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    ex41666093

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    ex41666093

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    フィガロと晶

    ノータイトル 晶は宗教とは無縁だった。でも、何かあれば神様ーー、と心の中で唱える。居るかどうかも解らない存在。心の拠り所というものだろうか。名も知らない神に、お願いーーと心の中で祈りを捧げる。それくらいの感覚。晶のなかでの神や宗教はその程度の認識だった。

     だからーー目の前の光景に、恐怖を抱いた。
     人々が、跪き、胸で手を組み、恍惚とした表情で晶の前に立つ男を見つめる。凄まじい熱気、狂気。ある者は彼の名を叫び歓びを声にしていた。その叫びに共鳴して、前方の集団、屈強な男達が、名前を叫ぶ。
     ーーフィガロ様、フィガロ様、フィガロ様!
     呼ばれたフィガロは応えるように手を上げた。それに対して歓声が上がる。前方の集団の亢奮が背後に控える人々を巻き込み、広場は彼の名前を合唱する集団となった。
     晶は我慢できずに耳を塞いだ。
     すかさず、レノックスが晶の肩を抱き、ミチルやルチルの背後へと連れていってくれた。
    「・・・賢者様、大丈夫ですか?」
     レノックスの労る声に晶は頷くことしかできなかった。
    「手を・・・賢者様、強く握り締めすぎて血が流れています」
    「あ・・・」
     晶の手を強引に持ち上げる。握りしめていた手を開くと、指先が白くなり手の平の肉に爪痕が深く刻まれていた。そこから血が流れている。恐怖、混乱、困惑ーー、今晶の胸の裡を支配する感情に名前をつけるのなら、そんな所だろうか。
    「賢者様、もう大丈夫です。もう大丈夫ですからね」
     レノックスが呪文を唱えながら晶の手を優しく握りしめてくれた。彼の手から温もりが晶へと流れ込む。手の先の冷えが徐々におさまっていった。
    「フィガロ先生、すごいなあ!」
     ルチルの声はフィガロの姿を讃えるものだった。
    「そうですね、フィガロ先生普段は頼りないのに、すごく・・・かっこよかった」
     ミチルが兄の言葉につられて早口で興奮気味にいった。
     晶は兄弟の言葉に衝撃を受けた。
     自分がフィガロに抱いた感情とはあまりに違う。晶が狼狽えているのに気付いたのかレノックスが握る手に力を込めた。
    「賢者様は、その感情でいいんです。フィガロ先生は・・・長く生きてきました。だから人の心を操るのに魔法はいらない。手に取るように解るから。でもルチル達にはその姿を、彼は見せていない。だからあの二人は、あれでいいんです。賢者様も、その恐怖は間違っていません」
     眼鏡の奥の瞳が真っすぐ晶を見た。
    「レノックスは?」
    「俺ですか?」
    「はい、レノックスはこんな場面をこれまで経験したことがあるんですか、だって全く、動じていません」
     晶が縋るように彼の手を握り締め返すと、レノックスは一瞬遠くを見るような眼差しをした。フィガロの背中を見ながら、別の誰かを見るような眼差し。ーーああ、何てことを聞いてしまったんだろう。晶は言ったあとに後悔した。
    「俺はこの景色を何度も見ました・・・だから慣れているのかもしれません。・・・俺には一生できないことですが」
    「・・・レノックス、すみません」
     言い辛い事を言わせてしまって、と告げれば彼は眉を下げて笑った。
    「遠い過去の話です。俺は大丈夫です・・・でも賢者様は御辛いでしょう?一度この場を離れましょうか?」
     レノックスの提案に晶は逡巡した。
     しかしーー、首を横に振る。
    「・・・逃げたらいけない気がします、だから、残ります」
     人の心を操る。けれど一方でそれは、晶を庇うために行われた判断だった。フィガロは誰も傷つけずに、彼の言葉だけでこの場を納めた。
    彼の言う、魔法使いと人間が手を取り合う世界のためーー。最も簡単な力での制圧ではなく心を支配して、終わらせた。
    だというのに、晶が恐れて逃げれば、それはフィガロを拒絶したことにもなる。
     晶はこの光景を目に焼き付けようと思った。
     フィガロは遠くなり、彼の表情はここからではよく見えない。
     街の代表者らしき身なりをした男が跪き頭を垂れる。
     ーー気持ち悪い。
     晶が嫌悪して、おぞましいと思うのはフィガロではない。
     その男は、晶達が街に入った瞬間に、罵声を浴びせた。民衆を扇動して、狂気の渦に巻き込んで、暴徒とかした彼等は晶たちに明確な殺意を向けていた。
     男は言ったのだ。
    『お前達がッ、お前達がこの街を壊した! この悪魔め! なにが、賢者の魔法使いだ! 厄災はお前達だ! 立ち去れ! 立ち去れ』
     立ち去れーー。
     それが、今はフィガロの足元で膝を折っている。
     フィガロが、この街の象徴であり厄災の影響で崩壊した神殿をまずなおした。彼らの前で瞬く間に。次に街の外れの時計塔をなおした。そのあと、濁った川の浄化をおこなった。
     ここまでおこなって、また街へと戻ってきた時には人々はフィガロや南の魔法使い達を歓迎した。
     フイガロは男の頭に手を翳した。
     柔らかな光が彼を包む。民衆が湧いた。
    「もう、大丈夫だ」
     フィガロは手を離して、男は崩れ落ちる。彼は滂沱の涙を流し、歓喜の声を上げ、フィガロへの感謝の言葉を高らかに叫んだ。

