元相棒コンビと晶ちゃんの書きかけ「ボス、あの城すげー宝ばかりでしたね? 見ましたか、野郎の顔。散々溜め込んだ宝をボスが・・・っくくく、ああ、すんませんッ」
「お前喋るのか食うのか、どっちかにしろよなァ、汚ねーんだよ」
「うわ、おいネロッ、物騒なモンこっち向けんな! お前包丁ってのはァ、食材斬るもんだろーがっ」
「俺の作る飯を口からボロボロ、ボロボロと出しやがって腹立つんだよ」
ブラッドリーは手に入れた最高級のワインを口に含みながら、目の前の騒ぎを笑った。
いいもんだ、一仕事の後の喧騒は。勢いがあって悪くない。どいつもこいつも、やり遂げた顔して大口開けて笑ってる。
「おい、ブラッド! コイツ、殺ってもいいか?!」
「お前頭に血昇りすぎなんだよ、ったく、おい程々にしとけ、お前等! ネロを怒らせたらあとが面倒だ」
おら、と頭に血が上ったまんまのネロにもう一つの戦利品のウォッカを差し出す。
「お前も飲んでろ」
「・・・もっと丁寧に扱えよ、最高のやつじゃねぇか、コレ」
はは、と大口開けて笑うネロはそのままボトルのまんま口にする。
「いい夜だなァ」
ブラッドリーの呟きを拾い、「ボス、あんたのおかげさ」とネロがからりと笑った。
1
ひょうひょうと雪が舞う。音まで冷たい北の国の大地で、晶は途方に暮れていた。
魔法使い達と様々なアクシデントが重なり合い、はぐれてしまったのだ。
しかも、この何もない雪原の中で。
北の国といえば、魔物が跋扈する大変厳しい環境であり、強くなければ生けていけない、生きるためには強くならなければいけない、という大変過酷な場所である。
これが南の国であれば、どれだけ良かったか、晶は肩を落としてとぼとぼと歩いた。
どうにかなる、と前を向いてどこか解らない場所を歩き始めることができているのは、来る前にスノウとホワイトから加護の込められたペンダントを貰ったからだ。
ーー何かあれば、我らが必ず向かおう。
ーー賢者ちゃんは、心配しなくてもよい。
二人にそう言われたから、晶は落ち着いていられた。
賢者として色々な国へ依頼を受けて行くことで、簡単には動じない精神をいつの間にか会得していたようだ。またの名を鈍感力でもある。
オーエンに「おまえの心臓、毛でも生えてるんじゃないの?」と悪態をつかれてしまったが、晶はそのお陰で、北の大地に一人ぼっちでも、そこまで心配していなかった。
(まだ夜になるまで時間はあるし、進めるだけ行ってみよう)
足元を取られないように慎重に雪を踏み締めていく。ブラッドリーに教わった歩き方だ。
こんな風に晶が一人ぼっちで歩く原因となった彼は一体今どこにるんだろうなあ、とぼんやり考える。
くしゃみで今日もどこかへ飛ばされたブラッドリー。
そのくしゃみをする前に彼は晶を空の上で突き飛ばした。そして雪原に落下した。普通なら死んでいてもおかしくない高さから落っこちたのだが、加護のおかげか軽い衝撃だけで無傷だった。
大体、北の魔法使い達と行動する時は晶はブラッドリーの箒に載せてもらっていた。
今回の任務の内容は、魔物が暴れているから討伐してほしいという北の魔法使い達の大好きな暴れられる内容だった。
誰が言い出したか解らないけれど、競争することになり、晶はブラッドリーについていくことになった。
まさか、こんな事になるとは思わなかったが、次からはブラッドリー以外の箒に乗せてもらおうと決意する。
ようやく雪原にも終わりが見えそうだ。ぼんやりと先に見える樹々の姿にホッとする。雪原は遮るものがなくて眩しいし、足が取られて思うように進めない。
木があれば少し背を預けて休むこともできるし、目を細めながら歩く必要もない。
晶はホッとしていた。
だから、気つげなかったのかもしれない。
ドンっと強い力が背中を押した。よたよた歩いていた晶の体は前へと飛ばされ雪の中に埋もれる。
声も上げることができず、何が起きたのかも解らない状況の中で、晶は顔を上げて背後を見た。
そこには大きな魔物がいた。猪のような姿をしているが、それよりも大きく、毛が闇の色のように黒かった。瞳は暗く濁った赤、口もとには鋭く長い牙を生やしている。
晶は魔物と目があった瞬間から、動けなかった。
こういう時、無力な晶は何もできない。
ぎゅっと目を瞑って最後の瞬間をやり過ごすことも一瞬の中で考えた。
けれど、晶は迫る魔物から目を背けないことにした。
なぜだろう、どうしてだろう。こんな恐ろしい想いをしているのに。
音が消えたーー、静寂が訪れる。
自分の鼓動がバクバクと激しく脈打つ音すら聴こえてくる。
魔物の動きがとてもゆっくりに見えた。
それでも逸らすな、と頭の中で声がした。
こういう時、晶は心の声に従うようにしている。
ーーードンッ!
