かにそうだ。
しかし、そうなると私が一年生でレオナ先輩は三年生なので卒業してしまう。
彼は王族、私は身分も何も持たない人間なので、先輩が卒業したら出会う機会なんて皆無だ。
「マジで小エビちゃんさァ、男見る目ないよねぇ。トド先輩のどこがいいの? てか、もうアズールでよくない? 二人とも努力趣味だし、勉強好きだし、いいじゃん、アズールすげーオススメだよ」
フロイド先輩は急に口を開いたと思うと、推しの強いセールスマンとかした。
いや、アズール先輩はかっこいいし有能で優秀だし、何だかんだ面倒見もよくて頼りがいがあり、努力家だ。
まあ、がめついところとか何でも自分の掌の上で転がそうとするのは、良くないところだが。
マイナス点を抜いても彼は魅力的である。
けれど、私の頭の中にぽわわーん、と寝起きのレオナ先輩の姿が浮かび上がった。
惜しげもなく晒された褐色の引き締まった体。起こすと気怠げに呻く姿。ふさふさの尻尾がくたりと垂れていて、もう暴力的にセクシーなのだ。
抱かれたい、とか、愛されたい、とかそんなことは正直二の次で、私はあの人を見ることで脳内が幸せホルモンでいっぱいになる。
見ていたいのだ。一日中、朝起きてから夜寝るまで、レオナ先輩を見ることで、幸せだから。
「・・・うぇっ、小エビ、マジでキモいんだけど、てかそれさぁストーカーじゃん」
さっきまでノリノリで話していたフロイド先輩は一気に手のひらを返してきた。
「フロイド、正直に言い過ぎですよ。僕にもユウさんの気持ちは解りますよ。寝ても冷めても好きなもののことを考える気持ち・・・あぁ、僕も山に行きたくなりました」
ジェイド先輩は私のよき理解者であった。
今度同好会の活動に付き合ってあげよう、と今だけは思う。
そんな私をアズール先輩が冷めた瞳で見ていた。
「貴方も変態だったとは・・・、まあ僕にはどうでも良いことです。とにかく貴方の願いは『レオナ先輩と一緒にいること』なんですね?」
そうだ、と頷く。アズール先輩は私の願いに思案した。
真面目に願いを叶えようとしてくれるアズえもんをそっと見守る。
『レオナ先輩と一緒にいること』は今は簡単だ。近くに行けばいつでも会えるし邪険にされても気づかないふりをしていれば先輩の傍にいることはできる。
でも学園をでたら、それはできない。
レオナ先輩は三年生だ。留年してほしいが、今回はきっと四年生にあがる。そうすれば、もう先輩は学園では中々会えない。実習で校外へと行くので私はめっきり会える機会が減る。
そうなると今度は卒業で、レオナ先輩にそのまま会えなくなる。
無理、本当に無理。
お先真っ暗な未来に私は頭を抱えた。
おー、よしよしと優しく頭を撫でてくれるのは同士のジェイド先輩だ。フロイド先輩はいつの間にか居なくなっていた。私をヤバいやつ、関わりたくないやつと認定したのか。
なにそれ、辛い。
「ユウさん、解決策はあります」
アズエもんは眼鏡のブリッジを指で上げて語り始めた。
その案は想像を絶する苦しみを私にもたらすものである。
けれど、このまま悲しみの結末を迎えることを私は良しとしない。
何かを得るには相応の対価や犠牲がつきものである。
私はアズール先輩の言葉に頷いた。
「わかりました、レオナ先輩の恋人になっちゃおう作戦、私やります!」
ジェイド先輩が横でパチパチと拍手を行う。
アズール先輩は契約書を用意し始めた。
ここに名前を書けば後戻りはできない。
でも麗しのレオナ先輩をこれからも傍で見るためには私は行動をしなければならないのだ。
いつもより丁寧な字でサインした。
黄金の契約書ではなく、ただの紙の契約書ではあるが、アズール先輩は私の未来のために共に立ち向かう同士となった。
今までも協力してくれているスタンスではあったが、契約書を持ち出しての取引に私は見の引き締まる思いで支配人室を後にした。
「・・・ジェイドいい加減笑うのをやめろ」
腹を抱え、途中から息をするのも困難となったジェイドに目を向ける。
それでも彼は笑うのをやめなかった。
本当にあの女はどこか狂っている。
ジェイドもフロイドもその狂気を楽しんでいた。
だが、僕は正直恐怖しか感じない。
モストロ・ラウンジでバイトをさせてほしいと頼んできたユウさんは、真面目に働いた。
そして彼女が働き始めて三ヶ月目。給金を手渡すために呼んだ支配人室で、彼女は狂気に満ちた笑顔で唐突に話しだしたのだ。
『わたし、レオナ先輩と居たいんです。正直もう元いた世界に帰れなくてもいい位でして、彼の傍にこの先ずっと居るためにはどうしたらいいんでしょうか? やっぱり男になれば彼の盾になれるから男になるべきなんですかね? アズール先輩、お給料いらないからどうにかなりませんか? あ、ポイントカードありますよ、三枚貯めまして、それでも確実に一緒にいたいんです。アズール先輩、どうすれば私の協力者になってくれますか?』
僕は、ユウさんに彼に見合うためにはまず、学力をつけるべきだと苦し紛れに伝えた。
陸二年目の僕に彼女の求める解を用意することはできなかったからだ。
しかしユウさんは、その言葉に瞳をきらりと光らせて頷いた。
『確かに、レオナ先輩の隣に居るためには、まず私は学ばなければいいいけませんね』
ポイントカードを使い僕にこの世界の常識について学びたい、そう言ったのだ。
「トド先輩もすげーのに好かれたよね」
「あそこまで愛されるというのは、どんな気持ちなんでしょうか? やはり陸は面白いですね」
「」
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「レオナさぁーん、そろそろ起きてくださいよ、今月一回も朝練でてないじゃないっスか」
喧しいラギーの声に耳を塞ぎたくなる。タオルケットを頭からかぶろうと手を伸ばせば、ラギーの手で阻まれた。
「舌打ちはやめてくださいよ、今日久しぶりに天気いいんで、洗濯日和なんスよ。嫌なら別にレオナさんがしてくれてもいいんですよぉ?」
「あーわかった、持ってけ」
「あと今日オレめちゃくちゃウマーいお肉食べたいなぁ。それにオレ寝る間も惜しんでレオナさんの手伝いしたしホントキツイんですよねぇ」
にやにやと笑うラギーにタオルケットをぶつけてやる。が、躱された。
まあ、この一週間国からの依頼もありラギーには充分に働いてもらった。
対価のない仕事なんて引き受けませんからね、と最初に真顔で言われたことを思い出す。
「わかった、わかった食わせてやるよ」
「やった! じゃあサムさんに頼みますか?」
サムに依頼して肉を取り寄せ寮で焼くのもいいが、俺は一つ思いついたことがあったのでゆっくり首を振った。
「アズールに席を用意しろ、と言っとけ」
「モストロっすか?!」
「何だ? ワリぃのかよ」
「いや、別に・・・アズールくんにとびっきりの肉の用意してもらうよう言っときます」
「あと酒も用意させとけ」
「うへぇ、アズールくんの喜ぶ顔が浮かんでくる」
ラギーはすぐにスマホを取り出しアズールに連絡を入れていた。
「やることやったから俺は寝る」
「いや、ダメでしょ!」
ラギーは叫んだ。
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