    「片付いたようですね」
    「・・・ええ」
     レノックスは晶の隣に控えてくれていた。
     ルチルとミチルがフィガロの元へと駆ける。彼等がフィガロの胸に飛び込み、フィガロは照れたように微笑った。
     いつもの、いつもの彼だった。
    「賢者様、いけますか?」
     フィガロ先生のところに、レノックスの言葉に晶は首を縦に振った。
    「大丈夫です、落ち着きましたから・・・いきましょう」
     レノックスの手を握る。その暖かさが救いだった。彼が晶に応えてくれるように握り返してくれたので、晶はお礼を告げた。
    「いいえ、気にしないでください」
     何てことのないように、穏やかに笑うと晶の歩幅に合わせて一緒に向かってくれた。


     フィガロは民衆の前から上手に身を隠した。あれだけ注目を浴びた後だというのに「さあ、君たちの生活に戻るんだ。もう大丈夫、この街は守られている」と告げると、彼等は大人しく従い、何事もなかったかのように元の生活へと戻っていった。
     広場に残された晶達は自然と固まる。
     フィガロは白衣のポケットに手を突っ込み、肩をすぼめていたが、ルチルとミチルが彼の元へと駆けていくと相好を崩した。
    「フィガロ先生、ちょっと疲れちゃったよ」
    「さすがです、フィガロ先生! みなさんの誤解が解けて本当に良かった。フィガロ先生、すごく、かっこよかったですよ!」
    「あはは、ルチルありがとう。ミチルもどうだった? 先生のことカッコイイって思ってくれた? 自慢したくなった?」
     ミチルは視線を泳がせたあとに、決意したようにフィガロを真っすぐに見た。
    「僕は、この街の人達が厄災の影響のせいなのに、僕達のせいだと言ったことは許せません。
    ・・・でも、フィガロ先生が前に言っていた、人の心を動かすのは力ではなくて心だという言葉の意味が良く解りました」
    「うん、そうだね」
    「・・・だから、先生は・・・その・・・」
    淀みなく伝えたあとに、急に俯いて顔を真っ赤にしたミチルはとても微笑ましかった。フィガロもそんな彼をじっと待つ。フィガロの口元が緩んでいるのは、ミチルには見えていない。
    「・・・かっこよかったです」
    「ありがとう、ミチル」
     フィガロがとても嬉しそうに目元を緩める。
    「フィガロ、お疲れ様でした」
    「フィガロ先生、怪我はありませんか?」
    「ああ怪我はないよ、賢者様も疲れただろ? ちょっと何処かで休憩したよね。お昼も食べていないし、本当にお腹が空いてもう倒れそうだ」
     フィガロは辺りを見回して「あそこ、何かお店やってるし、行ってみようか? とりあえずこれからのことは場所を変えて話し合いたいよね」と、場所を変えようと提案する。
     フィガロの言葉で空腹を自覚した。朝に食べたネロのご飯以降、何も口にしていない。
    「そうですね、あそこにあるのは食堂かな? 今の騒ぎのあとで行くのも気が引けますが・・・大丈夫そうですか?」
     晶の不安にフィガロはからりと笑った。
    「もう大丈夫だよ、とりあえず街の人達は影響を受けていないから。そうと決まれば、さあ、行こうか」
     フィガロが先頭をきって歩を進めた瞬間に背後から男が声をかけた。
    「お待ち下さい、賢者様と魔法使いの皆様」
     神殿の司祭を勤めているという男がフィガロの前に姿を現した。
     黒の詰めた襟をきちんと着こなした男は、土気色の肌をした痩せ型の男だった。皺が刻まれた顔、窶れた頰をした男はひどく疲れた面持ちをしている。
     それでも彼の瞳だけはきらきらと星が瞬くように輝いていて澄んだトパーズの色をしていた。
    「・・・わたしはこの街の神殿を任されています、シャジャルと申します」
     シャジャルは膝をつき、深々と頭を下げる。
    「賢者様、また魔法使いの皆様、今回の件、魔法舎に依頼をしたのは、わたしなのです。ご挨拶するのが遅くなり、また民たちを抑えることがでなかったこと・・・大変申し訳ございませんでした」
    「そんな・・・顔を上げてください」
    「シャジャルさん、僕達は大丈夫です」
     晶は何か言おうとした。けれど、なぜか言葉がでてこなかった。シャジャルの目から先程から視線を外せないでいる。
     ーーおかしい。頭の中で警鐘がなる。しかし同時にこの人にそんな感情を抱く自分が歪で間違っているような感覚が支配した。