銃声がした。
魔物が動きを止める。
もう一度、ドンッと大気を揺らす銃声の音がする。
そうして晶の目の前で魔物が倒れた。
血は流れていない。弾を撃ち込まれたはずなのに、魔物の体は無傷に見えた。
(助かった?)
ぴくりと動かない魔物。それでも、もしかしたらまた動き出すかもしれない。
晶は動けなかった。
「おい、賢者! 無事か?」
聞き覚えのある声は空から降ってきた。
ゆっくりと顔を上げる。
箒に乗る人物の顔は雪が反射して見えなかった。
それでも晶は声を耳にした瞬間、力が抜けた。
膝から力が抜ける。体が崩れ落ちる。
ブラッドリーは悠々と着地すると、銃声を背負い座り込む晶を見下した。
マゼンタの瞳が細められ、口端がつりあがる。
「生きてるな」
雪がきらきら光って、ブラッドリーの背景に後光がさしているようだった。
ブラッドリーがくしゃみなんてしなければ、晶を巻き込まないように優しさで箒から突き飛ばしたのだろうが、そんな事しなければ命の危機を感じる場面に遭遇することはなかったのだが、晶は目の前のブラッドリーが神様のように見えた。
そうすると途端に可笑しくなる。
「あは、ははははっ、はは!」
タイミングよく、雲の合間から太陽がブラッドリーを照らすなんて!
しかも、晶が死にそうになった瞬間に戻ってきて、魔物を退治してくれた!
「おい、賢者・・・?」
「ははっ、あはははは、はっ、はあ・・・ブラッドリー、すごくカッコよかったです! ありがとうございます!」
ヒーローみたいに晶を助けてくれた。
ブラッドリーは困惑している。おかまいなしに晶は彼への称賛を続けた。
命の危機にさらされアドレナリンが放出されているのか、口からぺらぺらと彼を称える言葉を紡ぐ。止めようと思ったが、晶は思うままに口を開いた。
ブラッドリーは満足そうに晶の言葉に、耳を傾けていた。
「恐怖でイカれたのか?」
ぐいっと顎を銃で持ち上げられる。
晶の口からまだ続く感謝と称賛の言葉にブラッドリーは馬鹿にされているように感じたみたいだ。
眉間の間に深く刻まれた皺が物語っている。
慌てて晶は首を振る。
「ち、ちがいます! 本当に嬉しくて、かっこよくて、ヒーローみたいだったし、タイミング良かったし、私本当に、し、死ぬと思ったん・・・で・・・あれ?」
首を振りながら、晶は自分の頬に指を伸ばした。
ーー濡れている?
