初対面が20過ぎのラウグエ「お前が俺の弟か」
そう、声をかけられたとき、僕は熱々のラテを乗せた盆を掲げていた。
相手は身なりの良い紳士だったが、年は僕とそう、変わらないかもしれない。そこだけ明るい色に染められた前髪がふんわりと上げられて、目元の黒い黒子を際立たせていた。
が、いずれにしても奨学金まで借りてやっと大学を出たのに就職先にあぶれてバイトを掛け持ちして借金の返済を工面している僕とは、住む世界がちがうことにはかわりない。
「勘違いかと」
「ところがそうでも無いんだ」
相手は懐から一枚の紙を取り出す。名刺だった。今時、高価な紙をこんな情報量の少ない印刷物のために使う人がいるなんて。
「ぐ、える・じぇたーく?」
「ジェターク・ヘビー・マシーナリーのCEOって言えば分かるかな」
わかるもなにも。僕が内定の取り消しを受けた会社の一つじゃ無いか。そう、去年あったベネリットグループのゴタゴタのせいで、機械工学・軍需系はのきなみ総崩れ。倒産か、事業縮小。ほんの一握りのコネがある学生を覗いて、理系の学部に通っていた学生は皆職にあぶれていた。
「前CEOが亡くなられて、会社ついだばっかりでしたよね」
しかもその死に方はなにやらきな臭いものだったという。
「そう。あのクソ親父、書類やらなんやら、自分だけが分かるようにしたままいきなりテロリストにやられたんだ。そのせいでお前のこと探すのに時間がかかっちまった」
ぺら、ともう一枚出した書類は二十年ほど前からつい最近までの日付が定期的に打たれた送金証だった。受取人の欄には僕の母の名前。名目は養育費。
「……」
薄々、自分の出生がそう望ましい物ではないとは分かっていたけど、これは。
「こんな少額で、子供育てられるとでも思ってんのかね。ホント駄目な父親だよな」
黙り込んだ僕の頭一つ分上で、あっけらかんとした声が響く。この人にとってこれは、僕ほどの意味も持たないのだろうか。
「で、何の用なんです」
逆なら分かるけど。庶子の子が本妻の子を尋ねるなら、理由は簡単だ。お金でも何でも無心すれば良い。
「会社の状況、知ってるだろ?」
「早晩潰れるらしいですね」
「その通り。でも潰したくないんだ、俺は。で、人手を探してる。俺の右腕になってくれるような、信用出来る奴を」
僕ははあ、とわざとらしくため息をついて、まだ盆にのせたままだったラテのカップをそっとテーブルの上に移した。
「もう冷め切ってるだろうけど、別に良いですよね。仕事に戻らなくちゃ」
「返事は?」
「馬鹿馬鹿しい話に付き合ってる暇は無いんで」
どの辺が馬鹿馬鹿しい?と相手は無邪気を装って尋ねる。
「全部だけど。そうですね、一番は、血縁だったら信用できるって事」
てっきり怒り出すかと思ったのに相手はばれたか、と笑って頭を掻いた。
「まあ会社は早晩潰れるだろうけどさ、その前に弟に会いたくて、理由つけて探してたんだ」
「……」
「子供の頃からずっと思ってた。自分に兄弟が居たらって。だからラウダのこと知ったとき、すっげー嬉しくて」
「……」
「お前はどうなんだ?……こんなこと、知りたくなかったかな?」
そう、微笑む相手の顔は、照れたように目が細められていて、それでいて僕の肩に置かれた手は緊張したようにすこし震えている。