    「賢者様・・・どうかしましたか?」
     レノックスが晶の横に立ち顔を覗き込んだ。晶も反応しようとしたが、心と体がばらばらになったかのように、シャジャルから視線が離せないのに意識はレノックスへと向いていた。
    「・・・レノックス」
     名前を呼ぶことは、かろうじてできた。
     しかし言葉にしようとすると、喉の奥が詰まってしまう。
    「・・・フィガロ先生、賢者様の様子が」
     レノックスが気づき、シャジャルと話していたフィガロに声をかける。フィガロの瞳が晶を捉えた。常と変わらぬ緩んだ瞳が一瞬、開かれる。
    「《ポッシデオ》」
     フィガロが呪文を口にした瞬間、晶の変調は嘘みたいに消え去った。
    「あ・・・」
     糸がきれた絡繰り人形のように、ぷつりと体が膝をつく。震えていた。なぜ、体に震えが走るのか解らない。折った膝が笑い、手も冷たくかじかんでいた。
    「賢者様、もう大丈夫・・・ほら、息を吸って、そう・・・あと吐いて。そう、もうできるだろ?」
     肩に触れるフィガロの手の感触に晶はうなずいた。それからフィガロはゆっくりと立ち上がり、晶を立ち上がらせてくれた。
     ルチルとミチルが隣に並び、声をかけてくれるが耳に入らない。
     晶の視線はフィガロから離せなかった。
    「シャジャル、君とんでもないものを持っているみたいだね。久しぶりに魔眼の持ち主に会ったから気づくのに遅れたよ」
    「・・・今のって、もしかして」
    「レノックスは会ったことあるかな? 彼の瞳は元々魔力を帯びているんだよ、だから魔力耐性のない者が見てしまうと、魅了されてしまう。そうだよね、シャジャル?」
    「・・・はい、その通りです。申し訳ございません、賢者様。特別な存在の貴方なら、通じないと思っていたので対策をせずにお会いしてしまいました・・・私の至らなさで不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございません」
    「・・・あ、いえ・・・大丈夫です」
     魔眼なんて、はじめて聞いた。
     ルチルとミチルも同じらしく、フィガロとシャジャルが話す姿をいつになく緊張した面持ちで見ている。
     レノックスが晶の前にでて、庇う姿勢を取った瞬間に、晶は判断した。
    「・・・あのシャジャルさん、今回の依頼主は貴方なんですよね? もし、よければ少し休める場所を紹介して頂きたいのですが・・・私も、ちょっと疲れてしまったので・・・その休んでから、お話を色々とお聞きしたいんですが」
    「勿論です、賢者様。神殿へご案内いたします。あそこなら皆様をおもてなしすることが可能ですし、ぜひ! お食事も用意できますので、皆様どうぞお越しください」
     フィガロが黙ったままシャジャルを見下ろす。
    「・・・フィガロ、それでもいいですか?」
     晶がおずおずと声をかければ、フィガロはゆっくり口許を横に伸ばした。
    「構わないよ、そこで話を聞こうか。案内してくれるかな、シャジャル」
    「ええ、もちろんでございます」
     恭しく頭を下げて、彼は神殿の方へと歩き始めた。
    「フィガロ先生、賢者様はもう大丈夫なんですか?」
    「うん、もちろん。先生は優秀なお医者様だからね、魔眼の魅了なんてすぐ解呪できるんだよ」
    「今日のフィガロ先生はとても頼もしいです! 賢者様、僕が支えますからゆっくり行きましょうね」
     ルチルとミチルの言葉に晶はほっとした。彼らが居るだけで場が和む。それにフィガロが怖くなくなる。
    冷えきった瞳に温度が灯り、今はいつもの南の魔法使いの彼の姿だ。
    「ミチル、賢者様にシュガーをあげたらいいよ」
    「僕のでいいんですか?」
    「ミチルのが一番効くよ、ねえ賢者様」
    「はい、ミチルのシュガーはとても効くので、ぜひ食べたいです」
     ミチルが笑みをこぼして差し出してくれたシュガーはやっぱり特別だった。
     神殿までの距離をどうにか歩けそうだ。
     さっきまで、もう歩く気力も、話す気力さえもなかったのに。
    「ミチルのシュガーはやっぱりすごいです」
    「ミチル、よかったね」
    「はい!兄様。 賢者様いつでも欲しい時は言ってくださいね!」