気づいたら今度は目の前がぼやけた。一気に鼻がつんとしてきて、涙がぽたぽたと流れ出した。
自分が泣いているんだ、とそう気づくまで少し時間がかかった。
手で拭うが、それでも溢れてくる。堰を切ったように涙が止まらなくなった。
今度は喉がひりついてきて、勝手に嗚咽がこぼれだす。
晶はとうとう声を上げて泣き始めた。
困ったことに、晶は悲しくなんてない。
さっきまで笑っていたのだ。生きていることに喜びを感じて笑っていて、ブラッドリーに感謝の気持ちをありったけ伝えていた。
顎にあった冷ややかな銃の感触がなくなり、あたたかな温もりを感じる。ブラッドリーの手だった。顎を掴まれている。いつの間にか晶の目線に合うように、雪の上に膝をついていた。
「よくやった、怖かったんだろ? 賢者、お前が魔物から目を逸らさずに向かい合ってたのが見えたんだぜ? お前よくあそこで目を閉じなかったな」
労るような優しい声に、晶はさらに声を上げて泣いた。
「賢者に何かあったときに、お前の目を通じて転移できる魔法かけてたんだよ、双子が。よかったな、あそこで目を閉じてたらお前は魔物に食い殺されてた」
そんな魔法かけるなれ一言いっててほしい! と晶は思ったが声にならなかった。わーん、と子どものように声を上げて泣くしかできない。
「はは、鼻水たらしてガキみたいだなァ」
ガキと言われたが、しょうがない。だって涙が止まらないのだから。
晶は鼻水のついたままブラッドリーにしがみついた。
ムスクのような大人の男の色気を感じさせる匂い。でもスパイシーでちょっとだけ甘さがある。
決して抱きついて安心するような相手じゃないのに、なぜかホッとする。晶はブラッドリーの首に顔を埋めた。
仕方ねぇなァ、と呆れたような甘さの滲んだ声がしたあと、ブラッドリーが力強く背中をさすってくれた。
それからどのくらい泣いたか解らないが、ふと涙が止まった。
晶はブラッドリーからよいしょ、と離れる。ブラッドリーはにやにやと何時もの顔で笑ったあと「賢者、お前はやっぱりガキだな」と髪の毛をぐしゃくしゃにされてしまった。
2
「賢者さん、災難だったなあ、おつかれさん」
食堂で少し遅めの晩ご飯を一人きりで食べていると、ネロがやってきた。
労りのこもった優しい声。ネロはそっと晶の横にデザートの乗った皿を置いた。
「わ、おいしそう」
晶の声に、口元を緩めると、一つ席を開けて隣に座る。
「とくべつ」
そう言って自分はコーヒーを口に含む。
こういう時ネロがとても大人に見えた。
かっこいいなあ、と横目でちらちら見ながら晶は最後の一口を食べきり、デザートの皿に取りかかった。
甘いものは正義だなあ、口の中で広がる優しい味にうっとりする。
散々泣いて、泣きつかれて、帰りの箒ではブラッドリーの背中で寝てしまっていた。
北の魔法使い達と合流する頃には彼の背中は晶のよだれでちょっと湿っていて申し訳なかったが、魔物討伐のご褒美にスノウからマナ石を貰ったブラッドリーはとっても機嫌が良かった。
まあ、そのマナ石だが、結局没収されていた。
晶の守護魔法のペンダントを受け取ったホワイトが記憶を読み取る魔法で、一部始終を見たからである。
ちょっとブラッドリーには、いやかなり申し訳ないことをしてしまった。
「ネロ、ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん?」
デザートはいつの間にか皿から消えていた。いや、晶のお腹の中に全ておさまったんだった。
ネロは食べ終わった晶にせっせと紅茶をそそいでくれた。
「私って、そんなに子どもに見えますかね?」
「・・・子ども・・・ではないと思うけど」
「今日ブラッドリーに言われたんです」
ブラッドリーの名前が出た瞬間にあからさまに体が強張る。
ネロとブラッドリーの関係はかつて色々あったんだな、六百年も生きていたら色々あるに決まっていると本人たちの口から聴くまでは知らぬ存ぜぬ、で知らんぷりする。
けれど誰かに聞いてほしくて、今日あったことをネロに、ぽつぽつと晶は話していく。
ネロの纏う空気の穏やかさ、余裕を感じさせる雰囲気、相手を思いやりながら程よい距離を保てる大人だからこそ、晶は彼を信用していた。
「賢者さん、よく頑張ったな」
「すごく怖かったんですけど、ブラッドリーが助けてくれて、ちょうどその時に太陽が少しでて雪が反射してキラキラするからブラッドリーに後光が見えたんです。
ふふ、今思い出しても、なんかすごくカッコよくてヒーローみたいで」
「ははっ、ヒーローって言いすぎだろ?