     静寂に包まれた神殿の中の庭園は時間が止まっているかのように穏やかな場所だった。
     名も知らない白い大ぶりの華が咲き乱れ、中央には噴水が設置されている。神殿で働く神官達だけが訪れることができる場所なのだ、と案内をしてくれた者が語っていた。
     確かに美しい。庭園は神殿の奥にひっそりとあった。建物の中なのにそこだけ吹き抜けになっていて、特別な場所だというのが、ひしひしと伝わってくる。
    「賢者様」
     歩いていた晶を呼び止める声に、晶はゆっくりと振り向いた。
     フィガロだった。
     満月がフィガロの顔を室内で会っていた時よりも鮮明に照らしていた。
     少し疲労の滲む顔に、晶はなぜか胸が痛かった。
    「フィガロも散歩ですか?」
    「そんなところ・・・疲れたからさ」
    「・・・お疲れ様です。今日はたくさん魔法を使ったし、くたくたでしょう?」
    「そうだね、こんなに頑張ったのは久しぶりかもしれないな・・・賢者様は一人でどうしたの?」
     肩を並べて歩き出す。ちょうど、少し先にベンチがあった。そこで腰をおろす。
    「私は少しのぼせたみたいで、涼みに来たんです」
    「ああ、そっか・・・歌って踊って大変な騒ぎだもんね、聖職者といっても嬉しい時にはああやって騒ぐんだよ・・・本当に馬鹿馬鹿しいな」
     さらりと吐き出された氷のような言葉に晶は彼の顔を思わず見てしまった。
     フィガロはにこりと笑う。口元だけで。
    「驚いた?」
    「ええ、まあ・・・いや、驚いているのは言葉じゃなくて、フィガロが私に見せてくれるから」
    「俺の本音?」
    「・・・はい」
     態と晶に見せているかもしれないし。そうじゃないかもしれない。 
     フィガロは自分を取り繕うことが、とても上手だ。
    晶は彼を観ていても時折、解らなくなる。万華鏡のように、その時々で違う顔を見せるから。
    「賢者様は今日、俺が怖かった?」
    「・・・私には、どちらも怖いと思いました。フィガロも、あの場に居た人たちも・・・でも、仕方のないことだとも思うし、フィガロは守ってくれたんですよね?」
     あの暴徒たちを見て思い出したのが、元の世界に居た頃にテレビを通して見ていたデモ。
     晶も、この街で生まれ育っていたら、きっと彼等と同じことをしていたと思う。
     それを目の当たりにして思った。
     正しい行動、そうではない行動なんて、部外者の晶が判断していいわけではないのだ。
     ただ、一つ言えるのはあの瞬間、フィガロが前に出たことで、争わずにすんだ。
     フィガロは晶達を守るために盾になってくれた。
     それを恐ろしいと表現するのは違うと思う。
     けれど、晶はあの場でフィガロの慈愛の込められた瞳を見てしまった。あれを思い出すとどうしてか背中が冷たく感じる。手足から血の気がひいていく。