でも、解るよ、何となく想像できる・・・俺も昔アイツに助けてもらった時、アンタが言うような景色見たんだ」
遠くを見るように、過去を懐かしむようにネロはつぶやく。
ああ、やっぱり・・・ネロはわかるんだな。
コーヒーを飲み干したようで、立ち上がるとネロはブラッドリーがしたように晶の頭をくしゃりと撫でた。
「まあ、ブラッドに巻き込まれて、危険な目にあってんだから気にすんな」
「それもそうなんですが」
「賢者さんは気にし過ぎだよ・・・フライドチキンつくってやるから、後でアイツの部屋に持っていてやればいい」
「え、いいんですか?」
「いいよ、なんかしたいんだろ? 手伝いはいらないからな」
晶も一緒に立ち上がろうとしたら、ネロが先に制した。
「賢者さんと一緒につくると時間が倍になりそうだからな」
ははっと声を上げて晶の食べた皿まで引き取ってキッチンへ向かう。
晶は取り残されたが、すぐに立ち上がりネロへと続こうとした。キッチンの主から許可が出ない限り手伝うことはできないが、作る姿を見て学ぶことはできる。
賢者の書にもブラッドリーの胃袋をつかめるフライドチキンのレシピは掲載するべきだろう。
晶は賢者の書を取りに部屋へと戻ることにした。
3
「トーマが殺られた」
「・・・そうかよ」
ブラッドリーの顔は影になり解らない。
厄災の馬鹿でかい月が辺りを照らしているのに、俯いてウォッカを呷るブラッドリーの顔だけはよく見えなかった。
ネロは無意識に歯を食いしばる。
不甲斐ない。ブラッドリーの期待に沿うことができなかった。
「テメェのせいじゃねーよ」
「でも」
「おい、ネロ。何度も言わすんじゃねェ。そのしけた面、さっさとどうにかしてこい」
「わかったよ、ボス」
「おう、あとお前、俺に他に言う事あるんじゃねェのか?」
「・・・なんだよ?」
「新入りはどうした」
「殺ったよ」
「ハハ、そうか」
ネロの背中をブラッドリーが叩いた。その瞬間体がよろめく。
「いってぇなあ!」
「・・・ちょっくら出てくるわ」
「・・・頼みます」
「ああ」
ブラッドリーがにやりと笑った。
やるせない気持ちを噛み殺して、ネロは彼の背中を見送る。
ブラッドリーに縋ることしかできない、己の無力さに打ちのめされながらも、ネロは彼の帰りを待つことしかできない。
結局、アイツの力に比べたら俺なんて、どうしようもないんだ。
目の前の趣味の悪い屋敷にブラッドリーは唾を吐く。
馬鹿でかいだけの鉄扉が前を塞いでいた。領主は小心者なのだろう。屋敷よりもでかい門扉にブラッドリーは銃を取り出し向ける。
魔力を込めて撃ってやる。
跡形もなく消え去った。
少しは眺めがよくなったかのように思えたが
贅を尽くした金の像が屋敷の中庭に設置されていた。
そこにももう一発ぶちこんでやる。
屋敷に明かりが灯った。
「俺様の宝によくも手を出してくれたな、おい、ブラッドリー様直々にテメェのところへ足を運んでやったぜ!」
空に景気よく一発撃ち込めば、どこからともなく影が姿を現す。
ボロボロのローブを身に纏った魔法使いはブラッドリーめがけて炎の刃を飛ばしてきた。
しかし、弱い。
直接身に受けても耐えることのできる力にブラッドリーは口元を歪めた。
弱い、弱すぎる。こんな奴にトーマは殺られたのか。
ブラッドリーが魔力を込めれば相手は後ずさる。
「弱ェくせに、かっこつけるからだ、馬鹿野郎」
ーートーマを拾ってやった日が脳裏に過ぎった。
ちょっかいを出してきた魔法使い相手にブラッドリーがアジトを空けているタイミングでトーマは殺された。
何てことない。奴がヘマしただけだ。ネロは動くなと告げた。ブラッドリーの居ない中で部下の命を預かっていたのはネロだ。そのネロの指示に従わないヤツなんて正直、どうなろうが知ったことではない。
トーマは気のいいやつだった。
ネロが入る前からブラッドリーのもとにいた言わば古参だ。元は西の国の生まれらしいが人を殺して、逃げてきたと聞いた。力のない魔法使いではあるが、生きることに対しての執念をブラッドリーは買った。
面倒見がよくて、絆されやすくて、そんでもって向こう見ずな性格。
その性格が今回仇となった。
新入りが自分の村の領主から散々圧政を受けて、苦しめられたから復讐したいと言い出した。
領主はたんまり金銀財宝溜め込み、領民から巻き上げた金で私腹を肥やして豊かな暮らしをしている、というよくある話だ。
新入りと似た境遇のトーマが、同情心からかその領主の元に盗みに入りたいと言い出してきた。
領主は領民からの復讐が怖いらしく金に物を言わせて、魔法使いを雇っていた。
結局その魔法使いに殺されてトーマはマナ石になり、新人はトーマを見殺しにして、おめおめとアジトへと戻ってきたーー、胸糞悪い話だ。
「おい、おいっ! ワシを殺すのかッ? 待て、盗賊! ワシは西の国の王族とも交友があるんだぞ!? そのワシを殺すのかッ? おい、盗賊、お前の罪をワシがなかったことにしてやろうっ!! だから命だけは、命をだけは見逃せ・・・ッギャア!!」
はち切れんばかりに肥えた体の領主を足蹴にしてその辺に転がす。
それからゆっくりと銃口を向けて、ブラッドリーは引き金を弾いた。
結局、夜が空ける前に全て片付いた。屋敷の財宝も全て手に入れ、最後に趣味の悪い屋敷に火をかけた。業火の炎が燃やし尽くしていく。火柱を上げ、爆ぜて、すべてを飲み込んでいく。
すべて終わっても、死んだ仲間は戻ってこない。
ブラッドリーはトーマの好きだったウォッカが戦利品の中に紛れ込んでいたので、最後に炎の海の中に放り込んでやった。
4.
「美味そうな匂いじゃねェか」
ブラッドリーの声に、ネロと晶が同時にキッチンの扉へと視線を向ける。
二人の視線を受け止めて、ブラッドリーはにやにやと笑いながらテーブルに並ぶ、フライドチキンに手を伸ばそうとする。
「おい、ブラッド、少し待てよ」
「あァ? なんでだよ」
不服そうにしながらも、ネロの言葉にブラッドリーは伸ばした手をぴたりと止めた。
大人しく従うんだ・・・とブラッドリーとネロの奇妙な関係について、むくむくと好奇心が湧いてきてしまう。
聞くと大抵、微妙な空気になり、誤魔化され、もしくはブラッドリーが声を荒らげて部屋を飛び出していくので、晶はどうにか留まった。
「賢者さん」
ネロが晶をちらりと見る。
山盛りのフライドチキンはもちろん目の前のブラッドリーのためのものだ。
ブラッドリーの視線も晶へ注がれる。
なんだ? と言わんばかりの片眉を上げた表情。
「あの、ブラッドリー今日は助けてくれてありがとうございました。
ネロがほとんど作ってくれたんですが、フライドチキンはお礼です」
晶がしたのはフライドチキンを揚げることくらいだ。
下拵えに味付けは全部ネロである。
一つ一つ解説してもらいレシピは賢者の書に書くことができたが、ほとんどネロ作のフライドチキンをお礼といっていいものか。
晶はもじもじとしながら、ブラッドリーを見上げた。
「気が利くな、賢者」
がっと口を開けて笑うと、ブラッドリーはフライドチキンに噛みついた。
美味しそうにどんどん食べる。
山盛りのフライドチキンがブラッドリーの腹に吸い込まれていく様を見つめながら、晶はじわりと胸が温かくなるのを自覚した。
「よかったな」
ネロが晶にそっと声をかけた。
「ネロのおかげですよ、本当にありがとうございます」
ネロのフライドチキンのおかげだ。
5.