     恐怖を抱くのは失礼だ、そう思い彼の顔を見上げた。

    「賢者様らしい言葉だね」 
     ひどく昏い眼差しをしていた。深淵のような昏さを含んだその瞳に晶は瞠目した。
     晶をその瞳に映したフィガロはゆっくり手を伸ばす。その手は晶の手に重なった。氷のように冷たい手だった。
    「・・・俺は、」
     何かを言おうとフィガロは口を開く。
    「あっ! フィガロ先生っ! 賢者様ー! 兄様、ここにいましたよー!」
     ミチルの声がフィガロの言葉を飲み込んだ。ぱたぱたとミチルが駆け足でやってきて、晶たちの前に立つ。
    「もうっ、探したんですよ? ふたりとも中々帰ってこないから、宴も終わっちゃいましたし、心配したんですからね!」
    「ミチルは・・・早いなあっ・・・」
     息を切らしながら頰を赤く染めたルチルもやってくる。駆けてきたからか、肩で息をしながらルチルは座り込んだ。
    「兄様、座り込んだら駄目ですよ」
    「ふふ、ちょっと休憩」
     ルチルは息が落ち着くと、今度は周囲の景色の美しさに気付いたのか「すごく綺麗!」と感嘆の声をあげた。
     それにつられてミチルも目が零れ落ちそうなくらい見開いたあと、すごい! とこぼす。
     二人が来て急に賑やかになり、さっきまで感じていた静寂が晴れていく。
     フィガロを横目でみれば、いつもの彼だった。
     慈愛のこもった眼差しで目の前の兄弟を見つめる。
    「探しに来てくれてありがとう、二人とも」
    「宴も終わっちゃったんですね、すみません・・・ちょっと夜風にあたるつもりが、あまりに綺麗な庭園だったので長居しちゃいました」
     フィガロにも付き合ってもらってたんです。
     晶は二人に向き合い、立ちあがる。
    「フィガロ先生が賢者様を引き留めたんじゃないんですか?」
     ミチルがフィガロをじとりと見ると、フィガロは笑った。
    「はは、バレちゃった?」
     昏さが欠片も見えない瞳に安堵と僅かな恐怖を覚えた。
     フィガロはどうやってあの感情を隠し通しているのか。どこに仕舞っているのか。
    「そろそろお部屋の中に行きませんか? レノさんも待っていると思いますし・・・綺麗ですけどまだ夜は、ちょっと肌寒いですね」
     ルチルは立ち上がるとパンパンとお尻を叩く。
    「確かに、明日はまた帰るのに箒に長時間乗らないといけないしね。ミチルも良い子はこんな時間に起きてたら駄目だよ」
     フィガロがミチルをからかうと、むっとした表情でミチルが「魔法舎でもこんな時間に寝たりしませんよ」と言い返す。
     それに対してフィガロが、ごめん、ごめんと笑った。
     みんなで神殿の方へと足を向ける。
     ミチルがルチルと手を繋いで先に歩き出した。
     晶の手はすっかり冷たくなっていた。手をこすり合わせていると、その手を掴まれる。フィガロの手は晶よりも冷えていた。
    「寒いから手を繋いでいこう」
     有無をいわさず、少し強引に手を繋いで歩きだす。
    「・・・いま魔法使いました?」
    「バレた?」
    「ええ、あったかくなりました・・・フィガロの手の方が私よりも冷たかったんで」
    「ごめんね」
    「ぜんぜん」
     今日は手をつなぐことが多い日だ。
     レノックスの手よりも冷たくて骨張ったフィガロの手。指はフィガロのほうが少し長いのかもしれない。
    「レノの手と比較してる?」
     笑いを含んだフィガロの声に晶は恥ずかしくなった。無意識に手を触りすぎたのかもしれない。手を離そうとしたら指が絡んだ。しっかり外れないようになった手に晶がフィガロを見上げると彼は前を見たまま口角をあげていた。
    「・・・迷子になりそうだから、掴んでて」
     今度は晶がフィガロの手に強く指を絡める番だった。


     晶が、与えられた部屋は魔法使い達とは離れてしまった。
     一人になると途端今日の出来事を考えてしまった。
     昼間の騒動、自分や魔法使い達へ向けられた強い感情、シャジャルの魔眼と言われる力。
     本来、この地に来た目的は汚染されてしまった川の調査だった。
    依頼書には厄災の直後から川が赤く濁り始めたから、それを調査してほしい、と言った比較的穏やかな案件だった。だから、南の魔法使い達が引き受けることになったのだがーー。
     神殿のことも街の人々のことも何一つ聞かされていないままだったので、ひどく驚いた。

     それでも中央の国や西の国、無論北の国の魔法使い達があの場で暴動に巻き込まれたらどうだったろうか、と考えて首を横にふる。
     多分、フィガロでよかったのだ。
     一瞬、脳裏に過ぎったのは帽子を深くかぶったファウストの姿。
     南の国ではなかった場合、あの場の騒動を穏便に解決できそうな人物はファウストのような気がした。
     


     
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