「なんだ、このガキ」
アジトに戻ったら子どもがいた。
子どもは襤褸をまとった薄汚れた子どもにブラッドリーは首を傾げる。盗賊をしているが人攫いは俺の趣味じゃねぇ。
よく見るとまあまあ整った顔をしているが、死んだような昏い目をしているのが妙に気に障った。
「あ、ボス! こいつアジトの前で倒れてたから入れちまいました」
「おい、ネロは?」
ネロの姿を探すが見当たらない。
あいつが居て、何でこんな事になっている、と視線で問えば、ひぃっと息を呑む音がした。
「いや、ネロは・・・」
「なに騒いでんだよ、ボス」
気怠げな声と上半身に何も纏っていない姿でネロが奥からやってきた。
「お前、それは?」
「ん、これ? ああ、そいつにやられた」
腹の辺りに包帯を巻いているネロを見て、もう一度子どもへと視線を落とす。
「へぇー、ネロに怪我させるなんて、やるじゃねぇか、お前」
「おい、俺の心配くらいしろよ、ったく」
「ハハ、そんだけ言えんなら大丈夫だろ! おい、それより腹減った」
「うるせーな! 今作ってんだよ」
「おい、ガキ」
ブラッドリーは子どもへと視線を落とした。
俯いたまま、地面をぼうと見ている。
生きることに絶望しきった顔。
なのに、ネロへと怪我を負わせた。
面白い、ただそれだけだ。理由なんて盗賊団には必要ない。欲しいと思ったら手にするだけ。
膝をつき、子どもの顔を上げさせた。
「お前も食ってけ」
「・・・・・・」
「お前の名前は?」
「・・・・・・」
「名無しか? ならテメェの名前は俺がつけてやるよ、まあ少し待ってろ、今にいい名前をつけてやるよ」
おい、とネロが慌てた声をだす。
「おまえ、そんな簡単に」
「別にいいんだよ、お前に傷を負わせるようなやつ、今のアジトにはいねぇからな、コイツが次の俺様の片腕になれたら最高じゃねぇか」
「ったく、誰が面倒見ると思ってたんだよ、この馬鹿、あーと、おいお前、お前さんこっち来い」
何だかんだ甘いネロが子どもに声をかけた。
「来ねえなら無理やり連れて行かねぇといけねぇから、さっさと立ってくれ」
ネロに呼びかけられ、子どもはゆっくりと瞬きした。
そういや倒れていたといっていた。
襤褸から覗く手足は骨と皮だけだし、目は落窪んでいて、ぎょろぎょろとしている。
だか光があたると色の変わる宝石ーーそうだ、アレキサンドライトのような輝きは美しかった。
「アドノポテンスム」
手の平に転がったシュガーを子どもの顎を掴み、口を開けさせ放り込む。
落ちるんじゃないかと思うくらい見開かれた目にブラッドリーは声を立てて笑った。
「食え」
吐き出そうとするのを頬を掴み抑え込むと、苦しいのか涙を浮かべてブラッドリーを見上げた。
噛み締めた唇から血が滴り落ちていた。
ブラッドリーは子どもの後ろ首を掴みネロに視線をやる。
「おら、連れてけ、臭ェから洗ってこいよ」
「飯ができるのが遅くなるぜ?」
「ったく、じゃあ俺しかいねえのかよ」
「あ? 別にお前じゃなくても・・・」
いるじゃねぇか、と続けようとしたのだろう。
ブラッドリーは笑った。これは傑作だ。
「馬鹿か、こいつは女だ。他の奴らに任せりゃガキでも穴に突っ込もうとするかもしんねェだろ」
「・・・マジかよ」
ブラッドリーの言葉にネロが思った通りの反応を返した。
「ははっ、お前のその顔見れただけでもいい拾いもんしたかもな、コイツを拾ってきたヤツには褒美やっとけ」
へえへえと気怠げな返事をしてネロはキッチンへと消えていく。
ブラッドリーは持ったままの子どもを連れて熱いシャワーを浴びることにした。
5.
晶は疲れもあってか、昨晩はシャワーを浴びた後、へとへとでベットで少し横になっていたらいつの間にか眠ってしまっていた。
賢者の書にその日の出来事を書こうと思っていたのに、気づけば夜は明けていて、カインが
起こしにきた声で目を覚ましたのだ。
やってしまった、と落ち込む晶に、元気いっぱいのカインは「よく眠れて疲れがとれたんだ、いいじゃないか!」とポジティブな反応をくれた。
確かに、それもそうか、と食堂についたときにはすっかり元気だったが、何やら騒がしい。
騒ぎの原因はスノウとホワイト。キャッキャと彼らの可愛らしい声と「あーっ、うるせぇなあっ!」と苛立ちを隠さないブラッドリーの声。
あとムルがやんやと彼らの周囲を飛び跳ねて、ついでにいうと、シャイロックがそんなムルを嗜めるように「よしなさい」とパイプを燻らせていた。
少し離れた席からネロが気遣わしげにブラッドリーを見ているのが、とにかく気になる。
ブラッドリーを中心とした騒ぎに晶もカインも興味津々でその輪へと向かった。
「ブラッドリーちゃんったら、囚人だってこと忘れているんじゃないのう?」
「そうじゃ、そうじゃ。お主が良い子にするというなら、まあ考えてやらないことはないが」
スノウとホワイトがつんつんとブラッドリーを突いている。いつもなら、怒りだしそうな戯れなのに、ブラッドリーは俯いたまま堪えていた。
「何の話なんだ?」
カインが今日の朝食はなんだ? と質問するように着やすく声かける。
晶はひっと、声をのんだ。
「ガキはすっこんでろ」
機嫌の悪さを隠そうともせずに吐き捨てるブラッドリーに晶はぞくりとした。
「これ、そんな態度をとるでない」
「そうじゃ、ブラッドリー。今お主はわしらに頼み事をしている最中じゃということ忘れてはいかん。
カイン、それと賢者怖がらせてスマンのう。
今ブラッドリーと恋バナをしているんじゃ」
「恋バナ?」
晶は自分の耳を疑った。
今ホワイトは恋バナといったか?
「そうじゃ、ブラッドリーにラブレターが届いてのう、どうやらこやつが昔面倒を見ていた魔女が結婚をするらしくて、最後にずっと慕っていたブラッドリーに一度抱いてほしいと頼んできたのじゃ」
「おい、ジジイ!」
「これ、暴れるでない。それとわしらジジイじゃないもんね」
「ねー!」
晶は、抱いてほしいとラブレターに書いた魔女の事を思ってしまった。
囚人であることなんて関係ない。ブラッドリーへの恋心を手放すために願う気持ちになぜか胸が痛くなった。
無意識に心臓のあたりを掴んでいて「晶?」
とカインに声をかけられるまで、そうしてしまった。
「スノウ様、それだけではないでしょう? その方の心を、言葉を適当に紡いでは、あまりに不粋です。
彼女はブラッドリーに結婚式に来てほしいとも書いていたでしょう?」
シャイロックの柔らかな声が晶の耳に届く。
晶はそれを聞いてから、また魔女の手紙へと想いを馳せた。
彼女は一体どんな人物なのだろう。抱いてほしいとブラッドリーに直接伝えるくらいだから、とても勝気で美人で自分を誇りに思っているような、そんな気高い魔女なのでは?
「そうじゃのう、ブラッドリーちゃんはどうしたい?」
ホワイト、そしてスノウが彼へと質問した。
晶も耳を傾ける。
彼にしては珍しく口を閉ざしたままだから。けれど苛立ちを隠しきれないように、舌打ちがもれる。
「ーー行かせろ」
「それは人にものを頼む発言ではないのう」
「お主は囚人、賢者の魔法使いに選ばれて自由を謳歌するあまり、忘れたか?」
冷ややかな双子の声にブラッドリーは鮮やかに笑った。
「別に逆らうつもりはねぇよ、それならお目付け役でも用意すりゃいいだろ? ほら、丁度いい。賢者とーー、ああ、東の飯屋、テメエだ」
名指しされた晶は、自分の名前が出るとは思っていなかったので、驚いた。
「ほう、賢者ちゃんと、ネロか」
「ふむ、悪くはないのう、まあ力では及ばんかもしれんが、そこはどうにかできるじゃろう。
それに、どうせ逃げることなどできんしのう、ブラッドリーちゃんは」
ほほほ、と二人が笑った。
晶は、離れた場所にひっそりと控えてこの場を見守っていたネロを見た。
ああ、ネロが怒っている。
眉間に深い皺が寄せられて、怒りを隠そうともせずにブラッドリーを見つめていた。
ブラッドリーはその視線を平然と受け止める。
「まあ、野暮用に付き合えよ」
「ーー嫌だ」
シノのようなきっぱりとした拒否の姿勢にその場にいた全員がネロに釘付けになった。
「なんでだよ」
ブラッドリーだけは動じていない。
それでも余裕の笑みを浮かべている。
「何で俺が巻き込まれねぇといけない。そんなのテメェが断わりゃいい話だろ?」
「おい、テメェ誰に口を聞いてるんだ? 東の飯屋風情が俺様に盾突こうなんざ、一千年早ェんだよ」
「嫌だ、俺は絶対に行きたくない。悪いけど、無理だ。ほかを当たってくれ」
ネロは話が終わったと言わんばかりに背中を向ける。
晶はどうするべきか解らなかった。
でも、ここまでの流れでブラッドリーが魔女に会いたがっているのは理解できたし、ネロもブラッドリーとの因縁があるからか、いつもより頑なになっている気がする。
強制はするべきではない。
けれどーー。
「賢者様、何か言いたいことがあるのでは?
貴女にも発言する権利はあるはず、ですよね、ブラッドリー?」
シャイロックが晶の様子に気づき、背中を押してくれた。
カインは空気を読んでか静かにしているし、ムルはいつの間にかどこかへ行き、スノウとホワイトは面白いものを見つけたかのように終始目をキラキラさせてる。
晶は息を吸った。
ーー自分の思いを語るのはいつだって緊張する。
「私はーー、ブラッドリーについて行きたいです。個人的な興味ですが、魔法使いの結婚式を見てみたい。
でも、ブラッドリーがその、えーと、魔女さんとイイ感じになった時に私一人だとちょっと居づらいので、ネロに一緒に行ってもらいたいなと思ったんですが」
ネロが足をぴたりと止めた。
ブラッドリーは晶の言葉ににやにやと口の端をつりあげて笑うばかり。
「ネロ、一緒に行ってもらえませんか?」
他の魔法使いをあたってくれ、と彼が言えばそれまでなのだけど。
ネロの背中をじっと見つめれば彼は結局肩をすくめた。
「・・・ネロ」
「わかってるよ」
ネロはそれだけ言うと、出ていった。